表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
226/364

211 記念パーティ(下)


 長いよ。

 長いです、長いです。




「せ、セカンド氏! なんとなんと拙者――」

「セカンド!!」


 まず立ち寄ったA席で、汗だくのムラッティに詰め寄られたかと思えば、その間に満面の笑みのシェリィが割って入ってきた。この二人、勢いが凄い。


「何」

「私、一等よ!」

「おお」


 そうだったな。ビンゴの一等は、シェリィと聞いている。


 俺がシェリィに食いつくと、ムラッティは「あっあっ」と小声で言って中腰になりながらひょこひょことバックして席に戻っていった。相変わらず間が悪いというかなんというか、すまんが後回しだ。


「このシェリィ・ランバージャックが一等よ! この天才精霊術師で霊王れいおう戦出場者の伯爵令嬢がねっ!」

「よさんか、恥ずかしい」

「何よ、お兄様。あ、わかった。羨ましいんでしょ?」

「違う。私は単に伯爵令嬢たる振る舞いをしたまえと」

「ふふん! 何を言われようと、一等は、私よ!」

「やれやれ……」


 シェリィの兄ヘレスが注意するも、シェリィは有頂天で全く聞く耳を持たない。


「シェリィ様、もう三杯も飲んでいます」


 傍で聞いていたチェリが耳打ちしてくれた。

 確かに顔が赤く目が据わっているが、それにしてもテンション高すぎである。


 まあ、でも、そのくらいに喜んでくれているというのは、俺としても嬉しいことだ。


「シェリィ、何がいい? まだ決まっていないなら、後日でもいいが」

「景品の話ね? 私は、もう決めてるわ」


 一等~三等の景品は、お好きな「大スキル」を一つ。

 【剣術】なら、歩兵~龍王まで全ての習得方法を。【魔術】なら、いずれかの属性の壱ノ型~伍ノ型まで全ての習得方法を教える。


 さて、シェリィは何を選ぶのか……。


「――魔魔術・・・よ!」


 彼女は、ズビシ! と俺に指をさし、不敵な笑みでそう宣言した。


「ほー!」


 思わず、俺は感心の声をあげる。ナイスチョイスと言わざるを得ない。


 魔魔術――つまり《複合》・《相乗》・《溜撃》の三つ。


 これの何がナイスかって、非常に“応用”が利くのである。

 この三つのスキルは、魔魔術だけではない。魔剣術や魔弓術など「魔乗せ」ができるスキルであればなんでも使えるのだ。


「魔術は、自分で覚えるんだな?」

「既に土属性・参ノ型まで覚えてるわ。肆ノ型と伍ノ型は、伯爵家の縁故なりなんなり使って覚えるわよ」

「形振り構っていられないってか」

「ええ、じゃないと追いつけないもの。生まれに感謝だわ」


 持てるもの全てを最大限に使って追いかけてくるらしい。


 ……本当に変わったなあ、シェリィ。


 生まれに振り回されるのではなく、生まれを振り回すようになった彼女は……強いだろうな。途轍もなく。


「一等おめでとう」


 俺はインベントリからメモ紙を取り出し、そこに複合・相乗・溜撃の習得方法を書いて、シェリィに手渡した。


 シェリィはそれを受け取ると、不敵な笑みを崩さずに、挑戦的な目をして口を開く。


「また、冬に会いましょう」


 たった一言。だが、俺の一番喜ぶ一言。


 シェリィはそうとだけ言い残し、ふわりとスカートの裾を摘んで会釈すると、席へと戻っていった。


 全く、粋な女だ。



「セカンド氏ぃ! もうよろスィでございしょうか!?」

「近い近い近い顔が近い!」

「こりゃまた失礼あそばせっ!」


 忘れていた。ムラッティは、ラスト・ワン賞の二十七等だったな。


 確か……そうでした。「なんでも」、でしたっけ。


「セカンド氏ぃ~……なんでも、するって、言いましたよぬぇ~? んん~~?」


 ムラッティはねっとりとした口調で催促してくる。端的に言って気持ち悪い。


「えっそれは……そうだっけ?」

「ちょ、誤魔化されんのだが拙者ぁ~~~! この~~~!」

