236 飲もうワイン、祝うもの。
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇妃
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師
セラム:メルソンの狗
ジョー:セブンに洗脳されている衛兵
オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近
* * *
帝国城で開かれた祝宴は、俺の想像していたものと大分違った。
皆で飲んで食ってドンチャン騒ぎする感じかと思ったら、もっと上品なドレスコードのある立食パーティのような雰囲気だった。
俺は自分の場所から一歩も移動することができず、次から次へと挨拶に来る大勢の人々を捌いていくだけである。おかげで満足にメシも食えやしない。
しかし腹はタプタプだった。皆、俺のグラスの中身が少しでも減っていることに気付いたら、すかさず酒を注いでくるのだ。
これで会話が面白ければまだ救いはあったが……常に俺の顔色を窺う冷めきった目と、形状記憶合金のような笑顔、表面ばかりを取り繕った中身のない言葉。どいつもこいつもこんなのばっかりである。
あれほど面会予約のあった各国の大使たちも、てっきり祝宴でも本人が挨拶に来るのかと思いきや、ほとんど代理が来ていた。まあ、大使はかなり偉い役職らしいから、そう易々と出向けるわけではないのだろうが。
「……ちょっと待ってくれ。挨拶はこれを食べてからにする」
「は、はあ」
ついに俺は我慢の限界が来て、挨拶に訪れたどっかの国の大使の代理に一言断りつつ、オリンピアの持ってきてくれた料理を口にした。
だって、ずっと良い匂いがしてたんだもの。温かいうちに美味しく食べるのが料理人への礼儀ってもんだろう。
「美味っ」
実に美味い。このステーキ、期待通りだ。キャスタル王国は魚料理が美味しいが、マルベル帝国は肉料理が美味しいな。ソースの味付けも濃いめの甘めで、かなり俺好みだった。ああ、白飯が欲しくなる。
……ままよっ。
「オリンピア、ライス頼む」
「はっ」
頼んでしまった。
こんなきちんとしたパーティにライスなんて置いてあるのかは甚だ疑問だが、オリンピアが取りに行ったということはあるんだろう。
「さて、それじゃあライスがやってくるまで話の続きを――」
「――セブン閣下、どうぞワインを」
「おお……おお?」
俺が待たせていた大使代理と話を再開しようと口を開いたら、ワインボトルを持った給仕係の男がサッとワインを差し出してきた。
ワインなぁ……ステーキとワインの相性は抜群だったが、ライスが来るとなると、正直言ってワインはもう用済みである。
「いらないぞ」
「左様で御座いますか。しかしこちら、只今ご用意できる最高級のもので御座います。是非一口だけでも。きっとステーキにとても合うことでしょう」
「いや、ライスが来るからいい」
「まあまあ、そう仰らず」
「あっ、勝手に注ぐなもったいない! いらないって言ってるだろ」
「し、失礼いたしました。しかしながら、セブン閣下の将軍就任祝いとして、一番に味わっていただきたいと、特別に取り寄せたもので御座いまして」
「じゃあお前にあげる。こっそり持ち帰っていいぞ」
「……さ、左様で、御座いますか。で、では、ありがたく、頂戴いたします」
給仕の男は残念そうに帰っていった。そんなに飲んでほしかったのかな?
「す、すみませんが、私もこれにて失礼いたします」
「え? ああ、すまない。待たせ過ぎたな。また機会があったら」
「は、はい」
ワインの一悶着を見てか、どっかの国の大使代理の人も、何故か青い顔をして去っていってしまった。
俺の対応に何か問題があったのかもしれない。まあ、あんまり行儀良くないからなあ俺。仕方ない。
そして、ぱたりと、あれほど盛況だった俺への挨拶ラッシュが止まった。やっぱり俺なんかやっちゃいましたねこれは……早くオリンピア戻ってこないかな。
「遅くなりまして、申し訳御座いません。ライスをお持ちしました」
「おお、ありがとう! 待ってた!」
二つの意味で待ってた。
さあ、お待ちかねのライスだ。俺はオリンピアからライスの盛られた皿を食い気味に受け取って、ステーキと一緒に食べ始めた。
かぁーっ、これこれ! 求めていたものはこれよ! やっぱ堪らねえな肉と白米は!
