227 徹夜って……
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇帝の妻
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
セラム:メルソン派のスパイ?
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
「…………はい?」
ナト・シャマンより強くなれ――と、俺がそう伝えた途端、それまで真剣な表情をしていた近衛騎士たちは目を点にして固まった。
昨日の三人だけは「おおお」と痺れるような唸り声をあげていたが、彼ら以外の反応は見事にイマイチだ。
まあ、そうか。単に無視されなくなっただけ、ということだろう。俺はようやくスタートラインに立てたわけだな。
「とりあえず、その冊子に書いてあるスキルを全て覚えてくれ。で、ガンガン魔物を狩って経験値を稼ごう。そうだな、明日の昼までに剣術と槍術は全て覚えておきたい」
「お、お待ちを。我らにはライト殿下の守護が」
「俺が一人でやっておくから気にするな」
「…………???」
皆、困惑しているようだ。
「いいから何も気にせずそこに書かれている条件を埋めろ。ほら、時間がないぞ。急いで行ってこい!」
俺がパンパンと手を叩いて号令をかけると、皇子付き近衛騎士隊の連中は半信半疑といった具合に歩き出した。
自然と、8部の冊子を囲むように8つのグループが形成されていく。
さて、今日の夕方、彼らはどんな感じになっているのか。実に楽しみだ――。
* * *
困ったことになった。
あの新任の近衛騎士長、とんでもなくアホなことをしてくれる。
そう、本当に困ったことに――本当だった。
あの冊子に書かれていたスキル習得方法、あれは嘘なんかじゃない。
もしも、あそこにズラリと書かれているスキルの全てが嘘でないならば……皇子殿下付き近衛騎士隊は、滅茶苦茶なことになる。
皆が高難度習得スキルを覚えてしまうことで、スキルの価値は暴落、今ある適度な格差は崩壊するのだ。
私が血の滲む努力で築き上げてきたこの地位も名誉も実力も、水泡に帰すこととなる。
【槍術】を《龍馬槍術》まで使える者は私を含めて五人、《龍王槍術》まで使える者は私を含めて三人。それが何人になる? 二十人? 三十人? 眩暈がしてくる。
「クソッ!」
折角、折角、近衛騎士というエリート中のエリートとなり、その中でも活躍できていたのに!
何がナト・シャマン将軍閣下より強くなれだ! そもそもお前はどうなんだ! なんの苦労もなく近衛騎士長となったお前は! 揺るぎない才能と努力でのし上がっていった将軍閣下より強いわけがない!
セブンめ、私のこれまでの努力をぶち壊しにしやがって……!
「凄い、凄い凄いっ! 本当に覚えられた!」
「本当だ! セブン騎士長、やはり本気で仰っていたんだ!」
「これなら将軍閣下に少しは近付けるかもしれんぞ!」
……許せない。あの男が評価されるこの状況が。努力してきた私たちばかりが損をする状況が。
私はスキルを習得できたと馬鹿騒ぎする同僚たちを見て、拳を握りしめた。
まるで餌付けされている魚のようだ。ああ愚かしい。悔しくないのか、お前らは。
いいや、悔しくないだろう。お前らは怠慢なのだ。私のように努力をしていないから悔しく感じない。だから、ただ施されたものでそれだけ喜べる。
そして、また口を開けて、上を向いて、水面で待っていればいい。そしたらアホが餌をまく。
ハッ……全く、良いご身分だな。
この状況、微塵も看過できない。私は、断固として抗議する。
そうだ、仲間を募ろう。私と同じ境遇の者が、近衛騎士隊の中にあと四人はいる。彼らも鬱憤を溜めているに決まってる。
五人で抗議をすれば、あのアホ騎士長の愚行を食い止められるかもしれない。
「…………」
待て、本当に抗議だけでいいのか?
わからせてやった方が、いいんじゃあないのか?
