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243 ダンスは済んだ?


ゴルド・マルベル:皇帝

クリアラ・マルベル:皇妃

メルソン・マルベル:皇女・姉

ライト・マルベル:皇子・弟


ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長

シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相

スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師


セラム:メルソンの狗

ジョー:セブンに洗脳されている衛兵

オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近



 《洗脳魔術》だ!


 明らかに今、俺はスピカによって頬に触れられ、《洗脳魔術》を発動された。


 これは一度ウィンフィルドに《洗脳魔術》をかけられたからこそわかる感覚。脳ミソへあまりにも大量の何かが一気に放り込まれて破裂したような、あの「ボン!」という感覚と全く一緒だった。


 そして……これまた、一度ウィンフィルドに洗脳されているからこその現象。


 俺には《洗脳魔術》が効いていない・・・・・・……!


 そう、洗脳は一人につき一回限り。メヴィオンでもこの世界でも、その制約は同じらしい。


 ……なるほど、これはやられた。ウィンフィルドのやつ、スピカが《洗脳魔術》を習得していると知っていて、あらかじめ俺に洗脳をかけておいたんだな?


 俺への洗脳は、これ以上ない洗脳対策だったというわけだ。


 やはりあれは、あんことミロクと戦わせて俺にスキルをばらまく決意をさせるためだけのものではなかったらしい。一石数鳥の一手なのだろうと予想はしていたが、よもやこんな事態にまで影響してくるとは……。



「うふ、うふふっ、うふふふふふ! あぁ、セブン。貴方ってなんでそんなに美しいの……? その長いまつ毛も、筋の通った鼻も、白銀の髪の毛も、高い背も、逞しい体も、蠱惑的な匂いも、全部、全部、私のもの。貴方は私の恋人に、いいえ、夫になるのよ。そして皇帝になり、私は皇妃になる。貴方は一生私を愛し続け、傍で支え、守り続けるの。私が落ち込んでいる時はゆっくりと話を聞いてね。私が嘘をついていても笑って許してほしいわ。私がしてほしいと思ったことはなんでもするのよ。ほら、わかるでしょう?」



 スピカは蕩けた目で言いたい放題に気持ち悪いことを言って、数歩下がると、椅子に腰かけて俺を見つめた。


 どうやら彼女、俺が《洗脳魔術》にかかっていると思い込んでいるらしい。


 今までは上手くいっていたんだろうが、残念。俺には軍師がいるのだ。



 ……ん? 今まで・・・……? おい、まさか……。



「ねぇ、セブン。どうしたの? お父さんの前だからって、恥ずかしがっているの? いいのよ、気にしないで。ほら、こっちへいらっしゃい。特別なことをさせてあげる。うふふっ」


 スピカは椅子に座ったまま、組んでいた足を解いて艶かしく動かし、吐息まじりに言い放った。



「舐めて」



 何処をだよ!


 こいつとんでもねえスケベ女だ。


 皇帝の前でナニをさせようとしてんだ俺に。


 ……いや、待て。どうしてスピカは皇帝のことを「お父さん」と呼んでいるんだ? さっきからずっと気になっていた。実の娘でもあるまいに。


 そして、この変態プレイを皇帝の目の前で繰り広げようとする。気にしないでいいと言いながら。



「…………!」


 ヤベェわかってしまった。もしかして、父娘プレイってやつでは……?


 皇帝は既に《洗脳魔術》をかけられている。今のこの状況に何も言ってこないのが確たる証拠だ。つまりスピカは、皇帝を洗脳し、父親代わりにしてプレイを楽しんでいたんじゃなかろうか?


 だとしたら……想像を絶するほどとんでもねえ女だなマジで。



「セブン、早くぅ」


 スピカは甘えるような声で俺を誘ってくる。



 さて、どうしてくれよう。まずはスピカをひっ捕らえて、それから皇帝の《洗脳魔術》を解くか。だがスピカが一度でも命令してしまえば、皇帝は自分の意思とは関係なくその命令に従ってしまう。ならば、スピカの口を塞ぐか。しかし、元より「私を守るように」と命令していた場合、皇帝はスピカの味方をしてしまい、悪者になるのは俺の方だ。


 ……スピード勝負だな。まずはスピカ、それから即座に皇帝だ。



「え、セブ、ン……!?」



 俺はインベントリからフロロカーボン16lbを取り出しつつ《金将糸操術》を発動し、速やかにスピカの拘束へと取り掛かる。


 スピカは信じられないといったような顔のまま、ぐるぐると糸で縛られていった。



「いやあああッ! 何故!? 何故よ!? 洗脳が効いていないの!?」



 一拍置いて、ようやく状況が理解できたのか、急に半狂乱となって藻掻きながら叫び出す。


 だが、既にスピカは自力で脱出不可能なほどグルグル巻きとなっていた。



「おかしい!! どうして!? なんで!? お、お父さ、むぐぐっ……!」



 目に涙を溜めて叫び続けるスピカの口を縛り、指示を封じる。それから、俺は皇帝へと歩を進めた。



「セブンよ、そちは何をしておるのだ……? スピカは何故縛られている……?」


 皇帝は、どうやら大丈夫なようだ。混乱している様子だが、特にスピカから命令が出ていないためか、もしくは俺とのプレイのために「静観していろ」みたいな命令が出ていたのか、何も行動を起こそうとしていない。


