224 断言に即答と糞人間だ
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇帝の妻
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
セラム:メルソン派のスパイ?
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
「――つまりは、お前が姉貴を下に見れるくらいになれば解決ってわけだ」
明くる朝。俺とライトは馬車に乗って、帝都マルメーラへの道すがら作戦会議をしていた。
優秀な姉に対する劣等感と、父に見放された孤独感。これを乗り越えるためには、まず姉を超えなければならないと、俺はそう感じた。
姉と比べられ見放されたのなら、姉と立場を逆転させてしまえばいい。そうすりゃ一石二鳥である。
「セブン、お前やっぱり馬鹿だろ。そう上手くいくわけがない」
「おっ、なんだ。メルソン・マルベルはそんなに強いのか?」
「…………」
俺がそう言うと、ライトは額に手をやり、眉間に皺を寄せて呆れた。
「頭の中にまで筋肉の詰まっているセブンのために説明してやる。いいか、姉上は次期皇帝だ。わかるか? 姉上に力で勝っても、なんの意味もない」
「なるほどなあ」
じゃあ何で勝てばいいというのか。
頭の良さ? 口の上手さ? 行動力? 社交性?
どれもいまいちピンとこない。
「おい、お前も何か案を出せ」
「……もう、出した。何年も前から、何度も、嫌というほど」
ライトは苛立ちながら言うと、深い溜め息をついた。
もう出したという過去形、少し引っかかる言い方だ。それだと、最近は諦め気味であまり案を出してないんじゃないか?
「そうか。じゃあ、前と今の違いを探せ」
「はぁ?」
定跡と一緒だな。状況は時々刻々と変化するのだ。まめなアップデートが必要である。
「……ん」
「ん?」
「ん!」
俺を指さして、ぶすっとするライト。
ああ! 俺。俺ね。前との違いは、俺の存在というわけだ。
「なあ。俺を上手く使えないか?」
だったらそこを活かさない手はない。
俺は、ほらほらここにこんな良い駒が落ちてますよ~と、自分を指さしてアピールする。
ライトはジトーっとした目で俺を睨んでから、瞼を閉じ、ふぅと一息ついて口を開いた。
「無謀だ。姉上にはナト・シャマンという将軍と皇女付き近衛騎士長を兼ねる男がいる。セブンでは対抗できない」
「じゃあ、そのナト・シャマンより力のあるやつを抱き込むのはどうだ」
「アレより上となるとたった一人だ。シガローネ・エレブニ宰相……しかし、あの人はな」
「あの人は?」
「酷く偏屈だ。超が付くほど優秀だが、その人となりのせいで宰相に甘んじていると言っても過言ではない」
何? 宰相に甘んじている?
「じゃあ、なんだ。人柄さえ良ければ、血族でもないのに皇帝になっていたと?」
「そう言われている。僕も、確かにそう思う」
……凄まじいな。このつむじ曲がりの皇子が認めるほどか。よほど優秀で、よほど人格が酷いんだろう。
俄然、会ってみたくなってきた。
「なら、抱き込むまで行けなくとも、気に入られるくらいなら行けるんじゃないか?」
「馬鹿。セブンは会ったことがないんだろ? だからそんなことが言える」
そんなに酷いのか……。
「しかし、ライト。俺にはカードが一枚あるぞ」
「カード?」
「第五小隊の隊長から手紙付きで現物を預かってきた。グリースダンジョンのボスの亜種、マスクドシャレコウベが落とした“戦慄の仮面”だ。隊長曰く、宰相は長いことコレを欲しがっていたらしい」
いや、任務の内容は「調査をしてこい」だったか? ちょっと思い出せないが、まあいいや。
「ああ、あの兵士の男。今のうちからセブンの下に取り入るとは小賢しい。先見の明があるというか、愚直な馬鹿なのか……これもお国柄か」
「何?」
