209 記念パーティ(上)
閉会式が終わり、夕刻。
今季もまた、タイトル戦出場者たちが続々と我が家へ集まってくる。
場所は敷地内の北西、水に浮かぶ城をイメージして建てられた豪邸の一階にある大ホール。庭園に張り巡らされている人工水路へ夕焼けに照らされた家が反射して、なんとも神々しい雰囲気だ。
今回の八冠記念パーティーの参加者は、身内を入れたら前回の倍ほどの人数にふくれ上がった。総勢三十五人である。
そのため、うちの使用人は大忙しだ。本来は参加者なはずのキュベロたちまで準備に奔走していた。
「お似合いです、ご主人様」
ユカリも忙しい中わざわざ俺の所まで来てフォーマルスーツを準備してくれた。
一方で、彼女は相変わらずのメイド服。
「ありがとう。なあユカリ、ビンゴが終わったら、少し時間を空けておいてくれないか?」
「時間を? ええ、まあ、構いませんが」
「そうか、よかった」
少し離れた場所にいたシルビアがちらりと俺を見やる。
よせって、バレるだろ! とアイコンタクトを送ると、シルビアは左上を向いて吹けもしない口笛を吹いた。誤魔化し方が下手にも程がある。
幸いユカリはシルビアのことを見ていなかったため、怪しまれずに済んだ。
……やれやれ。ユカリのやつ、喜んでくれるといいんだが。
「――準備が整いました」
そこで、キュベロが報告に来た。
よし、揃ったところで始めよう。
セカンド・ファーステスト、八冠記念パーティーを――。
* * *
「私はここのようです」
セカンドがユカリを前にヒヤヒヤとしていた三十分ほど前。
A席と書かれた案内状を持って会場に現れたのは、叡将戦出場者、第一宮廷魔術師団の団長ゼファーと団員チェリであった。
「むぅん、A席か、儂もここのようだ」
ゼファーは腕を伸ばして案内状を顔から離し、目を細めてようやくAの文字を確認する。
「老眼ですかな? ゼファー殿。いやはや困りものですな、私も最近始まりましてね」
「これはカサカリ殿。いやあ、お恥ずかしいところをお見せした」
「歳には敵いませんなぁ。私は厄介なことに近視に加えて老眼でして、眼鏡が二つ手放せんのですよ」
「ははは、儂はそろそろ腕の長さが足りなくなってきた頃合ですな」
先にA席のテーブルに着いていたのは、一閃座戦出場者カサカリ・ケララ。
ゼファーはカサカリの隣に腰かけると、楽しげに老化談義を始めた。
「あら? チェリ、久しぶり。貴女もここ?」
「あ、シェリィ様。お久しぶりです。はい、A席です」
「ふーん、私とチェリを同じテーブルにするなんて、あいつなかなかわかってるじゃない。今日は楽しみましょ!」
「はい、楽しみましょう!」
遅れてやってきたのは、霊王戦出場者シェリィ・ランバージャック。
チェリとシェリィは、セカンドにぶん殴られた一件以来、ずっと懇意である。その事実を察していたのはセカンドではなくユカリなのだが、さっそく席に着いて仲良く喋りだした二人にはもはや関係のない話。
「ほう! では次の冬季が終わった後は、ムラッティ殿も共にカレーと洒落込むか」
「せ、拙者、激しく参加したいのはやまやまなのですが、その、め、迷惑なのでワ~……?」
「そのようなことはない。セカンド八冠も大歓迎だろう。当然、私もだ」
「ほ、ほ、本当でしゅか! 失礼噛みましゅた。ぎゅほっ。せ、拙者、今から楽しみで堪りませんなぁ! いやしかし洒落た話の一つもできそうにありませんで申し訳ござりませんが……あっ、加湿器としてなら自信がありまする!」
「あ、汗で加湿するのは、勘弁してくれたまえ……」
「ちょ、すみません、はい、調子乗りましたです、はい……」
