205 毘沙門戦 その4
【抜刀術】 (STR+DEX+AGI+VIT)/5.12+残SP/10^4(帯刀時火力128%)
《龍王抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な範囲攻撃
《龍馬抜刀術》全方位への範囲攻撃
《飛車抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な抜刀(単体攻撃)
《角行抜刀術》素早い強力な突き
《金将抜刀術》カウンター(単体攻撃+防御)
《銀将抜刀術》(溜めるほど)強力な抜刀(単体攻撃)
《桂馬抜刀術》移動大+抜刀(単体攻撃)
《香車抜刀術》移動+抜刀(単体攻撃)
《歩兵抜刀術》抜刀(単体攻撃)
毘沙門戦、決勝。
現毘沙門は不在のため、この試合に勝った方が【抜刀術】のタイトル「毘沙門」を獲得する。
俺と相対するは、アカネコ。彼女にとっては、待ちに待っただろう挑戦だ。
「また随分と仕上げてきたなあ」
「“プロ意識”を持てと申されたのは、他ならぬ師に御座る」
「だから褒めてんだよ。それがお前の才能だ」
「私の、才能?」
「ああ」
プロになれと言われたら、プロになれる。
アカネコは気付いていないようだが、それは途轍もない才能だ。
彼女は物事の本質を捉え核心を掴むのが上手い。ゆえに、あらゆることをすぐさま容易に真似できる。その上、忍耐力に優れているため、それが辛いことであっても弱音の一つも吐かずに徹しきる。
常人ならば、続かない。だが、彼女は続けられる。その差はあまりにも大きい。
そんな彼女に、考え得る最高効率の努力を教え、続けさせる。
なあ、想像するだけでワクワクするだろう?
「その才能は、逆に弱点にもなり得る。お前は影響されやすいから、こまめに不純物を取り除いた方がいい」
「全く、師はいつも難しい注文をなさる」
「結局、なんだかんだ言ってそれをこなせるから、お前は強くなった」
「……違いない」
そう、強くなった。
アザミ戦、マムシ戦を思い返せば、明らか。
隅々まで行き届いている。何一つ文句の付けどころがない。完璧とさえ言える。まさにプロの仕事だ。
アカネコの訓練はその殆どをミロクに任せていた。何故なら、毘沙門戦で彼女と当たるだろう俺があまりに手の内を知り過ぎていると面白くないからだ。ただ、大まかな訓練メニューはこちらで指定させてもらっている。具体的には、“ナナゼロシステム”の骨組みを既に伝えてある。無論、対策させるためだ。
仮に、あの訓練メニューをこなし、全て身に付けていたとすれば……アカネコはまだ微塵も本気を出していないはず。
ミロク曰く、開花は間近とのこと。つまりは。
「お前はもう、ミロクも認める、一人前のプロってことだろう」
「然様」
だなあ。
「――互いに礼! 構え!」
審判の号令に従って、位置につく。
アカネコはとてもリラックスしていた。
俺が「リラックスしろ」と言えば、彼女はリラックスできる。
父親であるケンシンが「余所人を斬れ」と言えば、彼女は情け容赦なく人を斬れる。
戦えと言われれば、戦った。
目を抉れと言われれば、目を抉ろうとした。
……あの島の人間は、どうしてこう、どいつもこいつも、一癖も二癖もあるのか。
まるで蠱毒のように、何十年も何百年も前から、島の中で侍同士しのぎを削り合い、強者のみが勝ち残り生き残ってきた。
その中でも一際異彩を放つ才能の塊のような彼女が、半年を経て世界を知り、急激に成長したのだ。
もはや多くを語る必要などない。
彼女は今やプロとなった。
後はプロ同士、プロの試合を魅せるまで。
「さて、蕎麦にしようか、うどんにしようか」
「ふふ。全く、好きになされよ」
全てを相手に委ねられる、信頼感。
この感覚、何日ぶりだろうなあ。
「――始め!」
さあ、試合が始まった。
ナナゼロシステムを採用しよう。
初手、飛車。
以下、奇数手目が俺の手番、偶数手目がアカネコの手番となる。
二手目、アカネコも飛車。
三手目、飛車キャンセルから龍王。
四手目、飛車キャンセルから間合い詰め。
五手目、龍王キャンセルから角行。
六手目、0.01秒遅れて角行。
結果、相殺。
「上手い上手い」
「そちらこそ」
いちいち表情を変えて過剰に反応するようなこともない。彼女は全てわかっている。
角行の突きを合わせる相殺は高等技術だが、彼女にとっては「できるからやった」だけ。
極限まで洗練された技巧も、ここまで来れば、後は淡々とこなすのみである。
七手目、銀将。
八手目、歩兵。
ほう、なかなか通好みの変化だ。
「あ、そっち?」――と、目で問いかける。
「好みゆえ」――と、目で返事が来た。
うん、好きなら仕方ない。
九手目、銀将キャンセルから香車。このまま銀将で攻めては相殺されて歩兵より硬直時間の長い俺が不利。
十手目、桂馬から後退。
「なるほど」
「はい」
アカネコの研究手が出た。十手目が難しいため「通好み」と評価していた変化だが、アカネコはこれを準備していたから八手目に歩兵を選択したのか。納得した、上手い一手だな。このタイミングで後退しながら桂馬を準備することで、俺の香車の届かない範囲から桂馬で跳ねて攻めを通そうという狙いか。
まあ、そうは問屋が卸しません。
十一手目、待機。
「あー……」
「そうそう」
当然、ナナゼロシステムはその変化も見ている。
