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232 猿とバトルさ



「――ンド、セカンド~~ッ!!」


「……ん、ん?」



 目が覚めると、頭が何か温かいものに包まれていた。


 まだ瞑っていたいと逆らってくる目を強引にこじ開けると、そこには逆さ向きのノヴァの顔。


 なるほど理解した。どうやらノヴァに膝枕されているらしい。



「ノヴァ、大丈夫だったか?」


「私の台詞だッ! セカンド、痛いところはないか!? 一応ポーションを飲ませたが、HPはどうだ?」


「大丈夫だ」



 本当は全身痛いが、我慢できる程度だ。HPは大して減っていない。


 ……え、セカンド? あ、そうか、落下ダメージで変化へんげが解けてしまったのか。



「バレちまったなあ」


「とっくに気付いていたぞ。本気の殺し合いで釣り糸を使う者などセカンドしかおらん」



 俺が話を逸らすと、ノヴァは小さく笑って答えた。


 おー、そこで確信したのか。鋭いな。



 あれ……? そういえば、あんこは?


「……ああ」


 わかった。


 俺の経験値が今まさに増えていっている。


 この穴の中の何処かで、気絶スタンしたままの俺たち二人が魔物に襲われないように、狩ってくれているんだな。



「一体、何があったのだ? 私は何処から聞けば……いや、聞かない方がよいのか?」


 ノヴァは見るからに混乱している。


 彼女が最後に覚えているのは、多分、《龍馬体術》で砂漠に穴をあけた後、俺の【魔魔術】を喰らったあたりか。


 いやあ、それにしても見事な穴あけだった。冬季にシルビアがやっていた奇襲戦法の香車ロケットばりの穴あけだ。まさか下にこんな大きな空洞があるとは夢にも思わなかったが。



「ともかく、セカンドが私を助けてくれたことだけはわかっている。ありがとう……ッ! 正体を明かしてしまうことよりも、自分が危険な目に遭うことよりも、私を優先してくれたのだな~ッ! 嬉しいぞ~~ッ!!」


「うっお! どう、いたしまし、てぇ……っ!」



 感極まったノヴァにぎゅう~っとキツく抱きしめられ、変な声が出た。非常に息苦しい。馬鹿高いSTRと馬鹿でかい胸をこれでもかと言わんばかりに感じる。



「やはり、セカンドのその技量、筆舌に尽くしがたいな。まさか指一本触れられないとは思わなかった」


「いや、流石に手数が違うから。お前もこれから色々なスキルを覚えていけば、指くらいなら触れられる」


「クッハハハハ! なるほど、まだまだかかりそうだ」


「でもあの目潰しは素直に感心した。センス良いよなあ、お前」


「本当か!? あぁ~嬉しいぞ~セカンド~~!」


「むぐっ!」



 正直に話すと、ノヴァは花が咲いたように笑って、抱き着いてきた。馬鹿でかい胸が再び俺を襲う。


 そして、俺の頭に顔をうずめてすーはーと数回深呼吸してから、ふわふわとした様子で喋り出す。



「セカンド~。ところでセカンドは、何を考えてあんなことをしていたんだ~?」


「あんなこと?」


「帝国の将軍に化けていたではないか~」


「ああ、それか」



 一番重要な話のはずだが、すっかり忘れていた。それより先に試合の話が出てくるあたり、俺たちらしいのかもしれない。



「元々いたセブン将軍に化けたわけじゃなくて、セブンという名前で出世して将軍の代理になった」


「……ええと、すまない、理解できなかった」



 デレデレとしていたノヴァが途端に正気に戻り、目を点にしてそう言った。


「私がセカンドの家を発ってから、まだ半月も経っていないぞ? もしや、随分と前から帝国に忍び込んでいたのか?」


「いや、ノヴァを見送ったあと、グロリアと一緒にアルファの家を訪ねて、プロムナード家の悪事を暴いて、グリースダンジョンを攻略して、ライトの近衛騎士になって、シガローネさんに気に入られて、近衛騎士長になって、今こうなっている」


