204 毘沙門戦 その3
【抜刀術】 (STR+DEX+AGI+VIT)/5.12+残SP/10^4(帯刀時火力128%)
《龍王抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な範囲攻撃
《龍馬抜刀術》全方位への範囲攻撃
《飛車抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な抜刀(単体攻撃)
《角行抜刀術》素早い強力な突き
《金将抜刀術》カウンター(単体攻撃+防御)
《銀将抜刀術》(溜めるほど)強力な抜刀(単体攻撃)
《桂馬抜刀術》移動大+抜刀(単体攻撃)
《香車抜刀術》移動+抜刀(単体攻撃)
《歩兵抜刀術》抜刀(単体攻撃)
「や。久しぶり、セカンド君」
俺に向けてひらひらと手を振る男装の麗人マサムネは、以前見た時よりも幾分か黒髪が伸びていた。
しかし、一センチか二センチか、ほんの僅かな長さだ。しばらく会っていなかったからこそ気付ける程度のものである。
「ああ、久しぶり……その髪、伸ばしてるのか?」
再会したらなんと言おうかと色々考えていた俺だったが、何故だか最初に口から出た言葉はそんな他愛もないことだった。
「……君、わざとやってるんじゃないだろうね? そうだよ、伸ばしてる。気付いてくれたの、君だけだなぁ」
マサムネは照れるように頬を赤くして、伸びていてもまだ女性にしては短いその綺麗な髪をさらりと撫でる。
その仕草は、男装していながら、まさに女性そのものだった。
「じわじわ作戦か」
「そう、じわじわと、ね。君が教えてくれたんだ」
花壇の花の色の変化にたとえたあの作戦、じわじわと遂行中のようだ。彼女が弁才流の王子様でなくなる日も、そう遠くはないのかもしれない。
「でもね、セカンド君。ボクの中には、じわじわとではなく、がらりと変わったことが二つある。これには気付いているかい?」
二つ。二つもか……難しいな。
「暗示としては、そうだなぁ」
俺が腕を組んで考えていると、マサムネはそう言って、ぷくっと頬を膨らまし、言葉を続けた。
「色々と君の噂を聞いたよ。三人も愛人がいるんだってね? それもつい昨日、三人目を射止めたとか……英雄好色と言うけれど、王様でもないんだからほどほどにしておきなよ?」
「なるほど、一つ目は俺の印象か。だがその噂は少し間違っている」
「へ?」
「愛人じゃあない。全員マジのつもりだ」
「……き、君はどうしてそう……そしてボクはどうしてまだこんなやつを……」
マサムネは額に手をあてて、ぶつぶつと呆れるように呟く。
すまんな、マサムネ……自分の“好き”は、どうしたって誤魔化せない性分なんだ。ガキの頃から。
「――互いに礼! 構え!」
今回もナイスタイミングで号令がかかった。
審判さん、前からそうだが、空気を読むのが上手いな?
「残りの一つは、これから教えてくれるのか?」
「うん。セカンド君、喜んでくれるといいんだけれど」
大方の察しがついた俺は、マサムネにそう問いかけてみた。
マサムネは、微笑みながら腰の刀に手を添える。
「暗示としては、こうかなぁ」
位置について、向かい合う。
瞬間――真夏の蒸し暑い空気が、凍てついた。
「今や、刀八ノ国最強は……ボクだよ。明確にね」
「――始め!」
面白い。
最高の煽りだ。期待と、不安と、悦楽が一つになって、瞬時に血液が沸騰するようだ。
彼女はお望みなのだろう。ならばそれに応えるが世界一位の流儀。否、侍の礼儀か。
篤と味わえ――“セブンシステム”。
「来たねっ」
そうだ。初手は《龍王抜刀術》。溜めるほど威力の上がる範囲攻撃スキル。
対応は、距離をとって回避するか、発動前に潰すか、二択。
マサムネは、斜め横方向へと疾駆して、間合いを詰めながら俺の側面へと素早く回り込む。龍王を回避しながらも隙を突こうという一石二鳥の狙いか。
「最善」
俺はきっかり一秒待ってから、龍王をキャンセル、《角行抜刀術》の準備を開始する。
前方向への抜刀から抉るような突きをねじ込むスキルだ。銀将以下のスキルでは受けられない。
「!」
マサムネは俺の角行に気付くや否や、《金将抜刀術》を準備しながら……退いた。
「随分と慎重だな」
「いやあ、様子見。それに、今ので斬り合って勝てる自信はないよ」
「そうか」
