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203 毘沙門戦 その2

【抜刀術】 (STR+DEX+AGI+VIT)/5.12+残SP/10^4(帯刀時火力128%)


《龍王抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な範囲攻撃

《龍馬抜刀術》全方位への範囲攻撃

《飛車抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な抜刀(単体攻撃)

《角行抜刀術》素早い強力な突き

《金将抜刀術》カウンター(単体攻撃+防御)

《銀将抜刀術》(溜めるほど)強力な抜刀(単体攻撃)

《桂馬抜刀術》移動大+抜刀(単体攻撃)

《香車抜刀術》移動+抜刀(単体攻撃)

《歩兵抜刀術》抜刀(単体攻撃)



「またこうしてアザミ姉様と向かい合える日が来るなど、思いもしませんでした」

「私もよ、アカネコちゃん。それも、兜跋とばつ流と吉祥きっしょう流ではなくて、ただの侍として向かい合うなんてね」

「不思議です」

「ええ、本当に不思議」


 闘技場中央で対峙する二人の侍は、少しの言葉を交わした後、どちらからともなくくすりと笑った。


「変わられましたね、アザミ姉様。こう言っては失礼かもしれませぬが……憑き物が落ちたようです」

「自分でもそう思うわ、ここのところ特にね。面白いのよ? あれだけ嫌だった抜刀術、最近は何故か楽しく感じるの」

「然様ですか。ゆえに、今季も出場を?」

「うーん、そうでもあるけれど……今お世話になってるお店の子がね、絶対に出なさーいって言うのよ。宣伝になるからーって」

「ふふっ、良き出会いに恵まれましたね」

「ええ。でもそれは貴女もよ、アカネコちゃん」

「……はい、まさしく。自身でも信じられぬほどの成長を遂げました」

「あら、それは……とっても楽しみねぇ」



 二人の間にあった和やかな雰囲気は、次第に熱を増し、ついには燃え尽き風に飛ばされる。


 代わって現れるは、侍と侍の、灼けるような闘志の奔流。


 刀に賭けた者同士、刀を引っ提げ向かい合えば、こうなるが宿命。


 侍として生まれた宿命である。



「――互いに礼! 構え!」


 位置につき、心穏やかに黙して立つ。



 無情にも、勝負は一瞬。その一瞬の煌きの儚さこそが、抜刀術というもの。


 二人はそれを身に染みて知っている。


 お互いに、人生を抜刀に支配されてきたと言っていい境遇。

 兜跋流次期家元と、吉祥流家元。


 それが今や、ただの侍。

 背負うものなど、何もない。


 ただ前を見据え、刀を振る一人の女。

 一瞬の煌きに、期待こそすれ、不安を感じる必要など、ない。


 無情な儚さは、今、形を変える。


 二人が見たこともない、鮮烈で情熱的な、興奮のエンターテインメントへと。



「アカネコちゃん、楽しみましょう!」

「はい。でなければ、意味などありませぬゆえ……!」



 再度、視線を合わせ、二人は笑う。


 屈託のない、満面の笑みであった。




「――始め!」


 開始の号令と同時に間合いを詰め、スキルを発動する。


 アカネコは《桂馬抜刀術》の準備、アザミは半身になり鯉口を切って待機。


 アザミは後手を選んだ。後の先を取った美しき勝利。それが、吉祥流の極意である。

 対するアカネコは先手を選んだ。兜跋流は攻めの抜刀術。一撃必殺こそが極意である。



 ……だが。



「なんてねっ!」

「だと思いました!」


 アザミは突如として接近し、屈むと、《銀将抜刀術》を発動する。


 アカネコは、その奇襲を読んでいた。相手に合わせるようにして桂馬をキャンセル、即座に《銀将抜刀術》を準備する。


 幼少の頃より、何度も手合わせをしたことのある二人は、互いの手の内などわかりきっていた。だが、この半年の、互いの変化については、あまりにも予想がつかない状況であった。


 そのようなことは、未だかつてない。同じ島に暮らしていた頃では考えられないこと。だからこそ、二人はこう考える。起こるとしたら、既知を丸ごと覆すような、とても大きな変化だろうと。