「……………………」



 ノヴァは眉間に手を当てたまま沈黙する。



「……わかった。セカンドのことだ、嘘は吐くまい。私は信じるぞ。それで、目的はなんなのだ?」


「バカンス」


「……………………」


 再び沈黙。



「……ク、クフフッ、クハハハハハ! そうか、そうだろうな! 稀代の八冠にはそのような肩書などなんの意味もない! これは痛快だ! クハハハハッ!」



 ノヴァ、バカウケである。


 正確には「バカンス気分で帝国をぶっ壊す」だが、物騒だから言わないでおいた。



「セカンド、いずれ正体を明かすのか? であれば、私もオランジ王国陸軍大将として準備しておかねばなるまい。帝国のセブンはあのセカンドであったと明かす準備をな」


「あー、どうなんだろう。わからん。もし俺が明かしたら、お前も合わせてくれ」


「無論。クハハ! これほど面白い話はないッ」



 ノヴァは笑いが止まらないようだ。


 確かに、オランジ王国としてはもの凄く面白い状況かもしれない。仮想敵国であるマルベル帝国の将軍代理という重職に、もろスパイがいるのだから。しかもそのスパイ、バカンス気分だというじゃないか。全くふざけてる。何処のアホだそいつは。



「ところで、今回の試合について」


「ああ、セカンド。私はしっかりと約束を守る女だ。帝国側の妥協案を受け入れよう」


「いや、それなんだがな」


 俺は、ふと思った。これはチャンスなのではないかと。



「引き分けということに、できないだろうか」



「!」


 俺がそう提案すると、ノヴァは良い反応を見せた。



「そうしてもらえると、私は助かるが……いいのか?」


「流石に、こんな事故が起こっちゃあなあ」


「セカンド……恩に着るぞッ」


 ビシッと一礼。流石は軍人、様になっている。



「しかし、そうすると……どうする?」


 どうする、とは。


 ああ、シズン小国を巡るいざこざをどうするかということか。



「逆にノヴァはどうすればいいと思う?」


「私か。私は、せっかく引き分けにしてもらったのだ、双方が等しく損をしない協定を結びたいと考える」


「協定?」


「うむ。本音を語れば……オランジ王国はシズン小国が欲しい。小国は、マルベル帝国の旧カメル神国への侵攻を防ぎつつ、旧カメル神国への侵攻を見ながら、マルベル帝国を睨むこともできる絶好の位置だ」


「帝国も然り、か」


「そうだな。互いに欲している。ゆえに、答えは四つ」


「帝国が手に入れるか、王国が手に入れるか、双方が手に入れるか、双方が手放すか」



 俺が言うと、ノヴァは静かに頷いた。


 そして、双方が等しく損をしない協定、その意味は。



「双方が手放す。これが最も波風を立てん」


 だろうな。


「しかし、そうすると……セカンドは、いや、セブン個人は損をすることになる。私はそれが気になる」


 マルベル帝国にとってみれば、もともと半占領していたシズン小国を失った代わりに、オランジ王国を退けた形。まあ及第点だろうが、見方によっては、俺のせいでシズン小国を失うことになったとも言える。損と言えば損、なのか?


「まあ、それでクビになるわけでもないだろう? どうでもいいや。なるようになれって感じだ」


「クハハッ! 流石、休暇を満喫しに近衛騎士長となった男は余裕が違うな」


「それほどでもない」


「ただ、それでは私の気が済まん! 愛する男の出世を応援できんなど、女が廃るというものよッ」



 あっ、強い。相変わらずキャラが強い。どうして俺の周りはこうも色々と強いやつらばかりなんだ。



「よし、セカンド。一先ず整理するぞ。オランジ王国軍とマルベル帝国軍は、互いに同時に撤退し、以後、双方の話し合いなくシズン小国へと軍を差し向けることを禁ずる。これが、セブンと私が引き分けた時に結ぶ予定だった協定の案としておこう」