「ぐええぇ! やめろやめろ! わかったから!」


 この野郎、抱きついてきやがった。


「ではでは早速、拙者のお願いごと、叶えていただいてもよろしいですかな!?」

「はいはい。さっさと言え」

「なんか冷たい件……だがそれがいい!」

「早くしろ」

「おうふっ」


 俺が冷たくあしらうと、ムラッティは息を荒くしつつ、インベントリから一枚の紙を取り出し、俺に渡してきた。


 ええと、なんだこれ……魔術学会・・・・


「セカンド氏には、拙者と共同研究していただいて、魔術学会で発表していただこうかとぉ~、ええ~」

「はあ? 無理無理。俺、定跡以外に研究とかしたことねえから」

「そこをなんとか!」

「流石に無理だって。向いてないから俺そういうの」

「いやいやいや! 向いてますので! これ以上なく!」

「何を根拠に」

「拙者とセカンド氏で、腑抜けた魔術学会に革命を巻き起こすのですよ! ええ! 言わば第二の叡将えいしょう戦でござるよ! 共に魔術の歴史に名を刻みましょうぞ!」

「……そう聞くと確かになんか面白そうだけどさあ」

「でっしょおおお!?」


 ちくしょう、そそられるじゃねえか。


「よし、わかった。じゃあ計画を立てておいてくれ」

「了承!!」


 ということで、ムラッティと共同研究することになった。

 はてさてどうなることやら……。






「あ、セカンドさん! ちょ、助けてくださいっす!」


 B席に歩いていくと、いきなりカピート君に助けを求められた。


「なんだどうした」

「空気最悪っす!」


 カピート君はB席を振り返りながらそんなことを言う。


 彼の視線を辿ると……原因は一目瞭然だった。



「あら。あらあら。元一閃座いっせんざさんは何等だったかしら? 私は惜しくも二等なのですが……あれほど豪語されていた元一閃座さんは? え? 六等? へぇ~」

「…………」


 水を得た魚のように煽りまくる元霊王ヴォーグと、不機嫌な顔で無視し続ける元一閃座ロスマン。


 なんか見ていて悲しくなってくる構図だが、仕方ないとも言える。人間、一度でも頂点に立ってしまえば、大半はこうなるものだ。メヴィオンで何度も何度も目にしてきた。



「僕は龍馬体術にしようと思う」

「なんでや?」

「AGIが足りない」

「なるほどなぁ。その考え方は間違いないと思うねんけど、龍馬はやめときや」

「どうして?」

「飛車が一番面倒やからな。龍馬と龍王はな、飛車が使えたら簡単に覚えられるで」

「ん……わかった。飛車にする」

「素直でええなあ。あんたはんは」

「……恥ずかしい」


 一方で、ラズと話しているレイヴ君は、親父のロスマンと違って素直で良い子だ。


 四等~二十六等の景品は、お好きな「小スキル」を一つ。あれは多分、なんの小スキルを俺に教えてもらうべきか、ラズに相談に乗ってもらっていたんだろう。


 《飛車体術》か、ナイスチョイスだ。半年後には、上手く行けば闘神位とうしんい戦にも出ているかもな。



「あっ……!」


 おっと、盗み聞きに気付かれたか。


 俺と目の合ったレイヴ君は、右を見て、左を見て、最終的にテーブルの上を見て縮こまった。


「センパイ、こっちこっち」

「おう」


 ラズが自分の座っていた椅子を引いて、俺を座らせてくれる。そして、ラズは俺の右隣に座った。

 俺の左隣には、無言で縮こまったままのレイヴ君。何故か、視線を合わそうとしてくれない。


「緊張しとんねん」


 ラズの耳打ち。


「なんで?」と俺が返すと、「憧れとるんやって」とラズ。


 そうか、憧れているのか。



 へへっ。


「レイヴは、飛車体術でいいか?」

「う、うん」

「よし。じゃあメモを渡すから待ってろ」


 こくりと頷いて、そわそわとするレイヴ。何か言いたいことがあるようだ。


「どうした?」

「あ、えっと……」

「言ってみな」

「……サイン、ください」

「いいぞ」

