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218 悔しい解釈


ゴルド・マルベル:皇帝

クリアラ・マルベル:皇帝の妻

メルソン・マルベル:皇女・姉

ライト・マルベル:皇子・弟


セラム:メルソン派のスパイ?

ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長


ラスカ・プロムナード:アルファの父親・新興貴族

アルファ・プロムナード:巨乳地味眼鏡エルフ・叡将戦出場者



  * * *




「ライト殿下、ようこそお出でくださいました!」


 セカンドとグロリアが潜入している最中。


 プロムナード家の屋敷を、本来ならば似つかわしくないほど高貴な人物が訪れていた。



「ああ本当だ。この僕が何故こんなど田舎に来なきゃいけない」


 ライト・マルベル皇子――現皇帝ゴルド・マルベルの実の息子である。


 歳は十六、シルバーグレーの髪と、生意気そうなつり目が特徴的な美男子だ。身長は165センチほどと男にしては低いが、その存在感はやはり皇帝の実子と言うべきか、そこにいるだけで場を支配している。


 ライトはソファの上座に腰掛け、不機嫌そうに言い放つと、ラスカ・プロムナードを睨みつけた。


「殿下、お言葉にお気を付けを。今回はまたとないエルフ族のご令嬢との縁談の機会、ナト・シャマン将軍閣下からの推薦でもありますゆえ、どうかご寛大に」


 ライト皇子の横にいた近衛騎士が、頭を下げながらラスカに聞かれないよう小声で進言する。


 それに対し、ライト皇子は更に機嫌を悪くして返した。


「近衛風情が僕に大層な口を利くな。それにおかしな話ではないか。僕の方が将軍より位は上だぞ。どうして将軍ごときの推薦をいちいち義理立てる必要がある」

「将軍閣下は、メルソン殿下付の近衛騎士長でもあります。帝都に波風を立たせぬためにも……」

「ふん、己可愛さに僕を売ったか。お前はもういい、帝都に帰ったら別の者に代える」

「……は」


 将軍と皇子とで板挟みになった近衛騎士の男は、もはや全てを諦めて頷くよりない。


 しかし、内心では喜ばしい部分もあった。このワガママな皇子から離れられることだ。皇子のワガママに振り回されながら、継承順位ではメルソンに遅れをとっている皇子に仕え続ける旨みなど、彼にとっては大してない。


 このようにして、ライト皇子付の近衛騎士は何度変更されたことか、両手の指では数え切れないほどである。


 ライト皇子は苛立ちとともに溜め息を一つ、足を組みながら口を開いた。


「どいつもこいつも気に入らない。このソファも柔らかさが足りない。丸一日かけてこんな辺鄙へんぴな所に連れてこられて、あれほど酷い道を馬車で走らされたというのに、更に僕に尻を痛めよと言っているのか?」

「こ、これは大変な失礼を。しかしそのソファが我が家の中で最も良いもので御座いまして」

「そうか。エルフ族の新興貴族とやらも、随分と落ちたものだな」

「……っ……」


 ライト皇子の嘲笑に、ラスカは目元をひくつかせる。


 しかし、ラスカはひたすら頭を下げるよりない。彼の弟子であるセラムが「帝国の若手ナンバーワン」とも謳われているナト・シャマン将軍とのコネクションを使って繋げてくれた、皇子との貴重な縁、ここで断ち切るわけにはいかないのだ。



「それでは早速ですが我が娘とお会いしていただければと」

「早くしろ。この僕を待たせるとは失礼な女だな」

「は、恥ずかしがり屋なので御座います」

「恥だと? 僕を呼びつけている時点で大いに恥じろ。将軍の推薦でなければ、こんな田舎など一生来やしない。会ってやるだけありがたいと思え」

「っ……誠に、痛み入ります」


 ぎりりと奥歯を噛み締めながら、ラスカは侍女にアルファを連れてくるようにと合図を出した。


 数秒後、奥のドアからドレス姿のアルファが現れる。大きな胸が強調されている、彼女の強みを活かした美しいドレスだ。



「――アルファと申します。ライト殿下のお目にかかれまして、心より光栄に存じます」


 アルファは背筋を伸ばしてその場に立ち、挨拶の後に恭しく一礼する。


 散々練習させられた礼儀作法の裏で、彼女はこう思う。「やっぱり」――と。



 皇子の声は、ドアの向こうの彼女にも聞こえていた。“将軍”という単語もだ。


 これで、アルファの推理は裏付けされた形となる。突然現れてラスカの弟子となったセラムという長髪の男は、メルソン・マルベル皇女と繋がっていた。ナト・シャマン将軍の推薦というのが、何よりの証拠。


