225 意外
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇帝の妻
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
セラム:メルソン派のスパイ?
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
「入れ。座れ。黙れ。一言も喋るな」
暫く歩いて、シガローネは広々とした書斎のような部屋へと入った。俺は指示に従って中へと入り、ソファに腰掛ける。
「さて――何を持っている?」
コーヒーを自分の分だけ用意して、椅子に座ったシガローネは、そう切り出した。
確かに、俺は持っている。だが、何故わかった……?
「何故わかったかというような顔をしているな。簡単だ。キサマは無給で働いても無職になっても別に構わんという顔をしている。もしくは、そうはならないという絶対的な自信がある。ないし、その両方だ。ゆえに私との交渉において切り札となり得る何かを持っているんだろう? よろしい。見てやるから、さっさと出せ」
……ワーオ。
まるでウィンフィルドのようだ。しかし彼女よりかはまだ理解できる。何故かって、ウィンフィルドはその答えに行き着くまでの過程をすっ飛ばしていきなり結果を話し出すが、このシガローネ宰相は結果も過程も要求も全て懇切丁寧に話してくれる「お喋りさん」だ。
「…………」
俺は喋ろうとして、喋るなと指示されていたことを思い出し、無言でインベントリから“戦慄の仮面”を取り出した。
「お利口だ。何か喋ったらモノを見ずにクビにしてやろうと思っていた。ああ、もうその臭い息を言葉とともに吐き出してもらって構わない。不愉快だが我慢してやる」
「俺が喋らなくてよかったな」
「……どんなことを喋るかと思えば、私も随分と舐められたものだな」
「そうさせるための悪口なんだろう?」
「全く本心だ」
俺が挑発とともに戦慄の仮面を手渡すと、シガローネは一瞬だけとても不機嫌な顔をしたが、ブツを目の当たりにして、喉奥まで来ていた悪口を飲み込んだようだ。
そして、目を丸くして仮面を観察している。まあ、確かになかなかレアなアイテムだし、シガローネが以前から欲しがっていたアイテム……のはず。さて、どんな反応をしてくれるのか。
「なんだこれは」
「……ありゃ?」
なんですって?
「こんなもので私の気を引こうと企んでいたのか? 全く信じられない。糞らしい浅はかな考えだ。戦慄の仮面だと? 聞いたこともない。何処にも需要などない。精々がコレクターに買われる程度のものだろう。こんな糞に私の貴重な時間を――」
「あ、そうだ忘れてた」
「――なんだと?」
手紙があったんだった。
俺は「失敬失敬」と、隊長からの手紙をシガローネ宰相に手渡す。
シガローネはその時点でもうブチギレ寸前という感じだったが、手紙をひったくるように取って目を通した瞬間に……爆発した。
「先に出せ糞馬鹿野郎が!!」
机に手紙を叩きつけながら、そう叫ぶ。
この瞬間……俺はなんとなく、この人は悪い人じゃないなと思った。
多分、恥ずかしかったのだ。自分が持ってこいと言っていたアイテムと知らずにボロクソ言ってしまったことが。
「で、どうだろう。近衛騎士長になれそうですか?」
「っ……なんだその取ってつけたような敬語は。いい、逆に気になる。そもそも私はそういう言葉遣い云々は気にしない。その代わり見過ごせん無礼があった場合は黙って給与から引いておくがな」
「どうせ無給ですし」
「本気に捉えていたのか。度し難い糞人間だな」
「で、どうなんです」
しつこく俺が聞くと、シガローネは「はぁ」と溜め息一つ、口を開く。
「――あの癖の強い馬鹿どもの集う第五小隊をたった一日でまとめ上げた手腕は大いに評価しよう。また、グリースダンジョンについての知識と経験は非常に豊富で、攻略の手際には文句の付けようがない。分析も確りできており、成果もきちんと上げている。私としてはもう少し第五小隊と行動させたいところだが、それは皇子付き近衛騎士長就任後でも構わんだろう」
「!」
驚いた。意外にもシガローネ宰相は、俺に対してとても良い評価を下した。
「グリースダンジョンの攻略法について要点をまとめておけ。キサマのような低能は一々言わなければわからないだろうから説明しておくが、私の指示が意味するところは、キサマにすら劣るビチ糞どもがそれを頭に叩き込めばグリースダンジョンを周回できる程度に広く再現性のある指南書を今すぐ仕上げろということだ」
そして無茶苦茶を言う。
「じゃあこう書いておきます。必ず兵士百人で潜ること、と」
「キサマは糞の上に馬鹿か? たかがダンジョン調査にそんな労力をかけるわけがない」
「二十人で潜って何度も逃げ帰ってくるよりマシでしょうよ」
「……無駄飯食らいばかりで嫌になる」
ほほう、大体わかったぞ。宰相は「仕事ができないやつ」が心底嫌いなんだな。で、このマルベル帝国は、宰相に言わせてみれば仕事ができないやつばかりだと。だから常に不機嫌なのだろう。
俺が「使えるやつ」だと判明した途端に、ほんのちょっとだけ柔らかくなったあたり、間違いなさそうだ。
「さて、ではキサマの皇子付き近衛騎士長就任を認めよう。方々から多大な不満が噴出するだろうが私は知らん。キサマ一人で皇子付き近衛騎士どもを統率し、殿下を補助し、守護し、また帝国の良き戦力となれ。有事の際は指揮も執ってもらう。いざとなって、できません、では済まされんぞ」
シガローネ・エレブニ宰相。世が世ならとんでもないパワハラ上司だが……実を言うと俺はこのくらいの方が性に合っていたりもする。
「お任せください。三日で度肝を抜いてあげます」
「期待している」
「!」
おお、更に意外な言葉が飛び出してきた。
はー……よく考えられている。感心した。普段は悪口のデパートみたいな宰相が、こういう時にこういう台詞を言う。なるほど、ナイスなやり方じゃないか。
俺もファンサービスでサインを書く時などによく使う、ギャップを利用した人心掌握術だ。宮廷魔術師のアイリーさんにサインを書いてあげた時にも使ったな。
さては、普段の悪口はフリなのでは? そう考えると得心が行くことも多い。
皇帝に対する痛烈な皮肉も、俺を「使えるやつ」だとあの時にもう見抜いていて、皇帝の性格上「言い出しっぺの法則」になると読み、こうして俺を懐へ引き入れるためにあえて言ったのだとすれば……?