アカネコが桂馬で跳んだ瞬間に、桂馬の範囲外へと逃れるように香車で移動すれば、後の先を取れるという仕掛け。ここでの待機で困るようでは、研究手とは言えない。彼女にはまだ何かしらの継続手があるはずだ。
そして予想通り、アカネコは一言だけ漏らし、すぐさま次の一手に移った。
流石はプロ、表情には出さないな。しかしお前が形勢をほんの少し厳しく思っていることは、なんとなく伝わってきているが……。
十二手目、桂馬でそっぽに跳んだ。
「絶妙~っ」
思わず声に出た。
彼女は実に絶妙な距離に跳んだのだ。空中で桂馬をキャンセルして、即座に龍王を準備し始めれば、阻止が間に合うか間に合わないかギリギリの距離。差し詰め「ナナゼロシステム破り」と言ったところか。彼女の温めていた変化だろう。もしくは、ミロクの中の、彼の入れ知恵か……。
十三手目、香車でアカネコに向けて移動。
十四手目、桂馬空中キャンセルから龍王準備。
十五手目、スキルなしでの抜刀、間合いを詰めながら歩兵。
十六手目、龍王キャンセルから金将。
「チキったな?」と目で聞く。
「まさか」と返ってくる。
アカネコは龍王が間に合わないと見て、カウンター狙いに変更した。恐らく、俺が二の太刀での歩兵で間に合わせにきたらこうするつもりだったのだろう。
ただ……少し、準備が早かったなあ。
十七手目、歩兵キャンセル、一歩後退から龍馬。
「!」
アカネコの眉がぴくりと動いた。
適度に開いていた間合いを逆手に取られ、「あ痛たたた!」と思ったのだろう。
阻止する手段は一つしかないが、アカネコはどうするか。
十八手目、金将キャンセルから桂馬。
そうだな。だが――
十九手目、0.67秒待機、龍馬キャンセルから銀将。
二十手目、桂馬発動。
二十一手目、銀将発動。
――これで、まず一発。
「全く、不甲斐のないっ」
「やれやれ、か」
桂馬と銀将で斬り合い、アカネコに大きなダメージが通った。
アカネコは悔しげに自分を責めるような言葉を口にしたが、その間もしっかりと体は動かしている。
俺もまた、へらへらと笑いかけながらも、血眼になって追撃を狙う。
二十二手目、納刀から金将。
二十三手目、歩兵。
二十四手目、金将キャンセルから歩兵。
二十五手目、歩兵キャンセルから香車。
二十六手目、歩兵キャンセルから銀将。
二十七手目、香車即キャンセルから歩兵。
「……っ」
ヒヤリとしただろう。今度は流石に顔に出ていた。香車のフェイクに騙されてしまったのだから、まあ、当然か。
こうなったら、もはや、どうにも止まれない。
二十八手目、銀将発動。
二十九手目、歩兵発動。
結果、相殺。
三十手目、アカネコは硬直中。
三十一手目、角行。これで――
「ありがとう」
――詰み。
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
とても良い試合だった。
観客たちも、ドチャクソ楽しんでくれたようで何より。
さて、俺の可愛い弟子を起こそうか。
「なあ、アカネコ。お前、試合中に不甲斐ないと言ったな」
「……は、はい」
彼女の口にポーションを流し込み、気絶から回復させる。
そして、起き上がったところで、彼女がここのところ気にしていただろう疑問の答えを教えてやった。
「俺と自分を比べるな。意味がない。俺との違いを探すからそんな言葉が口に出る」
「しかしながら……今の私には、どうしても何かが足りていない気がいたしまする」
「阿呆が。それを言ったら、あり過ぎる」
「…………?」
本気でわかっていない、というような顔をするアカネコ。
おいおいマジか……「何か」と簡単に言い表せるようなちんけな不足を埋めただけで、世界一位と肩を並べられるつもりだったのか?
流石は俺の弟子だ。頭トンじゃってんなぁ。
「まず、観客を楽しませる工夫が足りていない。自分が勝つことに傾き過ぎている。どちらも疎かにしていいことじゃない。どちらにも全力を出せ。次に、定跡のボキャブラリーが極めて貧困だ。もっと多くの定跡を知り、手筋を知り、応用力をつけろ。後は、ネガティブな反応が顔に出る癖をやめろ。それを自覚して逆手に取れるくらいコントロール可能ならいいが、今のままだと心の声がだだ漏れ状態だ。それから、後退する時の足の運び方が少しおかしい。兜跋流の名残か? ミロクには何も言われなかったのか? あまり良い癖じゃないな。それも直せ。さて、まだまだ山ほどあるぞ。聞きたいか?」
「の、後ほど、どうか後ほど、お頼み申し上げまする……」
大勢の観客の前で駄目出しされて、アカネコは参ってしまったのか、顔を赤くして俯いた。
……ああ、鮮明に、よく覚えている。
この腰の刀のせいか、まるで昨日のことのように感じられた。
俺の、青春の、痛い苦しい思い出だ。
「思い上がりを自覚しましたってか」
「……全く、嫌と言うほどに」
「楽になっただろう」
「……はい、不思議と」
「でも楽はするなよ。下手になる」
「はい」
「大丈夫、明日の朝には元通りさ……だが」
「はい……」
「悔しがれ。死ぬほど苦しめ。必要なことだ」
「はい……っ!」
俺の通ってきた道を、お前もまた通るんだ。
俺の弟子は辛いだろうが、お前ならやれるさ、きっと。
大丈夫、俺たちがついてる。だから安心して育ってほしい。
歯を食いしばり、瞳に涙を滲ませるアカネコを見て、俺は強くそう思った――。
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