 ナト・シャマンは、将軍でありながら、メルソンの近衛騎士長でもある。すなわち、次期皇帝筆頭のメルソンの最も傍で護衛する、帝国最強の騎士であり、言わずもがな「メルソン派」だ。


 将軍の帝国における発言力は、皇帝と皇族と宰相に次いで高いうえ、その言葉の一つ一つには相応の責任が伴う。


 そのような男が、なんの考えもなくライト皇子に縁談など持ちかけるはずがないのだ。


 やはり、アルファがノートに書き記していた推理の通り、メルソン皇女はナト・シャマン将軍とセラムを使って、ライト皇子を次期皇帝から、ひいては国政から遠ざけようとしていた。


 プロムナード家は、その陰謀に利用・・されたのだ。


 ラスカ・プロムナードの持つ欲深な成り上がり志向、家を大きくするためならば手段を選ばないそのしたたかさを逆手に取られ、政争に利用されてしまった。



 この縁談が、プロムナード家にも、ライト皇子にとっても罠だと、アルファは既に気付いている。しかし、彼女がこの場でそれを口にしたところで、一体何が変わるというのか。


 ラスカは、怒り猛るだろう。仮に縁談がなくなったとしても、その後、今度は何をされるかわからない。少なくとも、軟禁よりは酷い状況になるはずだ。

 一方の皇子はどうだろうか。あの性格だ、侮辱と受け取られて罪に問われるかもしれない。最悪、この場で斬られる可能性すらある。


 ともなれば、もはやアルファは願うしかなかった。どうか穏便な形で、皇子に断られることを。



「――へぇ。顔は少し地味だが、悪くないな」


 しかし反応は、思いのほか良いものだった。


 ライト皇子が片眉を上げて、品定めするようにそう言う。


 その視線はアルファの胸に向いている。



「地味ではありますが、こう見えて魔術の腕は一流でして」


 ラスカがフォローするように付け加えた。


「魔術? ますます地味だな」

「さ、昨年は叡将えいしょう戦にも出場しており、なんとあのヴァイスロイ家の嫡男を破ったので御座います」


 ラスカが叡将戦と口にすると、ライト皇子は意外そうな顔をして固まり、それからぷっと吹き出す。



「あははっ! あんなごっこ遊び・・・・・で誇られてもな。そんなものがなんの役に立つと言う? 何処ぞの戦争にでも出向くのか? それとも安穏を捨て冒険者でもするか? いずれにせよ物好き――」



 バン!! と、大きな音が鳴り響いた。勢い良くドアが開いた音だ。


 ライト皇子は驚いて喋りを止め、ドアの方を振り返る。



「グロリアです」

「シウバです、シウバです」

「セブンだ」


 そこに立っていたのは……グロリアと、セブン。



「伯母上!?」

「ひ、姫様!?」


 ライト皇子とラスカは、ここにいるはずのないグロリアの姿に目を見開いて驚愕した。


 しかし何故だか、グロリアはセブンを呆れ顔で見つめたまま、何も喋らない。


 一方のセブンは、あからさまに怒り・・の表情を浮かべている。



「……え?」


 ラスカが、セブンの存在に気付いて、小さく声を漏らした。


 それに続いて、ライト皇子も、アルファも、近衛騎士たちも、プロムナード家のメイドも、セブンに視線を向ける。



 一同は、非常に混乱した。


 まず、このセブンと名乗る白銀の髪をした絶世の美男は、一体誰なのか。


 次に、セブンとグロリアは、どうしてこのタイミングでこの場を訪れたのか。


 最後に、この謎の男セブンは、何故こんなにも怒っているのか。


 わけがわからない。



「――アルファ。お前、そんなんでいいのか?」


 不意に、セブンが口を開いた。


 アルファの肩が、ぴくりと跳ねる。



「おい、貴様、オレの娘を呼び捨てに――!」


「うるさい黙ってて」

「お静かに、ご静粛に」


「……っ!」


 ラスカが話に入ろうとしたところを、グロリアが牽制する。


 エルフ族の姫にそう言われてしまっては、ラスカはもう黙るよりない。



「え、えっと……?」


 当のアルファは、頭にたくさんのハテナを浮かべながら、首を傾げた。


 誰とも知らない人に呼び捨てにされて、そんなことを言われても、彼女としては首を傾げるしかない。


 しかし、セブンの次の言葉で、彼女の表情は一変する。



「お前の長所はセンスの良さだ。自分が不利な状況でも、怪しい一手をひねり出し、場を難解にしてチャンスを作り出そうとする。それをここぞという時に一々考えずすぐさま本能的に行動へと移せるお前は、実に勝負強い」