「……へっ」
「なんだ、気持ちの悪い。そのニヤついた笑みを消すか、今すぐ部屋から立ち去れ。糞臭くて敵わん」
面白くなりそうだな、シガローネさん。
何が狙いなのかはわからないが、俺に求めていることはわかる。「使える駒」であってほしいということだろう。
そして、貴方のお望み以上の展開になりそうだぞ。
三日後、帝国城内の勢力図がどうなっているか楽しみだ――。
「――というわけで、お前の近衛騎士長になった」
廊下を歩いていたメイドさんに案内してもらって、ライトの部屋に到着。開口一番にそう伝える。
俺の胸にはシガローネ宰相からもらった「マルベル帝国皇子付き近衛騎士長」の紋章が刻まれたバッジが光っていたからか、メイドさんはえらい畏まり様だった。
「す――」
ライトは俺を見ると、歯の隙間から空気を漏らしながら目を見開いて椅子から立ち上がり、ドタバタとこちらへ近付いてくる。それにしても広い部屋だ。
「っっっっっごいなセブン! あのシガローネ相手にどんな魔術を使ったんだ!? うわーっ、まさか本当にセブンが近衛騎士長になるなんて! 凄いな! やったな!」
……今日は意外なことばかり起こる。
ライトは驚きと喜びの合わさった笑顔で、俺の腕を掴んで跳ねながら、近衛騎士長就任を祝ってくれた。
「あ」
そして、すぐさま我に返る。
「…………ま、まあ、お前ならと思ってはいた。僕の読み通りだ」
慌ててすまし顔をするが、バレバレだ。顔面にどでかく「嬉しい」と書いてある。
なかなか、可愛いところもあるらしい。少しばかりマインみを感じるムーブだった。
そうか、そうだよな。こいつには今まで、こんな風に色々と話せる近衛騎士はいなかったんだろう。
どんな近衛騎士と一緒にいたって、こいつはずっと皇子だった。ずっと一人だった。
誰にも頼れないってのは、寂しいもんだよな。
「いいぞ、なんでも頼って。俺は、お前の近衛騎士長なんだから」
「……!」
俺が微笑みながら口にすると、ライトは俺を見上げて目を丸くした。
ここ数日で、ライトとは腹を割って話せるようになったと思う。しかしあと一歩が足りない。如何せんこいつが意地っ張りで素直じゃないせいだ。
だが、俺が正式に近衛騎士長となった今ならば、その立場の差を利用して、こいつは素直に俺を頼れるようになるんじゃなかろうか。
俺のそんな予感は、当たっていた。
「じゃ、じゃあ……今夜は、その、僕と、晩ごはんを」
「あ、宰相に仕事頼まれてるからパス」
「お前なんか大っっっ嫌いだ! バーーーーカ!!」
やれやれだ。
顔を真っ赤にして怒るライトに部屋を追い出されたので、仕方なしに『グリースダンジョン攻略指南書』を書いて、シガローネさんの所へ持っていったら不在だと。ついつい筆が乗っちまって、気付けば夜中の十時だったんだから当然だ。
まだ晩メシも食っていない。お腹エコエコだ。
というか、俺は何処で寝りゃあいいんだよ。よく考えたら何一つ教えてもらってない。
「お疲れ様です!」
しかし、俺の胸には近衛騎士長のバッジ。すれ違う兵士やメイドは皆、城内をうろうろする俺を怪しむこともなく、ビシッと背筋を伸ばして敬礼をする。どうやらこのバッジ、相当に効力のあるものらしい。特に「宰相から貰った」という点に価値があるような気もする。
さて、このまま城内の探検と洒落こもうか、それとも一旦ファーステスト邸に帰ってメシだけ食ってこようかと、俺が考えていると――ちょうどいい人物が廊下の角から現れた。
「おっ」
「あっ」
スポーツ刈りの衛兵、ジョーだ。
彼には絶対服従の《洗脳魔術》をかけてある。
よし、ちょうどいい。メシ食いつつ、彼から情報をむしり取ろう。
「ジョー。晩メシを食いたい。何処に行けば食える?」
「はっ。ご案内いたします」
ジョーはそう言うと、廊下を進んで城を出て、慣れた足取りで居酒屋へと向かった。
無断で城を出てもいいのかと聞くと、近衛騎士長がそのようなことを言うと不自然だと返ってくる。どうやら近衛騎士長クラスともなると、許可を出す側らしい。
