237 目処、拷問もう五度目
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇妃
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師
セラム:メルソンの狗
ジョー:セブンに洗脳されている衛兵
オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近
【暗殺術】はとても特徴的なスキルである。
スキルの使用は“暗器”と呼ばれる装備アイテムを使うのだが、この暗器の判定がなんにつけ広い。
たとえば、万年筆。これも暗器判定となる。
他にも、革のベルト、ハイヒール、陶器の灰皿、割れたグラス、尖った石ころなど、身近にある様々なものが暗器となり得るのだ。
当然、隠しナイフや、突起の付いた指輪、仕込み杖、吹き矢、鉄扇など、【暗殺術】専用装備もある。しかし【暗殺術】の魅力を最大限に活かすには、やはり“そのへんのもの”を暗器として使ってこそと言えるだろう。
そして、もう二つ、【暗殺術】には面白い特徴がある。
それは“不意打ち特効”と“急所特効”。
不意打ちとは、相手にタゲられていない時の攻撃、すなわち「相手に気付かれていない状態で攻撃を与えること」を意味する。
急所は、人間型キャラクターならば頭~首と心臓。魔物ならば魔物ごとに設定されている。
つまり【暗殺術】の基本は、この不意打ち特効と急所特効をダブルで狙いに行くこと。
相手に気付かれていない状態で相手の急所にねじ込んだ攻撃が、最もダメージを出せるのだ。
ゆえに、【暗殺術】とは、対魔物戦に特化したスキルと言える。向かい合った時点で既に互いの存在に気付き合っているPvPでは、なかなかその醍醐味を味わい難い。
不意打ちで急所にぶっ刺す――やはりこう聞くと、魔物を相手に使うか、それこそ暗殺くらいにしか使えないと思ってしまうだろう。
メヴィオンでは、【暗殺術】実装当初、恐らく中学二年生くらいだと思われる方々がこぞって習得し、その性能にご満悦だった。不意打ち特効と急所特効の条件を揃えて攻撃できた時に出る大ダメージが実に快感で、皆その魅力にハマっていった。
ただ、俺は【暗殺術】があまり好きではなかった。PvPでダブル特効を狙えないからだ。
加えて、ユーザーの民度が割と低かったので、更に好きではなくなった。具体的には、ダブル特効時のダメージだけを見て「暗殺術最強!」とか言っちゃうような方々がほとんどだったからだ。
「…………」
だが、俺は考えた。
本当にPvPでダブル特効を出せないのか? と。
答えは、否――。
「!?」
やはり来た、暗殺者。
ベッドの中で皿を抱えて待ち構えていた俺が、覆面を被った何者かの放った《銀将暗殺術》を《歩兵盾術》でパリィすると、覆面の男は無言で目を見開いた。
「さて」
見せてあげよう。俺の工夫を、PvPでダブル特効を出す方法を……!
「こう!」
「!?」
「そしてこう!」
「!!」
バサッ! とタオルケットを相手に被せ、まずその視界を塞ぐ。
そして即座に背後へと回り込み、首筋めがけて《歩兵暗殺術》を発動すると……じゃじゃーん。あら不思議、ダブル特効が発生する。
要点は、如何にして俺の姿を相手に見失わせるか。今回は環境が良かったためすんなりと行ったが、障害物のないタイトル戦の舞台ではこう簡単には行かない。
「ぐ、ぅぅ~……ッ」
あまりの痛みにか、覆面の男から声にならない声が漏れた。
彼の首には“爪楊枝”が刺さっている。祝宴が終わった際にオリンピアから貰っておいた、俺の暗器だ。この世界の爪楊枝は、俺の知っているものよりも太くて長くて硬い。暗器にはお誂え向きである。
「すまん、痛かろうなあ。でもなるべく少ない回数になるよう努力するから頑張ってくれ」
《歩兵暗殺術》16級では、ダブル特効の上にクリティカルが出ても大したダメージにはならない。
《香車暗殺術》の習得条件は、歩兵で五人を瀕死にすること。その微調整ができるように、俺は歩兵を16級で止めていた。
さて、あと何回刺せば、覆面君は瀕死状態になるだろうか。
彼のHPとVITによるが、感覚的には残り三回くらいだと思う。
