24 盾と魔弓と
「さてシルビアよ。そろそろ魔弓術を覚えたくはないか?」
エコが《角行盾術》を覚えた日の翌日。
俺は朝っぱらからシルビアとエコの部屋を訪ねて、そんなことを問いかけた。
「勿論だ。覚えられるのならば覚えたいぞ」
「覚えられるぞ。よし今日から魔弓術の習得をやっていこう」
シルビアは嬉しそうに「そうか!」と言って、いそいそと準備を始める。
「あたしはっ? あたしはっ?」
エコはここのところ毎日楽しそうだ。今日は何やるの明日は何やるのと聞いてきて、何か答えると「きゃーっ」と飛び跳ねて喜ぶ。こいつ猫の獣人のはずなのだが、中身は完全に犬みたいだ。
「今日のエコは、ダンジョンで角行盾術の具合を確かめつつ岩石亀を倒しつつ岩甲之盾を狙う感じだな」
「きゃーっ!」
つまるところ、いつも通り……なのだが、エコは案の定喜ぶ。もうなんでもいいんじゃないかなと思う。
「よし行くぞー」
俺たちは露店で朝飯を買いつつ、もう通い慣れつつあるリンプトファートダンジョンへの道を進んだ。
「じゃあまずは弓術と魔術を複合させる条件から満たしていけ」
「うむ。承知した」
条件は「【弓術】でHPを75%以上減少させた魔物を【魔術】で1000体仕留める」こと。スライムの森で経験値稼ぎをした時にシルビアもある程度やっていたはずなので、1周かそこらで難なく埋まりそうだ。
「エコは角行盾術を試してみろ。驚くぞ」
「うん!」
エコに指示を出し、まず最初の魔物と当たる。
「えいっ!」
向かってきたヨロイリザードに対してエコが《角行盾術》を発動させると……。
ガキンッという硬そうな音とともに、ヨロイリザードの攻撃が弾かれた。エコはビクともしていない。受けたダメージ量は驚愕の4ポイントだ。
「んなっ!?」
シルビアが驚いている。
エコも「おお~っ!」と声をあげた。
《角行盾術》の効果は「強化防御」というもの。自身のVITを一時的に倍率強化しながら防御を行う。九段ならばVIT600%で防御することができる。高VITキャラクターならば、ボスの攻撃でさえ「蚊ほども効かぬわ」と弾けるくらいの強力なスキルだ。
「めっちゃ強いスキルだが、SPかなり消費するからここぞという時に使え。ランクはとりあえず5級まで上げろ。これ絶対。あとは1級止めか六段止めがベターだな」
5級からクールタイム減少かつ発動時間が短縮される。1級から更にクールタイム減少。六段でVIT500%の防御が可能となり、パフォーマンスは十分だ。
ちなみにこのスキル、MGR(魔術防御力)も同倍率で強化される。上級者になれば魔術を防がなければならないシーンも増えるので、非常に役に立つスキルと言えるだろう。
……なんてことを考えていたら、エコが急に泣き出した。
えっ。
「ど、どうした!?」
俺が慌ててそう聞くと、エコは「すごいよぉ~」「やくにたてるよぉ~」と涙ながらに言う。《角行盾術》のあまりの有用さがエコのよく分からない琴線に触れたのだろうか。いまいち謎だが、とりあえずよしよしと慰めてやって、エコが落ち着くのを待ってから先を進んだ。
「覚えたぞ!」
ダンジョンの終盤に差し掛かったあたりで、シルビアが嬉々として報告してきた。
「おっし、試してみようか」
「うむ!」
シルビアは炎狼之弓に矢を番えず引き絞り、《歩兵弓術》に《火属性・壱ノ型》を上乗せする。
「ゆくぞっ」
掛け声と同時に射った。
ボゥッと炎の唸る音とともに射出された壱ノ型は、魔物の腹部に命中。火炎は瞬く間に拡散し、魔物の全身を焼いた。
シルビアの《歩兵弓術》は五段、《火属性・壱ノ型》は三段。クリティカルヒットは出ず、魔物に与えたダメージは581であった。まあ駆け出し魔弓術師としてはこんなものだろう。
「次は参ノ型でやってみろ」
「うむ!」
シルビアは素直に頷き、同じようにスキルを準備する。
弓の中心にぐるぐると渦を巻く火の玉が凝縮されていき、まるで小さな太陽となったそれは赤黒く蠢く。
「…………」
なんかヤバそうだけど大丈夫か? というような表情でシルビアはこちらを見た。俺は「やってみ」と一言。
シルビアは射る。直後――
「うわっ!?」