どれだけのスキルを使える男なのかはわからないが、一度に騎士五人を相手にして無事で済むわけがない。
……そうだ、これは正当な抗議だ。
どうせ言っても聞かないのだから、実力行使に出られても文句は言えまい。
よし。そうと決まれば、仲間を集めなければ。
あいつにとびっきりの“痛み”を与えるための仲間を……。
そんなことを考えていたのが今日の昼。
終礼の後、私たち五人はセブン騎士長に呼び出された。龍馬・龍王を元々覚えていた五人だ。
どうも、私が仲間を集め始める前に、五人のうちの一人がセブン騎士長へと直談判したらしい。「不公平だ」と。
それを聞いたセブン騎士長は、しばし考えてから、こう言った。「じゃあ今日はお前らにだけ特別に教えてやる」と。
「――セブン騎士長! この度はありがとうございました!」
結果、私は……悔しさがどうとか、痛みがどうとか、もうどうでもよくなってしまった。
何故なら! あの、エルフの貴族どもが独占していると言われている、《龍馬弓術》と《龍王弓術》の習得方法を教えていただけたのだ!
この凄まじき充足感、脳天を貫く痺れ……麻薬と紛うほどである。
ああ、もはや全てがどうでもいい。習得できたら死んでもいいとすら思える幸福。
セブン騎士長に、心より謝罪と感謝を。私は一生、セブン騎士長に付いていくと決めました。
あのお方は、私利私欲など欠片もない真の聖人である。マルベル帝国のためを考え、皇子のためを考え、私たちのためを考え、自分のことなど二の次三の次。血の滲む努力という言葉すら烏滸がましいほどの経験の果てに手に入れただろう知識を、サラリと全て明かしてしまう。
普通の考えでは到底できるようなことではない。善悪も損得も何もかもを超越しなければ不可能だ。
私たちの無視という愚行もたった一言で許してくださった。怒号を吐き冊子を叩いた馬鹿も同様に許された。罠にハメようと企んでいた者たちさえ許された。
その上で、私たちに、こうして貴重な知識を授けてくださるのだ。
このような心の広いお方が何処にいようか! 帝国中を探しても見つかるわけがない。彼は唯一無二だ。彼が皇子殿下付き近衛騎士長となったのは、運命であり必然である。
打倒、ナト・シャマン将軍閣下……いや、夢ではないかもしれない。
私もあの皇女殿下付き近衛騎士隊の連中は鼻についていたところだ。
マルベル帝国内に、私たち皇子殿下付き近衛騎士隊の名を轟かせる――なるほど、現実味を帯びれば帯びるほどに素晴らしい。
「さて」
習得方法を知ってしまえばこちらのもの。
《龍馬弓術》と《龍王弓術》は、なんと驚くべきことに《龍馬剣術》と《龍王剣術》とほぼ同じ条件なのだという。これは気付きようもない。剣と弓、あまりにもイメージがかけ離れている。
ドラゴンとなると、片道一時間半はかかるか。まあ、大した苦労ではないな。
私は誇り高きマルベル帝国第一皇子ライト・マルベル殿下付き近衛騎士。徹夜でドラゴンを狩るなど朝飯前よ。
「……ああ、お前らもか」
準備をして自室を出ると、廊下で同僚に出くわした。
「居ても立ってもいられなくてな」
「俺も、ワクワクしちまって眠れん」
私だけでなく、皆も似たような考えのようだ。
習得方法を知っている。つまり、あとは扉に手をかけ開けるだけ。その扉の奥には、お目当てのお宝があると既にわかっているのだ。これで大人しく寝ていられる騎士がいたら、顔を見てみたい。
セブン騎士長は何やら急いでいらっしゃるご様子であった。終礼では明日を気にされていた。
明日、何かが起こる。そう思わずにはいられない。
であれば、私たち部下は、何がなんでも明日に間に合わせるべきだ。教えていただいたのだから、なるべく早く覚えるのは礼儀である。
今日の日中の狩りで経験値も少し溜まっていた。それぞれ12級ほどには上げられるだろう。
早くドラゴンを狩り、習得してしまおう。もう使ってみたくてしょうがない。
そして、明日に備えなければ……。
* * *
「今日の14時から、皇女付き近衛騎士隊の連中と30対30の演習しまーす」
三日目の朝。朝礼で開口一番に俺がそう言うと、皆は騒然とした。
「聞いてません!」
「言ってないからな」
なんだか久々なやり取りをする。
昨日、皆がスキル習得に奔走していた頃、俺も静かに動いていたのだ。