 結果は、二人の予想通りであった。


 互いに流派を捨てていたのだ。否、あえて流派の型を出さなかった、と言い表すべきだろう。


 手を抜いているわけではない。これまで培ってきた抜刀術の型、それを崩しているにもかかわらず実力を発揮できるようになるまで、二人の抜刀術は成熟したのだと、そう言い換えられる。すなわち、地力の底が上がったのだ。


 ほぼ一撃で決まってしまう抜刀術。これほど繊細なスキルを用いて、戦型に囚われず楽しめるのは、上級者のみに許された特権なのである。


 つまるところ……。



「流石ね。彼に習っているだけはあるわ」

「そちらこそ、パンを捏ねてばかりではなかったようですね」


 口角を上げ、挑発する。


 そう。開幕前の言葉通り、二人は試合を楽しもうとしていた。



 銀将をぶつけ合い、鍔迫り合いをする二人の視線は、抜き身の刀のように鋭い。しかしその口元は、心の奥底から湧き出る楽しさに、思わず笑みを浮かべていた。


 何千人という観客の前で、血の滲むような思いで一つ一つ積み重ねてきた技巧を存分に披露する。それがこんなに楽しいことだとは、二人とも考えてはいなかったのだ。


 非常にワクワクしていた。


 兜跋流を経てセカンドに弟子入りし成長したアカネコが、吉祥流を捨て我流の道に目覚め進化したアザミが、何を繰り出すのか。互いに、楽しみで仕方がなかった。



「では、ご覧に入れましょう!」


 不意にアカネコが力を込め、アザミの刀を弾く。


 直後、アカネコは《飛車抜刀術》の準備を開始し、緩やかに間合いを詰め始めた。


「っ!」


 アザミは気付く。それはかつて、セカンドが見せた技。

 そのセカンドに師事しているアカネコが、習得していてもおかしくはない。


 そして、やはりと言うべきか、アカネコは間合いギリギリで突然に飛車をキャンセルし、姿勢を低く保ちながらくるりと背中を見せた。


 ――次に、恐るべき速さの銀将が来る。それは、知っていた。



 だが、アザミは、何故か……スキルを一切準備せず、左に一歩だけ移動した。



「!!」


 が、空を突く。


 アカネコは、ここであえて銀将を発動せず、鞘での奇襲を狙ったのだ。


 それは、兜跋の道場にて、アカネコがセカンドにやられた技。銀将が来ると身構えていればいるほど、回避し難い奇襲である。



 しかし、アザミはそれを読んでいた。ゆえに最小限の動きで躱しながらスキルを準備し、鞘を突き出して隙ができた状態のアカネコへ向けて《角行抜刀術》を発動する。


 アカネコの腹部はがら空きだった。角行は抜刀を正面で止め、その状態から手首を返して素早く突き入れるスキル。そのあまりにも鋭い突きは、隙を露呈したアカネコに躱せるはずもない。



「……!?」


 そこで、アザミは初めて、新たなる事実に気が付いた。


 鞘の奇襲には……続き・・があったのだと。



「躱されると、思っておりました」


 アカネコの呟きに、アザミは自身の敗北を悟る。


 アザミは既に、抜刀してしまっていた。

 もはや止めることはできない。



 一体いつの間に――アカネコは《金将抜刀術》の準備を完了・・していたのか?


 鞘で突いた後? であれば、間に合うはずもない。そう、恐らくは、鞘で突く前、くるりと回転した時であろう。


 金将はカウンター効果を持つスキル。そこへ攻撃を加えてしまえば、なすすべなく反撃を受けることになる。


 だが、それがわかっていても、今更どうすることもできなかった。



「あ~らら」


 アカネコに角行が到達した瞬間、金将のカウンター効果が発動し、アザミの角行は無効化。直後、アカネコは抜刀し、反撃分の火力が乗った状態で、アザミの首を斬りつけた。


 鮮血が舞い散る。致命傷だ。そして、気絶する寸前、アザミは思い至る。



 アカネコの読みが、自分の一つ上を行っていたのだと。


 くるりと回転した瞬間。あの時点から、アカネコは金将の準備を開始し、この結末だけ・・を見ていた。


 試合を開始するよりも遥か前から、この一連の流れを、鞘の一撃を躱され、その後に角行で切り返されることを、読んでいたのだ。ゆえに、それほど前から金将を準備できた。金将を準備しながら、然も不意の一撃と言わんばかりに鞘を突き出せた。


