235 即利用、影飼うより糞。
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇妃
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師
セラム:メルソンの狗
ジョー:セブンに洗脳されている衛兵
オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近
* * *
「――よくやった。見事な仕事だ」
シガローネさんの執務室に入るなり、俺は何故か褒められた。
「とでも言うと思ったか? お前は折角の好機をふいにしたのだ。お前ならばノヴァ・バルテレモンを殺せたはずだ。なのに結果は引き分けだと? 糞ほどの失策である。何が和平だ、馬鹿馬鹿しい。これでオランジ王国はつけあがるぞ」
違った。
いや、まあ、そりゃそうだ。俺はシガローネさんの命令とは真逆のことをやってしまったのである。
「一応、ノヴァ・バルテレモンは打ち破ったんですよ」
「一応? 一応か、ああそうか、ハハハハ! ……で、それになんの意味がある」
「いや、彼女と話していて、オランジ王国とは上手くやっていけると思いまして」
「あの女はいずれいなくなるだろうが! 十年先か二十年先かわからんが、早ければ今月末にでも大将を辞するかもしれん! そうすれば和平など有耶無耶にされ、気付けばシズン小国にオランジ兵が溢れかえっている!」
「!」
なるほど、未来の話か。
確かに、俺とノヴァがいる限りは、マルベル帝国とオランジ王国は仲良くやっていけるだろう。だが、どちらかが欠けた両国の関係はどうなる? きっと互いに信じられなくなり、すぐさま緊張状態に元通りである。
シガローネさんはそこまで考えて、この機にノヴァを倒せと言っていたようだ。
「流石、大局を見渡してますね」
「……意地でも後悔も反省も謝罪もしないその姿勢だけは全く見事なものだな」
今度こそ褒められた? いや、皮肉か?
「どう釈明する。その糞の詰まった頭で考えて言ってみろ」
皮肉だったようだ。シガローネさんはお冠である。
しかし、釈明? どういうことだろう。
「釈明も何も、陛下には褒められちゃってますし」
「私に逆らって正解だったとでも言うのか?」
正解っていうか、うーん……。
「セブン、お前は利用されたのだ。そしてこれから更に利用されようとしているのだ。それがわからないお前ではあるまい」
……うーん?
利用って、皇帝の下で働く以上、皇帝に利用されるのは当たり前のことなんじゃないか?
「一体誰に利用されているんです?」
「…………」
ちっともわからないので尋ねてみる。
すると、シガローネさんは無表情のまま沈黙した。
いつもの怒り顔ではない、失望にも似た冷たい表情だ。
「……お前もか。もういい、帰れ」
「俺も?」
「耳に糞でも詰まっているのか? 私は帰れと言ったんだ。顔も見たくない」
「はあ」
どうにも釈然としないが、ここまで言われてしまっては帰るよりない。
なんなのだろう。怒りながら俺に釈明を求めてきたかと思えば、今度は冷たく帰れと突き放してきた。
「失礼します」
首を傾げつつも、俺はぺこりと一礼して執務室を出る。
「お前もか」――シガローネさんは最後にそう言っていた。
俺が利用されていることに気付いていなかったから失望した? いいや、そんな感じではなかった。彼は恐らく、もっと大きなことに対して落胆している。
俺も……ということは、俺の前にも、似たようなことがあったのだろう。
お前もか、と来たら“裏切り”が連想される。ラズが予想を裏切られるような攻撃を受けた時によく「ブルった」とかなんとか言っていた。聞けば、何かに裏切られた際は「お前もかブルータス」と言うと面白いのだそうだ。実質小卒を置いてけぼりにするインテリギャグである。
ともかく。シガローネさんは過去、誰かに裏切られた。そして、見ようによっては、俺もシガローネさんを裏切った。だから「お前も私を裏切るのか」……と、そういうことを言っていたのか?