「異議なし」


「オランジ王国による旧カメル神国への侵攻も、マルベル帝国次第では、考え直す準備があると皇帝に伝えておいてほしい」


「わかった」


「その他の細かい点については後日改めて詰め合うとしよう。だが、これだけでは私が納得できん。私を助けてくれたセブンに、何か手土産を持たせてやりたい。うーむ……」



 腕を組んで考え込むノヴァ。


 別に俺は何もいらないが、ノヴァの立場的にも気持ち的にもそうはいかないのだろう。


 しっかし、俺の正体が判明した途端に、ノヴァはすんなりとこっちの主張を信用してくれたな。「同時に撤退する」という俺の妥協案、試合前は信用できないという理由で蹴られたが、結局今回の引き分け案に採用されている。


 つまりは、帝国のセブンは信用できないが、セカンド・ファーステストなら信用できるという、小さくて大きな違いだ。


 そういう“信を置ける重職”が国に一人でもいれば、ひょっとしたら帝国はもっと良い外交ができるのかもしれない。




「――主様あるじさま、あんこ只今舞い戻りまして御座います」



 二人して思考に耽っていると、あんこが《暗黒転移》で戻ってきた。


「あんこ、ありがとう助かった」


「いえ、御身のためならば」


 彼女は呼吸一つ乱していないが、俺の経験値は相当に増えている。俺たちが気絶している間、一体何をどれだけ狩ってきたんだろうか。



 ……というか、そもそもここは何処なんだろうか?



「あんこ、どんな魔物がいた?」


 俺は気になったので、そう聞いてみた。魔物が特定できれば、場所も特定できそうだ。



「色とりどりの猿で御座いました」


「――!?」



 猿ゥ?


 いや、あり得ん。


 だって、それが事実なら、ここはダンジョンの中ということになる。



「……赤・青・緑・茶色、あと白い猿がいたか?」


「白は見ておりませぬ。他の四色は何十匹と屠りました」


「…………」



 あーあ、もう確定だ。認めないと駄目だ。



「セカンド、どうかしたか?」


「ここ、ヴァーリーンダンジョンの中だ」


「なッ――!?」



 ノヴァは驚きのあまり絶句した。



 甲等級ダンジョン『ヴァーリーン』――別名、迷宮洞窟、猿洞窟、猿穴、etc。よく知らないがメヴィオンではモンキィ・ホール問題と呼んでいるやつらもいた。


 まあ、その呼び名の通り、猿の魔物ばかりが出てくるダンジョンだ。とはいえ決して侮れない。厄介なのは、猿どもの素早さと連携力、地味な火力の高さと、個々が【魔術】を扱う点、その属性の豊富さ等々、なかなか一筋縄では行かないダンジョンである。


 そして何より、とにかく長いのだ。延々と続く迷路のような洞窟を迷わずに進んで、手強くて鬱陶しい猿の相手をし続けなければならない。一度でも間違った道を選んでしまえば、数時間進んだ先に行き止まりがあるなどざらだ。実に性格の悪い構造になっている。そのおかげか「ヴァーリーンが好き」と言うプレイヤーには一人も会ったことがない。



 ……そうか、なるほどな。冷静に考えれば、あり得ない話ではない。迷宮洞窟と呼ばれるヴァーリーンダンジョンが、こんな辺境の砂漠地帯にまで繋がっていても。


 よく見れば、壁には見覚えのある模様が描かれている。壁がボロボロになっていて見づらいが、あれは確かにヴァーリーンダンジョンのものだ。



「ヴァーリーンだと!? 入り口はカメル神国にあるではないか! ここはシズン小国のはず……ッ!?」


「10kmかそこらか? あそこからここまで繋がってるんだろうな、地下で」


「それほどに長いダンジョンだったのか!?」


「むしろ俺はダンジョンに穴があいたことの方が驚きだ」



 システム上、そんなことが可能なのだろうか? これはつまり、ダンジョンの入り口が二つになったということだぞ。


「あ、いや、余裕であり得るわ」


 入り口が二つ以上あるダンジョンなら、既に存在していた。入り口が新たに増えた点については無問題なのかもしれない。


 しかし、壁を破壊してダンジョンに侵入できるとなると……これはやりたい放題じゃないか? やわらかい地面の下にあるダンジョンに限るが、ボスのいる場所の真上から穴を掘っていけば、ボス直通の入り口を作ることができてしまう。