具体的には、ライトを連れてシガローネさんの所に突撃し、「どうにかナト・シャマンたちとの演習を組んでくれ」と拝み倒した。皇子に頼まれては断り辛いだろうという作戦だ。
結果、“対局冠”を使用した演習ならば可能だと、宰相から直々に許可を得ることができた。
ナト・シャマン将軍も、シガローネさん本人から話を通したら、快く頷いてくれたらしい。まだ会ったことはないが、なかなか良いやつじゃないか将軍。
「騎士長!」
ざわつく皆の間から、一人の青年が挙手をして歩み出た。彼は、俺の冊子を叩いたやつだな。
「どうした」
「勝てるとは思えません。我らは確かに、騎士長のおかげで高難度のスキルを習得できましたが、まだ全くランクを上げられていませんし、悔しいですが隊としての練度もあちらの方が上です」
「ああ、奇襲すれば勝てる。気にするな」
「……はい!?」
言っている意味がわからなかったようだ。
「あっちは俺たちのほぼ全員が龍馬・龍王を覚えているなんて思ってもいないだろう。ゆえに、最初の一発に限り奇襲は成功する」
「そう上手くいくとは……!」
「上手くいくんだ。何度も何度も何度も何度も何度も見てきた。奇襲ってのは、最初の一発なら99%決まる。その代わり、二発目は1%だと思っとけ」
しかし、洗練された奇襲でなければならない。ただ単に意表を突くだけのものでは、アドリブで挽回されてしまう。
「前列7人に龍馬・龍王をまだ覚えられていない者を中心に配置し、飛車槍術で突撃する。押し合いになったら頃合を見計らって離脱だ。中列17人は前列が稼いだ時間で準備して全員同時に龍馬槍術を発動しろ。後列5人は弓で支援。これを繰り返すだけでいい」
といっても、今回の場合は特殊だ。
火力で薙ぎ払えてしまう戦力差があるんだから、新しい難しいことを色々とやろうとせずに、単純な力押しをした方がいい。
何故そんな風に断言できるかというと……チーム戦というのは、それほどに龍馬・龍王が重要だということである。
一対一の試合ではあまり役に立たない龍馬・龍王だが、複数対複数のチーム戦ではメイン火力として活躍するのだ。
「さて、午前中は魔物狩りだ。ギリギリまでスキルのランク上げに努めろ。で、昼メシ食ったら何回かリハーサルやって、すぐ本番だ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 何もかも早くてっ……!」
「気のせいだ。以上。何か質問は?」
俺が聞くと……意外にも、挙手は数えるほどだった。
その中の一つは、昨日敵意丸出しで俺の所に来て、最終的には《龍馬弓術》と《龍王弓術》の習得方法を知って晴れやかな笑顔で帰っていったイケメンだ。
「お前」
「は。例のスキル、どの程度まで上げればよいでしょうか」
「もう覚えたのか?」
「はい。龍王のみ、ですが……」
おお! やるやん。
「……ん?」
感心していると、昨日教えた五人ともが挙手していることに気付いた。まさか。
「お前らも、もう覚えたのか?」
俺が聞くと、五人全員が頷く。「徹夜しました」だと。マジかよ! 皆、龍馬は覚えられなかったらしいが、十分だ。
「いいね、最っ高」
徹夜って……おいおい、メッチャやる気じゃん。俺、そういうの好き。
「龍王は、行けそうなら午前中で4級まで上げてくれ。そこでクールタイムが少し減る。駄目そうならとりあえず9級は越しておけ。龍馬は、今回のチーム戦では使わないから後回しでいい」
「はっ!」
俺がアドバイスをすると、彼らはビシッと敬礼をして応えてくれた。
昨日の夕方まで、俺のことを親の仇のように睨んでいたやつらとは思えない変わりっぷりだ。
悪く言えば現金なやつらだが、良く言えば扱い易いやつらである。
「じゃあ行ってこい。狩り方は冊子に書いてある通りだ」
さあ、どうなるか。
俺は魔物を狩りに出かけた彼らの背中を見ながら、にやりと笑った。
「――セブン殿、噂はかねがね」
14時。演習場にて、俺はナト・シャマン将軍と向かい合っていた。
ナト・シャマン将軍兼皇女付き近衛騎士長。180センチ強の高い身長、褐色の肌、パーマがかった灰髪に、丸眼鏡をかけた美男。
そして、最も驚いたのが、その尖った耳……彼はダークエルフであった。