「なんでもない。ただ、脳筋のセブンにしてはよくやった。そのカードは大きいだろう」
よし、褒めてもらえた。これで俺はシガローネ宰相に一目置いてもらえるんじゃなかろうか。
で、そんな俺が仕えているんだから、皇子もなかなか捨てたもんじゃないと見直されるようになって、行く行くは……。
「……なんか回りくどいな」
「はぁ?」
どうも納得できない。
ウィンフィルドは一ヶ月と言っていたのだ。であれば、そんな遠回しなやり方ではなく、もっと劇的な何かがあるはずだ。
「そもそも、そのナト・シャマンとかいう将軍はそんなに優秀なのか?」
「まあ、宰相に比べたら劣ると思うけど、若手ナンバーワンの実力者だ。多分、騎士の中で一番強い。宰相は帝国の政略を任されているが、対する将軍は戦略を任されている。父上と一緒に戦略を練り、実際に戦場で指揮も執り、騎士や兵士たちの訓練も見て、姉上付きの近衛騎士長としての仕事もこなしている。器用な男だ」
「ほぉ? めっちゃ優秀だなあ」
「そうだと言ってるだろ。お前では勝負にならない」
「それはどうかな」
「は……?」
その話を聞いて、活路が見えた気がした。
戦略・指揮・訓練・近衛。なるほど、一見して器用に見えるが、これって……。
「俺をお前付きの近衛騎士長にしてくれ。一時的にでいい」
「……ん、まあ、百億歩譲って、それはなんとかしよう」
「あとは任せとけ!」
「不安だ! 何をするつもりだお前!?」
俺が自信満々に言うと、ライトは頭を抱えて叫ぶ。
まあまあ、任せておけって。
要は、あっちの「皇女付き近衛騎士長ナト・シャマン」より、こっちの「皇子付き近衛騎士長セブン」の方が「上」だと大多数に思わせりゃいいんだ。
そんなこと、俺は死ぬほどやってきた。
「優秀かどうかはさて置き、純粋に――」
なぁにが若手ナンバーワンだ。
こちとら世界ナンバーワンだ。
「――俺ほど強い騎士はいない」
馬車が帝都マルメーラに入り、マルベル帝国城の門に差し掛かったところで、衛兵によって止められた。
“針検査”だ。帝国はレイス対策バッチリのようで、皇子といえども帝国城の中に入る際はこの検査に応じなければならないらしい。
しっかしまあ、なんともおざなりだ。恐らく今まで一人も出たことがないのだろう。あの衛兵のやる気のない顔、「形だけやってますよ」というのが丸わかりである。
「おや? どちら様でしょうか」
「皇子付き近衛騎士のセブンだ」
「こ、これは失礼をいたしました!」
俺は馬車の中でユカリ印のミスリル鎧装備に着替えており、周りの近衛騎士とは少し風貌が違う。しかし俺が近衛騎士を自称したところ、衛兵は慌てて背筋を伸ばした。近衛騎士は帝国においてかなり地位の高い職業らしい。
俺の検査は、この少し抜けているスポーツ刈りの男がやるようだ。
「名前は」
「は。ジョーと申します」
「そうか、ジョー。初めまして。よろしくな」
「…………はっ」
俺はジョーの手を取って、握手をする。
そして、あっさりと――《洗脳魔術》を発動した。
絶対服従。これよりジョーは、俺の如何なる命令にも従ってしまうことになる。
ちょいとかわいそうだが、なるべく丁重に扱って、最後は洗脳解除しよう。あとは……まあ何か美味いもんでも食いに連れてってやるか。
「これで頼む」
「はい」
こっそりと、用意していた血糊を渡す。
ジョーは俺の命令通り、まず俺の方に身を乗り出しながら、自分の腕を刺して「1」のダメージを表示させる。次に、俺の腕に血糊を垂らして、あたかも俺の腕を刺したかのように演出した。
俺が家にいる時に何度か練習した感じでは、じっくりと近くで観察されていたらバレるかもしれないが、遠巻きに見られていただけではバレようもないだろう、という見解だった。
「問題ございません、ありがとうございました」
結果、つつがなく検査終了。
検査が済んでいることを示す腕輪を付けてもらい、門を通過する。
「よしよし」
帝国城に潜り込めたぞ!