 ひょっとすると……あの運営のことだ、これも仕様なのかもしれない。


 夢が広がるな。上手いこと条件の良さそうな場所を見繕えば、ダンジョンの壁を破壊できそうだ。もっとも、それほどに高いSTRを持っている者は数人に限られるが。



「……お」


 周辺を観察していると、なかなか良いものを発見した。


 キャンプスペース、いわゆる安地だ。これは“正解ルート”にしか設置されていない。つまり、ここはボスへ至る道の途中ということ。



「なあ、ノヴァ。手土産とやらは、これでいいか?」


「……何を言っている?」



 ちょうどいいや。



「――攻略を手伝ってくれ」


 ヴァーリーンダンジョン、攻略してしまおう。



 ボスがドロップする“雷猿の毛皮”くらいでもまあまあな素材になるから、手土産としては十分だ。


「待て。甲等級を、二人でか……?」


「あんことミロクとアンゴルモアも使う。お前も変身がある。行けないことはない」


「兵士はどうする? 砂漠で睨み合ったままだぞ」


「動くなと言ってあるから動かないんじゃないか」


「攻略には何時間もかかるだろう?」


「あいつら、先に動いた方が負けみたいな感じになってそうだし大丈夫でしょ」


「……否定できんな」


「なんだ、ノヴァ。ビビってんのかあ?」


「まさか! ただ、随分といきなりだったものでな」



 ノヴァもやる気はあるようで、気持ちを切り替えるように深く息を吐くと、不敵に微笑んでこう言った。



「楽しい初デートになりそうだ」


 俺は「違いない」と返して、笑った。




  * * *




「――龍王準備。そこの右の角から十秒後に土猿が飛び出てくるから、俺が合図したら撃て」

「承知した」

「今」

「ハァッ!」


 セカンドの合図と同時に、ノヴァは虚空へと《龍王体術》による衝撃波を放つ。


 ノヴァ本人も、最初は戸惑った。何故、何もいないところへとこれほど隙の大きなスキルを放つのか。しかし、何回か繰り返しているうちに、「そういうものか」と思うようになった。



「――!!」


 まるで自分から当たりに来たかのように、右角から土猿が飛び出してくる。


 そして、出現したと同時に衝撃波の餌食となり、一瞬で葬られた。


 ズゥンと、土猿の巨体が倒れ、洞窟が小さく揺れる。


 出現する猿の魔物は、体長1メートルもない火猿が最も小さく、次いで人間の子供ほどの大きさの風猿、大人ほどの大きさの水猿、3メートル以上ある巨大な土猿の順に大きい。



「……何度見ても凄まじいな」

「土猿? でかいよな。でも雷猿の方がもっとでかい」

「いや、違う。セカンドの技量、手際、安定感、その他の何もかもが、従来の水準とは何倍も違うと思ったのだ」

「んー、こんなの慣れだ慣れ」

「慣れ……そうか、まあ、そうなのだろうなぁ」


 ノヴァが土猿を吹き飛ばしている間に、セカンドたちは他の猿を何匹も倒していた。


 具体的には、《精霊憑依》の状態で【魔魔術】《雷属性・肆ノ型》の《溜撃》を溜めているセカンドに猿が向かわないよう、ミロクが最前線へと出て猿たちのターゲットを集めながら《銀将抜刀術》で一撃離脱、そこへあんこの《龍馬槍術》による遠距離攻撃が加わり、倒しきれなかった猿たちが反撃に集まってきたところへセカンドの《溜撃》が炸裂、一匹残らず確殺した。