ドッカン! という大砲のような轟音と衝撃と共に射出された参ノ型が魔物に着弾する。その瞬間、ピンポン玉ほどに小さかった火の玉が魔物の体の3倍ほどの大きさに膨れ上がって爆発した。
《火属性・参ノ型》のランクは9級。クリティカル出ず。ダメージは1612だった。ギリギリ実用範囲内かな。《歩兵弓術》を銀将か飛車に変更して、参ノ型のランクを上げていけば後衛の主力スキルになるだろう。是非とも頑張ってほしい。
ちなみに今の魔物を相手に、俺の《飛車弓術》九段の一撃でクリティカルが出ずに大体6200だ。《飛車剣術》六段では5000付近をうろちょろだろう。リンプトファートダンジョンではこれだけ火力が出ていれば十二分である。
「しるびあ、すごい!」
「……あ、ああ。すごいな」
当の本人は初めて使った魔弓術に半ば放心状態であった。
こうして、シルビアは魔弓術師としての第一歩を踏み出した。
「…………したい」
その日の夜。
俺はどうしても堪らなくなり、シルビアに近寄ってそう打ち明けた。
「ん……んんっ!?」
シルビアは顔を真っ赤にして聞き返してくる。
「したいんだシルビア……もう、俺……俺……」
「え゛っ!? ま、待て、まだ早いんじゃあないか!? その、もっと、関係を深めてからというか、なっ!?」
「俺――強化したくて堪らんッ!」
「きょっ……? …………~っ!!」
いてぇ! 叩かれた。
「折角この追撃の指輪を手に入れたんだ。強化しない手はない」
「あーはいそうですねはいはい」
すげえおざなりだ……こりゃ悪ふざけが過ぎたな。
「すまんすまん。でもな、これはお前の炎狼之弓にも関わってくるんだぞ」
「…………ふむ」
おっ、食いついた。
「エコ、お前がいずれ手に入れる岩甲之盾もだぞ」
「zzz」
寝とるがな……。
「まあいい。よく聞け、装備の強化ってのはクソ程重要なんだ。お前今さ、飛車弓術でダメージいくら出てる?」
「むぅ、大体3000くらいか」
「炎狼之弓を最終段階まで強化すれば、それだけで12000になる」
「ファッ!?」
シルビアが驚きのあまり変な声を出した。
どれだけ装備の強化が大事かということは理解してもらえたようだ。
「3000+強化で12000だ。4倍だぞ4倍」
「あ、ああ。強化がそれ程のものだったとは。確かに重要だなっ」
こくこくと頷くシルビア。
「うーむ……しかし強化と言えば」
お、気付いたか。
「そうだ。鍛冶師が必要だ」
「どうするのだ?」
「4つ考えている」
俺は考えていた案を一つずつ話した。
「1つ。俺たち3人でチームを組んで、冒険者ギルドに登録。そこで募集をかける」
個人で呼びかけるよりチームメンバー募集で呼びかける方が人員は集まりやすい。しかし、良い鍛冶師に巡り合えるまでどれだけかかるか分からないし、信頼の置ける鍛冶師が来るとも限らない。
「……それは、なかなか難しそうだ」
加えて、俺は過去に第三騎士団のお偉いさんに冒険者ギルド入りを勧められそれを断っている。今更入りづらいというのもある。あまり良い案とは言えないだろう。
「2つ。片っ端から鍛冶の適性がありそうな奴を探して勧誘する」
「……気が遠くなりそうだな」
運良く見つけられれば「一から鍛冶師として育成できる」などの利点は多いが、出会える可能性は万分の一にも満たないだろう。そのうえ町行く人に「ステータス見せて」と聞いて回るなど、また第三騎士団のお世話になるに違いない。昨今じゃ「いい天気だね」なんて話しかけるだけで通報される世の中だ。いくら今の容姿が良かろうと油断はならない。
「3つ。現役鍛冶師を勧誘する」
「これが一番現実的か。しかし……」
「ああ。望みは薄いな」
鍛冶師というのは重宝される職である。既に働いている職場を捨てて名も知れぬチームに付いてこいというのは何とも無理な話だ。逆に居場所のない鍛冶師なら簡単に勧誘できるだろうが、そのような鍛冶師は必ず何らかの欠陥を抱えているということ。求めている人材ではない。
「さて、4つ。これが本命だ」
「む、何か良い案があるのか?」
俺は「他に手段がないんだ」「仕方ないんだ」「だから怒らないでね?」という雰囲気を出してこう言った。
「奴隷を買おう」
お読みいただき、ありがとうございます。