「やったっ」


 レイヴは微かな声で喜んで、小さな笑顔を見せた。


 なんというか……ただのファンだな。かなりの天才のはずなんだけどな。


 俺がメモと一緒にサインも書いて渡すと、レイヴは「ありがとうございます」とゆっくりお礼をしてくれた。

 礼儀正しい良い子だ。俺は気分が良くなって、握手までしてしまった。レイヴがまたとっても嬉しそうな顔をするので、更に気分が良くなる。


「あの」

「おう、どうした?」


 席を立とうとしたら、最後に一言、彼はこんなことを口にした。


「セカンド八冠の、あの技……なんて名前、ですか?」


 技の名前。つまりは、定跡の名前……か。

 何故そんなことを聞くのか? 俺にはよくわかる。


 形にしなければならない。積み重ねたものが、決して失われないように。

 名付けなければならない。練り上げたものが、人から評価されるように。


 そこを気にするとは、実に定跡研究者向き。ますます彼のことを気に入ってしまいそうだ。


「セブンシステム」

「セブン、システム……」

でも、でも、レイヴ流・・・・でも、なんでもいい。待ってるぞ」

「……はいっ!」


 半年後、レイヴ君の・・・・・セブンシステムを披露してくれることを願う。


 その頃には、俺のセブンシステムも進化の末に形を変えているだろう。


 研究のぶつけ合いとは、そういうものである。



「さて、と」

「ちょっと、貴方。完全に目が合っているのに無視しないでいただける?」

「バレたか」

「バレないわけないでしょう」


 面倒くさい二人をスルーして去ろうとしたが、ヴォーグに見つかってしまった。


「二等だったか」

「そうよ。惜しくもね。でも六等よりは良いわね」

「…………」


 煽りを欠かさないヴォーグに、目の下をヒクつかせるロスマン。


「で、何がいい?」

「色々と考えたのだけれど――盾術・・にするわ」

「VITとHPを上げるか。悪くない」

「余計なお世話よ」


 ヴォーグに【盾術】の習得方法を書いたメモ紙を渡すと、彼女は人差し指と中指で受け取り「どうもありがとう」と軽く礼をした。


 何はともあれ、彼女も嬉しそうでよかったな。


「ふふ……施しに尻尾を振って、おめでたいですねぇ」

「あら、挑発?」

「いえいえ。しかし私なら受け取りませんでしたよ」

「ふぅん。じゃあその六等の紙、私にくださる?」

「まさか。レイヴにあげましょう」


 ロスマンは相変わらず意地を張り続けている。

 六等の紙を渡されたレイヴは、少しも受け取ろうとせず、ただ無言で冷たい顔をしてロスマンの様子を見ていた。


 ははは、こりゃいいな。


「ロスマン、お前はなんのスキルが知りたい?」

「おや、八冠殿。私は施しは受けない主義でねぇ」

「施し施しと言うが」

「はい?」

「カタカナがわからん子供にカタカナを教えてやるのは施しなのか?」

「……な……っ」


 効いたようだ。

 見る見るうちに、ロスマンの耳が真っ赤になっていく。


 まあ、そりゃ怒るだろう。「お前らはカタカナの読み書きすらできない子供レベルだぞ」と言われれば、元一閃座様は怒るしかないに決まってる。


 ……これからだ。「こなくそ!」と思えるかどうかだ。


 少なくとも、ヴォーグはそう思ってくれているだろう。


 ガンバレ、ロスマン。






「やあやあ、セカンド八冠。こちらは楽しくやっておりますよ」


 C席を訪れると、少し陽気になったロックンチェアに歓迎された。

 よく見ると、ガラムも、クラウスも、アルフレッドも、その弟子のミックス姉妹も、テーブルにいる全員が良い感じに酔っ払っている。


 しっかし、この席は平和そのものだな。直前のB席と比べると違いがよくわかる。


「セカンド八冠。すまないが、今回は一閃座戦の出場を見送った。来季には必ずや」

「ああ。そうだったな、クラウス。じゃあ弟子入りは冬か」

「うむ、世話になる」


「弟子入り、ですか?」