「要は、如何に敵を纏めるか、そして、如何に纏めた敵を確殺するかだ」

「纏める?」

「ああ。漏れが出ると、反撃を許してしまう場合がある。敵に何もさせずに倒すのは当たり前だが、何もさせないまま一纏めにするのはちょっとテクニックが必要で……やっぱり慣れだな」

「クハハハッ。結局は、慣れか」


 そう呟きつつも、ノヴァは内心でそれだけではないと感じていた。



 慣れの一言で片付けていい話ではない。何度も何度も経験し、知識を身に付け、それが知恵となるまで、一体どれほどの時間がかかったのか。


 恐らく、セカンドは年がら年中そういったことばかりをやってきたのだろう。生活を疎かにするくらいに没頭してやってきたのだろう。出世など微塵も考えず、金儲けなどついでで、食事睡眠排泄といった必要最低限の行為以外の時間を全て注いできたのだ。


 それがこの彼我の差を作り出しているのだと、ノヴァはそう分析した。



「凄い。ああ、凄いなぁ……それしか言えない自分が悔しいぞ」


 呟いて、セカンドの背中を見つめる。


 そして、彼女は静かに決意した。更なる高みへと至るには――陸軍大将を辞するよりないだろう、と。



「そうそう、ボスの雷猿なんだが、俺一人でやらせてくれ。多分その方がターゲットが散らずに早く終わる」

「……無論。兵も待たせてしまっているからな」



 加えて、彼の隣へと至るには……どうやら人間も辞める必要がありそうだと、彼女は一人笑って、先を行くセカンドの背中を駆け足で追いかけた。






 それから二時間後、セカンド一行はボスへと到達した。


 ボスの雷猿は、体長5メートルはあろうかという巨大な白毛の猿である。


 そのくせ素早く動き、攻撃回数は多く、なんと雷属性魔術を使う。とはいえ、セカンドが扱うような壱ノ型等のランクを設けたスキルではなく、魔物特有の単一の攻撃魔術スキルだ。


「じゃあここで見といて」

「セカンド、気を付けるんだぞ」

「ん」


 ノヴァの心配をよそに、セカンドはすたすたと歩いて雷猿へと接近した。


 直後、雷猿がセカンドに勢い良く突進して襲いかかる。


「よっ」


 セカンドはミスリルバックラーによる《銀将盾術》で防御し、すぐさま《飛車盾術》の準備を開始、雷猿が魔術の準備を始めた頃を見計らって突進し、思い切り吹き飛ばしてノックバックさせた。


 弓に持ち替えて《歩兵弓術》を三発入れる間に雷猿は体勢を立て直し、再びセカンドへと突進してくる。



「見事だな」


 ノヴァが思わず感想を口にした。


 セカンドは、全く無駄がなく、完璧に立ち回っている……と、ノヴァにはそのように見えていたのだ。



 しかし、実を言うとセカンドは――初手でミスをしていた。


 《銀将盾術》によるパリィを失敗し、単なる強化防御になってしまっていたのである。


 パリィは攻撃到達の0.287~0.250秒前にスキル発動を合わせることで行える。しかし銀将の場合のみ、パリィ成功で反撃効果が加わる代わりに、猶予時間が0.277~0.250秒前まで0.01秒間短縮される。そのため、難易度が高いのだ。


 ミスの後のリカバリーも織り込み済みの、セカンドの立ち回り。ゆえに一見してミスだとはわかり難かったが、それでも鋭い者は見抜いただろう。


 過去に数十回ほどしか戦っていない魔物と、数年ぶりに戦った。ゆえに、雷猿を相手にした銀将パリィの感覚を忘れていても、不思議ではない。否、当然だ。


 セカンドも、人間なのである。当然、ミスをすることもある。


 だが、悲しいことに、ノヴァには、そして多くの者には、まだそれが理解できていない。




 以降、数分間。


 セカンドはミスをすることなく、銀将パリィを決め続けた。


 雷猿は近接攻撃をパリィをされると80%の確率で距離をとって雷属性魔術を放つという行動パターンとなっている。パリィではなく防御された場合は50%で雷属性魔術を選択する。


