221 以後、ステップって凄い。
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇帝の妻
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
セラム:メルソン派のスパイ?
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相
早朝、俺はライト皇子のところへ向かっていた。
何故か隊長含む二十人の兵士たちも付いてきている。
そう、紆余曲折あって、というか昨夜遅くまで打ち上げと称して飲みまくった結果仲良くなって、皆とは「セブン」「隊長」「お前ら」と呼び合うくらいの砕けた関係になった。
「セブンよぉ、これから帝都に帰んのか?」
道すがら、隊長がそんなことを聞いてくる。
「知らん」
「知らんって、なんだそりゃ」
「ライト次第だな」
「……なるほど、殿下も目ぇ付けとるってぇわけか」
何かに納得するように呟く隊長。
目を付けられてる? ああ、そういう意味か。確かにあいつ、やたらと俺に突っかかってくるな。
「ナントカ小隊はどうするんだ?」
「第一戦闘兵団歩兵隊第五小隊な。いい加減覚えろや、昨夜から散々言っとるぞわしゃあ」
「はいはい。で、どうすんの」
「まあ……帝都に帰って報告だ。あとは上官と宰相閣下のご機嫌次第ってなもんさ」
「じゃあ暫しお別れか」
「おう。ああ、そうだ。セブン、帝都で何かあったらすぐわしらを頼ってくれよ。わしらはいつでも準備万端だ。最近は戦争も少ねぇから、毎日鍛えてばっかりだぜ」
「頼らせてくれの間違いじゃなくてか?」
「ワッハッハ! そりゃ違ぇねぇ!」
でっかい口を開けて大笑いする隊長。
そんな感じに冗談を言い合っていたら、あっという間にライト皇子のもとへ到着してしまった。
ライト皇子はもう馬車の中にいるのだろうか。今のところ姿が見えない。
「なっ……!?」
一番最初に声をあげたのは、クビになった近衛騎士の男。なんだか俺の顔を見て驚いている様子だ。
「お前に言われた通り、任務を達成してきたぞ」
「……う、嘘も大概にしろ。だが、しかし、近衛騎士の心得は学べたようだな」
「ああ、まあ、お陰さまで」
何故か「感謝しろ」とでも言いたげな顔の近衛騎士。
何か気になることがあったのか、隊長が「どういうことだ?」と聞いてきたので、事のあらましを説明する。近衛騎士の先輩に、明朝までにグリースダンジョンの任務を達成してこいと指示されたのだと。
「ほぉ~」
すると、隊長はどうしてかニヤニヤとし始めた。
そして、ずいと一歩踏み出して、沈黙を破る。
「残念だったなぁ、邪魔なセブンを潰せなくてよぉ」
「……っ……」
隊長の言葉に、近衛騎士がばつの悪そうな顔をする。よくわからない状況だ。
「潰す?」
「ああ、セブンにとっちゃ任務達成は当然だったかもしれんが、ちぃとばかし考えてみろよ。そこらの近衛騎士が一人わしらの小隊に加わったところで、グリースダンジョンを一日で攻略できるわけがねぇだろ?」
「……あー」
「わかったか? こいつはセブンをハメようとしてたんだよ」
よくわかった。つまりは、新人いびりってやつだな。
「何処の馬の骨ともわからん一兵卒が非礼なことをよく喋る。俺は近衛騎士だぞ」
「こいつぁ失敬。しかしよ、セブンに対する無理難題の件については、どう釈明する?」
「……俺はこの男ならば一日で十分だろうと見抜いただけだ」
「へぇ~! さっきセブンに対して嘘も大概にしろと口走ったのは何処の馬の骨だっけなぁ~?」
「お前……覚悟はできているだろうな……」
「おー怖! 近衛騎士様ったら言い負かされてお怒りだ! 騎士学校の成績はさぞかし優秀だったんだろうがよ、“器”っつー科目があったら赤点間違いなしだな!」
隊長、上手い煽り方だ。器を持ち出されたら、剣を抜いた方の負けになる。今にも剣を抜きそうだった近衛騎士の男は、それで剣から手を離さざるを得なくなった。
「ヘッ、帝都に篭りっきりで頭ばっかデカくなってっから見誤るんだよ。テメェもお勉強が得意ならよ、セブンを見習って身内同士の稽古だけじゃなく現場での実戦経験も積むんだな」
めっちゃ煽るじゃん隊長。どんだけ近衛騎士嫌いなんだよ。というか近衛騎士は近衛騎士でどんだけ恨まれるようなことしてきたんだよ。
「……我ら皇子付き近衛騎士は、皇子を護衛しなければならない。よって必然的に対人戦を中心に磨く必要がある。お前らとは畑が違う」
近衛騎士の男、なんとか隊長の煽りに堪えて、理路整然とした風な顔で反論してきた。
いや、しかしその理屈はおかしい。
