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220 騎士の指揮


ゴルド・マルベル:皇帝

クリアラ・マルベル:皇帝の妻

メルソン・マルベル:皇女・姉

ライト・マルベル:皇子・弟


セラム:メルソン派のスパイ?

ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長

シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相




「――あぁ!? んな話聞いてねぇぞわしゃあ!」


 翌朝。俺は少々戸惑っていた。


 事の発端は昨日の夜中。宿で寝ていた俺は、突然訪ねてきた近衛騎士の男に起こされ、「グリースダンジョン前にいる帝国の兵士たちの指揮を執って任務を遂行しろ」と指示を受けた。


 一体なんの任務なのかは知らないが、曰く、これで“近衛騎士の心得”とやらを学べるらしい。


 そのため、俺はこうして朝早くから聞いていた集合場所に足を運んでいるのだが……二十人近い兵士たちの中で一番偉そうなオッサンが、えらい剣幕で俺に「聞いてねぇ!」と言ってきたのだ。


「話を聞いていない? そうなのか?」

「ったりめぇよ! なんでもテメェらの考え通りになると思ったら大間違いだ! 帰ってくれ!」

「た、隊長、近衛騎士様に、そのような」

「るせぇい! わしの隊をわしが守らんでどうするんじゃ!」


 このオッサンが隊長らしい。


 ああ、そういうことか。俺に隊を乗っ取られると思ってんだな?


 兵士たちは「それもそうだ!」とか言って、さっきまで弱気だったやつらまで隊長と一緒になって「帰れ帰れ!」と言い出した。


 なんとなく、彼らの性格を掴めた気がする。


「大丈夫だ安心しな。今日だけだ、今日だけ」

「今日だけだと? ふざけんじゃねぇ!」

「ふざけてない。で、任務ってなんだ?」

「…………」


 俺がそう尋ねると、兵士たちはぽかんと口を開けて固まり、隊長は舌打ちしてから喋りだした。


「任務すら知らねぇで来やがったなんて、ちっとも安心できねぇな。テメェら近衛みてぇな頭でっかちどもの手柄稼ぎに、わしらが巻き込まれてなるもんかってんだ。わしゃあな、こいつらの安全を預かってんだよ。現場のげの字も知らねぇ若造なんかにゃ、危険なダンジョンの指揮は任せらんねぇ」