最後にA席へと向かって歩いてきたのは、一閃座戦出場者でありシェリィの兄ヘレス・ランバージャックと、元叡将ムラッティ・トリコローリであった。
二人は会場入り口で出くわし、ムラッティの持っている案内状がA席のものであることを目にしたヘレスが、共に行こうと誘ったのだ。
ムラッティは最初こそ盛大に挙動不審だったが、ヘレスのリードでやっとある程度の会話が成り立つようにまではなっていた。
これにてA席、全員集合である。
「…………」
「…………」
賑やかなA席とは打って変わって、B席は変な静けさがあった。
原因は、立ったまま睨み合うこの二人。元一閃座ロスマンと、元霊王ヴォーグだ。
何故、睨み合っているのか。理由は単純。「どちらが上座に座るか」という、ただそれだけである。
「タイトル在位期間は私の方が長いのだから、ここは私に譲るべきではないかしら?」
「現在は共に無冠ですから対等なはずですねぇ。それよりも、一閃座は霊王と比べて歴史あるタイトルですから、そちらが譲るのが筋というものでしょう」
「あら、歴史でタイトルに優劣がつくなんて初耳ですね。そもそも、私の方が年長者のはず。譲って然るべきところでしょう?」
「人間とエルフの差はおよそ五倍、でしたか。そう考えると、貴女はまだ三十歳にも至っていないのでは? 私の方が年長ですねぇ」
「…………」
「…………」
二人は、誰がどう見てもみっともない争いをしていた。
だが、こうでもしなければ、己のプライドを護れない。長らくタイトル保持者であった二人は、そのタイトルを失い、取り戻すことは叶わず、今、完全なる無冠となったのだ。
せめて、上座には座りたい。せめて、目の前のこいつには、勝ちたい。そんな子供じみた思いが、二人をこうさせていた。
「やめなよ、みっともない」
「う……ぐ……」
そしてついに、ロスマンが言われてしまう。このB席における最年少、一閃座戦出場者でありロスマンの実の息子、レイヴに。
「せやな~」
「あっ!」
「なっ!」
その一瞬の隙をついて、上座に腰を下ろした女が一人。
一閃座戦挑戦者決定トーナメント優勝者、ラズベリーベルである。
「まあまあ、お二人とも。ファーステスト家のご招待っすから、ここはファーステスト家の人に座ってもらうのがいいっすよ」
加えて、すかさずフォローを入れる男。霊王戦出場者カピートだ。
相変わらず空気の読める彼と、セカンドに似て常識の通用しないラズベリーベルによって、二人はしぶしぶ上座を諦めた。
これにて、B席、全員集合。
「ちんけな意地張り合っとる暇があるなら、情報収集でもすることやな。こんなチャンス滅多にないで?」
上座にふんぞり返り足を組むラズベリーベルが、二人を挑発するように言う。
だが、その言葉の内容は至極正しい。これほど多くのタイトル戦出場者が一堂に会して話し合える場など、他にないのだ。
「ほら、なんか聞きたいことあるやろ? うちは答えたるで」
――聞きたい。ロスマンは、心の底からそう思ったことだろう。
しかしそのような無様は、彼のプライドが許さない。つい一年前までは絶対王者と呼ばれていた男だ。絶対王者が、他人に助言を求めることなど許されない。
ゆえに、ロスマンはラズベリーベルを無視するように視線を逸らし、腕を組んで椅子に座った。
一方で、ヴォーグは。
「ちょっと、飲み物はないの?」
会場を歩くファーステスト家の使用人に、そんなことを言う。
乾杯の前に飲むというのは些か礼を失した行為だが、こっ酷く負かした相手によりによって八冠を祝えと面と向かってパーティーに誘う男よりはマシである。お酒くらい自由にさせてもらわないと割に合わない、という一種の開き直りかもしれない。
