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216 ショック強し

あけよろ。

あとがきにお知らせがある!



「思い出したか、我がセカンドよ」


 アンゴルモアが、もの悲しげな表情で言う。



「思い出したというか、我に返った」



 不思議な体験だった。


 ほんの数日間であったが、俺は本気で皇帝を目指していた。


 だが。俺にかけられていた《洗脳魔術》が、たった今、解けたのだろう。もはや皇帝などどうでもいい。


 生命の危機に起因する強い感情の発露。この洗脳解除の条件を満たしたのだ。


 自分でも驚く。それはつまり、ほんの一瞬、俺は死を覚悟したということ。


 この世界に、俺の求める世界一位などそもそも存在し得ないのではないかと、絶望しかけたということ。


 今回の一戦によって明かされた真実は、俺にとって、それほどショックの強いものだったということだ。



「あんこ」

「はい、主様あるじさま


 静かに名前を呼ぶと、あんこは俯いて返事をする。



 ……正直、負けないつもりではいた。この世界に来てから今日まで、この二人以上にレベルの高い者は見たことがない。そんな二人と、二対一で戦うのだ。死にかけることが目的とはいえ、俺はいつだって負けたくないと思っている。だが、負けてもおかしくはないと言えた。


 心の何処かで、期待していたのだ。あんことミロク、この二人は、俺をヒヤリとさせるような何かを起こしてくれると。


 実際は、どうだったか。



「何もできなかったな?」

「はい……」

「敗因はわかるか?」

「……嗚呼、慚愧ざんきに堪えませぬ」


 あんこは両手で顔を覆い、首を横に振る。


 考えてもわからない、と。


「今回、場外ルールはなしだった。だから、試合開始と同時に暗黒転移で遠くへ逃げろ。それから黒炎之槍を暗黒召喚して俺の背後に暗黒転移で戻ってくれば、俺は変身を使わざるを得ない。変身中の無敵6秒間のうちに暗黒魔術で幕を張って、俺が残りの無敵2秒間に仕掛けてきたら虚影で回避すりゃあ、余裕で勝負になる」


「然様な、方法が……」


「答えは一つじゃない。もっとよく考えろ。俺が答えを言うのは簡単だが、俺の知っている答えは……対策済みの答え・・・・・・・だ」


「!」



 皆が、自分で、超越するしかないんだ。


 それがどれだけ難しいことかは知っている。


 でも、それしかない。



「ミロク、お前もだ」


「はい」


「今回のことで、遠距離攻撃への対策が如何に重要か身に染みてわかっただろう。不可能にすら感じたはずだ。しかし、お前はそれしきのことで諦めるような男ではないと、俺はそう信じている。少なくとも、お前がかつて勝利した、お前の中にいるあの男はそうだった」


「……!」


「お前の目指す侍は、飛び道具一つに手も足も出ないような存在なのか? そのような体たらくで、七世零環ナナヨレイカンに顔向けできるのか?」


「できませぬ……ッ」



 できんよなあ。俺もだよ。


 お山の大将でいるうちは、一生、俺は俺に顔向けできない。


 いや、その一生を一度は終えてしまった。そして、この世界に来たんだ。


 これは俺への救済であり、俺への天罰なのかもしれない。


 今後、長い年月をかけて、その都度、絶望し続けろ、後悔し続けろと、そういうことなのかもしれない。


「……馬鹿が」


 馬鹿げた考え。極めて傲慢だ。そして贅沢。


 ここは最高の世界。俺に二言はない。


 失礼な話だ。死後の世界ボーナスステージに絶望して文句を垂れるなど、身のほど知らずにもほどがある。


 育成すればいいではないか。


 短気を起こしている余裕があったら、皆を育成すればいい。



「フハッ、ようやく真面まともになったようだな」

「おかげ様で」


 じっとこちらを観察していたアンゴルモアが、いつもの無駄に偉そうな笑みを見せた。



「あんこ、ミロク。付き合ってくれてありがとう。おかげで洗脳が解けた」


「主様のお役に立てて何よりで御座います。しかしながら、あんこは甚だ反省をいたしました。主様のご期待に沿えぬなど愚の骨頂。心を入れ替えて……精進、いたします」


 恐らく、今まで精進など考えたこともなかっただろうあんこが、不気味な笑みを見せてそう口にする。


 そりゃそうだ。お前は俺も認める“最強生物”だ、精進の必要なんて今までなかっただろうよ。そして、初めてのことをするというのは、やはりワクワクするものだ。自然と笑みも浮かぶ。