 驚いた。ただ気性が荒いだけのオッサンかと思ったが、言っていることは実に正しい。


 周りの兵士たちは「そうだそうだ隊長の言う通りだ」と同調するだけでとても単純だが、この隊長だけは一筋縄では行かないだろう。


 なるほど、近衛騎士の心得……つまり、この現場主義の荒っぽい野郎どもをまとめ上げられるくらいの度量を見せろと、そういうこったな。



「おし。じゃあ、こうしよう。お前が俺を使って・・・くれ」

「……はぁ?」

「きっと役に立つぞ。どうだ?」

「いや……テメェ正気か? 近衛騎士だろ? 使ってくれったって……」


 オッサンに呆れられる。


 だってしょうがないじゃん。任務すら教えてくれないんだから、無理に付いていくしかない。


「任務の遂行が第一だ。適材適所と言うしな。お前も言っていたじゃないか、現場を知らない俺の指揮で動きたくないんだろ?」

「そりゃそうだが」

「じゃ、今から俺はお前の部下だ。これなら文句ないだろう。隊長、指示をくれ」


 俺がそう言うと、隊長はしばし唖然とした表情を浮かべてから、鼻で笑って沈黙を破る。


「へっ、馬鹿野郎が。うちの隊はな、指示待ちしてっと指示待ちすんじゃねぇって怒鳴られんだ」

「そうだったのか。でも任務を知らないから、どうしようもないな」

「だから任務を教えてくれってか? その手にゃ乗らねぇ」

「いや、だから、怒鳴りながら連れてってくれ」


 またしても、隊長が呆気にとられたような顔で沈黙した。


「……おめぇさん、なかなか変わってるなぁ。本当に近衛騎士かぁ?」

「どうだろうな」

「ハッハ! しゃぁねぇ、特別だ。特別に連れていってやる。ただし、足手まといになるんじゃねぇぞ」

「ああ、わかった」



 よーし、連れていってもらえることになったぞ。これであとは任務さえわかればこっちのもんだ。


 タイムリミットは明日の朝、ライト皇子と落ち合うまで。つまり約24時間後である。


 一体どんな任務なのか。乙等級ダンジョン「グリース」の攻略? いや、こんなに人数をかけていて、そんなにぬるいわけがない。帝国兵を二十人も使ってわざわざやることといったら……なるほどわかったぞ、亜種狙い・・・・だな?


 グリースダンジョンのボス「キングサレコウベ」、その亜種の「マスクドサレコウベ」は、4%の確率でボスに置き換わって出現する。大人数で効率良く周回して亜種を狩りまくって、レアドロップを狙おうという作戦だろう。


 うーん、マスクドサレコウベのレアドロップ確率、いくつだったか。たしか10%くらいだったと思うんだが……いや、こういうのは正確な数字を思い出さない方が意外と出たりするのだ。とにかく24時間以内にデレてくれることを祈ろう。



「おめぇさん、武器は何使う」

「なんでも」

「へぇ、なんでも……なんでも!?」


 ぎょっとした目で見られた。


「おい、おちょくってんのか?」

「いや、んー、そうだな。強いて言うなら弓かな」

「ほぉ! 弓か。近衛のくせに珍しいな」

「グリースダンジョンは飛んでる魔物が多いから弓がいい」

「よく知ってるじゃねぇか。そうだ。グリースは空飛ぶ頭骸骨が出てきやがる。だから、六人が盾、八人が槍、五人が弓で行く」

「ふーん。隊長は何やるの?」

「わしも弓だ」


 盾で釣って、槍で纏めて、弓が火力を出す形……には、見えないな。


 盾で押して、槍で突破して、弓が支援する、とかいう原始人スタイルか?


「…………」


 いや、よしておこう。俺は歓迎されていない。


 とりあえず一回だ、一回の戦闘だけ我慢だ。彼らのやりたいようにやらせる。それから改善点を提示すればいい。戦闘が終わる頃には、きっと俺の言うことにも耳を貸してくれるようになっているさ。



「よし、じゃあ行くか」

「おい待て待て待て! 大馬鹿野郎が! ピクニックにでも行くつもりかぁ!?」

「え? さっそく申し訳ない。何か間違えたか?」

「一人で勝手に先を行こうとするな! 隊列を乱しやがって!」

「隊列……あぁ、はいはい、隊列ね……」


 好きだなー、隊列。某宮廷魔術師団もそうだった。公務員は総じて隊列が好きなのか?


「まあいいや、俺後ろの方にいるわ。お前らに合わせる」

「おめぇも並ぶんだよ馬鹿野郎! 死にてぇのか!」


 怒られた。なんだか小学校を思い出すな。


「はいはい。仰せのままに」

「……いちいちムカつく野郎だなおめぇ」


 そんなこんなで、いざグリースダンジョン――。




  * * *




 だから昨夜、わしは飲みに行くなと言ったんだ。おかげで厄介なやつらに目をつけられた。


 よりによって、こんなふざけた野郎が来るなんて。


 こいつ、近衛騎士なんだから、グリースダンジョンの恐ろしさを知らねぇわけでもあるまいに、ちっとも臆する様子がねぇ。


 今までどれだけの兵士たちが挑み、そして、そのうちの何人が帰ってこなかったか。


 ついにわしらの番……如何にして全員を生かしたまま任務を果たし帰還しようか策を考えていたところへ、この男は現れた。


 正直言って、人手が増えるのはありがたい。


 そのふざけた態度はさておき、この男は近衛騎士。わしらよりは実力があるだろう。


 ただ、現場に慣れているかといえば、そうではないはず。


 それが当人にもわかっているのか、弓での後方支援を選んだようだ。


 流石は出世街道まっしぐらのエリートと言うべきか、感情に左右されない冷静な判断と言える。


 いや、待て……他の近衛騎士ならば、そのような判断が下せただろうか? 答えは否だ。わしが今まで出会ったことのある近衛騎士は、総じてわしら兵士を見下した暴言を吐き、机上の空論を並べ立てるだけの実戦経験不足のお坊ちゃまばかりだった。