「ガラム、知らなかったか? オレはセカンド八冠に弟子入りしたいと、半年前に頼み込んだのだ」

「そうでしたか……! それは良い、実にめでたい! ああ、よかった! 私は殿下がもう二度と剣を握れぬのかと危惧しておりましたが、ああ、セカンド八冠ならば安心だ!」

「おい、ガラム。飲み過ぎだぞ。それに殿下と呼ぶな。今のオレは陛下の側近なのだ」


 そうか、この二人、元は剣術の師弟関係だったか。ウィンフィルドが確かそんなことを言っていた。


 宰相の一件で斬り合ってからも、こうして仲良く話せているのは、本当に仲の良い証拠だな。雨降って地固まるとはまさにこのことだろう。


「クラウスさん、すみません。カメル神国の革命の件では、ご迷惑をお掛けいたしました」

「いや、気にすることはない。結果的に陛下とオレが忙殺されたとはいえ、あれは必要なことだった」

「あ? なんだ、アレのせいでクラウスが俺に弟子入りできなかったのか」

「ええ、十中八九そうでしょう」

「じゃあ身から出た錆……あ、ヤベッ、なんでもないわ」

「おほん! ぅおっほん!」


 俺のせいで俺への弟子入りが遅れたのか、という感じのことを言いかけて、俺が革命にかかわっていたことは極秘事項だったと思い出した。


 ロックンチェアも必死になって誤魔化してくれている。良いやつだなあ。


「ははは、気にしないで大丈夫。私も、ディーもジェイも、口外しないと誓おう。ガラム殿も大丈夫だろう」

「ですな。それに……もはやバレバレです」


 アルフレッドとガラムが言った。ミックス姉妹も首を縦に振っている。


 どうやらバレバレだったらしい。

 なぁんだ! じゃあもういいや。


「カメル神国のその後はどうだ?」

「ず、随分と急に切り替えますね……ええ、まあ、ぼちぼちです。兄が頑張ってくれています」

「何かあれば、辺境伯のスチームを頼れ」

「……何か、あるんです?」


 俺が言うと、ロックンチェアは途端に不安そうな顔をする。

 なかなか勘が鋭いな。


「カメル神国に隣接するシズン小国が、マルベル帝国によって落とされた。そしてマルベル帝国は、近々、滅茶苦茶になる」

「滅茶苦茶になるって……」

「とにかくハチャメチャになる」

「そこはかとなく怖いですね」

「国際情勢が大きく動くから、注意しとけってことだ」

「え、ええ、わかりました。ご忠告、痛み入ります」

「うん、よろしく」


 にこっと笑って席を立つ。

 去りゆく俺の後ろで、ロックンチェアは「どうなることやら……」と苦笑気味に呟いていた。






 やってきましたD席。


「せかんど! いぶ、すごい! すごくない!?」


 やってくるなりエコに抱きつかれ、よくわからないことを言われる。


 いぶが凄い? ああ、イヴのことか。


「イヴ」

「いぶ!」

「イヴ」

「いう!」


 駄目そうだ。


「何が凄いんだ?」

「あやとり!」

「あやとりか」


 ちらり、とイヴの方を見やる。

 イヴはささっと何やら手を動かして……


「え、凄ォ!?」


 凄かった。誰がどう見ても蜘蛛だ。目や関節など細部まで表現されている。


「…………」


 イヴは「フンス」と鼻息一つ、無言のドヤ顔であった。


「給料を上げてやった方がよいぞ……あの使用人、一時間半前からせがまれるままに延々とあやとりだ」

「ミーが見ていた限りでは、ディナーの間を除いて、エンドレスあやとりでした」

「あの胆力、自分も見習いたいでありますな」


 同じD席にいたカンベエとマムシとダビドフが口々にイヴを褒める。

 イヴはほんのりと頬を赤くしていた。



「セカンド様、こちらのお席へ」

「ん」


 エコがイヴのもとへと戻った頃合で、キュベロが現れ俺を席へと案内し、酒の瓶とコップを流れるように俺へと手渡した。


「阿吽の呼吸だな」


 唐突にカンベエが言う。


「何が?」

「貴様とキュベロ殿だ」


 俺とキュベロか。まあ、そこそこ長いからなあ。