「残りのHPはどんなだ?」
「……っ……」
一応聞いてみるが、答えてくれるわけもない。
「!」
直後、逃げ出そうとした覆面君を《金将糸操術》で拘束する。
爪楊枝で刺した時からずっと逃げようとしていることは知っていたため、捕獲の準備はできていた。
「よいしょ」
「っ……ぅぐううッ!!」
顔にタオルケットをグルグルと巻き完全に目隠しをしてから、二発目。
クリティカル出ず。残念。
「で、HPはどうなの? あと三回くらい?」
「…………っっっ」
喋らないか。
「あ、そうだ」
「んぐ……ッ!」
タイトル戦の表彰式の時みたいに自殺されちゃあ、《香車暗殺術》の習得条件を埋められない。俺は覆面君の口に手を突っ込んで、奥歯に仕込んであるだろうバウィエキスのカプセルを探した。
「あーっ、痛痛痛痛っ」
痛い。まあ噛むよねぇ。
「っ……お、見っけ」
「!?」
カプセル発見。左上の奥歯だった。これでもう自殺できまい。
俺は噛まれて血だらけになった手を引っこ抜いて、自分で《回復・小》をかける。これで元通り。
……あ、そういえば噛まれたからレイスの変化も解けている。危ねえーっ! よかったわー目隠ししておいて。俺はほっと胸を撫で下ろしつつ、改めてレイスを《魔召喚》して変化した。
さあ、気を取り直して再開だ。
「あがぁあッ!?」
三発目。
「いぎぃいいい!!」
四発目。
さて、次で多分ラストだが……。
「ま、ま、待て! も、もう、耐えられない!」
やっぱりかぁ。
「残りHPは」
「2000もない!」
「総HPは」
「18500だ!」
「じゃあこっち」
「うぎゃああああっ!?」
目隠しを外し、急所を外して、男の腕に《歩兵暗殺術》の爪楊枝を突き刺した。
一般的に瀕死状態とは残りHP一割未満のことを言う。つまり彼の場合、1850を下回ればよい。今が2000だから、引き算して、残り150だ。
ダメージは508と出た。ごおや、か。よし、明日はゴーヤチャンプルーを食べよう。
「ありがとう。おかげで香車に一歩近付いた」
「……? …………ッッ!?」
覆面君、察したようだ。当然か、彼も香車の習得条件は知っている。
そう、五人のプレイヤーを瀕死状態にするという習得条件、これ、実は……。
「すまん、もうあと四歩だけ、な?」
「!!!?」
HP満タンから瀕死状態にする工程を同じプレイヤー相手に五回繰り返すだけで、達成できてしまう。
覆面君は涙を流しながら首をブンブンと横に振って抗議した。
しかしなあ、こんな機会、滅多にないからなあ。
「痛くて痛くてどうしようもない状況でも、普段と同じように動けるかどうかは、とても重要だ」
「な、何を言って」
「痛みの克服、これは最大の課題と言っていい」
「なんだと」
「俺も夜な夜な自分の手を刺しまくったりとか色々やった。結果、痛みに慣れることはできなかったが……どうすればいいかは、わかった」
「……?」
「一度、痛みに立ち向かってみるべきだ。そうして初めて、わかることもある」
「…………」
「……そういうことだから」
「どういうことだッ!」
チッ、正当化作戦失敗か。
じゃあもう仕方ない。ごり押しだ。
「まあまあ」
「何をする!」
「まあまあまあ」
「クソッ、やめろ!」
「まあまあまあまあ」
「む、ぐぐ……!」
俺は彼に無理矢理ポーションを飲ませ、再びタオルケットを顔に巻いた。
あと四周……すまんが耐えてくれ。
「モギャアアアアアアッッッ!!」
深夜の寝室に、彼のくぐもった絶叫が響き渡った。
…………その後、三回目の瀕死を経由したあたりで、彼は妙なことを口にし始める。
「メ、メ、メルソン殿下だッ……メルソン殿下のご命令で……ッ」
「ああ、そうなんだ」
「ホギェエエエエッッ!!」
痛みに耐えかねてか、特に頼んでもいないのに覆面君はペラペラと喋り出した。
彼とてプロの暗殺者のはずなのに、今や叫びすぎて声が枯れている。そんなに痛いんだろうか、爪楊枝の《歩兵暗殺術》は。あまり気乗りしないが、今度俺も自分で試してみるか……。
「祝宴での毒入りワインもメルソン殿下のご命令だッ! アギィイイイイッ!!」「有事の際には皇帝陛下の暗殺もオギャアアアアア!!」「ば、場合によってはライト殿下の暗殺もンゲェエエエエエエッ!!」