 今回の場合なら、きっと強引に指揮を執り、わしらを消耗品のように使い捨てたに違いない。


 この近衛騎士らしくない男、十中八九はわしらと共にグリースダンジョンのボスを調査し、その手柄を自分のものにしようとしているのだろうが……もしかしたら、別の目的があるのかもしれない。そう思ってしまうほど、他の近衛騎士とは違った雰囲気があった。


 しっかし、本当に近衛騎士らしくない。わしがいくら失礼な態度をとっても、この男は眉一つ動かさないのだ。これは明らかに不自然だ。


 筋金入りの馬鹿か、よほどの大物か……まあ、前者だろうな。






 ――と、思っていたわしが間違いだった。


 ダンジョンに入ってすぐ、わしはこの男の異常性に気が付いたのだ。



 一撃確殺。弓術と魔術を組み合わせた見たこともないスキルで、次々にウィングサレコウベを葬っていく。


 兵士たちが十九人がかりでようやく二体のウィングサレコウベを倒した頃、この男はその後ろの、そのまた後ろの魔物まで、合わせて十三体も倒していた。



「  」


 絶句するしかない。


 わしは終始、言葉が出なかった。


「隊長?」

「お、ああ、すまねぇ」


 兵士の声で我に返る。わしは号令をかけることすら忘れ、ぽかんと口を開けたまま、暫く突っ立っていたらしい。


「……?」


 ちらりとあの男を見ると、事も無げな顔で、律儀にも隊列を乱さぬよう意識して立っているのがわかった。



 ……確かに、この男ならば、一人で先を行ってもなんの問題もないだろう。むしろ、一人で攻略できるのではないかとまで思ってしまうほどの弓捌きだった。わしも弓をやるからよくわかる。こいつの弓は、尋常ではない。



「――ッ!」


 不意に、この男の言葉が思い返される。


 今日だけだと、言っていた。確かに、この男の助力があれば、今日だけでボスまで到達できるだろう。


 きっと役に立つぞと、言っていた。確かに、役に立つ。それどころか、こいつのおかげで安全にボスを調査できる。


 俺を使ってくれと、言っていた。確かに、わしの指示に従っている。隊列を乱すこともない。文句の一つも言わない。これだけの実力がありながら、だ。



 なんなんだ、この男は。到底、あの横柄でエリート意識の強い近衛騎士たちと同じとは思えない。


「おい、おめぇさんよ」

「どうした?」

「任務を教えてやる」

「そうか、そりゃスッキリするな」


 だからというわけじゃあないが……まあ、気まぐれだ、気まぐれ。わしは、こいつに任務を教えてやることにした。


「宰相閣下から仰せつかった任務だ」

「宰相閣下?」

「おいおいシガローネ・エレブニ様を知らんとは言わせねぇぞ」

「あ、ああ~、あいつね、シガローネ・エレブニね、はいはい」


 全く、とぼけた野郎だ。恐らく、わしが任務を教えることに戸惑っている兵士たちの気を紛らわせるために冗談を言ったのだろう。事実、皆「へっへ」と笑ってやがる。ったく、単純な野郎どもだぜ。まあでも、宰相閣下の悪口を言いたくなるのは、わしも同感だ。


「宰相閣下曰く、グリースダンジョンのボスに、時たまおかしなやつが現れるらしい。そいつの特徴を調べてこいってぇのが任務だ」

「なんだ、マスクドサレコウベのことか。二十五回に一回の頻度で出現する亜種だな」


「ッ!?」


 知ってんのか!?