そう。ヴォーグは、酒の力を借りて質問すれば、自身のプライドは軽傷で済むと気付いたのだ。
つまり、ロスマンにほど近いプライドを持つ彼女は、そこまでせざるを得ないほどに追い詰められていたとも言える。
この二人の精神的な差は、試合の「負け方」にあった。
力を一切出せずに負けたロスマンと、力を全て出し切って負けたヴォーグ。
愛なき試合か、愛ある試合か。
セカンドの愛情は、ヴォーグにしっかりと届いていたのだ。
「ねえ。あの剣、何?」
そして、レイヴは。
肥大しつつあったプライドをラズベリーベルによって粉々に打ち砕かれたせいか、素直に尋ねることができた。
「ファルシオンの黒や」
「黒?」
「せや。ファルシオンっちゅう片刃の剣は、性能強化の様式で白と黒に分けられてな? クリティカル特化型は白色、ノックバック特化型は黒色になるんやで」
「やっぱり。歩兵でも、弾ける?」
「性能強化が六段階まで行っとったらな。五段階やとあかん」
「相殺は弾けない?」
「よう見とるなぁ自分……せやで」
「わかった。ありがとう」
ぼんやりと何処を見ているのかわからない目をした少年は、短くお礼を言って、またぼんやりと何処か遠くを見始めた。
驚くべきことに……彼は、黒ファルの特性を見抜くだけでなく、相殺までをも理解している。
確かに言えることは、彼はラズベリーベル対セカンドの試合を見るまで、相殺という現象の存在を知らなかった。
しかし今、彼は相殺を理解しているのだ。これがどういうことか。ラズベリーベルはそれを考え、背筋に冷たいものを感じた。
「ヴォーグさぁん、アクアドラゴンどうやってテイムしたんすか? テイムの方法、オレに教えてくださいよ~」
「教えるわけないでしょう」
「えー! いいじゃないっすか! セカンドさんはオレにアドバイスくれましたよ!」
「ふぅん……なんと言っていたのかしら?」
「魔物の強さと精霊とステータスが足りない、っすね」
「全てじゃない」
「うぎゃーっ!! 言わないでくださいよ!」
犬耳をしゅんとさせて嘆くカピートと、呆れ顔でグラスを呷るヴォーグ。
これではあまりに可哀想かと、ヴォーグは口を開いた。
「ステータスの上げ方だけれど……時間をかけて魔物を狩る以外、ないわ。近道なんてないのよ」
「……え……?」
「近道しようとして死んでいった馬鹿を山ほど知っているわ」
「……オレもっす。昔、冒険者やってたんで」
「そう。なら、こつこつやる以外ないって知っているわよね」
「っすね……」
「でも、あるとすれば、そうね……今日のビンゴ大会で当たりを引くくらい?」
「ア、アハハ! そりゃ違いないっすね!」
二人はビンゴ大会の景品に思いを馳せる。
今回も「好きなスキルを一つだけ教えてもらえる」という景品があるはずだと、そう予想していた。そんな彼らの予想は、パーティの後半で、ものの見事に裏切られることとなる。
「――!」
と、そんなことを話していた時、会場入り口に何かを発見したヴォーグは、目を見開くと、すぐさま立ち上がり、その場で深く礼をした。
「ど、どしたんすか?」
カピートの疑問も、無視である。
それほどの最敬礼。
一体、誰が来たというのか……カピートは、会場入り口から席へと歩くその女性の姿を見ても、どうして礼をする必要があるのか、俄かにはわからなかった。
「どうにも、男臭い席になりましたな。ロックンチェア殿」
C席には、既に男が三人座っていた。
一閃座戦出場者で騎士のガラムと、元金剛ロックンチェア、そして元第一王子クラウスである。