 ちらりと横を見ると、キュベロは少し照れたような表情で一礼した。


「しかし、ミスター・キュベロの胆力もまた凄まじい。かれこれ一時間半、給仕に徹しておられます」

「実に根性のある使用人ばかりであります」


 マムシとダビドフは、キュベロの仕事ぶりが気に入ったようで、微笑みながら褒め言葉を口にする。


 うちの使用人が褒められるのは、嬉しい。ただ、それじゃあ足りないんだよなあ。


「キュベロは、元は義賊の若頭だった」

「ぎ、義賊の!?」

「イヴは、親に売られた奴隷だった」

「……奴隷、でありますか」


 そんな二人が、今やこうなった。いや、こうなれた。それを知ってほしい。


 努力が実を結んだなんていう言葉で片付けていい話じゃない。どんだけ頑張ったらこうなれるのか、俺には想像すらつかない。


「凄いやつらなんだ。俺の自慢の仲間だ。そこんとこ、よろしく」


 軽く酒を注ぎ合って、景品の小スキルの注文を聞いてから、俺は席を立つ。


 キュベロを見ると、目頭を押さえていた。思わず笑ってしまう。相変わらず、涙腺の弱いやつだ。






「セカンドてめぇー! どんだけ待たせんだオラァー!」

「うわっ、酒くさっ」


 次に訪れたE席では、到着するなりすっかりとできあがった前天網座てんもうざプリンスに絡まれた。


「ちょっとこれ飲んで落ち着け」

「はぁー? うわっ! むぐぐっ!」


 状態異常回復ポーションを渡して、テキトーに糸で縛って口に押し込んでおく。これでしばらくすれば大人しくなるだろう。


「あぁ~セカンド~~、待っていたぞ~~!」


 そして、一難去ってまた一難、次なる刺客に襲われる。


 デレデレとした口調で俺を抱きしめてきたのは、前闘神位とうしんいのノヴァだった。


「寂しいぞ~! 離れたくないぞ~!」


 スキンシップが激化している。

 そんなにオランジ王国に帰りたくないのか……。


「いいですね、お二人さん。お熱いようで」

「高みの見物か、スチーム」

「いえいえ。しかしオランジ王国陸軍大将閣下とキャスタル王国駐箚ジパング国特命全権大使閣下が恋仲というのは、なかなか辺境伯としては面白いところでありまして」

「高みの見物じゃねーか!」

「人聞きの悪いことを仰らないでくださいよ。私としても、帝国の行く末が気になるのですから」

「……あー、それな」

「オランジ王国との縁故は、対帝国を考えれば何より強力な武器になる。貴方はそんなことをなさらないでしょうが、私ならその武器欲しさに大将閣下へ接近するくらいには」


 確かに。オランジ王国の協力を取り付けられれば、帝国は困っちまうかもなあ。


「クハハッ! 私は自分より弱い男へは靡かんぞ」

「ええ、承知しております。ですから、セカンド閣下のような強い方を利用して取り込もうとしますよ」

「ほう?」

「ですが、セカンド閣下だけは利用してはいけない。彼を敵に回すことほど愚かなことはありませんから」

「なるほど。スチームといったか、お前なかなかに賢明だな。だが、一つだけ視点が欠けている」

「何がでしょう?」

「私を取り込んだつもりになったお前が、私に利用されているという視点だ」

「……!」


 おいおい、こんなところでガチの舌戦を繰り広げないでくれ。


「流石はオランジ王国陸軍大将閣下。実に聡明です」

「お前も少々偏屈ではあるが辺境伯としては申し分ない。これならセカンドもこの国で安全に暮らせそうだ」


 互いに評価し合って、二人の睨み合いは終わった。


 実に緊迫した戦いだったな……ノヴァが俺を抱いたままでなければ。



「ねえ、セカンド君」

「マサムネか。お、いいじゃんその着物。似合ってるよ」

「……普段なら喜んでいるところだけれどね、ノヴァさんに抱かれたまま言われてもね」

「な~んて言いつつ、顔を赤くしちゃうマサムネでした~」

「ちょっと、姉さん!」


 E席にはマサムネとアザミもいた。この姉妹、ここ数日でかなり自然に会話できるようになったなあ。お酒の影響も、少しはあるのかもしれないが。


