230 可能なら占うのか?
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇帝の妻
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
セラム:メルソンの狗
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
「――セブン、気を付けなさい」
翌朝、いざオランジ王国へ行かんと準備をしている時、背後からいきなり話しかけられた。澄んだ女の声だ。
振り返るとそこには、謁見の時に皇帝の横にいた、深い青色のソバージュヘアが特徴的なローブの女が立っていた。
「…………誰?」
「うふふ、失礼な人。でも嫌いじゃないわ」
いや本当に誰?
「私はスピカよ。スピカ・アムリット。本当に知らない?」
「ガチで知らない」
「……まぁ~……」
スピカと名乗る女性は、珍しい動物でも見るような目を俺に向けると、厚く口紅を塗られているプルンとした唇を小さく開いて、大きな宝石の付いた指輪や腕輪をはめた手でその口を覆った。同時に、ふわりと香水の匂いが漂ってくる。
なんというか、やたら着飾っていて、かなりセレブなマダムっぽい印象だが、歳は若そうだ。見た感じ、二十代前半といったところか。
「何やってる人なんだ?」
「占い師。今は陛下のお抱えだけれど、前は帝都でも有名だったのよ?」
へぇー、占い師! 初めて聞いた。勿論、メヴィオンにそんなジョブはない。
スピカは驚く俺にニッコリと笑いかけ、ピンと人差し指を立てて言った。
「ちなみに、こう見えて近衛騎士長より偉いから。きちんと私を敬うこと。わかったかしら?」
「アッ、ハイ」
こいつ昔のシェリィみたいなこと言うな。
「じゃあ、あれですか。そんな腕利きの占い師様が、俺にわざわざ気を付けろと伝えに来てくれたわけですか」
「そうよ。今回の侵攻、一波乱あるわ」
まるで確信しているように、スピカはそう断言した。
まあ、波乱のない戦争の方が珍しいとは思うが、失礼になるので口にしない。
「どんな波乱があるんです?」
その代わりに、詳細を求めた。このくらいなら許してくれるだろう。
「それを言ってしまっては占いにならないわ。でも、そうね……」
スピカは暫し逡巡し、口を開く。
「なるべく、ぶつかり合いは避けなさい。大勢の死者が出るわ。できれば歩み寄ること。これは陛下のご意思でもあります」
「陛下の意思?」
「ええ。オランジ王国とは、歩み寄れるならば歩み寄る。シズン小国の取り合いをやっているうちに、キャスタル王国が台頭してきて、ディザート共和国が地盤を固めちゃったら、マルベル帝国にとってもオランジ王国にとっても不利益だわ。なら、シズン小国をきっかけに二国間の結束を強めておいた方が、利口だと思わない?」
驚いた。占い師だと言うから、何か不思議なパワーで未来予知する感じなのかと思っていたが……意外にも根拠のある真っ当な考えだった。
つまり彼女は、皇帝の代わりとして今この場に来たということ。多忙な皇帝が出した使者というわけだ。
しかし、おかしいな。それではシガローネさんの言っていたことと食い違うぞ?