 ……恐るべき戦闘センス。セカンドが欲しがるのもわかると、アザミは微笑を浮かべて納得する。



「――それまで! 勝者、アカネコ!」



 倒れ伏すアザミと、納刀するアカネコ。


 ほんの一瞬の間を置いて、盛大な拍手と歓声が二人を包み込んだ。


 たったの一撃で、勝敗が決する。何処か味気ないようで、その一瞬の駆け引きは、他のどのスキルよりも濃密で、味わい深い。


 観客たちは、この二戦で、早くも毘沙門びしゃもん戦の楽しみ方を心得た。



「ありがとう御座いました」


 退場の際、アザミと闘技場へ向けて一礼をするアカネコは、一人こう思う。


 実に楽しかった――と。


 兜跋流を出てより、公の場での、初めての真剣勝負。


 彼女は、自信を持って、心の底からそう思えた。


 そしてそれは、観客もまた同様。


 彼ら彼女らの抜刀合戦は、エンターテインメントとしても大いなる成長を遂げ、今にも一流となりつつあった。


 誰もを楽しませ、誰もが楽しめる。それこそがアカネコの目指す新たな抜刀術であり、長らく追い求めている、今は遠き影。


 完成の時は、近い。







「――ハロー、ミズ・アカネコ! ナイス・トゥ・シー・ユー! この場で相見えること、嬉しく思います!」

「は、はあ……マムシ殿こそ、本日も元気そうで何よりです」

「イェア! ミーはいっつも元気に御座る!」

「然様ですか」


 毘沙門戦準決勝第一試合、マムシ対アカネコ。


 マムシはテンションの高くない日はないような男だが、今日はいつにも増してテンションが上がっていた。その証拠に、ご機嫌な形のサングラスをかけている。


 それもそのはず、これほど大勢の観客の前で、彼の“ホップヒップ抜刀術”を披露できるのだ。テンションが上がらないわけがなかった。



「互いに礼! 構え!」


 挨拶もほどほどに、審判の号令がかかる。


 アカネコは、マムシを苦手としていた。


 会話もそうだが、何よりそのおかしな・・・・抜刀術を。


 茶色いドレッドヘアのグラサン侍、マムシ。誰がどう見ても、ふざけた輩に見えるだろう。だが……彼は、こう見えて天南てんなん家元・・。前回トーナメントでは、四位の実力者である。


 変幻自在と恐れられるその抜刀術、正統派ほど嫌がるだろう。



「――始め!」



 しかし……それも半年前までの話。



「ホワッツ!?」


 先手を取ったのはアカネコだった。


 それも、【体術】スキルの習得によって底上げされたAGIによる疾駆で、素早く間合いを詰めてからの《銀将抜刀術》。かと思いきや、突然、アカネコは銀将をキャンセルし、《桂馬抜刀術》を発動して跳んだのだ。


 マムシが驚きの声をあげるのも無理はない。


 勢い溢れる攻撃的な初手。どの流派にも存在しない戦法だろう。


 天南流のホップヒップ抜刀術でさえ、もっと落ち着いた初手を繰り出す。



 ……今や、マムシの抜刀術よりも、アカネコの方が、よほど型破りであった。


 誰の影響かは、言うまでもない。



「これを受けるとは、華麗なり、マムシ殿!」

「ワーオ、随分とデンジャラスな抜刀術ですねぇ……!」


 《桂馬抜刀術》は大きな移動と抜刀がセットになったスキル。そこに助走をつけた場合、初速がスキルによる移動に上乗せされるため、かなり特殊なスピードが出ることになる。


 それをマムシは《銀将抜刀術》で受け止めた。想定よりもアカネコの接近は早く、体を仰け反らせて最大限に距離を稼ぎ、ギリギリのギリギリで抜刀し、鍔迫り合いに持ち込んだのだ。全てアドリブである。初見でここまでできるのは、やはり彼が家元だからであろう。