針検査はやり直しかと聞くと、検査済みを示す腕輪を取らない限りは大丈夫だと返ってくる。
仕事の途中じゃなかったのかと聞くと、近衛騎士長の案内を優先すべきであり、むしろサボれてラッキーだと返ってきた。
……こりゃ便利だ。何も気にすることなく質問できるってのは、楽でしょうがない。
「乾杯」
ジョー行きつけの居酒屋に到着して、早々にビールを嗜む。
奢ると伝えた上で「遠慮するな」と言っておいたからか、ジョーは酒そっちのけで料理を次々と注文していた。腹減ってたのかな? かと思いきや、高そうな酒もちゃっかり注文している。
ああわかった。これ「遠慮するな」が洗脳のせいで命令になってんだ。
まあいいや、本題に入ろう。
「ナト・シャマンについて教えてくれ」
「は。ナト・シャマン将軍閣下は、将軍と皇女殿下付き近衛騎士長を兼任される凄まじいお方です」
「どう凄まじいんだ?」
「まず、その剣と槍の腕前は、今いる騎士の中でも最強と言われております。次に、戦略指揮能力の高さでしょう。戦場においては大いに活躍されております」
「へぇ、騎士最強の男か。チーム戦にも強いと」
「はい。とても器用な方という印象です。若き天才だと方々から絶賛されております。しかし……」
「しかし?」
「シガローネ・エレブニ宰相閣下には劣ると、昔を知る者は皆、そう認識しております」
ほお! シガローネさん。
「宰相って強かったのか?」
「強いなんてものではありませんでした。いえ、現時点でも、最強は間違いなく宰相閣下でしょう」
「!」
マジ? あの小太りのオッサンが……?
「剣でも弓でもなんでもござれ、出陣すれば獅子奮迅の活躍をお見せになり、その戦略指揮の才能はマルベル帝国の発展へ大いに寄与し、少々苛烈ではございますが統率力も高いお方でした」
……でした、か。
「何かあったのか?」
「二年ほど前のことです。当時はシガローネ・エレブニ将軍閣下であったあのお方は、皇帝陛下のご命令によって、宰相閣下となられました」
「宰相、元は将軍だったのか」
「はい。将軍の方が性に合っていたと、誰しもがそう思っております」
「なのに、なりたくもない宰相にさせられたと。で、その後釜に」
「ナト・シャマン将軍閣下が就任されました」
なるほどなあ。それで、シガローネさんはあんなんなっちゃったと。
「昔は、もう少し、ほんの少しだけ、口調の柔らかいお方でしたよ」
ジョーが苦笑いで言う。
あの常に怒ってるみたいな感じはあんまり変わらないんだな。確かに昔から周りは無能だらけだと本気で思っていそうだ。
だからこそ、どうして自分が宰相にと悩んだことだろう。
ひょっとすると皇帝のことすら無能だと思っているかもしれない。
いやー、皇帝ってそんなに無能じゃないはずだったんだが……たまに無能っぽいことするのなんなんだろうな? 行動に一貫性がない気がする。これもゲームが現実になった結果なのだろうか。
「……ああ、そういうこと」
読めたぞ、ウィンフィルドの考えが。
皇子付き近衛騎士長の次は、将軍になれと、そういうことだろう?
シガローネさんは恐らく、将軍に返り咲きたいはず。しかしそれには、皇帝と皇女とナト・シャマンが邪魔なのだ。
皇帝を無能として無視した場合、シガローネさんに拾ってもらった形となっている俺が将軍になれば、「シガローネ派」が帝国を掌握したも同然。
しかしこのシガローネ派、皇子・宰相・俺という中身を見てみれば、なんと三分の二で「皇子派」なのだ。
つまり皇子こそが次期皇帝に最も近くなる。
これ、ライトのお悩み解決に繋がってないか……?
「よし、決めた」
今日から三日で、ナト・シャマン将軍の名声を地の底まで叩き落とす。
逆に、俺の名声を天高く急上昇させるのだ。
作戦は既に浮かんでいる。
何をするかって、そう――ばら蒔くんだよ。
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