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22 友との約束


「セカンドさん、とっても強かったんだね」


 決勝戦。

 開始直前に、マインはそのようなことを話しかけてきた。


「まあな。隠してて悪かった。軽蔑したか?」

「まさか! もっともっと好きになりました」


 いい奴だな、マイン。


「じゃあ今度王宮に連れて行ってくれ。肆ノ型を読みたいんだ」


 俺がハッキリとした声でそう言うと、マインは嬉しそうに笑って言った。


「もちろんですっ。あの、でも、その代わり……ボクと、ボクと、とも――」



「両者、構え……始め!」


 マインが何か言いかけた瞬間、審判が号令する。


 決勝戦が始まった。


「……っ!」


 マインは会話を中断して即座に切り替えると、すぐさま《風属性・壱ノ型》を詠唱する。


 俺はほぼ同時に《歩兵弓術》と《水属性・壱ノ型》を複合させ、発動準備を終えた。


 そして、互いに撃ち合った。


 このままじゃあ決着はすぐにつくだろう――俺の予想は直後に覆される。



「やあっ!」


 マインは即座に“詠唱破棄”をして、俺の放った魔術に飛び込んだ。


 大きな水の塊がマインに直撃する。マインはHPが3割ほど削れるが、それをものともせず、ダメージを食らいながら詠唱を開始した。


 こいつ、無理矢理に詠唱時間をひねり出しやがった!


 確かに、詠唱中に攻撃を食らえば詠唱は中断されるが、攻撃を食らっている最中に詠唱を行えば中断はされない。

 その特性をマインは知っていたのだ。流石は「うんちく王子」と言わざるを得ない。


 それも……この陣は《風属性・参ノ型》だ。こいつ覚えていたのか――!


