206 毘沙門戦 幕間
今夜の毘沙門獲得記念パーティーは、何故だかしんみりとしていた。
シルビアたちは気を遣ってか不参加、アカネコは敗北の痛みゆえか早々に自室へと退散し、エコは満腹でおねむ、ノヴァは血涙を流しながら鋼の自制心でホテルへと帰っていった。
結果リビングに残されたのは、マサムネとアザミ、カンベエとマムシという、刀八ノ国の面々。
侍同士、話題には事欠かないはずの面子だが、しかし、皆はあまり口を開こうとせず、ちびちびと酒を飲むばかりだった。
「……静かだな」
俺がそう呟いてみると、反応を示したのは男二人。
「ミスターセカンド。否、セカンド毘沙門。我々は何故、このパーティーに呼ばれたので御座いましょう?」
「マムシ殿、それはわかりきったこと。我々の傷口に塩を塗り込むために決まっていよう」
姿勢を正したマムシは、本気の顔で口にする。
その疑問に対し、カンベエは憎々しげにそう答えた。
ああ、なるほど、悔しがってんのか。だから静かなんだな。
「じゃあ断ればよかったじゃん」
「断れるか! 貴様、仮にも毘沙門ぞ!」
「ザッツ・ライト。セカンド毘沙門、こればっかりは、カンベエ殿の仰る通りに御座る」
誘いを断れない。つまり、毘沙門とは刀八ノ国においてそれほど高い地位らしい。
それもそうか……侍の犇めくあの島における、最高峰を意味する称号だものな。
ということは、彼らは精神的に参っているところを嫌々ながらに参加してくれたと。
「なんかすまんな」
「ノー・プロブレム。しかし今夜ばかりは、シーユー・ネクスタイム」
「拙者も、これにて失礼する」
二人は帰るようだ。今は飲んで食べて盛り上がれる気分じゃないらしい。
少しばかり寂しいが……それ以上に、嬉しさがあった。
彼らは「負け」を、日常生活にまで引きずっている。つまりは、タイトル戦にそれだけ熱くなっているということ。タイトル戦に多くを賭けている証拠だ。
昔の俺ならば「切り替えがなってない」とバッサリ断じていただろうその態度。だが、本物の“侍”と呼ばれる存在と幾度となく触れ合ってきた今となっては、とてもじゃないが帰ろうとする彼らを止めることなどできなかった。
「なあ……お前らは、この数日、楽しかったか?」
去り際の彼らに一言、尋ねてみる。
タイトル戦全日程参加という、刀八ノ国初めての試み。果たして、彼らにとってプラスとなったのか。島の伝統をぶっ壊した張本人としては、それがとても気になるのだ。
すると、二人は足を止めて振り返り、こう返した。
「イエス。それも……最大級に」
「……島に居るばかりでは、決して得られぬ経験と言えよう。感謝、申し上げる」
素直な言葉、だろう。
だからか、彼らはばつが悪そうな顔をして、静々と我が家を去っていった。
「ああ、よかった」
ふと、安堵が口に出る。長らく気がかりだったのだ。
「だってさ。お前らは、どうだ?」
男二人が去った後、俺は残されたマサムネとアザミの二人にも尋ねてみた。
彼女たち姉妹には確執がある。それは知っている。二人揃えば黙りがちになるのは仕方がない。
しかし、俺は彼女たちにこそ聞いてみたかった――何もかもがぶっ壊れた、その後のことを。
「ねぇ……」
先に口を開いたのは、アザミの方だった。
「……貴方、本当に、本当に……ずっと、ずっと、ずぅ~っと、そうしてきたのね……」
空になったグラスを見つめて、誰にでもなく語りかける。
「この街に来て半年間、色んなことを知ったわ。勿論、貴方のことも」
「俺のこと?」
「ええ。好きだから……って、貴方はそう言っていた。好きだからってだけで、ずっとやってきたって」
「……ああ、言ったな」
「本当だった。嘘偽りなく、完全に、本当。貴方という人は、好きだからという、たったそれだけの理由で、今までずっとやってきたんだって、半年かけて知ることができたわ」
