229 トゲトゲと
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇帝の妻
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
セラム:メルソン派のスパイ?
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
「勝っ…………ちゃったよ」
「マジか……」
「……しかも、十連勝」
「半端ねぇ……」
セブンがナト・シャマン将軍と握手をしている頃、セブンの部下にあたる皇子付き近衛騎士たちは、あまりの衝撃に脳がピリピリと痺れていた。
「やはり、セブン様は騎士長で留まるような方ではなかったな」
「きっと出世する。いずれは将軍、はたまた宰相か、ひょっとすると……」
「ああ、夢ではないかもしれない」
宰相に呼び出されたことで最初にセブンの異常性を知った三人は、セブンの行く末を予想し合っている。彼らの中では、セブンが近いうちに将軍となることはもう確定しているようだ。
「見たか、お前ら。あれが俺らの騎士長だ。あの方の後ろを、俺らはこれから付いていくんだぞ」
「……こんなに誇らしいことはありません、ね」
「ああ、俺もそう思う」
元騎士長と共にセブンをハメようとした男と、セブンの冊子を叩き落とした青年は、セブンを見つめながら、視線を合わさずにそんなことを語り合った。
皇帝が実力主義を推進しなくなってから二年ほど経つ帝国だが、それでも帝国に暮らす者たちの間ではまだその考え方が根強く残っている。ゆえに、「あのナト・シャマンを圧倒した」という事実だけで、彼らはセブンのことをすんなりと心の底から認めてしまった。
それほどに、皇女付き近衛騎士長ナト・シャマンという将軍は、彼らにとって強い男であったのだ。
「剣術も、槍術も、体術も! 盾術も魔術も糸操術も、甚だ素晴らしかったが! 何よりあの弓捌き! 習えるのなら全財産叩いてもいい! 私は途轍もないものを見た!」
一方、徹夜で《龍王弓術》を覚えたエリートの男は、眠気をすっかり消し飛ばし、興奮冷めやらぬといった風に口を開いた。否、徹夜テンションとでも言うべきか。その目はやけに血走っている。
「一戦目からして凄かった! 恐らくはあの初撃の歩兵弓術を躱せなければ、もはや抵抗の余地などないのだろう」
「躱せるものならな」
「違いない。ぴくりと腕が動いたかと思いきや、もう眼前に矢が飛来している、といったところか」
「その後の、盾術から体術への転換も恐ろしく速かった」
「それを言ったら、糸操術への繋ぎの方が私は恐ろしく感じたぞ」
「ああ。高く蹴り上げられ、落下し、地面に一度叩きつけられた直後の拘束……そんなことをやられては、堪らないだろうな」
彼と同じ境遇だった徹夜騎士たちも同様で、やたらとテンション高く、輪になってセブンの技術を褒め称えていた。
「教わりたいという気持ち、私もよくわかるぞ。私は、セブン騎士長がお忙しくなさそうな時に、思い切って聞いてみようと思っている」
「それは、いささか失礼ではないか?」
「いや、セブン騎士長は器の大きなお方。それに、あの方は……我らの騎士長なのだ」
「そうか、そうだな……はは、見てみろ、鳥肌が立った」
「皇子殿下付き近衛騎士になってよかったと、心から思える」
「私たちは今、凄いものを目の当たりにしているのかもしれない」
彼らにとってセブンは、無視されていたにもかかわらずスキル習得方法をばら蒔き、彼らのライバルである皇女付き近衛騎士隊にチーム戦で勝利させ、騎士長対決においても圧勝して見せた、ドラマのような男。
言わば、彼らのヒーローであった。
彼らの実力を引き上げ、彼らの地位を向上させ、これから彼らを更なる高みへと導いていくだろう存在。
これで、慕わないわけがない。
「早く、教わりたいものだ」
「ああ、楽しみだな」
しかしながら、彼らはまだ知らない。
シガローネ宰相の推薦によって、セブンがすぐにも指揮官として戦地へと送り込まれようとしていることを。
* * *
ナトとの試合を終えて一息ついた俺は、ライトと一緒に晩メシを食べていた。
「流石に美味いな」
「なんだよ、流石にって。伯母上の所ではそんなに良いものを食べていたのか?」
「いや、皇子の食ってるもんは違うなと思っただけだ」
「ふん。僕のおかげでセブンも食べられるんだ、僕に感謝するんだな」
「はいはい」
「……全く、身の程をわきまえろ。僕は皇子で、お前は近衛騎士長だ。常に敬語を使えとまでは言わないが、面倒くさそうにあしらうのは、やめろ」
「じゃあまずその恩着せがましい言い方をやめろや。なんだ、褒めてほしいのか?」
「ち、違う! だって事実じゃないか! 僕のおかげだ!」
「ありがとうライトくん、おかげでおいちいごはんが食べられています」