ここでの金将は次善手。金将のカウンターを用意して、相手の出方を窺う狙い。なかなか手堅いが、悪く言えば消極的で弱気な一手だ。
しかしマサムネは、金将を準備して、そこから更に退いた。これでは流石に慎重すぎると言える。
ただ、決して悪くはない。PvP上級者は、定跡を離れた際には必要以上に安全マージンを取ろうとすることが多い。セブンシステムが初見にほど近いマサムネは、ここで無暗に勝負するよりも、大きく退いて仕切り直しを選んだ方がプラスになると考えたのだろう。
ああ、そりゃあ、良い勝負勘だ。
「ね、セカンド君。こんなことを考えたことはあるかい?」
「どんなことだ」
「努力する天才と、超天才、どっちが強いと思う?」
……ある。
世界一位の頃、大勢のプレイヤーから戯れに散々聞かれた類の質問だ。
努力する凡人と、天才、どちらが強いか。
答えは後者だ。それも、圧倒的に。
だが、マサムネの質問は、なんだかおかしかった。
天才が、まるで前提のように聞こえる。
ただ、俺の答えはそれでも変わらない。
「後者だな」
「へぇ!」
「どうせ、天才だろうと超天才だろうと限界まで努力することになる」
でなければ、世界一位には到底敵わない。
「わかるよ。ボクもそう思う。死ぬほど努力したから」
「だろうなあ」
「でもね、その限界を突破する方法が、一つだけあったのさ」
「……ほー」
「教えてほしいかい?」
「是非とも」
軽々しく言っているわけではないと、容易にわかる。彼女の生い立ちを少しでも考えれば。
吉祥流を乗っ取るための道具として男のように育てられ、生まれたその時から裏切りを強要され、親しい人々を欺きながら成長し、憎悪と敵意に囲まれる中で成熟し、ついには弁才流として独立した。
その努力は悲しみに溢れている。そして、常に、希望にも。
大きな夢を胸に抱き、限界まで努力し続けてきただろう彼女が……限界を突破した。
そんなことが、有り得るのだろうか?
「たった一つの、ボクだけの、ボクの初めての、とっても大きな心の芽生えさ」
仕切り直し、再度開いた俺たちの距離。その間合いをじわじわと詰めながら、マサムネは晴れやかに笑って、口にした。
「こんなにも大好きになれた。抜刀術も、ね。全部、君が教えてくれたことだよ」
「…………」
「ボクの傘は、君に奪われたまま。その傘、永久に、君にくれてやろう……!」
突如、踏み込み、姿勢を下げる。
急激に詰まった間合い。一つの予断も許されない状況。
「――弁才流奥義、花水木」
先手を取ったのはマサムネだった。
《香車抜刀術》。二歩一撃と呼ばれる瞬間の移動と、鋭い抜刀がセットになったスキルを、その移動範囲のギリギリで準備する。
さて、受けるか躱すか、どうするか。
銀将で潰すという選択肢もあるが、間に合うかどうかは少々の賭けになる。そのくらい、絶妙な間合いどりだった。
流石は奥義! と称賛したくなる。
「じゃあ――」
俺は《飛車抜刀術》を溜めながら、斜め右後方にすり足で移動した。
躱しながら反撃を用意し、場合によっては受けに対応する一手。常に複数の狙いを持つ、基本だ。
「――!?」
直後、思わず目を見開く。
マサムネの香車は、俺が飛車を準備し始めた瞬間から《桂馬抜刀術》へと切り替わっていた。実に自然な転換、見事だ。
桂馬は香車よりも更に大きく跳ねて移動し抜刀するスキル。このままでは、こちらの飛車が間に合わないどころか、躱すこともできない。
……魅せてくれる。その奥義、三手一組の手筋だったか。
セブンシステムを仕切り直されたからと拗ねている場合ではなさそうだ。
「!」
俺が後追いで《香車抜刀術》の準備を始めると、マサムネは僅かに反応を見せた。
超天才のお前のことだ、この一瞬で、先まで読んだのだろう。
そう、この香車は、あえてそっぽに移動して、お前の桂馬を躱すために準備した。だが、それだけではない。
お前がそれを見越して桂馬をキャンセルし、他のスキルに切り替えた際、それを潰すための矛にもなっている。
さあ、お前に残された手段は二つだ。どちらを選ぶ――
「 」
――いや、そうか。
ああ、そうか! うっかりしていた。なんということだ。傲慢にも俺はまだマサムネを見縊っていた。
同じく香車を準備して躱すか、金将のカウンターを準備する。それしかないと、思い込んでいた。
まだ、一つだけあるではないか!
桂馬で跳び、空中でキャンセルし、歩兵を準備するという手が……!