「……!?」


「だが、今は、果たしてそうだろうか? お前の長所は、活かせているだろうか?」



 目を丸くするアルファに対し、セブンはインベントリからあるものを取り出して、見せた。


 それは、一冊の日記。


 アルファの、密かな、縋るような、希望と絶望の詰まった、告発のノートだ。



「あっ!」

「すまないが読ませてもらった。そして、その上で、もう一度、問いたい」


 一歩踏み出して、セブンは言い放つ。



「家は一先ず置いておけ。お前はどうなんだ……ッ!」


「!!」



 かつて、ビンゴ大会で耳にした、彼女の感情が大きく動かされた言葉。一言一句違わぬ、心のこもった熱い言葉。


 アルファの疑念は、確信へと変わる。


 私は、彼のことを、知っている――!



「そこのお前、皇子である僕の邪魔をして、どうなると思ってる? 覚悟はできてるんだろうな?」


 ここで、今まで黙っていたライト皇子が、セブンに対してそう脅した。


 帝国の皇子に敵対される。それはすなわち、帝国そのものを敵に回すということ。皇子の言葉は、それほどに力がある。ゆえに、ここは引き下がって当然だと、ライトだけでなくその場にいた誰しもがそう考えていた。


「うるさいぞ。お前に一番怒ってるんだ俺は。あとで説教してやるから、お前の方こそ覚悟しておけ」

「な、なんだと……!? 伯母上! この無礼者、一体何処の誰なのです!」


 セブンの口から出た言葉は、謝罪でもなければ撤回でもない。「うるさい」「怒ってる」「説教してやる」という、論外なもの。


「知り合い」

「友人だよ、友達だよ」


「……こんな非礼な男がご友人? 伯母上とて、僕に対して嘘をつくようなことがあれば、容赦はしません」


「そう言われても」

「嘘じゃないよ、本当だよ」


 ライト皇子の質問に正直に答えたグロリアは、やれやれと両の手のひらを上に向けて首を振った。


 相変わらず掴みどころのないおかしな女だと、ライト皇子は眉をひそめる。昔から、グロリアのことは苦手だった。


 ゆえに、彼の矛先は自然にセブンへと向かう。



「……近衛! この男をつまみ出せ!」


 ライト皇子の命令で、近衛騎士たちは剣に手をかけながらセブンを取り囲んだ。


 次の瞬間――



「で、殿下、畏れながら、申し上げます!」



 ――アルファが、声を荒らげた。



 見るからに引っ込み思案で気の弱そうな彼女が大声を出したからか、ライト皇子は驚き、アルファに注目する。


 アルファは決心したのだ。一人ではどうにもならないが、もし、このセブンという男が、自分の考えている通りの人物ならば、全てを委ねられると、それだけの度量がある男だと、そう信じて。


 もしも、あの時の言葉が嘘ではないのなら、私は彼を頼っていいはずだ……と、アルファは勇気を出して口を開く。


 何故なら、弟子とは、師匠を頼るものなのだから。



「こ、この度の縁談は……メルソン殿下の仕掛けた罠で御座います。プロムナード家は、不正に塗れております。メルソン殿下が将軍閣下と結託してセラムといういぬを寄越し、父を扇動したので御座います。恐らくは、婚約の後、プロムナード家の不正を明るみに出す狙いだったのでしょう」