「で、出鱈目……じゃあ、ねぇんだろうなぁ」

「今そんなことを言う意味もないしな」


 こいつがどんなに馬鹿らしいことを言おうと、あの弓捌きだけは嘘をつかねぇ。だからこそ、わしはこいつの言葉を信じるしかないようだ。


「ためしに聞くがよ、そのナンチャラっつう亜種を安全に倒す方法はあるか?」

「俺が一対一で仕留めるのが確実だが、一番簡単なのは動かない・・・・ことだ」

「動かねぇ? 危なくねぇのか?」

「ああ。最初は怖いだろうが、一歩も動かなきゃ、何もしてこない。そういう魔物だ。だから、マスクドサレコウベが出現したその瞬間から、棒立ちで攻撃すればいい」

「なるほど……」


 本当に動かなきゃ攻撃してこねぇのなら、その戦法が一番楽で安全か。


「亜種じゃねぇボスも同じか?」

「いや、キングサレコウベは違う。むしろ真逆だ。動いてないやつを中心に攻撃してくる」

「じゃあ、隊列を組んで、盾に攻撃を集中させりゃあ……」

「駄目だな。こいつらだとHPとVITが足りない。耐えて二発だろう。三発目は危うい」


 血気盛んな兵士たちは「なんだと!」と声を上げたが、わしはどうしてもこの男が嘘を言っているとは思えなかった。何故なら、これまでボスに到達できたと報告した隊の尽くが、盾役を失った状態で帰ってきたからだ。わしにはそれが、命からがら逃げ帰ってきたように見えていた。


「馬鹿野郎ッ、うるせぇぞオメェら! 冷静になって頭を使え。こいつの言ってることはよ、まあまず間違いねぇだろう。だったら、わしのやるべきことは一つだ」

「まさか、隊長!」

「ああ、そのまさかよ」


 皆の安全を考えりゃ、当然のことだな。


「おめぇさん、この隊の指揮を執っちゃあくれないか」






 ――それからは、まさに怒涛だった。


「ウィングサレコウベは飛行型の魔物の中では索敵範囲が狭い。気付かれる前に先制攻撃を仕掛けられるギリギリのラインは15メートル、まあこのくらいの位置だ。体感で覚えろ。一発で仕留めきれなかったら、必ず突進してくる。槍は金将槍術のカウンターを、盾は銀将盾術のパリィを狙え。弓は手を出すな、突進中に更に一発当てたら変則的な動きになる。槍か盾が対応した後に一番火力のある弓術スキルで仕留めろ」


 出るわ出るわ、まるで知識の百貨店だ! 近衛騎士は頭が良いと知ってはいたが、この男ほどダンジョンについて熟知しているやつは他にいねぇだろうと、そう確信できるくらいに凄まじい知識量だった。


 指揮の才能もある。よく周りが見えている。それだけ余裕があるということだろう。


 そして何より、全てにおいてテンポが良い。迷う暇もないほどズンズンと踏み込んでいっては、考える暇もないほどバンバンと魔物を倒していく。それはこの男だけでなく、この男に付いていくわしらもそうせざるを得なかった。


 だが、それが逆に良かったのだ。余計なことを考えず、慎重になるあまり時間をかけ過ぎず、消耗しないうちに目の前のことだけにずっと集中できた。



 この男、只者じゃねぇ。道中、わしは気になって、こう尋ねてみた。


「おめぇさんよ、一体いつ近衛騎士になったんだ?」

「昨日だ」

「昨日だと!?」

「ライト君がどうしてもって言うから仕方なくなった」

「  」


 もはや唖然とするしかない。


 殿下をそのように呼んでいるあたり、ある程度は冗談なのだろうが、この男のことだ、ある程度は本当なのだろう。


 だが、納得だ。わしの勘がこう言っている。この男は、とても近衛騎士で収まっているような男じゃあねぇと。


「そんなおめぇさんに、手柄を譲ってやれるってのは、光栄なことなんかもなぁ……」

「なんか言ったか?」

「いいや、なんでもねぇよ」


 この調子でマスクドサレコウベとやらを調査して、帝都へ帰ったら、この男は宰相閣下に高く評価されることになるだろう。宰相閣下は酷い性格だが、仕事のできる者は重宝されるお方だ。