「余もまた同様の考えであります。主と共に戦うのならば、主に並び立つ侍でなければならない」


 ミロクもまた、やる気に満ち溢れている。


 共に戦う。それは、あの人が七世零環に託した想い。


 辛かろうなあ。ミロクは、その願いをどうしても成就させねばならないのだから。



「二人とも、結構なことだ。嬉しく思う」


 俺が頷くと、二人は表情を少し綻ばせながらも、深く頭を下げた。



「じゃ、また」


 二人を《送還》し、一息つく。


 あんこもミロクも、意欲は充分。素養は申し分ない。確かに、期待してしまいたくなる。



 だが……どれだけ時間がかかるのか?


 俺だってやる気満々だ。この先もずっと成長を続ける。


 果たして今後、この差は詰まるのだろうか?


 もしや、俺が三十になっても四十になっても、差はこのままなのではないか?


 そう考えると、途端に恐ろしくなる。


 だから……。



「――決めた」



 ああ、なるほど。


 全てウィンフィルドの読み筋だったというわけだ。


 俺の今後を思った彼女が、今のうちに気付かせてくれたのだろう。



「全知識をばら蒔く」


 そうだ。そうでもしなければ、一生、俺の独走。今回の一戦でよくわかった。


 俺がそんなことをすれば、あらゆるものの価値がガラリと変わり、諸国は荒れに荒れて、貴族たちの多くが利権を失うだろう。


 知ったことか。俺は、俺の身勝手で、この世界を“理想郷”にすると、冬季タイトル戦を経て決めたのだ。


 ビンゴの景品など生ぬるかった。変えるのならば国のレベルから変えていかねば、俺が生きているうちには尽くが追い付いてきそうにない。



「今後は、特に際限なく、包み隠さず、なんでも言うことにする」


「フ、ハハ、ハァッハハハ! そうか、それで帝国を利用しようというわけであるな! フハハッ、そいつは愉快よなァ、我がセカンドよ!」


 俺の考えを読み取ったアンゴルモアが、大口を開けて笑った。


 そうそう。つまりは、実験台だ。


 まず、どうなってもいい帝国で試す。それで思ったよりヤバくなりそうだったら、キャスタル王国ではやらず、タイトル戦出場者へのみ徹底的にばら蒔くだけでとどめておく。


「しかしそれでは、帝国ばかりが力を増すことにならんか?」

「そのへんもウィンフィルドが考えてんだろ多分。知らんけど」

「で、あるか」


 アンゴルモアは途端に上機嫌だ。帝国がとんでもないことになりそうで、メシウマ状態なんだろう。いつものことである。



「……やれやれ」


 それにしても、ウィンフィルドは、なんというか、怖いくらいだな。仮に未来を視ているのだとしても、ここまで鋭く読み切れるというのは只事ではない。


 俺の世界一位という夢を皇帝へとすり替える。我に返った瞬間は腸が煮えくり返るかと思ったが、よく考えてみれば、これ以上ない皮肉だ。そして同時にヒントでもあった。


 そもそも、今のこの世界では、俺の目指す世界一位など何処にもなかったのだ。


 バカンス――と、ユカリはそう言っていた。


 一ヶ月間、自分を育成する手を止め、他人を育成するために手を動かす。


 そんな「世界一位の休暇」も、今なら悪くないような気がする。


 しばし休み、後ろを振り返って、初めて気付くこともあるだろう。


 人に指摘されるだけでは気付けなかった。本気で、あんことミロクと戦ったことで、こうして気付けた。


 勿論、ウィンフィルドが俺に《洗脳魔術》を使った理由は、それだけではないとも知っている。彼女は、いちいち俺が口にせずとも、出会った時から、常に複数の狙いを持って動いている。彼女の投げる石は、その全てが三鳥も四鳥も得るための一石だ。