いくら洗いざらい吐いてくれても、こちらにやめるつもりは毛ほどもないから、なんか気の毒だ。
そして、俺が《香車暗殺術》を習得した頃には……ぐったりして何も喋らなくなっていた。
俺は「ご協力ありがとう」と感謝を伝えて、彼をそっと部屋の外に転がす。
彼は起き上がろうとも逃げ出そうともしない。憔悴しきっている様子だ。おかしいな、HPは全快してるはずなのにな。
そのうちお仲間の暗殺者が迎えに来るだろうから、放っておこう。
いやあ、しかし彼のおかげでハッキリしたな。やはり、俺の命を狙っているのは皇女メルソン・マルベルだった。
さて、二回も暗殺に失敗した彼女は、どう出てくるのか。
更に何回か仕掛けてくるかな? そういうのも緊張感があって面白そうだ。明日からが楽しみである。
まあ、とりあえず今は、《香車暗殺術》を覚えられてスッキリ爽快な気分のまま、気持ち良く寝ようか。
* * *
「――失敗? 今、失敗したと言ったの?」
明け方、報告に訪れたセラムに対し、メルソンは射殺すような鋭い視線を向けて言った。
「詳しく話しなさい。場合によってはお前にも責任を取ってもらう」
「は。作戦開始から約一時間後、セブンの部屋の前にて座り込む影を発見いたしました。こちらが何を尋ねても虚ろな目で母親の名前を呼ぶだけであり、これ以上の実行は不可能と判断、撤退した次第であります。影は現在、隠し部屋にて寝かせております」
「…………」
静かに頭を抱えるメルソン。
暗殺を失敗した場合、多くは三つのパターンに分かれる。暗殺者が自殺するか、暗殺者が拷問の末に殺されるか、暗殺者が逃げ帰るかだ。
暗殺者は基本的に、捕らえられれば自決するよう教育されている。また、生半可な拷問であれば耐えられるよう訓練もされており、逃げ足も人一倍早い。
だが、これはどういうことか。暗殺者は自殺もせず、殺されもせず、逃げもしていない。拷問の末に生かされたと考えるのが妥当だが……暗殺者をこのようにする拷問など聞いたこともないというのが、正直なところ。
《香車暗殺術》の習得条件は、拷問をモチーフに設定されている。つまりは運営推奨の拷問方法であると言えた。そのようなこと、彼女たちは知る由もない。何故なら拷問の末には必ず殺すからだ。死人に口はない。
……恐ろしい。そう感じたのは、メルソンだけではなかった。プロの暗殺者たちでさえ、未だかつて見たこともないような、セブンによる凄惨な返り討ちに震え上がったのだ。
「もし影が吐いていたとすれば……父上に報告される? いいえ、私が涙ながらに訴えれば、父上はまだ私を信じてくれるはず。では個人的に報復してくる? そんなこと、帝国城内ではできるわけがない。何か証拠を握られて、裁判を起こされたら厄介……いや、その間に暗殺さえ成功させてしまえばいいのよ。大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
自己暗示のようにぶつぶつと口にして、メルソンは必死に平静を保った。
「セラム、しくじった影を消しなさい。証拠になり得るわ」
「……は」
「それと……暗殺は継続する。機会ある限り仕掛けなさい。わかっていると思うけれど、証拠は残さないように」
「は」
厳しい表情のままセラムを見送ったメルソンは、無意識に爪を噛みながら呟く。
「ライトにも、スピカにも、誰にもこの国は渡さない……」
* * *
「騎士長、おはよう御座います。本日はご朝食の後、皇子殿下付き近衛騎士隊の全体朝礼です。朝礼が終わり次第、面会のご予定が一件入っておりますので、応接室へ移動します」
俺が朝メシを食べていると、オリンピアが今日の予定を伝えてくれる。
朝礼からの面会らしい、が……。
「一件?」
あんなに面会したがっていたやつら、俺が暗殺者に狙われていると知った途端、尽くが距離を置きやがった。
当然と言えば当然か。むしろ、それでも面会したいという者の方に俄然興味がわいてきたぞ。
「はい。モーリス商会の商会長フィリップという者です」
「……ああー」
聞いたことあるな。ああ、ユカリが犯罪奴隷だった頃に購入したところの商会長か。