《洗脳魔術》め、相変わらずの反則っぷりだ。これで俺の使った洗脳は四回目、予想の上限回数である。なんとなく、もう一回使えそうな気がするが……やめておこう。「五回使ったら死ぬ」とかだったら嫌だ。
さて、これからどうしようか。
まずは宰相に会って戦慄の仮面を渡したいところだが、アポも取らずにいきなり行ったら迷惑かもしれない。
「おい、ライト。宰相にアポを取れ」
「何様だホントにお前。僕は皇子だぞ」
ライトはジトっとした目を俺に向けながら、溜め息まじりに口を開く。
「まずは謁見だ。セブンも付いてこい。父上に今回の縁談の件を報告する。ラスカ・プロムナードについてもだ。そこで、お前の皇子付き近衛騎士長就任についても具申してみる。宰相も謁見に参加しているだろう。終了後、謁見の間を出て立ち去るところで僕が声をかける。あとはお前が上手くやれ」
「待て。先に宰相にグリースダンジョンの話を通しておいた方が、何かとプラスに働くんじゃないか?」
「一理あるけど、時間がない。んー……謁見中に報告という形で言え」
「わかった」
どうやらのんびりしている暇はなさそうだ。来て早々、謁見が始まるらしい。
着替える暇も与えられないあたり、皇子が皇帝から軽視されているのがよくわかる。
キャスタル王国の王城と比べて、なんだか薄暗い重厚感のある城内をライトと一緒に歩いていくと、目の前に物凄く立派な扉が現れた。
我らがファーステストの敷地のど真ん中に建設中の風雲セカンド城(仮)の馬鹿馬鹿しさに比べたら劣るが、それでも十分に見惚れるくらいの大きさである。
「おお」
俺たちが扉の前に立つと、扉がゴゴゴと重い音を立ててゆっくりと開き始めた。
さあ、久々だ。メヴィウス・オンライン以来の、皇帝ゴルド・マルベルとの対面。
この世界に来て、俺の中では随分と印象の変わってしまったマルベル帝国だが……皇帝はどうだろうか。
騎士に案内されるまま歩み出て、しばらく進んだところで足を止める。
「――面を上げよ」
玉座にもたれている男が言う。力強い声だった。
「よい、上げよ」
二度目の声で、俺とライトは顔を上げる。
長い脚に鍛えられた体、鈍色の髪をした、三十代後半ほどの美男。その目は自信に満ち溢れている。ゴルド・マルベル、そういえばこんな顔だった。
皇帝の周りには、背の低いオッサンと、ソバージュヘアが特徴的なローブを着た若い女の二人しかいない。あれは誰だろうか。女の方、既視感があるような……いや、そんなはずはないか。
「ライトよ、縁談はどうであった」
挨拶もなしに、いきなり本題を切り出す皇帝。まるで、皇子の報告など何も期待していない、という風な態度だ。
「はい。姉上を支持する者の仕組んだ罠で御座いました」
「ほう」
だが、ライトの淀みない口振りに、皇帝は少し興味を覚えたようである。
「お前が看破したのか?」
「……いえ、伯母上が」
「何?」
伯母上、つまりグロリアだ。皇帝はその意外な名前の登場に、片方の眉を上げて首をひねっている。そりゃそうだろう。なんでグロリアが、と俺でも思う。
「当主のラスカ・プロムナードは悪徳貴族です。既に屋敷を捜索し、証拠も多数見つけております。しかし娘は全くの無実でした。伯母上はそんなプロムナード家の娘を救うためにいらっしゃったのです」
ライトはそう断言する。いつの間にか、証拠も握っていたらしい。俺がせっせとグリースダンジョンを周回していた時に、ライトもしっかり働いていたんだな。
そんなライトの言葉を聞いた皇帝は、暫し考える素振りを見せてから、口を開いた。
「ふん、あの義姉のやることはわからんな。余も掴みかねている。だが、ゆえに頷ける話でもある」
「では!」
「認めよう。ライト、褒美は何がいい?」
「……っ……」
褒めてもらえる……と、思ったのだろう。ライトは期待に顔を輝かせ、そして、すぐさま消沈した。
皇帝は「よくやった」の一言すらなく、場当たり的な褒美を与えて終わりにしようとしている。
実の父親から、何一つ期待などされず、何か手柄を立ててもこれの繰り返し。おいおい、そりゃあ、歪むだろうよ。
「……一つ、拾い物をいたしまして」
「ほう」
ライトは気を取り直してそう口にすると、俺の方を向く。
「この者は、伯母上も力を認める騎士で御座います。これを、僕の近衛騎士長に――」