流石はマルベル帝国。実力主義の名に恥じない多様性。王国ならば、ダークエルフを国の重役に置こうとすれば必ずや反対意見が方々から出るだろう。タイトル保持者ですら差別を受けていた。
「どうも、将軍閣下。今日はよろしく」
俺は握手に差し出されている手を無視して、一礼する。
申し訳ないが、ありがちな握力合戦みたいな感じになると俺の変化が解けるのでNGだ。
「……君は失礼な男ですね。握手を拒否するばかりか、礼儀作法も、言葉遣いもなっていない」
「対する将軍閣下は実に親切なお方だ。俺の悪いところを一々声に出して指摘してくれる。まるで口うるさい母親のようだ」
「君が宰相閣下を使って演習を希望した理由がよくわかりましたよ」
「お聞きしても?」
「私の座を奪おうと言うのですね?」
「まっさか~」
図星です。
俺の一連の挑発に、ナト・シャマンは目を鋭くさせてから、一歩離れた。
そして無言のまま、互いに対局冠の確認をしてから、演習が始まる。
ルールは「なんでもあり」だ。実戦を想定しているので当然である。
…………で、結果から言おう。
酷い有様だった。
ナト・シャマン率いる29人は、予想通り正面からぶつかってきた。突破力に定評のある彼らは、過去の演習においてもそういった作戦を取ってくることがとても多かったらしい。その理由を俺は察している。恐らく、うちのチームと練度の差があるからだ。力のないチームは、突撃に弱い。ゆえに、正面からの突撃が勝ちやすかったのだろう。
だが、今回は話が違う。正面同士でぶつかりあった直後、やつらはナト・シャマンもろとも《龍馬槍術》の広範囲への圧倒的な火力によって蹂躙され、天から降ってくる《龍王弓術》で陣形はぐちゃぐちゃになり、そこへ《飛車槍術》の突撃のおかわりまで来て、もう地獄絵図であった。
こちらは多少のフレンドリーファイアで数人倒れたものの、ほぼ無傷だ。俺は一番後ろで腕を組んで見ていただけだった。
誰がどう見ても、完全に、俺たちの勝ちである。
もはや言い訳のしようもないほど、完膚なきまでに叩きのめした形だ。
対局が終了し、仮想化が解けると、ナト・シャマンたちは無表情で茫然自失としていた。
「見ろよあの悔しそうな顔!」
「ハハ! お高くとまってやがったあいつらがあんな顔するなんて、胸がスッとするなぁ!」
「ここまで派手に負けたら、流石に言い訳できないよな」
「ああ、確実に私たちの方が上回っていると証明されてしまったな」
対して、うちの近衛騎士たちは皆笑っていた。
恐らく、この一回限りの勝利だが、勝利は勝利だ。次は対策を立てられているだろう。とはいえ、それほどすぐに立てられるような対策ではない。俺のように部下全員にスキルの習得方法を開示しない限りは、一日二日で解決できるような問題ではないのだ。
「ありがとうございました、良い試合でしたねえ。特に何もできず龍馬で吹き飛んだ将軍閣下はなんとも滑稽でした」
列になって互いに向かい合い、礼をする。
俺はなるべく嫌らしい笑みを浮かべながら、ナト・シャマンの目を見てそう口にした。
そう、俺には、もう一つ目的があったのだ。
あえて、最後列で腕を組んで見ていた理由。あえて、ナト・シャマンを必要以上に挑発した理由。あえて、将軍の座を狙っているとチラつかせた理由。
さあ、来い。来い、来い、来い。乗ってこい……!
「…………セブン殿。貴殿も、何もしていなかったように見受けられましたが?」
来たっ!!
「俺が? 何もしてなかった? 指揮していたが?」
「最後列で腕を組んで威張り散らし、部下ばかりを危険に晒すのが貴殿の指揮なのですか?」
「当たり前だろう。指揮官が死んだらどうするんだ」
「いいえ。私は貴殿が最後列にいたことをあげつらっているわけではありません。貴殿が腕を組んでふんぞり返っていたことについて――」
「――鬱陶しいな、おい。何が言いたいんだ? なあ。簡潔に話せ。本音を、目的を」
俺が最後の挑発をかますと、ナト・シャマンは凍てつくような目をして、静かに口を開いた。
「決闘です……!」
「受けて立つ。“10先”だ」
待ってました!!
絶対に言い訳できないよう、十勝先取と予め決めておく。
さあ、どちらが上か、ハッキリさせようじゃないか――!
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