214 謀反褒む
馬車に乗って丸一日。次第に日も暮れ始めてきたため、一行は野営地を決めて移動を止めた。
「なんか……変」
「おかしいです、不気味です」
そんな中、馬車を降りてキュベロと話をしに行ったセカンドの背に向けて、グロリアが首を傾げながら呟く。
彼女が覚えた違和感は、セカンドの様子についてである。
最初は気のせいかとも思っていたが、話せば話すほど、その違和感は増していった。
「あんなに、皇帝、好きな人だっけ?」
「いきなりです、突然です」
一昨日の記念パーティでは、あれほど皇帝皇帝と口にしていなかった。
しかし今や、口を開けば皇帝ばかり。
そもそも「セカンドがマルベル皇帝を目指している」などという話はおろか、噂の一つすら耳にしていない。
どうしていきなりそんなことを言い出したのか。グロリアは疑問に思わざるを得なかった。
いや、セカンドの口から出た単語が「キャスタル国王」であったなら、グロリアもここまでの反応は示さなかっただろう。その単語が「マルベル皇帝」であったからこそ、グロリアは鋭敏に反応した。
何故なら、彼女は――現マルベル皇帝であるゴルド・マルベルをよく知っているからだ。
「ねぇ、ちょっと」
「お話あります、相談あります」
セカンドとの会議も終わり、テントの準備に取り掛かろうとしていたキュベロを見つけ、グロリアはちょいちょいと手招きして呼び出す。
「如何いたしましたか?」
「彼、少し変」
「皇帝です、皇帝です」
「行程……? 旅の日程を気になさっているのですか?」
「違う。セカンドが、変なの」
「マルベル皇帝になるそうです、マルベル皇帝を目指してます」
「???」
キュベロは頭にハテナを浮かべるしかない。
しかし、次第に、怪訝な表情を浮かべ始めた。
敬愛する主人がマルベル皇帝を目指しているという話は、彼にとっても初耳である。
少なくとも、昨日の昼までは、そんなことを言ってはいなかった。むしろ帝国をぶっ壊そうとしていたはずだ。だからこそ、尚のこと怪しい。
ここで、地位の差が功を奏した。シルビアたちは、良くも悪くもセカンドと親しく距離が近い。ゆえに、またいつもの爆弾発言だと、まともに取り合わなかった。だが、執事であり従者でもある使用人のキュベロは、立場上グロリアの言葉を無視することもできず、そのしっかり者な性格も相まって、至って大真面目に捉えたのだ。
「セカンド様が、そう仰ったのですか?」
「うん」
「頻繁にです、十五分に一回です」
「それは異常な頻度ですね。少し話を聞いてみます」
テントの組み立てを中断し、セカンドの元へと向かうキュベロ。
当のセカンドは、本を読み耽っていた。一体どこから持ってきたのか、その本の表紙には「帝国の台頭と能力主義社会」と書かれている。
「…………」
――おかしい。ここでキュベロは確信した。
彼の知っているセカンドは、このような小難しそうな本など読むわけがない。
セカンドが所持している本は、魔導書・スキル本・エロ本の三種のみ。キュベロは執事として書庫の管理も任されているため、セカンドが買った本は全てきちんと保管しており、その趣向もしっかりと記憶していた。
帝国に関係する本を入手したのは、つい最近のことだろう。キュベロが最後に書庫を確認したのは昨晩。だとすれば、隠し持っていたか、夜中のうちにこっそり買いに行ったか、メイドの誰かに買ってくるよう頼んだに違いない。
いずれにせよ、セカンドらしくないと言えた。何億CLするかわからない肆ノ型の魔道書はおろかエロ本さえキュベロに預ける男である、当然だ。
「セ……」
セカンド様、と言いかけて、キュベロははたと止まる。
途方に暮れたのだ。
様子がおかしいことは、確かにわかった。しかし、一体どのようにしてこの問題を解決するというのか? キュベロには答えが見えない。
それから数分、キュベロは立ち尽くして熟考し、とりあえず、探り探り会話してみることにした。
「セカンド様。そちらの本は?」
「ああ、これか? 今のうちに帝国の構造を勉強しておこうと思ってな。メイドに買ってきてもらった」
「なるほど、勉強で御座いますか。それは皇帝となるために?」
「当たり前だろうが。キュベロお前、俺の夢を知らんとは言わせんぞ」
「すみません、初耳です」
「は? 皇帝だ皇帝。何度も言ってるだろ。俺はもう皇帝になりたくて堪らん」
「は、はあ……」
一見して、普段通りのセカンド。
ただ、言っている内容は、あまりにもかけ離れている。
夢は皇帝――その言葉が、キュベロにはどうにもちんけに聞こえた。