 じゃあ、早速、皇帝に“死”を感じさせて、《洗脳魔術》から解いてあげようか――。




「――ッ!!」



 ……瞬間、俺は全力でその場を飛び退いた。


 ほぼ脊髄反射である。皇帝の冠に反射した“影”の姿が見えた時にはもう既に体は動き出し、攻撃を躱していた。



「!?」


 影は着地と同時に、驚きのあまりか、俺を振り返る。


 わかるぞ。ああ、できればその覆面を取っていてほしかった。そして絶対に躱せないだろう一撃を躱された時の顔を俺に見せてほしい。あれは何度見ても飽きない。



「カサブランカか。やってくれたな」


 俺が皇帝を観察しているほんの一瞬の隙に、カサブランカはスピカの拘束を解いて逃がしてしまったようだ。


 ちょうど今、部屋を出ていくスピカの姿が見えた。



「お前も洗脳されているのか」


「…………」


 無言の肯定と捉えていいだろう。



「じゃあ、まずはお前からだ」



 予定変更。第一にカサブランカの《洗脳魔術》を解く。


 さあ、プレ影王えいおう戦と洒落込もうじゃないか。


 とは言っても、俺は《歩兵暗殺術》と《香車暗殺術》しか習得していない。流石に無理か?


 まあ普通に考えたら無理だが、幸いにも先手を取れそうだ。勝機はある。



「!!」


 有名な手筋でハメよう。


 俺はバックステップの準備体勢で後ろに体重をかけながら、《歩兵暗殺術》を発動し、今まさに右手で攻撃へと転じようとしているカサブランカの左肩へ向けて爪楊枝を突き入れる。


 俺の小さなフェイントに騙されなかったカサブランカは、左足を引いて躱しながら、《銀将暗殺術》の準備を始めた。銀将は刃物の暗器で払うスキル。近距離向きのスキルゆえに、ここで出したくなる気持ちもわかる。


 ただ……彼女の反応の悪さ、初動の遅さ、そして銀将という二手目の選択からして、どうやらこの手筋は知らないらしい。


 まあ、かわいそうでもあるわなあ。初見のこの一瞬で最善の対応を読み切れというのは、些か酷というものだろう。


 さて、ご覧に入れようか。これは「ダンシング」と呼ばれる手筋である。



「!」


 彼女は「取った」と思っただろう。


 歩兵を放った俺に対して切り返すように、最高のタイミングで銀将を発動できる。これで反撃の攻めが刺さったと感じないわけがない。


 だが、歩兵発動後の硬直直後から全力バックステップで三歩下がると――。



「な……ッ!?」



 イチ、ニイ、サン。まるで一緒にダンスを踊っているように、前進するカサブランカと後退する俺がぴったりと至近距離を保ったまま移動する。


 バックステップの準備態勢を作って歩兵を発動した意味は、ただのフェイントだけでなく、この後退をスムーズに行うためであった。最も硬直時間の短い歩兵でなければできない手筋だ。