「アルファ! 貴様、何を言っている!!」

「お父さん、諦めて! もう何を言っても無駄なの!」

「ふざけるな!! またしても台無しにしやがって!!」


 アルファの告発に、ラスカが激昂し、掴みかかろうとする。


 その行く手を、グロリアが塞いだ。



「ひ、姫様!? お退きください!」


 グロリアはラスカから視線を逸らさず、しかし無視をして、口を開く。


「……ライト君、よく考えることだよ」

「この取り乱しようです、この狼狽っぷりです」


「勇気を出して告発した彼女と、力尽くで解決しようとする父親」

「どっちを信じるです? どっちを信じたいです?」


 グロリアの手には、杖が握られている。


 彼女が【杖術】の使い手というのは、有名な話。ゆえに、場の空気は一変した。近衛騎士であっても、エルフ族の姫であるグロリアには容易に手を出せない。



「俺たちが今、ここに来た意味。足りないおつむ使ってちったぁ考えるんだな」


 最後に、セブンが一言、挑発するように口にした。


 それが、ライト皇子にとっては、逆に頭を冷やすきっかけとなった。



「……ラスカ・プロムナード。お前、またしても・・・・・と、言ったな」

「は……?」

「またしても台無しにしたと、娘にそう言ったな」

「そ、それは、以前にも、娘のせいでヴァイスロイ家との縁談を滅茶苦茶にされたことが御座いまして、つい!」

「要は、お前がそれほど縁談に固執・・しているということだろう」

「~っ!!」


 核心を突かれ、ラスカは閉口する。


 一方、セブンはそんなライト皇子の堂々とした弁舌を聞いて、「ほう」と感心の声を漏らした。



「お前の娘の話、筋は通っている。僕も、姉上から目の敵にされていることはよく知っている。伯母上がここにいらっしゃる理由にも、得心がいく話だった」


 顔を紫色にして震えるラスカと、氷のように冷たく落ち着いたライト皇子が、暫し睨み合い……そして。



「近衛、ラスカ・プロムナードを拘束しろ。姉上も将軍も白を切るだろうが、牽制程度にはなる」

「な! クソッ……!」


 ライト皇子は、アルファの言葉を信じ、近衛騎士に指示を出した。


 ラスカは汚い言葉を吐き捨て、この場から逃げようとする。


 だが、マルベル帝国における近衛騎士は、それしきの抵抗で捕り逃がすような、軟弱な者たちではない。


 よく鍛えられた高AGIで素早く接近し、抜剣と同時に《歩兵剣術》の準備、退路を塞ぐ連携、全てが一瞬にしてそつなくこなされる。


「ほー」


 またしても、セブンが感心の声をあげた。


 王国における近衛騎士である第一騎士団と比べて、明らかに水準が高かったのだ。



「おい! 手を離せ! オレは何もやっていない!」

「姉上と将軍と結託し僕を陥れようとしていた可能性がある。何もしていないと言うのなら、正々堂々と取り調べを受けて身の潔白を証明しろ。まあ、余罪は山ほど出てくるだろうが」

「ぐ、う、う……!」


 ライト皇子の言う通りであった。手段を選ばずに家を大きくしようとしていたラスカには、余罪が山ほどある。エルンテと組んでアルフレッドに盲目の呪いをかけた件など、氷山の一角に過ぎない。


 そうして、ついに観念したラスカは近衛騎士から隷属の首輪を付けられ、外へと連行された。




「……さて、伯母上にはお礼を申し上げねばなりません。帝都への良い手土産ができました」


 ライト皇子は、ソファに座ったままグロリアへと軽く頭を下げる。


 決して軽んじてよい相手ではないが、国政においてはグロリアは部外者だ。ゆえに、あえてそのような態度をとった。



「そしてお前、さっさと僕に非礼を詫びろ。場を掻き乱す演技だったとはいえ、あれには腹が立った」


 次に、ライト皇子はセブンに対してジトッとした視線を向け、謝罪を求める。


 彼は勘違いしていた。セブンのことを、グロリアの配下か何かだと思い込んでいたのだ。


「で、殿下、畏れながら……」

「黙れ女。本来ならばお前のような身分の低い者、僕と言葉を交わすことすら許されない。穢れた家の娘ならば尚更だ」

「……っ……」


 アルファが進言しようとして、ライト皇子に黙らされる。


 しかし、この時ばかりは、アルファが言おうとしていた忠告に耳を貸した方がよかった。


 ライト皇子は、まだ気付いていない。


 とんでもなく厄介な相手をカンカンに怒らせているということに。



「おい、お前」

「……? え、まさか僕のことか?」

「お前以外に誰がいるというんだ」

「いや、呆れるのは僕の方だ。皇子にそんな口を利くとは……命が惜しくないのか?」


「はぁ」と、大きな溜め息を一つ、セブンは口を開く。


「俺が何に怒ってるかわかんねえよな、お前は。どうせわかんねえだろうから、一から順に教えてやる」

「あ、そう。お前は侮辱罪で死刑だ。辞世の言葉を聞いてやる」


 グロリアが呆れ顔で、アルファは心配そうな顔で、「あーあ」と、諦めにも似た感情で呟いた。



 セブンは、ずいと、ライト皇子に顔を近付ける。



「……っ!」


 ライト皇子は気圧されて、少し仰け反った。


 近衛騎士たちが、剣に手をかけながら、すり足で一歩前進し、警戒を強める。いつでもセブンに斬りかかり皇子を護れるよう、その周りを取り囲んでいた。


 にもかかわらず、セブンは、じっと、真剣な表情で、ライト皇子と目と目を合わせて対峙する。



「……な、なんだよ」


 ライト皇子は、つい、そう口にした。


 怖かったのだ、セブンの視線が。まるで奥底まで見透かされているようだった。


 そして、同時に理解する。セブンは、この男は、本気で怒っていると。



「他人を侮るな。馬鹿にするな。騎士へと八つ当たりしておいて、帰ったら別のやつに代えるだと? 騎士は消耗品か何かか? お次はソファに難癖をつけて、相手に謝らせたら今度は家を侮辱ときた。挙句は彼らの故郷を馬鹿にして、本人を目の前に地味だ地味だと連呼。ふざけるのも大概にしろ」