駄目だ、わからない。いつも通りもうストレートに聞いてしまいたいが、あの様子だと会っても口をきいてくれないだろう。さて、どうしたものか……。
しっかし、それにしても不思議だ。シガローネさんの考えは、皇帝とはまるで真逆。そのうえ、自分の意見を曲げて皇帝に従うような感じでもなければ、シズン小国の時のように皇帝とは正反対の命令を独断で部下に出すこともある。
そんなんでよく宰相を続けられているなと思うが、何故だか成り立っているようだ。それだけ彼が有能ということだろうか。
「お」
色々考えながら廊下を歩いていると、曲がり角にオリンピアとジョーの姿を見かけた。
「何やってんだ?」
「騎士長!? ご会談はもうお済みになられたのですか?」
「ああ、すぐ終わった」
時間にして十分程度だ。そんなに早く終わると思っていなかったからか、オリンピアは時間を有効活用しようとしていたみたいである。
「これは失礼をいたしました。只今、騎士長がご指名しておりました衛兵のジョーを連れて参ろうとしていたところで御座います。彼の処遇は如何なさいましょう」
なんだ、わざわざ連れてきてくれたのか。
処遇? ああ、それも考えないとな。とりあえず洗脳している彼を傍に置いておきたいと思っただけなので、細かいことは特に考えていなかった。
「オリンピアの部下でいいんじゃないか」
「!」
「!?」
オリンピアも近衛騎士の仕事があるだろうから、俺の側近の仕事はジョーに手伝ってもらえばいい。そう思って俺はオリンピアの部下にと口にしたのだが……二人にはやたらと驚かれた。
「非礼を承知で申し上げます。この者に私の部下が務まるのでしょうか?」
オリンピアは目を丸くした後、ひどく冷静にそんなことを言う。
実力不足だと言いたいのだろう。そして実際、そうなのだろう。ジョーはただの衛兵、オリンピアは近衛騎士の中でも序列上位だ。だが……。
「実力はあまり関係ない。肝心なのは、信用だ」
「……っ!」
ジョーに実力があろうがなかろうが関係ないのだ。洗脳されている彼は、俺に対して嘘をつくことができない。つまり、彼が口にする情報はとても信用できる……気がする。だからなんとなく傍に置いておきたくなっただけである。
オリンピアは「そうか!」とハッとしたような表情を浮かべ、口を開いた。
「騎士長、素晴らしきお考えで御座います。確かに、騎士長ほどのお方ともなれば、数日にして凡庸を強豪に育て上げることさえ容易い。であれば、実力はさて置き、信用できる者こそ傍に必要な者。嗚呼、このオリンピア、感服いたしました。私も騎士長に信を置いていただけるよう、精進して参ります」
何やら勝手に勘違いしたオリンピアが勝手に感服しているが、まあ概ねそういうことだ多分。
「ということでよろしく、ジョー。今度また飲みに行こう」
「はっ! 何卒、何卒、よろしくお願い申し上げます……!」
俺が話しかけると、ジョーは非常に畏まって礼をした。とても恐縮している様子だ。
……よく考えたら当然か。将軍と近衛騎士に挟まれてるんだもの。ただでさえ洗脳されているというのに、なんか申し訳ないな。
「オリンピア。ジョーはあまり粗野に扱わないでやってくれ。任せる仕事は簡単なものから頼む。あと俺がいない時にはメシとか酒を奢ってやったりもな」
「は。良き上司として振る舞います」
これでよし。
「ああそうだ。ジョー、さっそく聞きたいことがあったんだ」
「はっ。自分などでよろしければ」
「シガローネさん曰く、俺は利用されているらしい。俺は誰に利用されていると思う?」
「!?」
俺の質問を耳にして、驚きの顔を見せたのはオリンピアであった。
「陛下か、スピカ様でしょう。次点でメルソン殿下です」
「!?!?」
質問を受けたジョーは、淡々と答える。
それを見て、オリンピアは更に驚いていた。
「それしかないよなあ」
「近頃の陛下と宰相閣下は意見が対立してばかりです。昔はあまりそのようなことはなかったのですが……思えば、スピカ様が陛下専属の占い師となってからのようにも思えます」
「おい、貴様! そのような勘繰り、不敬では――」
「いいんだ、オリンピア」
スラスラと喋るジョーを見て、オリンピアは不敬だと怒鳴りかけた。
だが、怒鳴るならば俺にである。不敬なことでも喋ってしまうように洗脳しているのは俺なのだから。ゆえに、俺はすぐオリンピアを止めた。
「むしろお前もこれくらいスパッと言ってくれた方がいい」
「な……!」
オリンピアは口を大きく開けたまま固まる。よかれと思って注意したのに止められたから怒っているのかと思ったが、その表情を見るにどうやら違うようだ。
「で? つまり、陛下はスピカさんの意見をよく聞き入れるようになった結果、シガローネさんと意見が分かれるようになったと?」
「そうじゃないかと、衛兵の間では噂されています」
「なるほどな。陛下の腹心がシガローネさんからスピカさんに交代しちまったってわけか」
「はい。陛下が強硬派から穏健派になられたのは、やはりスピカ様の影響があってのことと、自分はそう思います」
「スピカさんねえ……」
あの有能そうな占い師、皇帝を上手いこと誑し込んだのか。それとも、本当に帝国のためを思って穏健派として頑張っているのか。
とりあえず、スピカさんとシガローネさんがバチバチということは理解した。
とどのつまり、俺は皇帝ではなくスピカさんに利用されている……?