「取ったっ!!」
桂馬で跳んだマサムネが、《歩兵抜刀術》を準備しながら、大胆にも宣言する。
お前には後手が向いている――そんな俺のアドバイス通り、彼女は華麗に後の先を取って、勝ちに来た。
なんと、五手一組。ミソは、最初の絶妙な間合い。
凄い、まだこんな手筋があったとは! ああ、毘沙門戦、実に奥が深い……!
「え」
不意に、マサムネが素っ頓狂な声をあげる。
理由はわかるぞ。俺が香車をキャンセルし、なんのスキルも準備しないまま抜刀したからだ。
そして、抜刀しながら、《歩兵抜刀術》を準備することによって――
「嘘……」
――対応が間に合う。
七世零環の赤黒い刀身が、マサムネの歩兵を受け止め、弾き合った。
マサムネは混乱しているようだ。間に合うわけがないと思っていた歩兵への対応を間に合わされたのだから、仕方がない。
仕組みは単純。二の太刀の方が、抜刀より発動が僅かに早い。だからスキルなしで抜刀だけ行い、繰り出す歩兵を強引に二の太刀にしてやった。それだけのことだ。
抜刀ボーナスの128%で、本来なら俺の方に若干のダメージが通って然るべき状況。だが、ステータス差のせいでむしろマサムネがダメージを受ける始末。つまらないな。ここは、俺が喰らったことにしておこう。もしも最後に俺がこのダメージ分以下のHPになったら、潔く投了すると誓う。
さて、互いに納刀し、再び間合いを取って仕切り直しだ。
「面白いなあ――」
全く、本当に面白い。
貴方が好きで好きで堪らなかった【抜刀術】は、これほど面白い。
貴方が命を賭す価値があると信じた【抜刀術】は、紛れもなく本物だ。
ご覧あれ。貴方が育んだ彼ら彼女らは、こんなにも成長した。
そして、これからも。
俺が、その遺志を継ぐのだ。
まだまだ楽しめる。まだまだ育成できる。
最後は、胸を張って死ねるよう、あいつは立派に死んだと言われるよう、俺が皆に遺せるものは、これしかない。
全ては“好き”でできている――。
俺も、貴方も。さあ、共に戦おう。
見ているか、皆。感じているか、皆。
貴方の好きの結晶が、俺たちの熱く激しい青春が、あの頃に戻ったように、今、再び、眩いばかりの輝きを取り戻す……!
――篤と御覧じろ、“ナナゼロシステム”!!
「!!」
初手、《飛車抜刀術》。溜めるほど強力な抜刀。
二手目、マサムネは《金将抜刀術》のカウンターで対応を見せる。
三手目、飛車キャンセルからの、《龍王抜刀術》。範囲攻撃スキルのため、金将では防げない。
四手目、金将キャンセルからの、斜め横方向への疾駆。
ここで手順的にはセブンシステムと合流した。セブンシステムではこの後、一秒待機で龍王キャンセルから角行準備で、マサムネが以前と同様の考えなら金将を準備しながら後退する流れになるだろう。
だが、一つだけ違うのだ。初手に飛車を挟んだ、この一手の意味。これこそが、ナナゼロシステムの骨子。
「ぇ、あっ……!!」
遅れて、気が付いた。
俺は一秒待機せず、龍王をキャンセル、《角行抜刀術》の準備を開始する。
マサムネは、急いで《金将抜刀術》を準備したが……上手く繋がっていない。
そう、同一スキルのコンボ、すなわち金将キャンセルからの金将は、ほんの僅かな遅れが発生する。
……マサムネへと迫る角行。彼女の金将は、コンマ数秒、間に合っていない。
慎重を期してセブンシステムを観察してしまったのが、逆に良くなかったな。
「…………あぁ……」
もはや取り返しのつかなくなったところで、マサムネは柔らかに微笑むと、自身の敗北を受け入れた。
定跡というものは、常に進化し続ける。人と人との間で、じわりじわりと育まれる。
勝負は決して一人では成り立たない。
ありがとう。彼の過ごしたあの島にて生まれ育ち、限界を超えた努力を経て成長したお前だからこそ、ここまで楽しい勝負ができた。
俺から、0k4NNさんへ、そして、マサムネへ、観戦している皆へ、敬愛の念をこめて、この定跡を編み出し、新たな名を付け、披露した。
此の世と彼の世を繋ぐ、俺の、俺たちの、魂の定跡だ。
今後、一生涯、【抜刀術】におけるセカンド・ファーステストの定跡は、この名と共に進化する。
彼の生きた証と共に、俺が育成し続ける。
皆、心に刻み込んでくれると、嬉しい。
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
お読みいただき、ありがとうございます。
<お知らせ>
コミックス第1巻が9月25日発売予定!!
書籍版第3巻が10月10日発売予定!!
みんな、ぜってぇー買ってくれよな!!!
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