「……? ……ッ!? き、騎士長! このワインは、如何されたのですか!!」
「ほ?」
なんかオリンピアが血相を変えてさっきのワインを指さしている。
「どうしても飲んでくれってうるさかったからさあ」
「ま、まさかお飲みになられたのですか!?」
「いや、ライスがあるんだから飲む気にはならないよ」
「……!!」
かと思えば、今度は目も口も開いて驚きの顔を見せてくる。
このワイン、そんなに高級だったのか。え、じゃあこれ食べ終えたら飲もうかな……。
「さ、流石は騎士長で御座います。あの時には既に全てお見通しで、私にライスをお頼みになられたのですね。このオリンピア、感服いたしました」
「???」
まーた勝手に感服してるよ。もう意味がわからん。
「それにしても、これは……失礼」
オリンピアは一頻り感服し終えると、俺を横目にワインのグラスを手に取って、軽く匂いを嗅いでいた。
おいおい、そんなにか。そんなに凄いワインなのか。よし、やっぱり飲もう。
「ああ、やはり。微かに“バウィ”の香りがします。即効性の致死毒です。私が離れた隙を狙われたようですね、申し訳御座いません。私、気が動転しておりまして、騎士長がお飲みになってしまわれたのではないかと思い込み……いえ、一口でも即死ですから、そんなはずはありませんでしたね。お恥ずかしい限りです」
「!?!?!?」
……あっぶねえ。口の中のもんが全部出るところだった。
“バウィエキス”――メヴィオンでは有名なアイテムだ。バウィという木の実の種から特殊な方法で精製されたエキスは、その一滴を服用するだけでどんなプレイヤーでも一瞬で死へと誘う。
ネトゲというのは不思議なもので、「一部ステータスの恒久的低下」というデスペナルティがあるにもかかわらず、死にたくてしょうがない物好きが何人もいるのだ。落下中に死んだらどうなるとか、ダンジョンボスと同時に死んだらどうなるとか、デスワープで移動をショートカットしてRTAに役立てるとか、バウィエキスにはそういう一風変わった需要があった。
そんなマニアックなアイテムがまさか暗殺に使われているとは……いや、まあ、冷静に考えたらお誂え向きか。ちょっと香ばしい匂いがするだけだから、匂いの強いものに混ぜ込めば誤魔化せる。
そっかぁ……飲み食いにおいては、真っ先に警戒すべきアイテムだったか。しまったなぁ、完全に忘れていた。
「あ、あぁ、バウィねえ、はいはい……」
あー怖っ! 怖いわ暗殺されかけた。俺、あのワインが来るまで、注がれた飲み物は全て躊躇なくゴクゴク飲んでたわ……。
そりゃ大使代理の人たちもビビって寄ってこねーよ。俺が断ったのを見て、あのワインが毒入りだったと判断したんだろう。普通の感覚してたら、目の前で死なれないように距離を取る。疑われるのも、巻き込まれるのも、怖いから。
それにしても、みんな鋭いなあ。こういう場では、暗殺を感じ取る嗅覚みたいなものも必要になってくるのか。なるほど勉強になった。
「バウィ……はて」
俺はオリンピアが持ってきてくれた安全だろう飲み物で喉を潤しながら、珍しく頭を働かせる。
バウィエキス。なんだか最近、これのことを考えていたような気がするのだ。
はて、なんだったか。そう、暗殺。暗殺に関係することだったと思うんだが――。
「!」
思い出した! カサブランカ影王の件だ。
表彰式でマインを暗殺しようとした、カサブランカ影王に変装していた暗殺者。あいつ確か、奥歯にバウィエキスカプセルを仕込んで土壇場で自殺して、自分の口を封じたんだ。
バウィの実を入手するのは、それなりに面倒くさい。精製方法も簡単ではない。それほど時間はかからないが、スキル習得方法と一緒で、知っているかどうかが最大のポイントになるものだ。
普通に考えれば、マインを暗殺しようとしたやつと、俺を暗殺しようとしたやつは、同一人物からの命令を受けているだろう。
誰だ? キャスタル王国の国王マインが消えて喜び、マルベル帝国のセブン新将軍が消えて喜ぶのは、誰だ。
今のところ考えられるのは、この二択である。
メルソン・マルベルか、シガローネ・エレブニ。
メルソンは、次期皇帝を狙っていることもあり、キャスタル国王暗殺という手柄を立てることは大きなプラスになる。また、俺の存在も邪魔で仕方がないだろう。彼女としては、弟の手駒セブン将軍より自分の手駒ナト・シャマン将軍を皇帝に重用してもらわなければ、次期皇帝から遠ざかる一方で困ってしまう。暗殺の動機としては十分だ。