王都の何処で俺の話を聞いたのか、それは知らないが、アザミなりに得心できる何かに触れたのかもしれない。
好きだからというだけで何かを続ける難しさを、彼女は誰よりもよく知っているはずだ。人一倍苦労してきたのだろうと、以前、試合をした時に感じた。
そんな彼女が、今、あえて言葉にしている。「貴方は嘘をついていなかった」と、認めている。いや、認めざるを得ないのか。
……辛い、だろう。誰かにできて、自分にできなかったことを、言い逃れできないほど、まざまざと見せつけられたのだから。
しかしそれは、変化のしるしでもあった。かつては指摘されるだけでヒステリーを起こし、言葉にするのも嫌だったはずのことを、今、しっかりと言葉にできている彼女は、確実に変化している。そして、今まさに、自ら変化せんと必死にもがいているように思えた。
「私ね、母様のことが大好きだった。幼いながらも、吉祥流跡取りとして、母様の期待に応えられるようにって、毎日毎日頑張ったわ。でもねぇ、私、才能がなかったのよ。誰よりも頑張ったけれど駄目だった。時が経つにつれ、母様の期待は、私ではなく妹へ、どんどんどんどん移っていくの。それが……死ぬほど苦しかった。その頃からかしら、私は抜刀術が大嫌いになったわ」
「アザミ姉さん……」
「ねぇ、マサムネ。貴女、知っていたのよね? 母様が貴女だけに期待していたこと」
「……知っていたよ。義母さんがボクに厳しくするのは期待の裏返しだって、知っていた……はずだった。でもボクは、それがどうしても妾の子を憎むあまりの加虐としか思えなかった。それだけのことを、ボクの両親はやっていたから。穢れた目的のために、ボクは育てられたから。ボクはね、生まれてはいけない子だったんだよ」
「貴女……復讐のために、吉祥流を、母様の元を離れたわけではないのね……?」
「むしろ……ボクなんかが跡を継いでは駄目なんだ。なのに義母さんは、ボクの才能に惑わされていた。抜刀術を突き詰めるあまり、才能だけしか目に入っていなかった。それでは、駄目なんだ。だから、だから……」
「貴女を失って、母様は……生きる意味を失ったのでしょうね。死の間際まで、ついに私を見ることはなかったわ」
「……っ……」
「今、思えば……悲しい人」
「……そう、だね。刀に、狂わされてしまったのかもね」
「それは、貴女も、私もよ……」
アザミとマサムネは、震える溜め息を吐きながら、目尻に浮き出た雫を静かに拭う。
そして、ふぅっと大きく息を吐き、アザミは顔を上げた。
「駄目ね、昔の話をすると」
「!」
マサムネが目を見開く。
昔の話……彼女の中では、もう、それは昔のこととして、語れるようになった。
それが、どれほど素敵なことか――ついぞ拭いきれず頬に涙を流した彼女が、一番よく知っているだろう。
「マサムネ、セカンド君。これ、食べてみて」
くしゃっと笑いながら、アザミは俺たちにパンを差し出した。
今、王都で流行っているらしい「くりいむぱん」。
俺とマサムネは、一つずつ受け取って、齧る。
ふんわりとした柔らかなパン、中には甘いカスタードクリーム。
なんの変哲もない、ただのクリームパン。
何故だか、子供の頃を思い出す、素朴な味だった。
「セカンド君。この数日、楽しかったかどうか。その質問に答えるわ」
「ああ」
クリームパンを頬張る俺とマサムネに向けて、アザミは精一杯の笑顔を向ける。
どうだ見たか! 私はこんなにも変わったんだ! と、子供が自慢するように――。
「本当に、本当に、本当に……たっっっっっのしかったっ!! 島を出てから半年、ずっと、ずっと、楽しかった! 大好きなパンづくりも、あれだけ嫌いだった抜刀術も、この誇りある街の人たちとの出会いも、全部全部ぜーーーんぶ、楽しかった!」