「嫌だ! 離れたくないぞ! でも帰らないと陛下がうるさいんだ~!」

「ほら、寂しいらしいから、今くらいは」


「ボクだって寂しい!!」


 ……珍しいことに、マサムネが大声を出した。


 口にした瞬間、マサムネはハッとした顔をして、すぐさま顔を真っ赤に染める。


「ご、ごめん……」

「い、いや、俺の方こそ」


 なんだろう、この空気。やけに恥ずかしい。


 マサムネの横でニヤニヤとしているアザミが腹立たしいな……。



「おい! てめぇーコラ! いい加減、糸を解け!」

「あ、すまん、忘れてた」


 このタイミングで、酔いの覚めたプリンスから文句が飛んできた。空気が読めるのか読めないのかわからんなこいつ。


 糸を解いてやると、プリンスは舌打ち一つ、どしっと椅子に腰掛けた。


「で? 僕に聞きたいことがあったんだろ?」

「そうだな」


 先に言え、ということらしい。

 勿体ぶっていても仕方がない。俺はいきなり本題を切り出した。


「お前に“ツンデレ戦法”を教えた、リンリン先生とかいうやつのことを教えてくれ」

「リンリン先生について? なんでもいいのか?」

「ああ」


 俺が頷くと、プリンスは腕を組んでしばらく考えてから、ゆっくりと沈黙を破った。


「黒髪黒目、眼鏡で長身の寡黙な男だ。独特な訛りがあったな。あんまり顔に出ねぇータイプだ。宿屋の女がイケメンだと騒いでいたのを耳にしたことはある。僕には劣るがな」

「名前は、リンリンか?」

「いや、本名が……なんだっけか。リンジャオ、リン、なんとか?」

「そうか。やつとは、いつ頃に出会った?」

「出会ってから、一年経たないくらいだな。僕が天網座になったのが半年前だから、十ヶ月くらい前か」

「十ヶ月前に出会って、糸操術を教わったと」

「ああ。マジでやべぇーくらい糸の扱いの上手い人でさ、僕が天網座になれたのは、ちったぁーリンリン先生のお陰でもあるな」

「で、いつ消えた」

「……半年前だよ。僕が天網座になった直後に消えやがった」

「わかった、十分だ。ありがとう」


 決まりだな。訛りのある寡黙な黒髪黒目の眼鏡男で確信した。


 リンリン先生は――最高レート2670、元世界ランキング5位「傲嬌公主アオジャオゴンヂュー」のサブキャラで間違いない。



 そっかあ……あの人もこっちに来てんのかあ。


 ……是非、会いたいなあ。


「僕の番だな」

「あ? ああ、そうだな」

「会わせろ」

「は?」

「リンリン先生、知ってんなら、もう一度僕に会わせろ」


 プリンスが未だかつてない真剣な表情で言った。


 本気だ。気迫が違う。それほどに、会いたいのか。


「俺も、何処にいるかわからない。もし会えたら、お前に知らせよう」

「……チッ、わかった」


 プリンスがそこまで会いたがる男、リンリン先生。


 俺も興味が湧いてきた。傲嬌公主さんは今、一体何処で何をしているのやら。



「ご主人様。そろそろ次のお席へ。皆様お待ちになっておりますわ」


 リンリン先生のことで色々と考えていたら、シャンパーニがそんな風に声をかけてくれた。


 ああ、しまった。そんなに考えていたか。俺もそこそこ酒が回っているようだ。


「ありがとう、シャンパーニ」

「いえ」

「でも、すまない」

「?」

「お前も待たせてしまっただろう? 敢闘賞おめでとう、シャンパーニ。俺はお前を誇りに思う。これからも良きメイドであり、良きお嬢様であってくれ」

「!!」


 よし、不意打ち成功。


 彼女が敢闘賞に輝いてから、いつか言おう言おうと温めていた言葉だ。これ以上ないタイミングで伝えられて、よかった。


「……ご主人様。わたくしも、ご主人様を誇りに思いますわ。ご主人様に仕えられて、わたくしは本当に本当に幸せですの。ですから、わたくしは、わたくしのために、そして、ご主人様のために、良きメイドとして、良きお嬢様として、輝き続けたく存じます……!」