「ははは、僕は嫌いではないですよ。実は今朝も、セカンド八冠たちと男だらけでカレーの店に行ったのです」
「カレーか。オレも食べてみたいな」
「え……殿下、いや失礼、クラウスはカレーを食べたことが……?」
「ない」
「ないのですか!?」
「そんなに驚くことか、ガラム」
「それはもう。ロックンチェア殿はどう思われる?」
「美味しいですよ。食べましょう、クラウスさん。冬季には是非」
「お誘いありがとう。陛下に頼み込んで、予定を空けておこう」
クラウスは今や奴隷という立場にある。だが、ガラムもロックンチェアも、クラウスの砕けた口調を許した。否、そう喋る方が良いとまで言った。
この八冠記念パーティーとは、そういう場であると。身分など気にしていては、もったいないのだと。
「おや、C席にも花が添えられそうですね」
カレーの話で盛り上がっていると、C席に接近する三人組に気付いたロックンチェアがそんなことを口にする。
「私たち以外は皆お揃いか。アルフレッドだ、世話になっている。こちらは」
「弟子のディー・ミックスです」
「同じくジェイ・ミックスです」
鬼穿将戦出場者アルフレッドと、その弟子のミックス姉妹。
彼女たちは以前では考えられないような態度でお辞儀をする。
昔の姉妹の様子を知っていたロックンチェアたち三人は、目を丸くするも、何処か温かな気持ちになり、それぞれ挨拶を返した。
これにて、C席、全員集合だ。
「……やはり、その目は」
「その通り、クラウス殿。セカンド八冠に依頼し、聖女様を紹介していただいた。もっとも、今は聖女ではないようだ」
「そうか。忘れがちだが、彼女は聖女……」
「普通なら、忘れられるような肩書ではないと思いますが……あの一閃座戦を目にしてしまっては、僕も聖女ということをしばしば忘れてしまいます」
「彼女は時代が違えば一閃座として何十年と君臨していてもおかしくはない実力者だ。そしてあの美貌に、大剣の衝撃、新人賞の受賞。聖女ということを忘れても仕方がありません」
「同感だ、ガラム。オレも陛下へ全く同じ評価をお伝えした。しかし気になるのは、オレたちが剣術師としての偏見を持っているのではないかということ。そうだな……アルフレッドと、ミックス姉妹はどう思う?」
クラウスは自身がラズベリーベルを正当に評価できているかどうかが気になるようで、畑の違うアルフレッドたちに意見を求めた。
それを受けて、先に口を開いたのは、姉のディー・ミックス。
「凄い人、かしら。女の繊細さと、男の豪快さ、どちらも持っているように見えるわ。それに、常識に囚われていない。これって、誰かさんの影響じゃない?」
「ディー、失礼だ。敬意をもって呼びなさい」
「お師匠様、いいじゃないこれくらい」
「駄目だ」
「ね? 呆れちゃうでしょう? お師匠様、八冠のこととなるとこうなるのよ」
C席の面々から笑いが溢れる。
あのディー・ミックスが、他者と真っ当なコミュニケーションを取れているという事実。そんな様子を見たアルフレッドは、少しだけ溜め息を吐きつつも、温かに微笑んだ。
「ジェイはどうだ?」
「私も姉さんと概ね同意見ですが……少し、怖ろしく思います」
「怖ろしい?」
「一閃座戦の中でも明らかに頭一つ抜けている彼女が、まだ到底届きそうにない八冠は……どれだけ遠いのでしょうか」
「…………」
C席を一瞬の静寂が包む。
皆、そう思ったのだ。どれだけ遠いのか。その距離さえ掴めない現状を考えれば、恐怖に近い感情さえ湧いてくる。
「――っ!」
「――っ!」
不意に、ミックス姉妹が立ち上がった。
そして、ヴォーグと同じように、会場の入り口へと向かって深く礼をする。
一体、誰が来たというのか?
