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222 金貨に歓喜?


ゴルド・マルベル:皇帝

クリアラ・マルベル:皇帝の妻

メルソン・マルベル:皇女・姉

ライト・マルベル:皇子・弟


セラム:メルソン派のスパイ?

ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長

シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相



「っし! 三連勝だ! 焼きが回ったな、セブン!」


 スピードではどうあがいても俺に勝てないと思い知ったライトが「ポーカーにしろ」とクッソ不機嫌に要求してきてから十五分。ついに俺は三連敗を喫した。


「考えてものを言えガキが。勝ち越してんのは俺だ」

「はん、見ていろ。僕がすぐに追い越す」

「うるせえ、次だ次」

「ざーこ、ざーこ!」

「…………」


 腹立つなこのクソガキ……。


「あれ? おいセブン、お前何歳だ?」

「十八だけど」

「僕は十六だ。ガキじゃない。撤回しろ」


 十六歳ね。パッと見、165センチくらいだろうか。身長差と実年齢差のせいで完全にガキにしか見えない。


「二つも下じゃねえか。ガキだガキ」

「というか皇子をガキ呼ばわりするな! クビにするぞ!」

「はいはい」



 しばらく一緒にいて気付いたことがある。


 こいつの「クビ」という言葉、恐らくは、俺を試しているのだろう。


 さっきの連勝アピールや、「ざーこ」という挑発もそうだ。


 ライトは、俺の顔色を窺いながら、それらの言葉を口にしている。


 これは考え過ぎだろうが……こいつはもしかすると、俺を怒らせたいのかもしれない。と、そう思ってしまうくらい、俺を試しているように、そして甘えているように感じた。



「ふん、雑魚め。僕がその気なら、お前なんていつだってクビにしてやれるんだぞ」

「わかったわかった」

「ざーこ、ざーこ、ざぁ~~こ」

「……スピードに戻すか」

「は? ふざけるな。僕はポーカーにしろと言ったはずだ。敬語すら満足に使えない低能なセブンはそんなことも忘れてしまったのか?」


 こんな風に、な。






「――殿下、本日のお宿に到着いたしました」


 一日移動して、夕方。馬車の外から声がかかる。


 帝国南部の都市『アカー』から帝都『マルメーラ』までは馬で一日くらいの距離だったはずだが、皇子を乗せているからか、のんびりと一泊してゆっくり帰るらしい。


「おい、僕の部屋の隣にもう一部屋取っておけ」

「は、はっ」


 ライトは旅館の支配人と思しきオジサンにそう命令すると、最大級のお辞儀で出迎える旅館の方々を無視して、すたすたと歩いて中へと入っていってしまった。


 俺は、どうすればいいんだろう。ライトに付いていけばいいのか?


「何してる! 付いてこい無礼者!」


 そのようだ。



 旅館は外も中も素晴らしいの一言。王国でも滅多にないくらいの一級旅館だろう。


「案内せよ」

「か、かしこまりました」


 ライトは適当な仲居さんに声をかけて、部屋へと案内させる。


 まあ、当然と言うべきか、案内されたのは一番奥の一番良い部屋だ。


「隣の部屋はあっちか?」

「はい。廊下を渡って右で御座います」

「見せてみろ」

「は、はい」


 ライトのやつ、仲居さん相手に凄まじく偉そうな態度である。いや、実際偉いのか。なんだかアンゴルモアみたいだな。


 しかし流石はグロリアの妹の息子、超がつく美形だ。それゆえか、そんな態度さえもが様になっている。


「へぇ。悪くないな」

「はい。当旅館にて二番目に良いお部屋で御座います」

「そうか。ではセブン、お前はここを使え」


「……へ?」


 俺がここ?