 日頃より研鑽の限りを尽くし、決して臆することなく困難へと立ち向かい、不撓不屈の心を披露する。その穢れなき敢闘精神は、大いに他の模範となり、輝かしく道を照らす。


 マインの言葉通りだ。彼女は、シャンパーニ・ファーナは、きっとその夢を叶える。きっとお嬢様になる。メイドでありながら、完全なるお嬢様に……。


「あ、おいセカンド。僕、三等だったんだ。抜刀術教えてくれよ、なぁー、抜刀術」

「…………」


 プリンスお前、やっぱり空気読めねーな。






「セカンド殿、よーやく来らか!」


 最後に訪れたのは、F席。


 シルビアが出迎えてくれたが、呂律が回っていない。少し待たせ過ぎてしまったようだ。


「師よ! いや、セカンドよ! セカンドはいつもそうだ! 私のことは後回し後回しで、他を構ってばかり! 師としての自覚はあるのか!?」

「あるよ」

「では何ゆえ放っておく!」

「お前、できが良いからなあ」

「そ、そうであったか……」


 アカネコは絡み酒か。しかし褒めたらすぐに大人しくなった。なんだそりゃ。


「あんたさぁ、そうやって会う女会う女口説いて楽しいかい?」


 呆れていると、レンコにそんなことを言われる。


「楽しい」

「救いようがないね、こりゃ」

「お気に召さないか?」

「言わなかったかい? あたいは硬派な男が好きなのさ」

「そうか」


 レンコはカランとグラスの氷を鳴らして、ふぅと息を吐き、窓の外を見つめた。


 なんか、こう、カッコつけているというか、なんというか。彼女はハードボイルドを気取っているような節がある。


 ただ、前と違って言えることは……それが、可愛らしい背伸びだということ。


 彼女が今後どうなるのか、少し楽しみだ。



「セカンド殿、あにょ二人、からいそーらら?」

「二人?」

「ほー! 二人! からいろーら」

「辛い? ローレライ?」

「ちらう! からいろーらんら!」


 ……なんか、シルビアがエコみたいになっている。


 こんなに飲み過ぎた彼女は初めて見た。昔にも飲み過ぎたことは何度かあったが、ここまで日本語がおかしくなったことはない。


 俺は状態異常回復ポーションをアカネコに渡して、シルビアの介抱を頼んだ。


 さて、二人がなんだかえらいことになっているようだが、一体どういうことなんだろうか。



「おすすめするなら、図鑑がいいかな」

「小説がいいです、物語がいいです」

「…………」

「…………」


「そうかな、わたしは図鑑がいい」

「つまらないです、退屈です」

「…………」

「…………」


「そうかなあ」

「そうです、そうです」

「…………」

「…………」


「あ、二人はどう思う?」

「どう思うです、どう考えるです」

「私は、図鑑がよろしいかと」

「僕も、図鑑がよいのではと」


「ほらね」

「残念です、無念です」



 ……なるほど、理解した。


「からいろーらら」は「かわいそうだな」か。


 グロリアから少し離れつつも、彼女の機嫌を窺うように待機している男エルフ、ケビンとニル。二人は非常に疲れた顔をしていた。確かに可哀想な顔だ。


 どうしてそんなことになっているのか。俺は真相を確かめるべく、三人に近付いた。


「あ!」

「セカンドです、八冠です」


「おう。グロリアと、シウバ」


「そう、わたしがグロリア」

「シウバです、シウバです」


「相変わらず目立ちたがりなのか」


「そうなの!」

「恐れ入ります、恐縮です」


「綺麗なドレスだな」


「うん。ありがとう」

「おめかししました、気合入れました」


 グロリアは今日も平常運転だ。


 心なしかそわそわしているが、その前にケビンとニルから話を聞いておきたい。


「ケビン先生。ニルは教師になるそうで」

「え、ええ。あ、そうだ、セカンド八冠。もう私を先生と呼ぶ必要は」

「いや、いいですよ面倒くさい。昔のように、君付けでいいじゃないですか。俺も先生と呼びます」

「そうですか……では、セカンド君と呼びましょうか」

「ありがとうございます。ところで、グロリアとなんかあったんですか?」

「……特には」


 嘘ついたな。


「おいニル。白状しろ」