 きっと、この近衛騎士になったばかりの男は、出世するに違いない。そんな男の手柄を手伝えたとありゃあ、わしらも自慢できるってなもんだ。






「よし、散れ!」

「おう!」


 かれこれ何周しただろうか。これで四周だったか。


 まさか、わしらがこんなにも簡単にグリースダンジョンを攻略できるとは思わなかった。


 正直に言おう。わしは感動している。


 たった一つの違いだ。この男がいるかいないか、たったそれだけで、攻略すら満足にできなかったダンジョンが、ここまで簡単に、安全になる。


 世の中には、凄ぇやつがいたもんだ。長いこと現場仕事をこなしてきた身としては、これで感動しないわけがない。



「やれやれ、今回もキングサレコウベだったな」

「おめぇさん曰く、二十五分の一なんだろ? しゃぁねぇよ」

「だな。じゃ、もう一周」

「おう」


 こいつの指示は、頭の良くねぇわしらのようなやつでもわかるように、至極単純なもんだった。


 ボスの領域に入ったら、こいつの指示があるまで絶対に動かない。それだけだ。


 散れと言われたら散る。そうすっと、動かないでいるこの男の方へキングサレコウベが向かっていって、こっ酷く返り討ちに遭う。


 で、もう一周と。


 これまで苦労していたやつらが馬鹿らしくなるくらいの簡単さだ。



 ……だから、だろう。わしらは、少々、緊張感が薄れていた。






「――動くな!」


 ついに、その時がやってきた。


 マスクドサレコウベ――ぼろぼろで生々しい皮のマスクをつけた、空飛ぶ巨大な頭蓋骨。



「うっ……!」


 禍々しい、なんだこれは……ッ!


 恐怖のあまり、胃液が込み上げてきている部下も何人かいた。


 毛色が違いすぎる。キングサレコウベは王冠を被っただけの頭蓋骨だ、このような不気味さは一切なかった。


 だが、このマスクドサレコウベは……不気味過ぎる。こんなものを目にして、怖れるなという方が、無理だ。



「う、う、うわああっ!」


 ズゥン! と、恐るべき速度で迫ってきたマスクドサレコウベに、思わず、部下の一人が腰を抜かすように、一歩よろりと後退し、地面にへたり込んだ。



「あーあー」


 男の落胆したような声が聞こえる。


 そう、動いてしまった。あの野郎、あいつの指示に従えなかったんだ。



「……ひっ……」


 床に尻を付いたわしの部下を、マスクドサレコウベが狙う。


 わしは迷った。助けるべきか、指示を守るべきか。


 だが、わしがそうして迷っているほんの一瞬のうちに、あの男は既に行動を起こしていた。



「よ、い、しょ!」


 男は動かずに準備していた【魔術】をキャンセルすると、へたり込んだ兵士の前に塞がるようにして立ち、すぐさま《金将弓術》の準備を始める。


 そして、準備完了と同時に発動、マスクドサレコウベをノックバックさせ、追撃に何を用意するかと思えば――


「!?」


 ありゃあ、【体術】か……!?