シガローネさんは……そんな回りくどいことをするような人だろうか? マインが邪魔なのは確かだろうが、暗殺という形で実行するとは思えない。あの人なら暗殺などではなく直接ぶっ殺しに行きそうなものだ。俺の存在も、穏健派という意味では強硬派の彼にとって邪魔だろうが、暗殺するほど邪魔なのかといえば、いまいち頷けない。
というわけで、暗殺の指示を出した犯人はメルソンだろう。
いいね、推理ゲームっぽくて面白い。それにアクション要素もある。
ああ、そうですか、俺を狙ってますってか。じゃあ返り討ちにしてあげようじゃないの。なかなか良い訓練になりそうだ。半年後には影王戦も控えているしな。
俺は既に《歩兵暗殺術》を習得している。習得条件は「PKing」のみ。かつてユカリがまだ洗脳状態にあった頃、襲ってきた盗賊たちを一掃した際に覚えた。
【暗殺術】スキルの習得条件、その中にもう一つだけPKingまがいの行為を要求されるものがある。《香車暗殺術》だ。逆にこれさえ覚えてしまえば、あとの桂馬~龍王は全て魔物を相手に覚えられる。
そして、その条件は……「《歩兵暗殺術》を用いて五人のプレイヤーを瀕死状態にする」こと。
当初、俺は死なないなら別にいいじゃないかと思っていたが、よくよく考えてみれば、途轍もなく痛い。それに死なないとはいえ、瀕死になるのは、この世界においては死ぬほど怖い。とてもじゃないが、知り合いの誰かに頼んでできるようなことではない。
メルソンの命令を受けた暗殺者さんたちは少し可哀想だが、俺の命を狙ってくるのだ、覚悟はできているだろう。ちょっと、いや、かな~り痛い目に遭ってもらって、俺の《香車暗殺術》習得の手助けをしてもらおうか。
「フ、フフフ、ヌフッ」
今夜か? 明日か? 明後日か? 待ち遠しいぜ。早く習得したくてしょうがない。
「……流石は騎士長です。たった今、何者かに毒を仕掛けられたというのに、ステーキ丼を食べながら笑っていらっしゃるとは。このオリンピア、感服せざるを得ません」
またオリンピアが勝手に感服している。
隙あらば感服するなこいつ。
「あ、そうだ。オリンピア」
「は」
「今日から二週間、ライトの警護をガッチリ固めておいてくれ。うちの近衛騎士と、あと第五小隊も使っていい」
「はっ」
メルソンが俺の次に狙うとしたら、ライトかもしれない。
……ん? 待て。このパターン、何処かで……。
「あ、オリンピア」
「は」
「一応、親父の方の暗殺も警戒しておいてくれないか」
「はっ!」
既に“影”とかいうのが護衛しているんだろうが、念には念をだ。
前はこのパターンで、マインの親父が、キャスタル国王のバウェルが殺された。あんなやるせないことはもう繰り返させない。俺は過去に学べる男なのだ。
まあ、実の娘が、父親を暗殺しようなんて考えないとは思うが……。
「しかし、呼び捨てになさるほど殿下とご懇意とは。流石は騎士長――」
……もう何も言うまい。
* * *
「――ワインは、あまり好きではなかったみたいね」
「はい。酒より米と、断られ……そして、私に、持ち帰ってもよいと」
「……ふぅ……」
セラムからの報告を聞き、メルソンは溜息をつく。
酒を断るために米をあらかじめ頼んでいた。将軍就任を祝う最高級のワインを給仕の男に持ち帰れと言った。この二つからわかることは――。
「来ると、予想していたということね。そして、今度はやり返すという警告も……」
セブンは全てお見通しだったということだ。
そして恐らくは、誰が仕掛けてきているのかも。
「セラム、仕掛けなさい。今夜よ」
「はっ」
もはや命令を濁してとぼけているようなフェーズではない。
メルソンは後に引けなくなったのだ。
しかし、決して、悲観はしていなかった。
「……日の照る所で影の王などと、聞いて呆れるわね」
彼女がたった今セブンへと差し向けた暗殺隊、それこそが――暗殺術の頂点であったカサブランカ影王を屠った精鋭中の精鋭、本物の暗殺者たちである。タイトル戦などという遊びとは、生きるステージが違う。
マイン・キャスタルの暗殺はセカンド・ファーステストによって阻まれたが、今回はあのようなバケモノもおらず、衆人環視の中でもない。
ただの一度の失敗も許されない環境でひっそりと息を殺し人を殺して生き延びてきた、そんな闇の住人たちが、たった一人の男の寝込みを襲って失敗などするはずがないのだ。
ゆえに、メルソンはまだ自信を持っていた。
日の昇っていない今は、まだ……。
お読みいただき、ありがとうございます。
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