 《銀将暗殺術》は四歩以上の移動でトラベリング判定となり、スキル使用後硬直のみが襲ってくる。よってステップは三歩まで。四歩目は、回転だ。



「ようやく声が聞けた」



 囁きつつ、四歩目をくるりと彼女の右手側に回って体を滑り込ませ、その背後へと回り込む。


 反時計回りに体をひねって銀将を当てようとしてくるカサブランカだが、ぺたっと背中にくっついていれば当たるわけもない。


 結局、彼女の銀将は当たることはなく、銀将発動終了後の硬直が訪れる。




「  」



 ――絶望だろう。


 何一つ抵抗できない状態で、背後に俺がいるのだ。


 彼女の今の体感時間、どのくらい伸びているんだろうな? 実に気持ちよさそうである。あのスローモーション、思い出すだけで震える。俺もまた味わいたいものだ。



「………………あぁ……っ」



 ちょん、と、その首筋に爪楊枝の先で触れる。


 直後、カサブランカはぶるりと震え、膝から崩れ落ちた。


 彼女がまだやる気ならば、俺が手を緩めたここをチャンスと見て反撃してくるだろう。だが、彼女はこれ以上動く気配がない。



 恐らく……《洗脳魔術》は解けた。




「あ、ああああ……!」



 カサブランカは頭を抱え、錯乱したような声を上げる。


 まあ、わかるよ気持ちは。俺も一度洗脳されたことあるから。彼女なんかかなり長期間っぽいし、やりたくないこと山ほどさせられたんだろうなあ。だが――。



「ほら、立て。喚くのは後だ。皇帝かスピカか、好きな方を選べ。お前もスッキリしたいだろう?」


「……っ……!?」



 俺はカサブランカの正面に回り、膝をつくと、手を差し出して言った。


 洗脳が解けた後は、不思議と混乱しない。ただ我に返るだけである。彼女も俺と同様に、洗脳中にあった出来事を普段と同じことのように覚えているはずだ。


 だったら、働いてもらわないとな。皇帝を半殺しにして洗脳を解くか、スピカを追いかけて捕まえるか。そのどちらかを果たしてもらおう。



「…………」


 沈黙。


 しかし、流石は影王えいおうと言うべきか、彼女の目は既に落ち着きを取り戻していた。



「……ありがとう。スピカ・アムリットを追います」


 カサブランカは俺の手を握り返し、立ち上がる。


 彼女が選んだのは、スピカの捕獲。まあ、適任か。長いことスピカの影を務めていたんだ、逃走経路や行動パターンなどある程度は予測できるのだろう。


「散」


 短く一言、天井へ向けてカサブランカが口にする。


 皇帝の警護をしていた影を解散させたのか? 恐らくそうだ。俺の仕事をやりやすくしてくれたのだろう。



「よろしく」


 カサブランカは俺の声かけに頷いて応えると、高AGIで闇に紛れるように消え去った。俺はそれを見送ったのち、皇帝へと向き直る。



 さて、皇帝に「死」を感じさせるにはどうすべきか。


 一番インパクトのある攻撃方法を寸止めするのがよさそうだ。


 じゃあ《龍王槍術》かなあ。



「ま、待て、何をする!? よ……よせッ!」


 俺が振り返ってから「なんのつもりだ!」「どうなっている!」「影! 影はどうした!」とうるさい皇帝をガン無視して、距離を目測しつつインベントリからミスリルスピアを取り出す。



「動くなよ。あと死んだらすまん」


 あ、今のは言わない方がよかったか? まあいいや。


 よ……ッ!



「ィィイイイ――ッッ!!!?」



 《龍王槍術》準備完了から発動と同時に全力前進三歩から左回りに二回転、三回転目で体操競技の床のように飛び上がり、四回転目で遠心力を増強、五回転目で槍を伸ばして最大の勢いをつけ、六回転目で着地と同時に振り下ろす。


 龍王のエフェクトに高さと回転が加わって、さぞかし凄そうに見えるはずだ。まるで火だるまになった大型トラックが回転しながら落下してくるような迫力だろう。



「  」



 皇帝は声にならない声をあげ、その場に崩れ落ちた。


 おっ、危ねえ。皇帝が動いていたら本当に直撃しているところだった。


 槍の切っ先は皇帝の額から五センチのところで寸止めした。攻撃判定は出ていないので、こんだけド派手な龍王のエフェクトもなんらダメージを与えることはない。


 さて、皇帝にかけられた《洗脳魔術》は解けただろうか……?



「…………お、おお……よもや……」



 どうやら解けたようだ。


 しかし、額に手を当ててうんうんと唸っている。洗脳されていたことを受け入れられないのか? いいや、そんなことはない。洗脳が解ければ、我に返るのだ。洗脳中の記憶は、紛れもなく己が経験したことである。


 ……まあ、スピカに帝国を乗っ取られていたうえに、父娘プレイを強要されていたなんてヘビーな経験、信じたくもないだろうが。



「陛下」


「……セ、セブン。余は、余は……!」


「落ち着きましょう。スピカを捕獲してくるので、話はそれからです」


「…………っ、うむ、そうだな、そうせよ。そちに、全て任せる」



 凄ぇな、皇帝もカサブランカに負けず劣らずの精神力だ。もう平静を取り戻して皇帝としての命令を出そうとしている。


 直前の寸止めについても、俺にあれこれ尋ねてこないところを見るに、今の一瞬でカサブランカとのやり取りと照らし合わせて洗脳解除の方法を把握してしまったのだろう。皇帝ゴルド・マルベルは、俺が思っていた以上に頭の良い人なのかもしれない。



 いやー、ちょっと、俺も聞きたいことが色々と出てきた。


 こりゃあ、とっととスピカをとっ捕まえてくるしかないな……。



お読みいただき、ありがとうございます。


面白かったり続きが気になったりしたそこのお方、画面下☆から【ポイント】評価★を入れて応援していただけたら最高です。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。【ブックマーク】や《感想》や《レビュー》もとてもとても嬉しいです。「書籍版」買ってもらえたり「コミカライズ」読んでもらえたり「宣伝」してもらえたりしたらもう究極に幸せです。何卒よろしくお願いいたします。


更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。



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[良い点] 読んでいて楽しい。スカッとする。色んな展開があって面白い。最高!
[良い点] ふぉー!良い展開!
[一言] 「舐めて」
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