「うーん」
うーんだな、これは。
彼女とは一度しか話したことがない。ただその時は、そんなに悪い印象ではなかった。頭も良さそうだったし、礼儀もしっかりしていたし、何より親切だったと思う。彼女には“占い師”というジョブを改めて考えさせられるような深みがあった。
まあ、いいや。いずれわかるだろう。
「ジョー、あと一つだけ。シガローネさんって、過去、誰かに裏切られたことはあったか?」
「裏切り……ですか?」
「ああ。シガローネさんから突き放された人とか、失敗かなんかしてクビにされた人とか」
「後者につきましては数え切れないほどおりますが……すみません。突き放された人物となると、思い付きません」
「そうか、ありがとう」
明確な裏切りはなかったらしい。おかしいな、インテリの「お前もか」と来れば、裏切り関係のはずなのにな。
「……き、騎士長」
シガローネさん、実はブルってなかったのかも。ラズこれ使い方あってる?
なんて考えていたら、オリンピアが緊張の面持ちで話しかけてきた。
「どうした?」
「このようなこと、申し上げてよいのかどうか、まだ判断がつきませんが……しかし、騎士長の側近として、私は」
「おう」
「ええと……」
「?」
オリンピアは、どうも何かを言い淀んでいるようだ。側近という立場的に言い辛いことなのだろうか。
「以前、スピカ様が陛下の専属占い師となられる前のことですが、その頃はまだ陛下付き近衛騎士がおりました」
「え」
逆に今はないの?
「殿下付き近衛騎士と区別するため、陛下付き近衛騎士のことは特別に親衛騎士と呼ばれており、親衛騎士長は将軍を兼ねる高位の役職でもあったのです」
「……まさか」
「はい。最近帝都にいらっしゃった騎士長はご存じないようですので申し上げます。二年前、親衛騎士長を務めておられたのは、シガローネ・エレブニ現宰相閣下で御座いました。それが突如、将軍から外されてしまい、宰相としてご就任なさったのです」
その話は既に聞いている。しかし、親衛騎士長だったとは知らなかった。
「恐らく、騎士長の仰る裏切りとは……そのことを指すのではないかと」
なるほど!