 きつく睨みつけ、鋭い犬歯を剥き出しにして、セブンは怒る。


「お前が今の今までそれを許されてきたのはな、皇子だからだ。翻せば、皇子でないお前は、カス同然の傲慢男なんだよ。クソ態度の悪い、口先だけのガキなんだよッ。だがな、それより何より、俺が気に食わねえのは――」


 セブンの尋常でない怒気にすっかり臆したライト皇子は、ソファの背もたれに邪魔されてそれ以上後退できない状態で、セブンの言葉を聴く。



「――タイトル戦がごっこ遊びだと? お前は他人の気持ちを考えたことはないのか? 叡将戦に出るためにアルファがどれだけの時間と労力を注いだのか、少しでも考えなかったのか? お前が侮り嘲笑する何かが、何処かの誰かにとっては命懸けで愛しているたった一つのものかもしれないだろうがッ。もっとよく考えろ。想像力の豊かさと他人への気遣いがな、お前には足りてねえんだよ! わかったかボケがッ」



 セブンが言い終わると同時に、部屋を静寂が包んだ。


 近衛騎士たちは、動かない。皇子からの指示もなければ、動くつもりもなかった。皆、セブンの言葉を「正しい」と感じたのだ。中には、スカッとした表情を浮かべる者までいた。


 皇子に対して、今まで誰も口にできなかったことを、セブンが、面と向かって言ったのだ。



「……っ……っ」


 ライトはどんどん涙目になり、顔を紅潮させ、唇を噛み締め、ふるふると震えながら、ぎゅっと拳を握り締めている。


 彼は、心からこう感じていた――――「悔しい」と。


 かつてない屈辱であった。皇子である僕が、何故こんな素性さえわからない低俗な男なんかに……と、途轍もない怒りが込み上げてくる。


 しかし、内心では、わかっていた。上手く反論できないと。この男の言っていることは、元より薄らと自覚していたのである。


 だからこそ、閉口するしかない。それが、悔しくて悔しくて堪らない。


 生まれて初めての屈辱だった。


 あれほど真剣に他人から叱られたのも、生まれて初めて。


 自分より高い所から、顔を近付けられ、瞳の奥の奥まで覗き込まれ、本気で、真剣に、一生懸命に、切々と、叱られた。


 父からは失望され、姉からは敵視され、母とは会わせてもらえない。そのような境遇の皇子が、誰かに本気で叱られることなど、本来ならばあり得ないはずだったのだ。


 自分のためを思って、危険を顧みず叱ってくれたと、そういった解釈もできる。


 あんなに本気で、見放さず、突き放さず、自分だけを見つめて、真っ直ぐに叱ってくれるなど――。




「………………帰る」


 ライト皇子は、顔を隠すようにしてセブンから視線を逸らし、急いで立ち上がると、近衛騎士たちを置いて外へと出ていってしまった。


 近衛騎士たちは、慌ててその後を追う。


 ずかずかと早歩きで去っていくライト皇子は、近衛騎士たちからも顔を隠しながら馬車に乗り込むと、一人になったところで、何かを否定するようにブンブンと首を動かし、シルバーグレーのさらさら髪を振り乱す。


 彼は、去り際から、今もずっと、心の中で否定し続けていた。


 しかし、いくら否定しても、心臓の鼓動は速くなるばかり、顔は熱くなるばかり。



「……う、嘘だ……っ」


 そして、そのうち、彼は認めざるを得なくなった。



 あの男に叱られて、どうしようもなく――悦んでしまった・・・・・・・ことを。



お読みいただき、ありがとうございます。


<お知らせ>

セカサブ第4巻が、2020年2月10日に発売予定です!!

まろ先生の描く挿絵が今回も想像を絶するほど素敵なので、ぜひ!


挿絵がたくさん! 書籍版第1~3巻が発売中!

一味違う面白さ! コミックス第1巻も発売中!

続きが気になる! コミカライズも連載中です!


面白かったり続きが気になったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ブックマークや感想やレビューもとてもとても嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたらもう最高に幸せです。


更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。


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┌(┌^o^)┐
マイン「あ”?」
[一言] がわ゛い゛い゛な゛ぁ゛ラ゛イ゛ドぐん゛
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