212 ぶっ壊すわ小粒
第十一章、始まります。
政争編の進化版みたいな章です。
「セカンド~~!! 絶対、絶対、会いに来てくれ~~!!」
「おー! またなー!」
「絶対だぞ~~!! 忘れるんじゃないぞ~~!!」
「わかったわかったー!」
八冠記念パーティーの翌日。
俺はまだ寝たりない目をこすりながら、ファーステスト邸に一泊していた面々を見送っていた。
今まさに去っていったのは、ノヴァ・バルテレモン前闘神位。もう一泊したいと散々ごねていたところをお目付け役のダビドフに小一時間諭されて観念、そして最後の抵抗とでも言わんばかりに馬車の窓からこれでもかと身を乗り出してブンブンと俺に手を振っている。
あいつのゴリッゴリなステータスなら馬車を担いで走った方が速いくらいなものだが、移動は基本的に馬車らしい。疲れるから当然か。
「ようやく行ったか」
全員を見送り終えて、シルビアが一言。明らかに疲れている様子だ。
まあ、わかる。如何せん皆と話すのが楽しいもんだから、昨夜は夢中になって喋り過ぎてしまった。
「よし、今日は休暇だな」
「!?」
なんの気なしに口にすると、シルビアが驚愕の表情をこちらへ向ける。
「セカンド殿、体調でも悪いのか……?」
「どうしてそうなる」
「普段のセカンド殿なら、きっとこう言う。よーしシルビア、鬼穿将防衛に向けてリンプトファート十五周だ! とな」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「鬼」
「即答するな!」
人聞きの悪い。せめて鬼軍曹と言え。
「それにシルビアよ、勘違いするな。俺は必要とあらば、体調が悪くても言う」
「……そして体調が悪くても自分もダンジョンへ行こうとしてぶっ倒れる」
「わかってるね」
まだシルビアと二人で活動していた頃、そんなこともあったな。
あの時は体調不良を押してでも経験値を稼ごうとする俺の気持ちを微塵もわかってくれなかったシルビアだが、今はどうだろうか。
多分、少しはわかってくれるはずだ。なんせ、彼女は今や、鬼穿将なのだから。
「無理やりわからされたと言う方が近い」
シルビアはニッと笑いながら皮肉を言う。
こいつめ、タイトルを獲得した途端にプロ意識が芽生えてきやがったな。
加えて、やる気も十分と。
「じゃあもうリンプトファートは回らなくていいぞ」
「本当か!? やったぞ、あそこはもう飽き飽きしていたところ――」
「次はプロリン回れ」
「……だったがまだリンプトファートを回っていてもいいな私は」
自信がないのか、シルビアは急激に萎れていく。
プロリンダンジョンは、まあ確かに、油断ならない場所だ。
「雉も鳴かずば射られまい……」
少し離れたところにいたアカネコが、シルビアのへたれっぷりを見て呟いた。
うん、ちょうどいいな。
「お前もだぞアカネコ」
「……えっ」
雉が鳴いたんだから仕方ない。
シルビアが嬉しそぉ~な顔で「墓穴を掘ったな」と笑った。
シルビアのやつ、アカネコが何か辛い目に遭うといつも笑っている気がする。そのくせメチャクチャ面倒見が良いし、仲も良い。何処かシンパシーを感じているのかもしれない。
「よし! セカンド殿、エコは連れていくか?」
仲間を得て元気を取り戻したシルビアが、気持ちを切り替えるように声を出してから聞いてくる。
シルビアはもうエンジンがかかったようだ。一方、アカネコは「むむむ」と腕を組んで唸っている。多分、プロリンダンジョンがどんなところか知らないんだろう。
なぁに、心配いらないさ。シルビア先輩が全部教えてくれる。
丸投げ? 馬鹿言うな。これは……なんか、あれだ。経験的に良い感じのやつだ。
「ああ、エコと一緒に三人で回れ。それで余裕なはず」
「うむ、わかった」
かつては俺とシルビアとエコの三人で回ったプロリンダンジョン。今度は俺のポジションにアカネコを入れて、三人で回ってもらう。
今の彼女たちなら、恐らく余裕をもって攻略できるだろうし、何がどうなっても死ぬことはないだろう……と、思う。多分。ボスのミスリルゴレム戦でわりと痛い思いはするかもしれないが、それも壁役のエコがいればまあ問題ないだろう……と、思う。多分。
…………大丈夫だよな?