ぽろぽろと涙を零しながら、満面の笑みでアザミは言う。
「これが、このパンが、私の答え。あの頃の、純粋なままの、パンの味。あの日あの時、幼い私がマサムネと一緒に港で食べた、あのパンの味。私の、大好きな味……!」
「……ぅん……うん……っ!」
マサムネは泣きながら頷いて、「美味しいよ」と、掠れる声で噛み締めるように言った。
アザミが焼いたパンを、マサムネが食べたのだ。
たったそれだけのことで、どうしてこうも、目頭が熱くなるのか。
そうだな、クリームだけじゃない。言葉では言い表せないほどの思いが、その中には詰まっているんだ。
「セカンド君、ありがとう。私は、吉祥流家元アザミは、パン屋さんになりましたっ……!」
アザミが、パン屋になれた。
つい、くすりと笑ってしまうようなその報告が、じんと胸の奥に響く。
「ああ」
美味いよ、このパン。
なあ……なあ、アザミ。
お前、好きなこと、やってるなあ……!
「ご主人様? まだお休みになられていなかったのですか」
「ああ、ユカリか」
パーティを終え、寝支度をした後、ベランダで夕涼みをしていると、ユカリがやってきた。
ユカリは軽く溜め息を一つ、ゆっくりと俺の隣に並んだ。
「お疲れか?」
「いえ。ただ、その……安心、いたしまして」
安心……なるほどな。
「七世零環か」
「はい」
約半年を費やした修復作業。大きなプレッシャーだったはずだ。
しかし、ユカリはやり遂げた。完全復活である。使い心地は抜群。毘沙門戦の最中、刀が壊れるようなこともなかった。流石は、世界一位の鍛冶師。完璧な仕事だ。
「……そうか」
ふと、思い出す。
ずっと前から、いつかやろうと考えていたことだ。
「如何されましたか?」
「いや、別に」
「……怪しいですね」
「気にすんな、さっさと寝よう。明日からはビンゴ景品の準備やらなんやらで忙しいんだ」
「はあ」
少し強引な誤魔化し方だったかもしれない。
なかなか日の目を見ることのない、鍛冶師というポジション。
今季からマインが色々と新しいことに挑戦し始めたようだから、ちょうどいい。
閉会式は、何日後だったか。
八冠記念パーティーも楽しみだな。
皆、喜んでくれるといいが……。
* * *
「最優秀出場者賞・新人賞・敢闘賞・特別賞・名勝負賞、ですね……」
王宮にて、キャスタル王国国王マイン・キャスタルは、熟考の最中にあった。
「陛下、そろそろ決めていただかなければ、閉会式までの日数が」
「わかっていますよ、クラウス。ですが、これは、しかし……」
「……確かに、お気持ちは、察するに余りあるものが御座いますが」
そう。マインは、新たに創設した各賞について、盛大に決めあぐねていたのだ。
本来ならば従者として良き助言をしなければならないクラウスもまた、一度考え始めれば一緒になって悩んでしまう始末。
「うーん……っ」
前回の冬季、そして今回の夏季タイトル戦は、今までにない盛り上がりとなった。
それはキャスタル国王として、大変に名誉なことである。
だからこそ、更に盛り上げようと、新たなことに挑戦し始めたわけなのだが……。
「……兄上、どうしよう。全然決められない……」
「自分で言い出したことだ、責任を持て……と、私もそう言いたいところだが」
どうしても決まらない。
かれこれ数日間、毎夜毎夜悩んでいるが、それでも決められない。
「はぁ~っ! どうしよう、セカンドさ~ん……っ!」
「これは困りものだな……」
もういっそ誰かに選んでほしいと、そう思うマインであった。
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コミックス第1巻が9月25日発売予定!!
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