「セブン、今回の出陣に貴方の出世がかかっていることは知っているわ。そして、それを盾に、宰相閣下から何か脅されているのかもしないけれど……平和的な解決を望む陛下と、好戦的で手荒な宰相閣下、どちらの命令に従った方がよいか、よく考えるのよ」
スピカは見透かしたように言った。
なるほど、つまりシガローネさんの俺への指示は、皇帝の意向を無視した彼の独断。今回の出陣とはまた別の、俺個人への命令か。うーん、ますます難しい。
実際、シガローネさんの命令に従おうかどうか、俺は悩んでいる。流石は占い師、お見通しみたいだ。
どうして俺が悩んでいるかというと……それは単純明快。
「助言、ありがとうございました」
「ええ、頑張ってね。幸運を祈るわ」
シガローネさんから打ち破れと指示が出ている相手、オランジ王国陸軍大将の名は――ノヴァ・バルテレモン。そう、あの、ほにゃほにゃ女大将なのだから。
* * *
「神国へ向かった男、セブンと言ったか。実に面白い」
豪奢な部屋で朝食後の紅茶を楽しみながら、皇帝ゴルド・マルベルは口角を上げて呟いた。
対面に座る娘メルソン・マルベルは、それを聞いて不機嫌そうに言葉を返す。
「父上、面白いからとあのような新参者に指揮を執らせてはなりません。シズン小国を巡る協定は、オランジ王国とディザート共和国との今後を決める重要な――」
「メルソン。此度の遠征、お前は余とは違う見解なのであろう?」
「……はい。革命後の疲弊した神国、すなわちディザート共和国へと今すぐにでも侵攻すべきです」
「余はそうは思わん。オランジ王国にはバルテレモンがいる。神国の背後にはキャスタル王国がいる。キャスタル王国にはセカンド・ファーステストがいる。総じて一筋縄では行かんだろう」
「ですから、シガローネを将軍へと戻せば」
「それはならん。あやつを将軍にしては、帝国の未来は血塗られたものとなる」
「…………」
皇帝ゴルドは、完全に引け腰である。それがメルソンにはわかっていた。
セカンド・ファーステストという男が挽肉を送りつけてきた頃には既に、皇帝ゴルドのこの逃げ腰は始まっていた。
キャスタル王国へと潜り込み、宰相までのぼり詰めたバル・モロー。クラウス第一王子を担ぎ上げ、上手い具合に王城を占拠し、帝国からの援軍を待っていた。だが、彼の援軍要請は無視されたのだ。その援軍要請を皇帝ゴルドが無視した理由も、結局は腰が引けたからであった。
口ではなんとでも言える。ゴルドは色々と理由を付け、もっともらしく戦争を避けてきたことは間違いない。メルソンにとって、ここ数年のゴルドは、ただ口先だけの男としか思えなかった。
帝国の未来を本気で考えておらず、自分ばかりを安全にして、安全な帝都の安全な城内でぬくぬくとしているだけのように思えたのだ。
このままではマルベル帝国が駄目になる。メルソンはそう確信し、自分が次期皇帝となるべく水面下で行動を起こしていた。
具体的には――“暗殺隊”の結成。彼女の狗、諜報員のセラムもまたその一員である。
メルソンは、いざとなれば、父親さえ手にかける覚悟でいた。
彼女はそれほどにマルベル帝国という国を愛しており、大勢の国民の命を担う皇族という立場に責任を感じていたのだ。
だが……それとは別に、また新たな問題が発生してしまう。
「それにしても、三日で近衛騎士長とは恐れ入った。甚だ優秀だ。オランジ王国との決着次第では、副将軍の地位も考えておかねばならんか」
「なりません、父上。あまりにも期間が短すぎます。それでは納得せぬ者も多いでしょう」
「むしろその短さこそが面白いと、シガローネもそう言っておった。余も同じ考えである」
「……っ……」
新たな問題、それはセブンの台頭だ。
これは、メルソンにとって非常にマズい事態であった。
セブンが出世するということは、すなわち、ライトが次期皇帝に近付くということでもある。
ただでさえ、メルソンの騎士ナト・シャマンはセブンとの試合に完敗しているのだ。それだけで騎士や兵士の中での印象はすこぶる悪化した。