「何を呆けている。お前は近衛騎士だ。僕の部屋の近くでなければ、僕の護衛はできないだろ」

「なるほど。じゃあ他のやつらはどうしてるんだ?」

「そんな鬱陶しい者、お前一人で十分だ」


 ライトはそう言うと、くるりと俺に背を向けて、廊下を戻っていく。


 どうも、俺の引き継いだポジションは、他の近衛騎士とは職務内容がちょっと違うようだ。



「……風呂でも入るか」


 メシの前に風呂、これは俺にとって鉄則となりつつある。


「こちらのお部屋、露天風呂付きとなっております。大浴場がお望みでしたら、あちらの突き当たりを右で御座います」

「お、いいねえ! じゃあ折角だし露天に入ろうかな」

「はい、是非。うふふ」


 俺がテンション高めに答えると、仲居さんは上品にくすりと笑った。ライトの前では委縮していたが、本来はよく笑う人なのかもしれない。


「それにしても、とっても殿下のご寵愛を受けていらっしゃるんですね」

「……ハイ?」


 ファーステスト邸の露天風呂の参考にしよう、なんて考えていたら、仲居さんが何やら変なことを言い出した。


「殿下には何度かご宿泊していただいたことが御座いますが、殿下ご自身がこれほど上等なお部屋を手ずからお取りになって、更にはお部屋の前まで甲斐甲斐しく付いていらっしゃることなんて、未だかつて一度も御座いませんから」


 仲居さんはニコニコと、まるで天然記念物でも眺めるような目で俺を見ている。


 そうだったのか。ライトのやつ、俺を特別扱いしているわけだ。全く気が付かなかった。


 やはり、目を付けられているから……なのだろうか? うーん、変化へんげがバレないように気を引き締めないとな。


「ありがとう。耳寄りな情報だった」

「は、はあ」


 俺は仲居さんにお礼を言いつつ、部屋の中へと入り、お茶を入れてもらった。


 一杯飲んだら、露天風呂だな。


「!」


 おっと、しまったしまった。忘れていた。“心付け”を渡さなければ。


 旅館へ来たらまず仲居さんにお金を包んで渡すものだと、ユカリにそう教わったのだ。


 しかし……参ったな。肝心の金額を教わっていなかった。


 ここはかなりの高級旅館だし……1M金貨くらいか?


 硬貨は既に帝国のものを一億ほど両替してインベントリに入れてある。その点は問題ないだろう。


 足りなかったら恥ずかしいが、渡さないよりはマシだ。俺はお茶請けの饅頭の包み紙に100万CL相当の金貨を一枚だけ包んで、仲居さんに手渡す。


「案内助かった。一泊だけだが、よろしくな」

「そんな、いただくわけには!」

「気にするな。雑事を頼みやすくなるよう、俺が俺のために渡すのだ」

「さ、左様で御座いますか。では、恐れながら……」


 仲居さんは恐縮しつつ受け取ってくれた。


 後で中身を見てガッカリしなければいいが、無駄に気を揉んでいても仕方がない。


 俺は仲居さんを見送ると、気分を切り替え、浴衣を手に取り立ち上がった。


 さあ、何はともあれ、露天風呂だ!