 わしの見たこともねぇ体術で、こっちに向かってくるマスクドサレコウベを迎え撃つように勢い良く加速して接近、そしてど真ん中に拳をねじ込みやがった。


「う、おっ」


 地面が揺れるほどの衝撃。よほど強力なスキルだったに違いない。


 それから、あの男はトドメとばかりに何やら【魔術】を準備している。


 しかし、マスクドサレコウベがダウンから起き上がっても、それから接近してきても、まだその魔術を撃とうとしねぇ。


 一体どれだけ引き付けるのか。もうそろそろ十秒くらい経ちそうだって頃、あいつは唐突に魔術を発動した。



「ぬわっ――!?」


 眩い閃光。次の瞬間、太陽でも爆発したんじゃねぇかってくらいの衝撃が襲ってくる。当然、立っていられるわけもない。


 ああ、間違いねぇ。こりゃあ、あの不気味な頭蓋骨も吹き飛んだ。それも跡形もなく。こんなもん、耐えられるわけがねぇよ。




「……おい、死んでるやつ、手ぇ挙げてみろ」

「隊長……自分、死んでませんよね……?」

「ここが地獄じゃなきゃあな」


 光と爆風が収まると、わしらはゆっくり起き上がる。


 そこで、わしは、おかしなもんを見た。



「おい見ろ! 一発ツモだ! 多分10%を引いたぞ!」



 あの近衛騎士の男、恐らくはマスクドサレコウベがドロップしたんだろうアイテムを持って、嬉々とした表情でこっちに近付いてきやがったんだ。


 動くなという指示を守れず皆を危険に陥れた兵士を怒るでもなく、とにかく見てみろと、少年のような笑顔でそんなことを言っている。



「こ、こりゃあ……なんだ……?」

「戦慄の仮面。まあアクセサリーだな。装備すると、攻撃に一定の確率で状態異常“戦慄”が加わる。ちなみに仮面をつけて叫ぶアクションをすると、姿を見たり声を聞いたりした相手が確定で戦慄状態になる」



 わしは手渡されたそれを、そっと持ち上げて観察した。


 こいつぁ……驚いた。とんでもねぇアイテムだ。恐らく、市場価格数千万は下らないんじゃなかろうか。


 宰相閣下が求めていたのは、これに違いない。凄ぇぞ! こいつめ、きっと大出世だ。



 ……と、心の底から驚いていたんだが、この直後、わしはそれ以上に驚くこととなった。




「任務達成できてよかったな。じゃあ、俺はこれで」


「…………は!?」



 なんと、そのまま帰ろうとしたのだ。


 戦慄の仮面は、わしの手元にある。つまり、この男には、この凄まじい手柄を、帝都に持ち帰るつもりはないということ。



 冗談かとも思ったが、違った。男はスタスタと、迷いなく、本当に帰ろうとしている。


 この男、本当の本当に、最初から最後まで、一つもわしらに嘘を言っていなかったんだ。



 ……手柄がいらねぇってのか? 一切合切、全部、わしらに譲っちまうってのか? そんなことが、あり得るのか?


 いいや、普通はあり得ねぇ。馬鹿だろうが、なんの得にもならん。



 じゃないとよ、ただ、一日中、わしらみたいなしがない兵士を、手伝っていただけじゃねぇか。


 任務達成の、最後の最後まで、責任を持って、わしらを助けてくれた。それだけじゃねぇか。



 そんなことができる男に、手柄を取らせないことなど、あっていいわきゃあねぇじゃねぇか……!



「おい、待て!!」

「ん?」


 わしが必死の形相で止めると、男は呑気な表情で振り返った。



「おめぇさん、名前は」

「セブンだ」



 そうか、セブンというのか。


 良い名だ。いずれ、帝国の中核を担うであろう男の名だ。



 ようやく見つけた。わしが、わしらが、心から納得して仕えられるお方だ。


 わしは十九人の部下を見やる。皆、同じ考えのようだ。熱く頷いてくれた。ハハッ……全く、単純な野郎どもだ……ッ。



「――セブン卿。わしら二十人、貴殿に忠誠を誓う。何があろうと付いていく。わしらは馬鹿だが、馬鹿なりにできることもある。荒事と力仕事は任せろ。貴殿の力になりたい」



お読みいただき、ありがとうございます。


<お知らせ>

セカサブ第4巻が、2020年2月10日に発売予定です!!

まろ先生の描く挿絵が今回も想像を絶するほど素敵なので、ぜひ!


挿絵がたくさん、書籍版第1~3巻が発売中!

一味違う面白さ、コミックス第1巻も発売中!

続きが気になる、コミカライズも連載中です!


面白かったり続きが気になったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ブックマークや感想やレビューもとてもとても嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたらもう最高に幸せです。


更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。


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― 新着の感想 ―
隊長ぐう有能
[一言] 8 b i t世界
[良い点] 勿論少なからずそういう要素もあるが、これだけ魅力的な女性を登場させながらも安易にハーレムパーティや現地妻みたいなキャラばかり書くのではなく、変な男やおじさん達に好かれてるお話を書いてくれる…
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