一般人にとってみれば立派すぎるほどの夢だが、セカンド・ファーステストという男にとっては、あまりにも小さい。キュベロにはそう思えて仕方がない。
ひとまず皇帝になる、という話ならば納得はできた。しかし今の口ぶりでは、まるで皇帝になったら夢は叶うとでも言っているかのようだ。
キュベロは静かに頭を抱えた。
一体どうしてしまったというのか。こんなセカンドは、未だかつて見たことがない。
がらりと、中身が変わってしまった。そう、まるで、洗脳でもされているかのように――
「!!」
洗脳。
不意に湧いて出たそのキーワードに、キュベロは勢い良く顔を上げる。
話には聞いていた、洗脳魔術。実際に目にしたことはないが、このセカンドの状況を見るに、まさにそれなのではないかと、キュベロの中で瞬時に答えが固まった。
誰にかけられたかはわからないが、恐らくセカンドは洗脳されている。
キュベロは冷静に思考を巡らせた。洗脳を解除するためには、どうすればよいか。
もちろん、彼は解除方法を知らない。かといって本人に聞いてしまっては何が起こるかわからない。
で、あれば。残された手段は、ただ一つ。
「――セカンド様、アンゴルモア様をお喚びください」
* * *
「アンゴルモアを?」
「はい。私を信じて、多くを聞かずに、どうか」
キュベロは俺の目を見つめて、これ以上ないほど真剣な表情でそう言った。
何故急にそんなことを言い出したのか。理由はどうだっていい。問題は、キュベロが真剣だということ。たったそれだけで、あいつを喚ぶことになんの躊躇いもない。
俺はキュベロの言葉通り、多くを聞かずに《精霊召喚》を発動した。
「ほら、喚んだぞ」
「ありがとう御座います。あの、アンゴルモア様、少々お話が……」
「――ン?」
キュベロはアンゴルモアに何か用事があったようで、話をしようと口を開く。
しかしアンゴルモアは、そんなキュベロを無視して、俺にずいっと顔を寄せながらその綺麗に整った眉をにゅっと寄せた。
「ン? ン~? ぬぅ~~~~ン?」
そして、唸りながら首を傾げる。
何がしたいんだろうか?
……まつ毛長いなー、こいつ。
「フハッ! 我がセカンドともあろうものが、魔術をかけられおったか」
「……へ?」
「どうせあの軍師であろう。全く、我がおるからよいものを」
「待て待て待て、話が見えない。ウィンフィルドがどうかしたのか?」
「あやつが、我がセカンドへ、魔術をかけおった」
「魔術?」
「知っておろう。魔術も魔術、洗脳魔術よ」
「!」
なんと、俺はいつの間にやら洗脳されていたのか。
超展開ってやつだな。
「どうして気付いた?」
「我と我がセカンドとの間の一体感に、ズレがあったのでな」
「はぇ~」
駄目だ、全然わからん。俺側からは確認できないらしい。
「ウィンフィルドは何を考えてこんなことをしたんだろうな?」
「我が聞きたいわ戯け」
アンゴルモアに呆れられる。
「え、怒ってる? お前」
「謀反ぞ、怒らずにいられるわけがなかろう」
「俺は逆になんで怒ってんのかわからん。ナイス創意工夫だと褒めてもいいくらいの気分だ」
「戯け。それは、我がセカンドが洗脳の内容を知らぬから――」
「いや、そうかもしれんが。どうせお前を召喚したら明るみに出る洗脳だったら、洗脳だけが目的じゃないだろう。つまりこの洗脳は解くことに意味がある。もしくは、解くことで何かに気付けるか、役立つか。とにかく解くことを前提とした洗脳だ。違うか?」
「――!」
なるほど! と聞こえてきそうなくらいにアンゴルモアの目がカッと開かれた。
おいおい、付き合い長いんだろ? 勘弁してくれ。相手はたった一人で王国の政争を圧勝に導いた女だぞ。
「……嫌がられておるからな、我」
「あっ……」
なんかすまん。
「解くことを前提とした洗脳……なるほど」
俺とアンゴルモアの会話を傍から聞いていたキュベロが、顎に手を当てて納得したような声を出した。
「キュベロ、何かに気付いたか?」
「ええ。ウィンフィルド様は、恐らくこの状況を予想していたのではないかと」
「まあ、でしょうねえ」
「はい。私は正直、グロリア様のご指摘がなければ、違和感程度にとどめてしまっていたかもしれません。グロリア様が鋭敏にセカンド様の異変を感じ取られたからこそ、今の状況が生じたのでしょう」
「グロリアが最初に気付いたのか」
俺が視線を向けると、グロリアは組んでいた腕を解いて答える。
「だって皇帝さんって」
「妹の旦那です、義理の弟です」
「!?」
マジかよ!