C席の全員が振り返ったが……やはり、何故頭を下げる必要があるのか、その理由に気付けた者はいなかった。
「カンベエ様、マムシ様、ダビドフ様、こちらのお席に。私は乾杯用にお飲み物を取って参ります。何かご希望は御座いますか?」
ところ変わってD席。
執事服をピシッと決めて、男三人を案内するのはキュベロであった。
毘沙門戦出場者の大黒流カンベエと天南流家元マムシ、闘神位戦出場者のダビドフは、言われるがまま席に座り、飲み物を注文せんとする。
だが、その際、三人はふと気が付いた。
「……ウェイト・ア・モーメント。思ったのですが、ミスター・キュベロもパーティーの参加者では?」
「左様。拙者らの案内は他の使用人に任せた方が良いだろう」
「自分もそれを考えていたであります」
そう。キュベロもまた、闘神位戦出場者として、セカンドからパーティーへの参加を言い渡されていた。
「有難きお言葉です。しかし、私はファーステスト家の執事でもあります。これは言わば、セカンド様に仕える使用人としての矜持なのです。お気を遣わせてしまい申し訳御座いません。ですが、ここは私に案内をさせていただきたい」
しかし、キュベロは基本的に優等生な委員長気質である。ゆえにそう簡単には給仕を止めようとはしない。その上、根底には義賊の若頭としての芯の強さがあるため、他人に何を言われようが信念を貫き通そうとする。言ってしまえば、実に頑固な性格であった。
「まあ、そう言うのであれば、拙者は構わないが……」
「彼女は、メイド服を着ていながら、パーティー参加者としての振る舞いであります」
ダビドフの視線の先には、同じD席に座るイヴの姿があった。
その隣には、エコの姿も。
「……ぁ……」
「ねこ! かわいい!」
「ぇ……ぁ……」
「いぬ! かわいい!」
「……ぅ……」
「あじ! おいしい!」
イヴが両手で糸をあやとりのようにしてなんらかの生物を形作る。
それを見てエコが感想を言う。
二人はただそれだけのやり取りを延々と繰り返していた。
「実にキュートですねぇ」
「う、うむ、まあ、可愛いな。アカネコさんほどではないが」
「可愛らしいでありますな」
三人は一様に頬を緩める。
イヴの超絶技巧なあやとりに笑顔ではしゃぐエコの姿は、誰がどう見ても可愛かった。
そして、イヴの真っ白な容姿を「気色悪い」と言うような人間は、この会場には一人としていない。
「エコ様のお相手もまた、使用人としての立派なお勤めです。では、私はお飲み物を取って参ります」
結局、キュベロは自分を曲げることなく、給仕に向かってしまう。
丁寧な物腰のくせ、相当に我の強い男だ……と、三人はキュベロの背中を見送った。
これにて、D席、全員集合。
「なんで僕がこんなところに……」
「まだ言っているんですか? 貴方なかなかに女々しいですね」
「はぁー? なんだお前、やんのかオイ」
「キャスタル王国内にて辺境伯とヤり合う勇気がお有りなら」
「……チッ」
E席には実に濃い面々が集まっていた。
ぶつぶつと文句を垂れているのは元天網座プリンス。それを冷たく嘲笑うのは千手将戦出場者スチーム・ビターバレー辺境伯だ。
「それにしてもビンゴ大会ですか。初めて耳にした時は正直言って馬鹿にしておりましたが、会場に集まった面々の表情を見ていると、どうも事情が違うようだ」
「はッ。なぁーにがビンゴ大会だよ。一億CLでもポンとくれるってのか? 馬鹿馬鹿しい」
「やれやれ、貴方はもっと目を養った方がいい」
「あぁー?」
「ヴォーグだけでなくロスマンも参加している。一億CLなど屁に思える景品なのでしょう」
「……嘘だろ?」
「あれほど手酷く負けた彼が参加する理由などそれしかない。元絶対王者が金に困っているとも思えない。となれば、値段も付けられないような景品か、はたまた……」
「はたまた……?」
「はたまた……」
「…………」
「…………」
「なんだオイ! 黙んなよ! 気になるじゃねぇーか!」
いつの間にやら、険悪な空気のなくなった二人。