「貴様! 僕にもケビンのように丁寧に対応したらどうだ!」

「嫌だよ面倒くさい。いいからさっさと吐け」

「……なんでもない」

「嘘つくなって。アレ、バラすぞ?」

「構わない。どの道、僕からは言えない」


 おいおい、そんなにか。


「まあまあ、セカンド君。世の中には知らない方が良いこともありますよ」

「フン。そうだ、ケビンの言う通りだ。要らぬ世話を焼こうとするな」


 逆に諭されてしまった。

 なんか釈然としないが……。


「ところで、セカンド。アルファの件だが、その後はどうだ」


 ニルが話を逸らすようにアルファの件を出してくる。

 まあ、仕方がないか。話題を変えてやろう。


「うちの使用人がプロムナード家まで出向いて、面会を希望したそうだ」

「ほう! それで、どうなった」

「面会拒絶だ」

「……何?」

「微塵も会う気がないらしい」

「それは、誰にもか?」

「俺の名前を出しても駄目だった」

「…………」


 つまり、俺本人が出向いたとしても、アルファの親は、俺にアルファを会わせるつもりはないということ。


 いよいよもって手詰まりかもしれない。


 残された手段はいくつかあるが、どれも強引なもの。


 奪還するか、正面突破か、大元の原因を叩くか。


 さて、どうするか……。



「わたし、一緒に行こっか」

「行きたいです、力になりたいです」


「……グロリアが? なんでまた?」



「わたし、エルフのお姫様」


「グロリア様!?」

「よろしいのですか!?」



 グロリアがお姫様だと自称した瞬間、ニルとケビンが本気の焦り顔で立ち上がった。


 むしろそのリアクションのせいで、グロリアの言葉が本当なんだとわかってしまう件……。


「お前、お姫様なのか」


「そうなの」

「偉いエルフなのです、権力あるのです」


「図鑑、読む?」

「植物です、草花です」


「……何故このタイミングで渡されたのかはわからんが、受け取っておこう」


「わぁい」

「嬉しいです、喜びです」


 ちょっと不思議空間に迷い込んだが、なんとか正気に戻った。


 確かに、お姫様に直で訪ねられちゃあ、プロムナード家も流石に無視できないだろう。


 俺は植物図鑑をインベントリに仕舞いながら、口を開く。


「頼んでもいいか?」


「うん、任せて」

「同伴です、同行です」



 こうして、何故か姫同伴でアルファのもとを訪ねることになった。

 そして、何故か植物図鑑を読まなきゃならないことにもなった。


 アルファの件に、帝国の件、ノヴァの件もある。

 まだまだ、やることはたくさんだ。


 全く、実に濃い半年だった。

 また半年後は、更に濃くなっているんだろうなあ――。



お読みいただき、ありがとうございます。


<お知らせ>

書籍版第3巻、発売中!

コミックス第1巻、発売中!!

皆!! 言わんでもわかるな!?



面白かったり続きが気になったりしたそこのお方、画面下から【ポイント】を入れて応援していただけたら最高です。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。【ブックマーク】や《感想》や《レビュー》もとてもとても嬉しいです。「書籍版」買ってもらえたり「コミカライズ」読んでもらえたり「宣伝」してもらえたりしたらもう究極に幸せです。何卒よろしくお願いいたします。


更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ん? 何でもするって言ったよね? こちらの戦力はプレイヤーが二人なら大抵何とかなる… と思ったけど、世界ランク5位か…十本の指に入る実力者なら 例え一位でも策を弄する、知人を害される等々 …
[良い点] シャンパーニの努力が報われてほんと良かった。 グロリアのわぁいかわいいな [気になる点] はよマサムネともイチャイチャしろよもどかしいなぁ!寂しいって言ってんだからそこは抱いてやれよ! …
[良い点] この帝国編が始まる前の時間、大好き。 そしてこんなにゴチャってるのに一気にまとめるウィンエモんすごすぎる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