「では、これは如何で御座いましょうっ!」


 前蹴り一発、アカネコはマムシを蹴り飛ばして間合いを取り、スキルの準備を始めた。


 《角行抜刀術》――高火力な鋭い突きのスキルである。


「ホップヒップを侮るなかれ!」


 マムシは蹴りによって崩されたバランスを、まるでヒップホップダンスのようにして立て直し、《金将抜刀術》の準備を開始した。


 十分に間に合うタイミング。カウンター効果があるため、アカネコはこのまま角行をぶつけることはできない。


「!!」


 だが、アカネコは、マムシの金将発動の寸前にスキルをキャンセル、そしてほぼ同時に《龍王抜刀術》の準備を始めていた。


 龍王は範囲攻撃の抜刀。金将のカウンター効果は、単体攻撃にしか発動しない。


「シィット! しかし!」


 まだ食らいつく。マムシは金将をキャンセル、龍王を発動前に潰そうと、《銀将抜刀術》を準備し、即座に斬りかかった――



「 」


 ――が、ここで初めて言葉を失う。


 口を開けたまま、声を出せなかった。



 龍王を準備していたはずのアカネコは、いつの間にか《銀将抜刀術》を溜めていたのだ。



「な……!?」


 何故、と言いかけて、答えに気付く。


 龍王を潰そうと急いだ。ゆえに、手拍子で銀将を発動してしまった。


 冷静に、一度待ってもよかったのだ。


 相手が早めに龍王をキャンセルし、銀将の準備を開始している可能性は、十分にあった。


 銀将は溜めるほど強力な抜刀のスキル。先手の方が、基本的には有利と言える。



「アウチ!」


 銀将同士がぶつかり合い、マムシは競り負けた。

 アカネコの刀が押された刀の上を滑り、マムシの右腕を斬りつける。


 マムシの手が、刀から離れた。


 その隙を、アカネコが見逃すはずもない。



「――それまで! 勝者、アカネコ!」



 アカネコ、決勝進出。



 喝采を送る観客たちは、しみじみとこう思った。


 強い――と。



 アカネコの強さは、アザミ戦マムシ戦ともに、異常に安定していた。


 判断の早さ、思い切りの良さ、そつのない動き、読みの深さ、バランス感覚、勢い、技巧、どれをとっても超一流。これといった欠点が見当たらない。


 その上、抜刀術を楽しんでいるときた。


 もはや、彼女に隙はない。



「似ている」……観客は皆、自然とそう感じ始める。


 だが、何故だろうか。


 そのオールラウンドなスタイルは、実に彼にそっくりであるが……何かが、違う気がするのだ。



 そう感じているのは、観客だけではない。


 他ならぬ彼女もまた、同じ疑問を抱えていた。


 一体何が違うのか。それを心底知りたがる。



 あと少しで、完成するのだ。


 待ち望むは、決勝戦。


 恐らく、最後のピースは、あの男が握っているだろうから――。



お読みいただき、ありがとうございます。


<お知らせ>

コミックス第1巻が9月25日発売予定!!

書籍版第3巻が10月10日発売予定!!

みんな、ぜってぇー買ってくれよな!!!!



面白かったり続きが気になったり毎秒更新してほしかったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ちなみにブックマークや感想やレビューも嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたら更に幸せです。


更新情報等は沢村治太郎のツイッターにてどうぞ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 勝敗が簡単に予想出来てしまうのが気になった。セカンドが出場すればセカンドが勝ち、セカンドの弟子が出場すれば弟子が勝つ。セカンドは元世界1位だし、世界一位に教えられれば他の誰よりも強くな…
[気になる点] 対戦結果が簡単に予想できてしまうので意外性が欲しいかな。。
[良い点] スピード感のある展開 [気になる点] いきなり行間をなくして長くなったり、技名を長文に入れたりしてかなり読みにくく、せっかくスピード感があるのに読み返してしまう。 [一言] もっと大会以…
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