「畑違いなのに、俺をダンジョンに送り込んで、近衛騎士の心得がどうとかぶっこいてたのか?」
「…………~っ!」
俺が指摘すると、近衛騎士の男は、ついに顔を真っ赤にして黙り込んだ。
畑が違うということを身をもって知ってほしかった、とか言い訳を重ねてくるかとも思ったが、どうやら彼にはもう反論する気力がなさそうだ。まあ、取り繕うにしても、ボロが多すぎるわなあ。
「おい新人、傍から聞いていれば、どうも先輩に対して口の利き方がなっていないな」
すると、黙ってしまったそいつを見かねてか、他の近衛騎士がそんなことを言ってきた。
うん、それもそうである。
「すんません。しかし、あの先輩は俺をハメようとしていたらしいので」
「まあ、一理あるか。であれば、今後、私たちにはしっかりと敬語を使えよ」
そういうことになった。
……と、思いきや。
「ふざけんじゃねぇ! セブンに対して偉そうにしやがって!」
「あいつも、あいつとあいつとあいつも、そこの男と一緒になって、セブンを向かわせようってニヤニヤしてやがったぜ!」
「ああ、オレも見た! 酒場で話し合ってた! 同罪だ!」
第五小隊のやつらが次々と証言する。
「き、貴様ら、一昨日はあれほどヘコヘコしていたくせに……っ」
そして、近衛騎士の一人が額に青筋を浮かべて、自白にほど近い呟きを口にした。
なんだかなあ、近衛騎士……現時点では、いいとこ一つもなしである。
「――うるさい! 朝からペチャクチャペチャクチャと!」
おっと、ここで馬車の中からライト皇子のお出ましだ。
しっかしこいつ、いつ見てもカリカリしてるなあ。
「ふん、ようやく来たか無礼者。皇子である僕を待たせるとはいい度胸だな」
ライトは挑戦的な目で俺を睨みつけて、そんなことを言う。
隊長の言っていた通り、俺は相変わらず目を付けられているようだ。
「ん? なんだこの汚い恰好の男どもは。どうしてここにいる? 無礼者の知り合いか?」
「見送りに来てくれたナントカ小隊の皆だ。宰相の任務だかなんだかで、昨日一緒にグリースダンジョンを攻略した」
「……宰相の任務? グリースダンジョンを? 無礼者が?」
「ああ」
どうも疑わしいらしい。ライトはジトリとした視線を俺に送っている。
「殿下、それはこの者どもの嘘で御座います! 冷静にお考え下さい、こんな者どもにグリースダンジョンを攻略できるはずがないではありませんか!」
そこで、クビの近衛騎士がここぞとばかりに捲し立てた。
さっきと言っていることがまるっきり違うが、恥ずかしくないんだろうか?
「お前、クビにした近衛か。どうしてまだここにいる? 僕はクビだと言ったはずだが」
「そ、それは、しかし、この男は……!」
「うるさい。お前のそのうるさいところと、胡散臭いところが気に入らないからクビにしたんだ。早く何処かへ行け」
「……っ!」
ライトは顔を顰めて近衛騎士の男を追い払う。一見してワガママなだけの振る舞いだが、しかし。
胡散臭い……つまりライトは、この近衛騎士の男がメルソン・マルベル皇女とナト・シャマン将軍のスパイではないかと疑っているわけだな。
そうか、合点がいったぞ。俺を近衛騎士にというのは、絶対にメルソンとナト・シャマンの息がかかっていない人材だという確信があるからか。
なるほど。どうやらこのワガママ皇子、ただワガママなだけではなさそうだ。
「あ、そうだ忘れていた。セブン、お前が護衛として役に立つか確認してやる。そうだな、そのへんの近衛と戦え。負けたらクビだ」
……いや、俺の買いかぶりだったかもしれん。
確認の必要があることはまあわかるが、負けたらクビて……クビ好きすぎるだろ。
「殿下! 是非、是非もう一度チャンスを!」
すると、ここが好機だと思ったのか、近衛騎士の男が息を吹き返した。
「は? お前……いや、わかった。セブンに勝ったら、考えてやる」
「有り難き幸せ!」
考えてやる、ね。笑える。
近衛騎士の男はやる気満々だ。「お前にグリースを攻略できる実力などないと証明してやる」なんて言っている。
「剣か?」
「それ以外、何がある」
俺が聞くと、男は馬鹿にしたように返してきた。
じゃあ俺も剣にしようかと、ミスリルロングソードを装備したところで、隊長が心配そうな表情で話しかけてくる。
「セブン、気ぃ付けろ。近衛騎士は強ぇぞ。おめぇさんがダンジョン専門だとすりゃ、あっちは対人戦専門――」
「……隊長、勘違いするな」
良い機会だ。わからせてやる。
「俺も、対人戦専門だ」
そうとだけ伝えて、俺は男と向かい合う。
隊長はぽかんと口を開けて固まっていた。
「――始めろ」
ライトの号令で、決闘が始まる。
さて、どうするか。いつだってこの瞬間はワクワクするなあ。