シガローネさんが誰かを突き放したのではなく、皇帝がシガローネさんを突き放したのだ。
「!」
そうか、俺はてっきりシガローネさんに突き放されたとばかり思っていたが、むしろ逆だったんだな。
あの時、俺がスピカさんに利用されていると少しでも認めていれば、シガローネさんは「お前もか」などとは言わなかっただろう。
シガローネさんは、俺がスピカさん側の人間かどうか、さっきの会談で見極めようとしていたわけだ。結果、俺の言葉は「すっとぼけ」だと認識され、その上なんの釈明もしなかった俺は、完全にスピカさん側だと判断されて、「お前も陛下同様そちら側に付くのか」という意味で「お前もか」と口にした。そういうことだろう。
……いや、わからんわそりゃ。ユカリとかラズとかノヴァとかならわかったんだろうが、俺は無理だ。
しかし、まだ遅くない。オリンピアのおかげで気付けたぞ。優秀な側近ができてよかった。今日はこのあと祝宴があるから、それが終わってからか、明日の朝にでも、もう一度シガローネさんの所へ行って改めて話をしよう。
「オリンピア」
「はっ」
「ありがとう、良い話だった」
「は……はっ!」
俺が感謝を口にすると、オリンピアは暫し呆気にとられたのち、恐縮気味に敬礼をした。
彼の立場上、本当に話し辛かったことだろう。上司の上司が皇帝に裏切られたと噂するなど、誰かさんの耳に入ればクビにされてもおかしくない。だから、ありがとうだ。
オリンピアは「騎士長の側近として彼には学ぶことが多そうです」と、ジョーを見てそんなことを言っていた。
「ところで、今の親衛騎士ってどうなってるんだ?」
「形を変えております。“影”と呼ばれる隠密が四六時中、陛下を守護しているとか」
「とか?」
「誰もその姿を目にしたことがないのです。しかし腕は確かなようです」
「へえ、そりゃ凄いな」
誰も見たことのない影、か。なかなかカッチョイイぜ。
それにしても上手い護り方だ。感心した。敵にも味方にもその正体や人数を明かさないことで、暗殺の抑止力になっている。
「じゃあもしかしたら、お前も影かもしれないな?」
「ふふふ、いえ」
俺が冗談めかして言うと、オリンピアは上品に笑って否定したのち、声を潜めてこう口にした。
「しかし騎士長、お気を付けください。本当に、何処に潜んでいるかわからないのです。そして影は、陛下を護るばかりでは御座いません。時には盾となり、時には矛となるのです」
* * *
あれほど暴言を吐いたというのに、あまりにも落ち着き過ぎている――シガローネはセブンが退室していったドアへと視線をやり、目を瞑ってゆっくりと深呼吸をした。
一呼吸分の反省時間。ほんの少し、セブンへの言葉に感情を交ぜてしまったことに対して、シガローネは己を省みた。
彼は薄々わかっていたのだ。セブンのあの態度は、形だけのものではなかったと。
セブンは素で、スピカに利用されていることがわかっていなかった。あの態度は「すっとぼけ」ではなかったのだと、シガローネは今更になって気付いたのである。
「度し難い馬鹿だな全く……」
シガローネは思わずそう呟いた。
彼に言わせてみれば、殆どの人間が馬鹿である。が、中でもセブンは一味違った馬鹿であった。
「馬鹿と鋏は使いようか」
シガローネの覚悟は固い。この国は自分がなんとかしなければならないと、強く確信しているからだ。
そのためには、手札を増やさなければならなかった。他のどのカードよりも強力な、とっておきのジョーカーを。
そして、準備は整った。
「さあ、一つずつ、手の内を曝け出してゆけ……女狐」
◇ ◇ ◇
暗い部屋の中、女が呟く。
「……セラム。祝宴には“毒”が付き物。セブンのグラスにも、きっと何者かが仕掛けることでしょうね」
誰が、とは言わない。その何者かとは、恐らく、今、話しかけられた人物を指している。
つまり、何者かが勝手に察し、勝手に仕掛けるのだ。彼女は全く関係がない。
「は――」
闇の中で男が頷き、静かにその気配を消した。
◇ ◇ ◇
豪華絢爛という言葉ではきかないほどに煌びやかな部屋にて、着飾った女は幸せそうな表情で語る。
「ねぇ、お父さん。あのセブンって男の子、本当に良いと思わない?」
「うむ」
「とっても強いし、頭も良さそうだし、平和主義だし、護ってくれそうだし、それに超イケメンだし~」
「うむ」
「お父さんは許してくれる? 私がセブンと結婚しても、お父さん嫉妬しない?」
「うむ」
「やったぁ! じゃあ私、セブンと結婚する」
「うむ」
「あぁ、裕福な生活があって、お父さんがいて、結婚もできて、本当に幸せ……こんな毎日がずっと続けばいいのになぁ……」
「うむ」
お読みいただき、ありがとうございます。
面白かったり続きが気になったりしたそこのお方、画面下☆から【ポイント】評価を入れて応援していただけたら最高です。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。【ブックマーク】や《感想》や《レビュー》もとてもとても嬉しいです。「書籍版」買ってもらえたり「コミカライズ」読んでもらえたり「宣伝」してもらえたりしたらもう究極に幸せです。何卒よろしくお願いいたします。
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