その上、今回のオランジ王国との一件で手柄を立てられてしまって、更には副将軍なんかになられてしまった日にはもう、ほぼ対等と言っても過言ではないほどに、ライトが次期皇帝の座へと急接近するだろう。
そうなっては、ゴルドの及び腰がどうこうどころの問題ではなくなる。メルソンの目から見て、ライトは明らかに皇帝の器ではなかった。
やはり、自分が次の皇帝になるしか、マルベル帝国を良い方向へと導く方法はない。そして、そのためには手段を選んでいられない――メルソンにはそうとしか思えないのだ。
「あのシガローネが、任せられると断言したのだ。ゆえに余は、オランジ王国との交渉、あの男に賭けてみようと思う。それに、スピカの占いもそう悪いものではなかった」
皇帝ゴルドが「珍しいものを見た」といった顔で口にした。そのくらい、シガローネが他人を認めることは滅多にない。
ただ、オランジ王国と話し合いに行けと指示を出したゴルドは、シガローネがセブンに対して全く違う指示を出していることは知らないようだ。
「占いは、なんと」
「善良なる心あらば扉は開かれ、邪悪なる心あらば扉は閉ざされる……だったか」
「なるほど……セブンには、善良なる心があるとお思いですか?」
「難しい質問だ。心をもって扉を見るか、扉をもって心を見るか、どちらも一興よ。お前は違うようだが、余は扉ではなく心に興味がある」
それはつまり、ゴルドはセブンに期待し、活躍を願っているということ。
逆に、メルソンはセブンを不安に思い、活躍を願っていないということ。
ゴルドの切り返しで思わぬところから内心が露呈してしまったメルソンは、苦虫を噛み潰したような顔で口を開く。
「心とは、帝国に対するセブンの在り方を。扉とは、帝国に対するオランジ王国の在り方を示しているのでしょうか。スピカは、どうにも回りくどい言い方をしますね」
そんなメルソンの様子を見て、ゴルドは小さく笑って口にした。
「それを言ってしまっては、占いにならんのだろう」
* * *
帝国を発って一日半。
シズン小国との国境を越えたところで、意外な人物に出会った。
「セブン! 早ぇ再会だったな! 元気してたか?」
「隊長! それにお前らも、来てたのか」
なんちゃらかんちゃら第五小隊のメンバーが勢ぞろいだ。
彼らは嬉しそうな顔で俺を囲んで、待っていたぞと盛り上がる。
「おうよ。わしら第一戦闘兵団歩兵隊第五小隊は、おめぇさんと共にある! それに、わしらだけじゃねぇ。宰相閣下が、セブンに万が一がねぇようにと気を利かせてくださってな、なんと今回は第一戦闘兵団歩兵隊が軒並み出動だ」
万が一……とか言いつつ、俺の指揮で神国へ侵攻させるために揃えたのだろう。
「現場の指揮権は全てセブンにあると聞いてる。しかしこう言っちゃあなんだが……大丈夫か?」
「ああ、問題ない。やることは一つだ」
「ほぉ、一つってか! 相変わらず、わかりやすくていいぜ」
目的は一つ。国境でノヴァと会う、それだけだ。
あとは、向こうの出方による。
それでもし、力で押し返してくるようなら……。
「それにしても、セブンが近衛騎士長か! やはりわしの睨んだ通りだったな! その上、あの将軍閣下に十連勝したそうじゃねぇか! おめぇ本ッ当にとんでもねぇ男だなぁおい!」
「おわっ!?」
ぼけーっとしていたら、ハイテンションな隊長が俺の背中をバシッと叩こうとしてきた。
当たったらレイスの変化が解けてしまう。俺はギリギリのところで躱し、隊長と二歩分の距離を取った。
「な、なんだ、どうしたよセブン」
マズい、怪しまれたか。
「……悪い。これから大将と対峙するから、少しナーバスになっていた」
俺が咄嗟に言い訳をすると、隊長はハッとした顔をして、口を開く。
「す、すまねぇ! そりゃそうだわな、なんせあのバルテレモンと向かい合うってんだ、セブンでも緊張するに決まってる! おい、おめぇら! セブンを暫く一人にしてやるぞ! いいなッ!」
「はいッ!」
隊長は大して関係のない隊員に号令して、慌ただしく俺から離れていった。
そして十五メートルほど後方に下がって、隊列を組んで待機している。どうやら上手いこと誤魔化せたようだ。