  * * *




 むかつく。

 本当にむかつく男だ。


 あの無礼極まりない態度もそうだが、何より。


 互の吐息がかかる距離で、僕の瞳を覗き込んで、凄く真剣な目で、犬歯を剥き出しにして、じっと睨みつけてきて……。


「~~~っっ」


 今でも、思い出すだけで胸の奥がきゅっとなって、顔が熱くなる。


 他人からあんなに真っ直ぐに叱られたことなどなかった。


 皆、僕を見ればひれ伏す。それは小さな頃からずっと当たり前のこと。


 父上は、僕のことなど眼中にない。

 姉上は、僕を蹴落とそうとしている。

 母上には、父上が邪魔をするせいで会いに行けない。

 ナト・シャマン将軍は、姉上と一緒になって僕を敵視している。

 シガローネ・エレブニ宰相は、相変わらずの仕事人間だ。


 誰も彼もが、僕のことなど見てくれない。


 僕は姉上ほど優秀じゃない。将軍ほど強くない。宰相ほど仕事もできない。皇帝に仕える者どもの大半から嫌われ、蔑まれている。


 あいつの言った通りなんだ。随分前から知っていた。僕には、皇子という肩書以外、何もない。


 だから、無論、あいつにも嫌われ、蔑まれる。あれほど怒っていたんだから当然だと、そう思っていた。



「…………」


 広い広い部屋の中で一人、僕は自分の手を見つめて、感触を思い返す。


 トランプカードの感触だ。


 あんな風に他人と遊んだのは、初めてのことだった。


 なんの躊躇もなく、あいつは暴言を吐いてくる。バカだガキだと、言いたい放題だった。


 だから僕も、むきになって言い返す。また怒らせてやろうと挑発する。


 あいつが怒っている間は、しっかりと僕のことを見ていてくれるから。



 いつも退屈で、孤独で、眠くないのに眠るしかなかった馬車の中。


 それが、今日は――気が付いたら、夕方になっていた。あり得ないことに、本当にあり得ないことに、まだ乗っていたいとさえ思ってしまったほどだ。



 むかつく。あいつといると、無性にむかついて、悔しくて、つい、むきになってしまう。


 でも……そうしてあいつに腹を立てている間、僕は、劣等感も、孤独感も、綺麗さっぱり忘れられるんだ。



 そして、独りになると、こう思う。


 また、叱ってほしい。僕を見てほしい――と。



 それが、悔しくて悔しくて堪らない。


 ああ、僕はこんなに面倒くさい男だったのか、どうしてこれほど難儀な性格なのかと、自分で自分をそう感じる。



「……あいつ、風呂のお湯を急に冷たくされたら怒るかな」


 去り際、風呂に入ると呟いていたのが聞こえた。きっと今頃、部屋の露天に入っている。チャンスだ。


 いや、でも……イラつかれはするだろうが、怒られるまではいかないかもしれない。あいつ、僕があれほど煽ったのに怒らなかったから。それじゃ駄目なんだ。


 もっと酷い目に遭わせてやらないと。皇子にあんな口を利くんだから、罰が当たって然るべきだ。そうに決まってる。



 ――今度俺の目の前で生意気言ってみろ。手が出るぞ。


「……~っ!」


 不意に思い出した、あいつの怖い顔と言葉。ゾクリと、身体が勝手に震え、胸がドキドキする。


 もうっ、なんなんだ、これは!


 僕は心の中で「お前のせいだ」とセブンに文句を言いながら、膝を抱えて目を閉じた。


 作戦を練るのだ。


 あいつを怒らせるための作戦を――。




  * * *




 仲居は狼狽していた。


 セブンから手渡された心付けの1M金貨、これは――彼女の月給の約五倍に相当する。


 こんなに受け取ってしまってよいのだろうか。彼女は最初そう考えたが、そこでふとセブンの言葉を思い出した。


 俺が雑事を頼みやすくなるように渡したのだ、と。


「…………」


 給料五ヶ月分の雑事とは、一体どれほどのことなのか。


 あまりにも恐ろしい。途端に受け取りたくなくなった仲居だが、しかし、同時に、大金に目が眩む自分もいた。


 そして、悩みに悩んで、答えを出す。


 既に受け取ってしまったのだから、返しに行くのは失礼だ。そう自分に言い訳をして、彼女はついに覚悟を決める。


 1M金貨分の大仕事、まだ何をすればよいかはわからないが、この一泊の間は徹夜をして、セブンのために身を粉にして精一杯やり遂げようと……。



お読みいただき、ありがとうございます。


<お知らせ>

セカサブ第4巻が、2020年2月10日に発売予定です!!

まろ先生の描く挿絵が今回も想像を絶するほど素敵なので、ぜひ!


挿絵がたくさん、書籍版第1~3巻が発売中!

一味違う面白さ、コミックス第1巻も発売中!

続きが気になる、コミカライズも連載中です!


面白かったり続きが気になったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ブックマークや感想やレビューもとてもとても嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたらもう最高に幸せです。


更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。


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― 新着の感想 ―
ウィンフィルド、仲居さんのチップの件まで予測してたんかな
[一言] 16でこの言動 育った環境を考えればまぁ歪みもするか 年齢一桁かと思ってた
[良い点] 皇子の性癖歪みきってて草 ひと月でセブンいなくなるのにどうするんだろうw [一言] ダンジョン1周するだけで数千万円手に入る世界なんだから、金銭感覚ガバガバに決まってるだろ
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