「馬鹿にしてるだろ! もうっ!」
相変わらず、ライトはつんけんしている。ただ、ちょっとだけ柔らかくなったような気もする。少なくとも「クビにする」とは言わなくなった。
あ、そういえば。
「なあ、あのクビだクビだって言ってたの、シガローネさんの真似?」
「…………違うから」
やっぱりな。
「帝国で一番仕事のできる人を真似してたってわけかー、可愛いことするなお前ー」
「だから違うと言っている!」
「顔赤いぞ」
「こ、これも違うっ!」
何がどう違うんだか。
狼狽えるさまをニヤニヤ見ていると、ライトはそっぽを向いて俺を無視しながらメシを食いだした。
わかるわー。思春期特有の、好きなキャラの口調とか真似しちゃうやつわかるわー。
まあ、今のうちに恥をかいておけば、傷も浅くて済むだろう。
「でもさあ、シガローネさんって二年前になりたくもない宰相に就任してから、あんな感じになっちまったんだろ? それを真似してどうするよ。将軍の頃の真似を……あ、それとも将軍やってた頃から口は悪かったのか?」
ただ、俺は一つだけ気になった。
洗脳した兵士のジョー曰く、二年前のシガローネさんはあんな感じじゃなかったらしい。もう少し柔らかかったとかなんとか。
ライトが真似しているのは、最近のシガローネさんなのか、それとも二年前のシガローネさんなのか。
「……昔は今ほどじゃなかったけど、それでも口を開けば皮肉ばかりだった。ただ、今みたいな汚い口調じゃなかったかな」
「口癖はクビ?」
「そう……だけどっ」
「あ、認めた」
「笑うなぁっ」
「ごめん」
なるほどな、おおむね予想通りだ。性格は昔からあんな感じなのだろうが、今の口癖の「糞」は、恐らく二年前から始めたもの。
つまり、二年前に、糞と言い始めなければならない理由ができた。あれは「なりたくもない宰相に就任させられたけど陛下のご命令だし荒みつつも従ってますよ」という演技だろう。
シガローネさん、何故そんなことを……?
「おい、何を笑ってる? メイド風情が僕を侮辱するのか?」
「し、失礼いたしました! しかし」
「お前はクビだ。これは口癖などではないぞ。よかったな、僕のクビを聞けて。ほら、笑えよ」
「……大変、申し訳御座いませんでした」
俺が色々と考えている間に、ライトが給仕のメイドさんをいじめ始めた。
こういうところ、まだまだクソガキだよなぁこいつ。
「お前さあ、想像力が足りないって言わなかったっけ」
「はぁ?」
「別にそのメイドさんはお前を嘲笑したわけじゃないと思うぞ。なあ?」
「は、はい! 誓って!」
普通に考えりゃわかることだが……なんというか、ライトには余裕がない。
いや、それも仕方のないことだろう。実の親父にあんな態度を取られ続けて、姉と将軍はモロに敵で、母親とは会わせてもらえなくて、城内には信頼できる人が一人もいない――そりゃあ、全方位にトゲトゲするわけだ。
……ああ、メイドさんが笑った理由、わかる気がする。
「そ、その、あのように賑やかにお食事される殿下は、初めて拝見したもので、つい……」
「な――!」
つまりは「ほんわか」したと。それでつい笑顔になってしまったと。
メイドさんの吐露は、俺にとっては予想通りのものだった。しかしライトにとっては予想外だったようで、結果的にライトを更に怒らせてしまう。
「貴様っ! 僕に恥をかかせたな! もう許さない! 絶対に許さない! 出ていけ! 糞メイド!」
「っていう照れ隠しもバレバレなんだから、もう諦めてしおらしくなれ。あの日の夜みたいに」
「~~~っ!!」
「!?」
ライトは怒り顔のまま顔を真っ赤にして、俺を睨んでくる。
そして何故か、メイドさんの目がギラリと光ったような気がした。
「まあ、わかるんだ。舐められたら負けってのは、俺も凄ぇよくわかる。ただそれで無害な人にまでキツく当たってたら、味方を減らして敵を増やす一方だ。そうだろ?」
「それは、そうだけど、さぁっ」
「あの夜、お前が俺に相談した通りのことを、お前は今やっているんだ。その虚勢を張る癖をどうにかしたいと言った、あの言葉は、嘘だったのか?」
「違う!」
「チャンスだよ今、流れが来てる。変わるなら今だ。あ、そうだ、ナトを負かしてお前の地位を少し向上させたぞ。そのご褒美だと思って、このメイドさんに優しくしてみろや。な?」
「……~っ……」
ライトは涙目で俺を睨みながら小さく唸った。
唸るということは、悩んでいるということ。
俺へのご褒美……そう理由が付いたことで、彼の心情的に少しはやりやすくなったようだ。
はぁーっと、深い溜息をついたライトは、メイドさんの方を向く。
「……そういう、わけだ。貴様はクビじゃなくていい」
「殿下の寛大なご処置、誠にありがたく存じます」
「仕方なくだっ。ナト・シャマンを破った男への褒美だと言われたら、そんなの、仕方ないだろっ」