なるほど、ノヴァって帝国ではかなり恐れられてるんだな。それもそうか。確かにあのゴリラじみたステータスは、隊長たちにとっては巨大メスゴリラが現われたと感じても仕方がないほどのゴツさだろう。
しかし彼女は極めて繊細だ。力と技を兼ね備えており、その技巧は隅々まで行き届いている。とてもじゃないがゴリラとは思えない。
「…………」
――やりたい。本音を言えば、これである。
皇帝とか宰相とか抜きにして、本気の彼女と、本当に命を賭けて、なんでもありで、やりたくて堪らない。
なんとか、皇帝とシガローネさんの二人の命令を同時に果たせないものか。
つまるところ、オランジ王国と歩み寄りつつ、ノヴァを倒せる方法はないものか。
「ふぅ」
そんな都合の良い方法はないな……と、空を見上げて溜め息をついた。
第五小隊は十五メートルも離れている。こうしていると、まるで俺一人きりのようだ。
現在向かっているシズン小国とカメル神国の国境は、どんな感じだったっけ? 確か、砂漠の遺跡地帯だったように思う。そこら中に崩れた遺跡の残骸のようなものが散らばっている、だだっ広い砂漠だ。
砂漠に兵を並べて向かい合い、俺とノヴァとで話し合うわけか。
話し合いで済ませるも、奇襲をかけて侵攻するも、俺の自由。ただし後者の場合、兵士を隠せる場所が何処にもないため、小細工無用の完全な力勝負となる。
ノヴァ側の戦力を見てどう出るか決めろと、シガローネさんはそう言っているのだろうか……?
「!」
いや、待て。
……“一対一”なら、どうだ?
双方の兵士には、今の隊長たちのように、下がって待っていてもらう。
俺とノヴァがタイマンで決着をつけて、その結果で二国間の行く末を決めようと持ちかけるのだ。
こっちが勝てば、オランジ王国にはディザート共和国から兵を撤退してもらう。あっちが勝てば、マルベル帝国はシズン小国から兵を撤退させる。
死者を出さない平和的な解決策で、オランジ王国へ歩み寄る姿勢を見せ、真っ向からノヴァを倒し、双方納得の上で協定を取り決める。皇帝と宰相の命令を同時に満たせる方法は、これ以外に思い付かない。
ノヴァは話に乗ってくるだろうか?
多分、大丈夫。答えは「YES」だろう。あいつは強者に飢えている。そして、きっと直球が好きな女だ。
むしろ、下手に策を弄さない方がいい。ノヴァはああ見えて頭脳明晰、特に弁舌は絶品だ。あのユカリやスチームを舌戦で閉口させるくらいだから、俺なんかが政治的なあれこれを必死こいて考えて喋ったところで勝てるわけがない。
だったらもう直球で、一か八かの勝負に誘うしか方法はないのである。
果たして現実的にそんなことが可能なのかどうかは、それこそ占ってみないとわからないかもしれないが……。
「いいねいいね~」
俺は不思議と悲観していない。逆に楽観している。
パズルのピースがハマったような感覚があった。なんだか、上手くいくような気がするのだ。
帝国に来てからというもの、これの連続。
まさしく遊戯、ウィンフィルドが言っていた通りだ。推理と選択を繰り返し進めていくゲームのようである。
そして、安心して楽しめるのだ。俺の頭でもわかるようなギリギリのレベルで、俺にしかわからないような形で、絶妙にヒントが散りばめられている。
その上、ノヴァとのタイマンなど、刺激的な要素も入っていて……至れり尽くせり、もう面白いったらないな。この一ヶ月、いい感じの休暇になりそうだ。
「待ってろノヴァ、今行くぜ~っ」
――この時、ノヴァと試合ができそうだとわかって頭がハッピーセットになっていた俺は、一つだけ重要なことを失念していた。
向上心とプロ意識に満ちた才気溢れる彼女が、タイトル戦を終えたばかりのこの数日、鍛錬していないわけがなかったのだ。
そう、八冠記念パーティの日、あのビンゴ景品で、俺がノヴァに教えたスキルは――。
お読みいただき、ありがとうございます。
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