近衛騎士は対人戦が強いらしい。もはや一ミリも期待していないが、やはり少しばかりは試してみたくなってしまうもの。ここは一先ず、小手調べと行こう。
「!?」
俺がミスリルロングソードをインベントリに仕舞うと、近衛の男は驚きの表情を見せた。
もうそういう反応だけでPvPが下手くそだと明らかにわかってしまったが……まあいい。以後は、やりたかったことをやりきろう。
俺は手ぶらで疾駆し、一気に間合いを詰めた。
「何を……っ」
そして、間合いの寸前で、右へステップ一回、左へステップ二回、後ろ向きに一回転、これを最速で行う。
そう、夏季の一閃座戦でラズがガラムに対してやっていた初手だ。俺は前から「これいいな」と思っていたのだ。
ラズはこの直後に大剣を出した。間合いスレスレで緩急をつけてタイミングを惑わし、相手の一撃を躱しながら大剣での攻撃を当てに行く、そのためにはどうすればよいかが最大限に計算し尽くされたステップだ。
この工夫、大剣の遅さというウィークポイントを補うためだけのものではもったいない。俺はそんな気がしていた。
だからこそ、あえて緩急をつけずに最速でステップを行い、相手から陰になっている瞬間に《歩兵剣術》を準備して大剣ではなくミスリルロングソードを取り出してやれば――
「う、ぉっ!?」
――速く、感じるだろう。とても。
【抜刀術】においても、似たような技術を披露したことがあった。アザミの道場にお邪魔した時だ。
究極の速さとは工夫。如何に速く見せるかの演出。それこそが、世界ランカーに必要とされる技術。
ここにラズのステップを組み合わせることで、更に躱しにくく、そしてこちらは躱しやすく、改良されている。一回転のタイミングを観察しながら調整できるというのも良い。場合によってはステップを増やしたり減らしたりと、アドリブの余地が残っている。おまけにビジュアルもナイスだ。
……うん、悪くない。もう少し磨けば、手筋として完成させられそうだな。
「き、ひっ……」
男の喉奥から漏れる恐怖の声。首筋で寸止めした剣先に、冷や汗がぽたりと落ちた。
ライトが「そこまで」と言ってくれないので、さっきからずっとこのままだ。
「見惚れてんのか、審判」
男から視線を動かさずに俺が軽口を叩くと、ライトは少し遅れて沈黙を破った。
「……も、もういい。帝都へ帰るぞ」
くるりと背を向けて、足早に馬車へと乗り込んでしまうライト。まさか図星か?
いや、しかし帰ると言っても、俺はどうやって付いていけばいいんだ。セブンステイオーをあんこに連れてきてもらうか? いやでもあんこが嫉妬するからなあ……となると、誰かの馬に乗せてもらうしかないか。
「すげぇぜ、流石セブンだ! 一発で決めちまうとはな!」
振り返ると、隊長たちがワッと盛り上がって口々に褒めてくれた。ここまでストレートに言われると嬉しくなってくるな。この単純さが彼らの魅力かもしれない。
「じゃあ、また帝都でな」
「おう! 次会う時が楽しみだぜ!」
第五小隊の面々と爽やかにお別れを済ませて、近衛騎士たちの方へ戻るが……駄目だこりゃ、誰も馬に乗せてくれそうにないぞ。
というか、皇子が出てくる前くらいまでぷんぷん漂っていた“新人いびり感”みたいなものが、綺麗サッパリなくなっている。
近衛騎士たちは、俺から必要以上に距離を置いているようだ。視線さえ合わせてくれない。もはや無視である。
「おい! いつまで待たせるんだ無礼者! 早く乗ってこい!」
ガチャリと馬車のドアが半開きになって、皇子の怒れる声が聞こえてきた。
え、乗っていいんだ、馬車。皇子様ったらワガママなのかなんなのかよくわからんな。いや、ある意味ワガママなのか?
まあ、誘われたとあっちゃあ仕方ねえ。
俺はインベントリからトランプを取り出しながら、いそいそと馬車に乗り込んだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
<お知らせ>
セカサブ第4巻が、2020年2月10日に発売予定です!!
まろ先生の描く挿絵が今回も想像を絶するほど素敵なので、ぜひ!
挿絵がたくさん、書籍版第1~3巻が発売中!
一味違う面白さ、コミックス第1巻も発売中!
続きが気になる、コミカライズも連載中です!
面白かったり続きが気になったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ブックマークや感想やレビューもとてもとても嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたらもう最高に幸せです。
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