マルベル帝国まで商会長自ら足を運ぶほど手広くやっていたなんて、なかなか商魂たくましいな。
「やり手の商人と繋がりを持っておくことは、国政に携わる上では必須とも言われております。これはまたとない好機かと。あえてこのタイミングを狙って面会に現れるフィリップという男、相当に頭の切れる者で御座いましょう。良い方にも、勿論、その逆にも」
「狡賢いが有能そうだから、取り込んでおいた方が何かと便利ってか」
「……は、はい」
オリンピアは、反応し辛いだろう問いかけに、暫しの逡巡の後に頷いた。
スパッと言ってくれた方がいいという俺の考えに、慣れないながらも合わせてくれたのだろう。彼はとても優しくて真面目な努力家だとわかるな。
「よし、じゃあオリンピアの言う通り、フィリップと腹を割って話してみるか」
「――お目にかかれて光栄で御座います、閣下。私はモーリス商会のフィリップと申します」
近衛騎士隊の朝礼のあと、応接室で俺を待っていたのは、小太りのにこやかなオッサン。確かに、俺も何度か会ったことのある、モーリス奴隷商会のフィリップであった。
「セブンだ。ところで早速だが、質問をいいだろうか」
「ええ、勿論ですとも。どうぞなんなりと」
「フィリップさんのところは、モーリス奴隷商会じゃなかったか?」
「ご存知でいらっしゃいましたか! いやはや、ありがたく存じます。我らモーリス商会は、食料品・ポーション・武器・防具・衣類・家具・馬車・住宅・奴隷になんでも御座れと、非常に幅広く経営しております。きっと閣下のご要望にもお応えできることでしょう」
「そんなにやっていたのか、凄いな。知らなかった」
「もったいなきお言葉で御座います」
実はメチャメチャでかい商会だったようだ。こんだけ手広くやってんのなら、知らないうちに俺もモーリス商会の商品を買っていたりするんだろうな。
「閣下は現在、何か必要とされているものは御座いませんでしょうか? よろしければ是非、我らモーリス商会から、この度の就任祝いをと考えておりまして」
「おお、それは嬉しい。そうだな、必要としているものか……」
「なんでも仰ってください。大抵のものならば、取り揃えております」
フィリップさん、かなりグイグイ来る。そんなに俺を有望株だと思ってんのか? 皇女に暗殺されかけるような男なのに?
……いや、待て。暗殺を仕掛けられたというのに俺が生きているから、彼はこうも積極的なのかもしれない。彼の中では、次期皇帝は皇女ではなく皇子、もしくは俺なのだろう。
「…………」
俺は顎に手を当てて就任祝いの品を悩んでいたが……ふと、ここで気が変わった。
別に、就任祝いは“物体”に限るとは言われていないじゃないか。
「フィリップさん、決まったぞ」
「はい」
「秘密を知りたい」
「……っ!!」
それまでにこやかだったフィリップさんが、俺の言葉を聞いた途端、目を見開いた。
「秘密、とは……?」
「誰でもいい。帝国中枢の誰かの秘密だ」
「……理由を、お伺いしても?」
理由か。特に考えてなかった。強いて言えば「なんか気になるから」だが……。
「知ってそうな人にしか、こんなことは言わない」
「!」
そう、そういうこと。
フィリップさんって、なんか色々と知ってそうなのだ。商人は情報通と相場が決まってる。だから気になった。
「…………」
フィリップさんは沈黙し、考え込んでいる。
俺としては断られようが全く構わないが、彼としては俺と繋がるチャンスだろう。なるべく応えたいはずだ。
しかし、商人としての信用もある。ここで誰かの秘密を話してしまうのは、商人として失格だ。
さあ、どっちを取る。
「……わかりました、話しましょう」
「!」
おっと、意外だった。
てっきり俺は、商人としての矜持を取ると思っていたからだ。
「何故、話す気になった?」
「モーリス商会は実に幅広い商品を取り扱っております。衣食住、奴隷、それに……情報も」
「あくまで商人として、俺に商品を提供すると言うわけか」
「お察しいただけて何よりに御座います」
やるなあ、フィリップさん。流石、口が上手い。
「で、誰の秘密を話してくれる?」
「スピカ・アムリット様。今や皇帝陛下専属占い師となられた、あのお方について」
「……ほお」
これまた意外な名前が出てきた。