「チッ」


 舌打ちひとつ、俺は次いで《風属性・参ノ型》を詠唱する。


 スキルランクはこちらの方が上だ。ゆえに詠唱時間もこちらの方が短い。



 ……結果、マインの参ノ型と俺の参ノ型は同時に発動し、相殺された。


「あ……っ」


 単純な威力の差が出る。マインは後ろによろめいて、尻餅をついた。


「負けちゃいました」


 彼はそう言って、悲しげに笑った。降参宣言だ。


「勝者、セカンド!」


 審判の判定が下る。



 ……駄目だな。こんなんじゃ。


「おい、どうして笑ってるんだ?」


 俺は内心で自嘲したのち、マインに突っかかった。

 態度で示す必要があった。


 対局の前に、こいつは言おうとしていた。青臭くて照れ臭くて、ついつい笑って誤魔化しちまうようなことを、拳を握りしめて、頬を赤らめて、大真面目に、だ。


 答えてやらないといけない。

 今までは「まあいいか」と見逃していたこいつの軟弱さを、包み隠さず指摘してやらないといけない。

 それが心を許し合うってもんだろと、そう思った。


「えっ……だって、セカンドさん強くて」

「いいや。お前の参ノ型が五段以上だったら俺は負けていたかもしれない。危ない場面ばかりだった。俺はお前を無意識に侮っていた。そこに強さなんて微塵もないぞ」

「……でも、とっても強いじゃないですか」

「違う。悔しくないのかっつってんだよ。侮られた相手に負けたんだぞ。悔しくないのかよ」

「いや、別に、それは」

「自分を騙すな。ここで悔しくなかったらお前、一生そのままだぞ」


「…………」

 マインは黙り込む。



 不意に、パチパチと拍手の音が近寄ってきた。


「素晴らしい指摘だセカンド君。君の言う通りだ。我が愚弟にはその気概が足りない。オレは常々言い聞かせてきたのだがな」


 やはり。現れた。

 それは金色の長髪を後ろで束ねた鋭い目の美男、クラウス第一王子だった。


 クラウスは俺の方を見ると、余裕の笑みを浮かべて口を開いた。


「君の腕前、見させてもらった。実に良い腕だ。特別に許可をする。オレの下に付き、指揮を学びたまえ」


 ざわり……周囲の人々が驚きの声をあげる。


 クラウス第一王子の直属に付くということは、第一騎士団幹部の地位が約束されるということ。ひいてはクラウス新国王が誕生した暁には、更なる大出世が約束される。


 とんでもないことだ。俺にだって分かる。

 この公衆の面前で勧誘したということは、これが第一騎士団長としての正式な勧誘であり、クラウス第一王子が俺の実力を公に認めたというこれ以上ない証明となる。


 だが、逆に。

 この勧誘を断るということは、クラウス第一王子を敵に回すと大勢の前で宣言することと同義となる。


 ――断れるワケがない。誰もがそう考える。


 クラウスはそれを狙っていたのだ。


 まともな人間には、断れるはずのない勧誘。


 そう、まともな人間には。



「嫌です」


 たった一言、俺はそう返した。


「何だと?」


 クラウスは聞き返してくる。


「い・や・で・す」


 再度、俺はゆっくりと言ってやった。


 マインはぽかんとした顔でこっちを見ている。

 大丈夫だ。俺は予想していた。俺のせいでクラウスがお前をボコせなくなった段階で、どうせこんな感じで取り込みに来ると分かっていた。だって、あの騎士団の一番上だぜ? 同じ手が二度も通用するほど世界一位は甘くない。


「…………~ッ」


 クラウスの顔がみるみる赤くなって行く。怒髪天を衝くとはまさにこのことだろう。


 しかし、怒れまい。


 ここは公衆の面前。

 勧誘を断られたからと取り乱すようでは、王の器ではない。


「……いいんだな?」


 クラウスは真っ赤な顔でそう言った。


 ここで俺は用意していたジョーカーを切る。


「対局の前に、マインと約束しました。今度王宮へ伺うと」


「――っ!」


 マインの目が見開かれた。


 そう。この場でのこの言葉の意味は、「俺は既に第二王子の傘下にある」という宣言。


 つい数分前、確かに約束を交わした。それは近くにいた審判が証明できる。


「ッ……そう、なのか?」


 クラウスは額に青筋を立てながら、マインと審判へと視線をやる。


 マインはこくりと頷いた。

 審判も深く頷くように頭を下げる。


「……そうか」


 第二王子と俺との間には、既に契約があった。


 そこへ割り入って勧誘をするということは、すなわち、公の場で「引き抜き」を行おうとしたことになる。それはマナー違反だ。


 引き下がらざるを得ない。形勢は逆転した。


「非常に、ザンネンだ。では、今後とも精進をしたまえッ」


 クラウスは赤い顔を更にどす黒くして去っていった。



「セカンドさん……」


 マインは頬を染めてこちらを見上げている。

 こいつ、さっきまでの説教をすっかり忘れてやがるな。


「さて、説教の続きだぞ。そうだなぁ、お前が悔しいと感じるようになるまで俺と対局でもやるか」

「……え、えぇーっ!? 勘弁してくださいよ! 勝てるわけがないよ!」

「バーカお前、そういうところが駄目なんだよ。だから軟弱貧弱の愚弟って言われるんだ」

「そんなぁ、酷いですよ……セカンドさん、やたらボクに厳しいですよね。まるで兄上みたい」

「一緒にするな」

「えっ……?」

「友達だからだ、馬鹿野郎」


 俺はマインの頭にごつんと拳をぶつけた。

 痛かったのか、マインは目の端に涙を溜めながらも、出会ってから一番の笑顔で「はい!」と言って頷いた。




  * * *




「クソッ! マインめぇ……!」


 クラウスは校舎の中に入り、忌々しげに弟の名を吐き出しながら校長室へと向かっていた。

 愚かな弟に先を越される。たったそれだけのことで、クラウスのプライドはずたずたに引き裂かれたのだ。


「ポーラ・メメント! いるんだろう!?」

「落ち着きになってください、クラウス殿下」

「うるさい! さっさとあのセカンドとかいう気色の悪い輩の情報を全て渡せッ!」


 王立魔術学校校長のポーラは怒り狂う第一王子に溜め息をつき、机の引き出しから一束の資料を取り出した。


「よこせ!」

 クラウスは資料をポーラの手から奪い取ると、その場で目を通す。


「……これだけか!?」


 そこに書かれていた内容は、セカンドが校内でどのように過ごしていたかという程度の些細な情報だった。


「幾分、謎の多い人物です。彼の出身であるジパングという島国についても、何ら明らかには」

「く……そ、がァッ!!」


 クラウスは資料を床に叩きつけ、校長室を後にした。



「やれやれ、癇癪持ちとは聞いていましたが」


 ポーラは呆れながら床に散らばった資料をまとめる。


「……しかし、セカンド君。彼のことはよく調べなければなりませんね」


 俯いた顔に掛かる黒縁の眼鏡が、怪しく光っていた。


お読みいただき、ありがとうございます。


次回はおまけの閑話です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エコに続いて、マインも小動物みたいだな。王子なのに
[一言] 色々目をつけられちゃったなぁ
[良い点] 〉〉友達だからだ、馬鹿野郎 イッケメン……
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