「よんだっ?」
おっ、流石、耳が良いね。エコエコのご起床だ。
「エコ、明日からプロリンだぞ」
「ぷろりん?」
「ダンジョン」
「……ほ?」
わからねえらしい。なんでだよ。
「あのでっかい岩のさあ、魔物の出てくるさあ、あそこだよ」
「しらん!」
「知らんかー」
なんでだよ。
「あ、わかった。お前これ絶対覚えてる。ほら、爆アゲボンバーでさあ、ドーンとジャンプしたところだ」
「あっ! しってる! しってる! おぼえてるあたし!」
「な!?」
「なーっ」
覚えてて偉いなあエコは。撫でりこ撫でりこ。
「じゃあお前ら、そういうことだから」
「ちょっと待て! セカンド殿は、その間どうするのだ?」
ちっ、目敏いなシルビア。
しかし、言うしかないか。皆が頑張っているというのに、少々忍びないが……。
「……その、すまん、一ヶ月くらいサボる」
「なっ! 頭がどうかしたか!?」
「失敬な」
「世界一位の名に傷が付くとかなんとか前に言っていなかったか?」
「今さら俺が一ヶ月ぽっちサボったところで大して変わりませぇええん」
「なんだとぉ……」
「冗談はさて置き、昨日の夜中にウィンフィルドと軽く打ち合わせしてな。まあ、一ヶ月くらいあったらなんとかなるだろうと」
「ふむ? 一ヶ月で……一体何をするのだ?」
昨夜の俺は酒が入っていたから、打ち合わせの内容をあまりよく覚えていない。ウィンフィルドもそれを知っているだろうから、今日の昼に最終打ち合わせをしたいと言っていた。だから、具体的に何をするのかは、まだ決まっていない。
しかし、本格的な打ち合わせを済ませていない今でも、シルビアのその質問には答えられる。
一ヶ月で、一体何をするのか。
「ああ、単純だ――」
目的は、ただ一つ。
「――マルベル帝国をぶっ壊す」
* * *
大変珍しいことに、精霊界一の軍師ウィンフィルドは悩んでいた。
シックなシャツとズボンにベストを着て袖をまくっているといういつものスタイルで、彼女はうろうろと部屋の中を歩いている。
かれこれ数時間。夜通しこうしてうろうろとしたり、腕を組んだり額に手を当てたりまた歩いたりと、考えに考え続けた結果、作戦はまとまりつつあるものの……最後のピースだけが埋まらない。
「うーん、うーん、うーんだね、これは……」
作戦の完成度は、過去最高レベルとまで言えた。
今回はキャスタル王国で起きた政争の時と違って、準備する時間がたっぷりとあった。
召喚されたばかりというわけでもないため、世界中の情報、人々の性格、特にセカンド・ファーステストという男の性格を、しっかりと理解できている。
そう、一切の抜かりはなかった。
人々を盤上の駒のように自在に操る彼女がこれだけの時間を思考に費やせば、帝国は何百回とぶっ壊れても足りないだろう。
その何百の中で、最も美しい一つ。それが今回の作戦であった。
だが、どうしても、最後のピースだけが埋まらない。
そこさえ埋まれば、かつてないほどに美しい絵画ができあがるというのに。
一つだけ、たった一つだけ、非常に邪魔なものがあったのだ。
そして、太陽が真上に昇った頃。
「…………あ、そっか!!」
稀代の天才は、ついに閃いた。
彼女の顔でじわりじわりと笑みが膨らむ。
最後のピースをはめたパズルは、見れば見るほど、全てが噛み合っているのだ。
これ以外は考えられない、絶対の、絶好の、絶妙の一手。
「すり替えちゃえば、いいんだぁ」
* * *
ウィンフィルドに呼ばれたのは、昼メシの後。
俺のかねてよりの希望、マルベル帝国をぶっ壊せ計画がついに始動するということで、俺はなんだかワクワクしていた。
何故こんなにもワクワクするかって、作戦立案が他でもないウィンフィルドだからである。
こいつには、世の中を“遊戯”だと感じてしまうきらいがあった。
俺もだ。ふとした拍子に、この世界が“ゲーム”だと思えて仕方ないことがある。
俺と彼女は、全く違う。だが、極めて似ている部分もある。そこが面白い。彼女の指示通りに動いてみたら、きっと楽しいという確信がある。
帝国をぶっ壊す――それだけなら簡単だ。忍び込んで、皇帝諸々をぶっ倒し回ればいい。