「はい、左様で御座いますね」
「ふん……その微笑も、見逃してやる。はぁ、仕方がないな、全く」
「恐れ入ります」
「……すまなかったな」
「い、いえ! そんな!」
よしよし、その調子だ。
昔の、ガキの頃の俺ではできなかったことをお前がやると、何故だか嬉しくなる。
それに、お前がしっかりしてないと、俺が将軍になれないからな。
「よく謝れたな。偉いぞ」
「し、仕方なくだ。それに、やっぱり……お前は、凄かったから。きちんと、力も、貸してくれているし……」
ライトは俺から視線を逸らし、小さな声でそんなことを言う。
なるほど、柔らかくなった理由はそれか。
「なあ、セブン。ほ、褒美の件だが、こんなのじゃなくて、もっと――」
「あ、メシ食い終わったら執務室に来いってシガローネさんから言われてるんだった」
「――お前ホンッッッットふざけるなよな!! 毎回毎回っ!!」
「来たな。まずは、お前のせいで無駄にゆっくりと夕食を取れたこと、礼を言っておこうか」
開口一番、皮肉を言ってくるシガローネさん。
呼び出しておいてこれだから、ブレないなぁこの人は。
しっかし皇子といい宰相といい、どうして俺の周りはこうトゲトゲした人ばかりなんだろうな。
「どういたしまして」
「……チッ」
俺が皮肉で返すと、シガローネさんは口角を上げながら舌打ちした。
「三日後を楽しみにしてろと、豪語していたな」
「はい」
「端的に言うとつまらなかった。どう責任を取る?」
「またわかりやすい嘘ですね」
明らかに嘘。俺は試合で人を楽しませるということについては敏感だ。
「嘘ではない。私にとってはつまらなかったのだ。私がそう言ったのだから、そうなのだ。これは覆しようもない事実である。そしてお前には確認のしようもない」
「あー、確かに」
たとえ嘘をついていたとしても、確認できない。
いや、明確に嘘なんだけどなあ……。
「さて、本題に入ろう」
シガローネさんは楽しんでいたことを決して認めないままコーヒーを啜って、引き出しからガサゴソと一枚の紙を取り出した。
「シズン小国の占有におけるオランジ王国との対立は知っているな?」
「いえ知りません」
「ああ思い出した、そういえばお前は馬鹿だったか」
すんませんねどうも。
「カメル神国、今はディザート共和国を名乗っていたか。まあ変わらず神国でいい。あそこは革命で疲弊し、未だ国内を纏めている最中。そこを狙うため、マルベル帝国は神国との間に位置するシズン小国を占領した。表向きには、神国という後ろ盾を失った小国をオランジ王国から守護するとして」
なるほど。確かオランジ王国の位置は、シズン小国とカメル神国の隣。つまり、シズン小国は帝国・王国・神国にとって非常に重要な拠点ということか。
それを無断で占領されてるんだから、オランジ王国は黙っていられないわな。
「小国は帝国の言いなりだが、いずれはオランジ王国も圧力をかけてくるだろう。既に神国の一部地域には、神国の許可を得てオランジ王国の兵が駐留している。しかし、あの国の王には神国を占領するような度胸はない。まだまだ安心だろう……が、あそこの大将なら機とあれば侵攻さえしかねん。よって帝国は、それより前に仕掛けなければならない」
「仕掛ける?」
「具体的には、真っ先に神国へと侵攻する。理想は、神国の国土の三割以上を帝国に割譲させ、オランジ王国に対して更なる圧力をかける。同時にキャスタル王国への貿易も妨害し、文句を垂れてきたところを叩き潰す。三国が連合で来ようと、帝国の敵ではない」
おいおいおい。
「侵攻の大義名分は?」
「ない。強いて言えば、目障りだからだ」
出た出た。これぞ、俺の知っているマルベル帝国である。力こそ正義、力こそ全て、力勝負で真っ向から何もかもをねじ伏せてきた、正真正銘実力主義の国。メヴィウス・オンラインのマルベル帝国だ。
やっと会えた。あの力強いマルベル帝国は、シガローネさんの中に隠れていたのか。
「俺は何をすればいい?」
で、なんだっけ。よく話を聞いていなかった。
結局、俺の仕事はなんなんだ?
「簡単だ。ジョーカーにジョーカーをぶつける。アレさえ消せば、オランジ王国など敵ではない」
シガローネさんはそう言いつつ、一枚の紙を渡してきた。
それは、明らかに皇帝からの命令とわかる仰々しい紙だった。
お前は強いんだから戦争に行けと、そんな感じのことが書いてある。皇帝は今日のナトとの試合について、大層感心したようだ。息子には決して言わないだろう「期待している」などという言葉まで書かれている。
そして、シガローネさんはニヤリと笑って、こう言葉を続けた。
「お前はこれより兵を率いてカメル神国へと侵攻し、そこでかち合うだろうオランジ王国陸軍大将を打ち破るのだ――」
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