スピカさんか。俺は彼女のことをあまりよく知らない。シガローネさん曰く、俺は彼女に利用されているらしいが、そのへんもまだよくわかっていない。
ちょうどよかったな。これで少しは彼女のことを知ることができる。
「彼女は、元は奴隷で御座いました」
「奴隷?」
「はい。二十二年ほど前、キャスタル王国にて、私はまだ赤ん坊だった彼女を奴隷として預かります」
「待て。キャスタル王国? それに赤ん坊だと? 赤ん坊なのに奴隷だったのか?」
思った以上にヤベェ話のようだ。
赤ん坊の奴隷って、そりゃつまり、赤ん坊を売った親がいるってことだろう。
「奴隷こそが、一番安全と考えての、苦肉の策。私はそう考えております」
「苦肉の策……」
「私に赤ん坊を預けた方の名は……ルシア・アイシーン様。当時のキャスタル王国においては公爵で御座いました」
「!?」
更にヤベェ名前が出てきた。
ルシア・アイシーンってそりゃお前、洗脳ババアの異名を持つ、ユカリの元雇用主じゃないか。
「その後、赤ん坊はマルベル帝国へと渡り、とある富豪の家で育てられることとなりました。とは申しましても、富豪の奴隷では御座いません。富豪に仕えるメイドの奴隷で御座います」
「……なるほど。使用人が将来の使用人を育成するわけだな」
「きっとそのような考えがあったのでしょう。しかし、噂によると……それはそれは悲惨な環境であったとか。母でも父でもないメイドに愛情なく育てられ、物心ついた頃から日夜せっせと無償労働させられる。その苦労は想像に難くないものだったと思います」
まあ、理解できなくはない。その富豪が駄目なやつであれば、使用人たちが鬱憤を溜めて、それをカースト最下位のやつで解消しようとする。多分、いじめもあっただろう。
「スピカ様はおよそ二十歳になるまでをそこで過ごしました。非常に貧乏で劣悪な生活だったようですが、そんな彼女にもついに転機が訪れます」
「二年前か?」
「はい。富豪が病に倒れ、相続で揉め、数々の不正が発覚し、取り潰しとなったのです」
「急転直下だなおい」
「ええ。しかしスピカ様にとっては、奴隷から解放される良い機会となりました。そして、そこからが輝かしき人生の幕開けで御座います」
「占いか」
「左様です。帝都一の占い師に見初められ、スピカ様の中に眠っていた占いの才能が破竹の勢いで開花していきました。帝都一の占い師が、自分の跡を継ぐのはスピカ様しかいないと喧伝するほどでした。そしてなんと、皇帝陛下との謁見を実現するまで一ヶ月とかからなかったとか」
凄えな、どんだけ眠ってたんだ才能……と思ったけど、そうか、奴隷のままだと、いくら占いの才能があったって、どうしようもなかったんだろうなあ。
「そうしてスピカ様は今の地位にまで上り詰めたのです」
「へぇ~」
面白い話だった。
何が面白いって、ルシア・アイシーンが絡んでいるのが謎すぎて面白い。
「ありがとう、フィリップさん。面白い話を聴かせてもらった」
「いえ、満足していただけたようで、何よりで御座います。今後ともどうか、我らモーリス商会をご贔屓に」
俺はフィリップさんを見送りながら、ぼんやりと考えごとをする。
随分な苦労人、スピカ・アムリット。果たして彼女は、本当に占い師なんだろうか――?
お読みいただき、ありがとうございます。
面白かったり続きが気になったりしたそこのお方、画面下☆から【ポイント】評価を入れて応援していただけたら最高です。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。【ブックマーク】や《感想》や《レビュー》もとてもとても嬉しいです。「書籍版」買ってもらえたり「コミカライズ」読んでもらえたり「宣伝」してもらえたりしたらもう究極に幸せです。何卒よろしくお願いいたします。
更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。
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挿絵がたくさん、書籍版第1~4巻が発売中!
一味違う面白さ、コミックス第1巻も発売中!
続きが気になる、コミカライズも連載中です!