「なあ、今度ちょっと皇帝に会わせてくれ」
「別にいいよ」
「面談です、会談です」
よっし、これで皇帝に一歩前進だ。
流石の人選。いやあ、持つべきものはコネと軍師だな。
「言っておる場合か。早う洗脳を解け。でないと我は気持ち悪くてかなわん」
ニヤニヤしていると、アンゴルモアが本当に気持ち悪そうな顔で言った。
「はいはい」
じゃあ、解こうか。
なんの洗脳かはわからんが、状況がこうなっているということは、流れ的に解いておけということなんだろう。帝国に入国する前日のここで解いておくのが良いという、あいつのセッティングだ。
はてさて一体どんなメッセージなのか。やれやれ、わくわくしちゃうね全く。
「ところでセカンド様。洗脳魔術は如何にして解かれるのでしょうか?」
「勤勉だなキュベロ。解き方は簡単だ、教えてやる」
生命の危機に起因する強い感情の発露、これだけ。
つまり――
「――壮絶に死にかけりゃいい」
俺がそう言うと、キュベロは暫しきょとんとした後……深刻な表情をした。
「セカンド様、それは……」
そして、ちらりとグロリアを見て、すり足で三歩下がり、ぐぐぐと拳を握る。
ああ、そういう。キュベロの考えていることはわかったが……。
「違うぞ」
「……そう、ですか。安心いたしました。少々、荷が重かったもので」
荷が重い。まさにだな。
キュベロとグロリアの二人がかりじゃあ、全然足りてない。
「死にかけるの?」
「どうします? 戦います?」
グロリアもやる気はあるらしいが、残念、それじゃあ駄目なんだ。
「いや、いい。気遣いありがとう」
俺は手をあげて断り、二人とアンゴルモアから距離を取った。
観客は二人。いや、システム上精霊は使役者を攻撃できないため、観客は三人か。
ちょっと少ないが、まあ見せるにはちょうどいい人選かもしれない。
「さて、皇帝への道には少し寄り道だが……」
これも必要なことなんだろう。と、俺は信じている。
それに、いつかは、やらないといけないことでもあった。
準備は随分と前からできている。後は……覚悟だけだ。
「――主様、あんこ参上つかまつりました」
「――余の出番と申されるか、主よ」
あんこと、ミロク。
この二人を喚び出し、向かい合う。
「いきなりで悪いが、本気でかかってきてほしい。できるか?」
俺は左腕にミスリルバックラーを、右手にミスリルロングソードを装備して、そう問いかける。
あんこは、糸のような目を薄く開いて驚いた後、頬を上気させて嬉しそうに微笑んだ。
「御意」
ミロクは、意外そうな顔を見せた後、瞑目して頷いた。
「承知」
どうやら、二人とも本気でやってくれるらしい。
ああ、嬉しいぞ。無上の悦びだ。
どうしてこんなにも嬉しいのか。皇帝への道には何も関係ないというのに、不思議だ。
「そうか、これならば……」
ふと、キュベロのそんな声が聞こえてきた。
……これなら? これなら、なんなんだ? まさか、俺が負けるとでも言いたいのか?
「キュベロ」
「はい」
「覚えておけ」
「はい」
皇帝とは、常勝無敗でなければならない。たった一度の敗北も許されない。誰もが認める皇帝でなければ意味がない。それが俺の目指す皇帝。世界一位の皇帝。
「俺はな、勝てない勝負はしない」
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