 ゆえに確信できる。この先にも、彼女の仕掛けが待っていると。


 楽しみだ。まさしく遊戯ゲームだ。俺はなんの心配もなしに、この遊戯に熱中できる。




「さて、寝よう。キュベロ、テントを張ってくれ」

「は、はい。只今」


 俺が言うと、キュベロは言葉を飲み込んで、指示に従った。


 仕事を与えられたら無駄口を叩かずにまず行動へ移すあたりが、真面目な彼らしい。



「ちょ、ちょっと待って」

「気になるです、なんなのです」


 キュベロの仕事への真摯さに感心しつつ振り返ると、グロリアが珍しく取り乱しながら喋り始める。


「と、いうか、その」

「強すぎます、壊れてます」


 なるほど、グロリアの目にはそう映ったのか。


 天才にそう言われるのは、素直に嬉しいもんだなあ。



「お前にも素質はあるんだ。いずれ、わかるようになればいい」


「そう? ありがとう。でも、正直、ここまでなんて……」

「思ってなかったです、考えてなかったです」


 照れるように白銀の髪を撫でたグロリアの手は、微かに震えていた。


 恐怖? 興奮? 武者震い? わからない。だが、俺の試合をその目にして、震えるような何かを得てくれたことは確かだ。披露してよかったと、心からそう思えるな。



「ところで、知識をばら蒔くと言っていた」

「興味あるです、教えてほしいです」


「わたし、本読むの好きだから」

「本の虫です、知識欲の塊です」


「……うるさい、シウバ」

「事実です、真実です」


 そして、さっそく食いついてくる。


 答えは当然YES。是非とも教えたい一人だ。


 何故か自分と自分で口喧嘩している不思議なやつだが、彼女には教えたいことが山ほどあった。


「なんでも聞いてくれ。覚えたいスキルの習得法でも、甲等級ダンジョンの攻略法でも、大抵のことなら知っているから、今すぐ教えてやれる」


「え、それって……いいの?」

「ご褒美です? 恩恵です?」


「これから、タイトル戦の出場者には全員、聞かれたら答えることにした」


 そう伝えると、グロリアはぽかんと口を開けてから、一言。



「セカンドって、変わってるね」


「お前にだけは言われたくないわ!」




  * * *




 マルベル帝国南部の都市『アカー』。


 その郊外にある森の中に、プロムナード家の屋敷はあった。



「ラスカ様。二日後の昼頃、ライト殿下はアカーに到着されるそうでございます」


「そうか、報告ご苦労。歓待の準備をしておけ」


「は」



 ラスカと呼ばれた焦げ茶色の短髪をした気怠そうな顔の男エルフが、尊大な態度で報告を受ける。


 報告をしたのは、赤茶色の長髪をした若い人間の男だった。



「ところでセラム。その後、テイムはどうだ?」


「はい。ラスカ様のお教えの通りにしたところ、先日“マダラディアー”をテイムすることができました」


「上等。ではその調子で腕を上げてゆけ。そうすれば、いずれはオレのように“ブラインドレイク”もテイムできよう」


「甲等級の魔物は、まだまだ私には夢でございます」


「オレに召喚術を教わるのだから、お前も一流を目指さねばなるまい?」


「は、精進して参ります」


「そうせよ」



 ラスカは機嫌良く頷いてからグラスを傾け、セラムにワインを注がせる。


 そして口元へと運び、香りを堪能したところで、口を開いた。



「アルファめ、今度こそは大人しくしておれよ」


「ご令嬢の、縁談の成功を心より願っております」


「セラム。わかっているとは思うが、お前も裏切りなど考えるでないぞ」


「……無論でございます、ラスカ様」



お読みいただき、ありがとうございます。


<お知らせ>

セカサブ第4巻が、2020年2月10日に発売予定です!!

まろ先生の描く挿絵が今回も想像を絶するほど素敵なので、ぜひ!


挿絵がたくさん! 書籍版第1~3巻が発売中!

一味違う面白さ! コミックス第1巻も発売中!

続きが気になる! コミカライズも連載中です!


面白かったり続きが気になったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ブックマークや感想やレビューもとてもとても嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたらもう最高に幸せです。


更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。


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― 新着の感想 ―
[一言] メタい視点を持つとゲームとしては「プレイヤーにこの世界で強くなり、(ストーリーあってないような物としても)世界を左右する存在になっていってもらう」体験を売りにしてるから 主人公が居ても居なく…
[一言] Xしか知らん世界ちゆっといい
[気になる点] なんで先に敵国である帝国にって思ったけど 帝国は実力主義だから強くなる知識を広める効果が高いとか、本人が言うように問題になったら叩き潰しやすいとかもあるのか 根本的な問題としてたまたま…
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