「好きにしろ」
皇帝は即答した。
興味なし、と顔に書いてある。こっちに視線さえ向けない。
まあ、おかげで第一関門は楽に突破できそうだが……
「――陛下、素性のわからん者を皇子付き近衛騎士長に置くのはいかがなものか。その男、所作から教養を感じない。もしや騎士学校も出ず、試験も受けておらんのではないか? 腕に覚えはあるようだが、近衛騎士長とは剣の腕だけで務まるような仕事ではない。最低限、確認の必要はありましょう。このような馬鹿らしいことを一々私に指摘させないでいただきたい。いやはや、殿下のワガママに頷くばかり、全く良い親ですな」
突然、鋭い口調で喋り出した男。身長160センチほど、小太りで、生え際後退気味、四十代後半くらいの、怒り顔のオッサン。
皇帝相手だというのに、皮肉たっぷりに言ってのけやがった。しかし、言っていることは、嫌になるほど正しい。
……間違いない。俺は確信した。こいつが、帝国で最も優秀な男、シガローネ・エレブニ宰相――。
「シガローネ、口を慎め。しかし、もっともか。であれば、そちに任せよう」
「私でよろしいので?」
「面倒か?」
「それはもう!」
「では尚のこと任せる」
「陛下は辣腕家ですな」
シガローネは皮肉が好きらしい。
皇帝もそんなシガローネの性格をわかってか、笑って仕事を押し付けた。言い出しっぺの法則というわけか。
しかし、これは意外と良い流れだぞ。恐らく俺はこの後、シガローネと対面することになる。そこでグリースダンジョンの件について切り出せば、近衛騎士長として認めてもらえる可能性が上がるかもしれない。
「これにて謁見は終わりだ」
まだプロムナード家の件についての詳細も聞いていないのに、皇帝は「話は終わった」とばかりに手をポンと叩いて切り上げた。その一言で、謁見は瞬く間に終了する。結局、ソバージュの女は一言も喋らなかった。
確かに、こりゃ酷ぇ。皇帝にはライトの言葉を聞く耳がないな。もしかすると切り上げた理由は「話は終わった」ではなく「顔も見たくない」かもしれないレベルで、ライトのことを明らかに冷遇している。
ひょっとして、例の嫉妬が影響しているんだろうか。そうだとしたら、抜群にキモイ。
「終わったら僕の部屋に来い」
ライトはそうとだけ言い残して、別の近衛騎士と一緒に去っていった。
え、俺一人? というか、皇子の部屋とか知らない。そもそも近衛騎士長に認められなかったら皇子の部屋にすら行けないのでは……。
どうしようかと立ち尽くしていると、いつの間にか接近していたシガローネが話しかけてきた。
「突っ立ってないでさっさと来い。時間を無駄にするな。無給にされたいのならいつまでもそうしていればいいが、その場合キサマは無給どころか無職になるんだったな。では無給で働かせてやる。ありがたいだろう? ありがたがれ。おい、この期に及んで何を呆けている。キサマのその糞みたいな境遇をその糞の詰まった頭で理解できないのか? それもそうか、キサマは糞人間だからな。ああもういい、何も考えるな、考えるだけ無駄だ。キリキリ歩いて付いてこい」
……口、悪っ!
喋り始めたと思ったらマシンガンのように悪口が飛び出てきた。
シガローネめ、さっきは皇帝がいるからと悪口を控え目にしていたみたいだ。
こりゃあ確かに、人格に難有りと、皇帝候補から外されるかもしれない。
「何処へ?」
「キサマが知ってどうする。知る必要もない。知ってほしくもない。私に無駄な時間を割かせるな。どうせ糞なのだから糞らしく黙って付いてくればいい」
少し質問しただけで何倍もの罵声が返ってきた。
そうこう言っている間にも、シガローネはどんどんと足早に歩いていってしまう。俺は「この人本当に優秀なのか?」と首を傾げながら、その後を追った。
お読みいただき、ありがとうございます。
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まろ先生の描く挿絵が今回も想像を絶するほど素敵なので、ぜひ!
挿絵がたくさん、書籍版第1~3巻が発売中!
一味違う面白さ、コミックス第1巻も発売中!
続きが気になる、コミカライズも連載中です!
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