それじゃあ面白くないだろう、と……ウィンフィルドはそう考えているに違いない。ただ単に帝国をぶっ壊すだけじゃあ、面白くないと。
俺もそう思う。遊戯なのだから、余裕をもって遊ばなければ。だからこそ、全てを彼女に任せられるというのは、実に気楽で、良い立場なのだなと感じる。
俺という駒を使って、一体どれほど面白くしてくれるのか。なかなか興味深いところだ。
「やあ、来たね、セカンドさん。まーまー、とりあえず、ここ、座って」
俺が部屋を訪れると、ウィンフィルドは椅子から立ち上がって出迎えてくれた。
相変わらずたどたどしい喋り方だが、不思議と耳にスッと入ってくる。
「おお――お?」
「……っ、ど、どしたの?」
ふとした違和感だった。
椅子に座ろうとした時だ。
なんだろうな……野生の勘とでも言うべきだろうか。体が勝手に動く。
ほぼ反射的に、インベントリから“お皿”を取り出して装備してしまった。
「お前、今、なんかしようとした?」
「え、いや、別に?」
「だよなあ」
ウィンフィルドが攻撃してくるわけがない。
……なんだったんだ、マジで。
シルビアの言った通り、自覚がないだけで体調が悪いのかもしれないな。
「さて、じゃあ、仕切り直して――」
椅子に座り、顔を上げた瞬間だった。
目の前には、ウィンフィルドの顔。
そして、彼女の冷えきった手が、俺の頬に触れる。
「!!」
瞬間――俺の頭から「ボン!」という音が聞こえた。
あまりにも大量の何かが一気に詰め込まれて破裂したような音だった。
ウィンフィルドは、奇妙なことに……無言で、ニマニマと、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「…………ぁえ?」
つい、間抜けな声を出してしまう。
何かをされた。それは確実なのだが、おかしなことに、俺の体にはなんの変化もない。
「さ、打ち合わせ、しよっか」
「おい、ちょ、待て、何した今?」
「セカンドさん、ほっぺに、ごはん粒、付いてたよ。ふふっ」
「ごはん粒ぅ?」
嘘をつけ嘘を。絶対に何かしたはずだ。じゃなきゃ「ボン!」なんて音、聞こえるわけがねえ。
「まーまー。ね、いいでしょ? 私に、任せてよ。面白く、するからさ」
「……はあ、まあ、そうか。そうだな」
既に、ウィンフィルドの遊戯は始まっているということか……。
じゃあ、つまらないことは言わないようにしないとな。
「あと、ごはん粒は、本当」
「…………」
ウィンフィルドの細い人差し指の先に、白い小粒が一つ。彼女はそれをチュッと口に入れた。
……なんか恥ずかしいなオイ。
「さて。ではまず、セカンドさん」
「おう」
「グロリアさんと、一緒に、アルファさんの家、訪ねてください」
「おう……おう?」
そりゃあ、もとよりその予定だったが……。
「その際、セカンドさんだと、わからないように、変化、してください」
「ああ、レイスを使って化けるのか」
じゃあ、せっかくだしsevenにでも化けようかな。
「以上」
「以上!?」
耳を疑う。
いや、しかし、ウィンフィルドが以上って言うんだから、以上なんだろう。
マジかよ。マルベル帝国、変化した俺がグロリアと一緒にアルファの家に行っただけで、ぶっ壊れるんだってさ。嘘だろ?
…………?
……ん? あれ?
え、ぶっ壊れる? ぶっ壊……あれ?
いやいや、なんでだよ、ぶっ壊しちゃ駄目だろう。だって……。
「んん?? んんん??」
「混乱してる?」
「ああ。混乱してる。いや、というか、どうして忘れてたんだ? こんな大切なこと」
俺がそう口にすると、ウィンフィルドは満面の笑みを見せた。
すまんな。どうやら俺は、本当に体調不良だったらしい。
今回の作戦の目的を、俺の“夢”を、すっかり忘れるなんて、どうかしてる。
「じゃあ、思い出したところで、セカンドさん」
「おう」
「セカンドさんの、夢って、なんだっけ」
俺の夢。そんなもん、勿論、決まってる――
「――皇帝になることだ」
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