そんな男たちの対面では、シャンパーニとマサムネとアザミが姦しく刀の話に花を咲かせていた。
「なるほどですわ。刀というものは、基本的には鞘に仕舞ったままですのね?」
「うん、そうだね。あえて予め抜いておくっていう変態的な技術もあるみたいだけど、ボクにはしばらく真似できそうにないかなぁ」
「私もあれは真似できないわねぇ……」
「そんなに難しいんですの? 鞘から出しておくだけ、ですわよね?」
「抜きながら斬る、これがボクたちの常識。幼い頃から寝たり歩いたりご飯を食べたりするように、当たり前にやってきたことさ」
「パニちゃんは、いきなりお箸とお茶碗の手を逆にしてご飯を食べられる?」
「それは……ええ、難しいですわ」
「ボクらの中にある常識を捨てるっていうのは、そのくらい難しいことなんだよねぇ」
「でも、楽しいことでもあるわよ~」
「……はぁ~、姉さんが言うと説得力が違うよ」
アザミは、常識を捨てるどころか、流派も家元も島も捨てて単身王都へやってきてパン屋を開いた夢追い人。マサムネが言うように、まさに説得力が段違いであった。
「ほう、面白そうな話をしているなッ」
と、そこへ更にとんでもない女がやってきた。
腹筋バキバキ爆乳赤髪ギザ歯の美人な大女、オランジ王国陸軍大将、元闘神位ノヴァ・バルテレモンである。
「常識を捨てる、か。クハハッ、永遠の課題だな」
「課題、ですの?」
「無論。私は常に挑戦を忘れぬ。常識を捨てて、捨てて、捨てて、捨て切ったとて、再び囚われるのだ。いくら捨てても足りぬもの、それが常識よ」
「流石、特別賞受賞者は仰ることが違うなぁ……ボクもそんなに捨てられたらなぁ」
「一つだけ助言をしようか」
「是非」
「率先躬行。くだらんことをうじうじと考えている暇があるなら、眼前に広がる暗闇に臆している隙があるなら、まず何はともあれ体を動かせばよいのだ。自ら先頭に立ち、直面した一つ一つを切り拓いてゆけばよい。なぁに、心配するな、力など後から付いてくる」
「……強いねぇ、ノヴァさん」
「……強いわねぇ、貴女」
「……強いですわね、ノヴァ様」
ノヴァの自信に満ち溢れた言葉に、三人は深く感心する。
これで行動が伴っていなければ滑稽な話だが、ノヴァの場合、これ以上ないほどに伴っているのだ。彼女が率先躬行した結果として、陸軍大将という肩書きと、元闘神位という冠、そしてセカンドとの関係がある。
見習うことは多そうだ、と。志の高い三人は、ノヴァを尊敬の目で見つめた。
これにて、E席、全員集合。
そして、最後のF席は。
「――っ」
「――ッ」
深々と敬礼する男が二人。
叡将戦出場者、ニルとケビンである。
「む……一体どうした?」
「なんだってんだい?」
「可笑しなことをなさる」
同じテーブルにいたシルビアとレンコとアカネコは、二人の突然の奇行に首を傾げた。
だが、段々と事態が飲み込めてくる。
ケビンが頭を下げるのはまだよしとして、今は勘当されたとはいえ元ヴァイスロイ家の一員であり、あのプライドだけは誰よりも高いニルが頭を下げている……これは、相当なことであった。
だが、誰も知らないのだ。
彼らが、彼女に対して頭を下げる理由を。
ヴァイスロイ家など比較にもならないような彼女の高貴なる血統を。
殆どの人間は、知らない――。
お読みいただき、ありがとうございます。
お陰様で、セカサブ2周年です。
重ねて御礼申し上げます。
<お知らせ>
コミックス第1巻、ただいま好評発売中!!!
書籍版第3巻は10月10日発売予定です!!!
頼んだぞ、皆!!
面白かったり続きが気になったり毎秒更新してほしかったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ちなみにブックマークや感想やレビューも嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたら更に幸せです。
更新情報等は沢村治太郎のツイッターにてどうぞ。