 ゆえに、パリィから飛車の突進を当てて、ノックバック中に弓などで追撃する。これが最も安定した倒し方である。


 20%を引いた場合は、臨機応変に対応するが、結局は近接をパリィで防ぐところに繋げていけばよい。


 セカンドの記憶の片隅に眠っていた雷猿攻略法。それを思い出しながら大して考えもせずに体を動かせるのは、やはり体の奥底までメヴィウス・オンラインが染み付いていると表現する他ない。



「リズムゲーだなあ」


 九回目の銀将パリィを決めたところで、セカンドが呟いた。


 ある意味では、その通りである。パリィはリズムゲームに近い要素が求められる技術だ。


 かつては0.016秒のズレさえも許さずに追求していたリズムゲーマーや格闘ゲーマーたちにとってみれば、銀将パリィなど余裕。そのように豪語していたプレイヤーも多々いたが、実際は違った。


 メヴィオンの場合、魔物ごとに、攻撃が到達する速度にもタイミングにも個性があるのだ。人間が相手であれば尚更。これを経験で、感覚で、体で覚えなければならない。そこがスタートラインである。


 絶対のリズム感覚を持つ世界的な天才音楽家であっても、初見ではまず間違いなくパリィできない。


 だが、世界的な天才メヴィオンプレイヤーであれば、経験がそこをカバーする。ゆえに初見であっても成功させてしまう場合がある。


 セカンドは、最初の一発を失敗しただけで、以後の九回は完全に成功させた。コツは、直視とリズムの両立。加えて、スキル発動の0.250秒後に敵の攻撃が到達するよう、盾を僅かに前後させて行う微調整である。


 メヴィオンにおける世界ランカーとは、このレベルの者を言う。




「よっし!」


 一仕事終えた、といった風に軽い声を出すセカンド。


 最後の一撃で、雷猿は倒れた。HPが尽きたのだ。



「毛皮と……おっ! ラッキー、尻尾もある」


 ドロップしたアイテムは、“雷猿の毛皮”と“雷猿の尻尾”の二つ。甲等級の素材アイテムだ。



 これを、手土産にする。すなわち、皇帝へと献上する。


 甲等級の、それも未攻略のヴァーリーンダンジョンの、よりによってボスの素材を二つも献上するなど……手土産としてはあまりにも過剰だと言えるのだが、セカンドは知ったこっちゃない。


 その上、戦争を回避し、シズン小国を巡るオランジ王国との協定は、皇帝が望んでいた歩み寄りの方向へと動いた。将軍代理としての働きも、十二分と言えた。



「素晴らしかったぞ、セカンド! とても良いものを見せてもらった! 私は嬉しいぞッ!」


 セブンが帝国へと戻ったら、きっととんでもないことになる。そう確信したノヴァは、自分の男がさらに大きな男となることに、喜びを隠しきれない。


 そして、セブンがその正体を明かした時、本当に途轍もないことになるだろう。それこそ、国際情勢が丸ごとひっくり返るような。


 ノヴァは、それもまた楽しみであった。



「おう。じゃあ帰るか」


 当のセカンドは、そんなことなど露知らず、休暇気分で寛いでいた――。



お読みいただき、ありがとうございます。


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更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。


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― 新着の感想 ―
投稿者ななともさんへ 攻撃到達前ってのがミソ。盾への当たり判定があって、そこの1番表層に攻撃が近づいてきて、到達前0.277秒からパリィのカウント“ダウン”をするから合ってるよ
[一言] モンティ・ホール問題わろた
[一言] 面白かったです。
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