202 毘沙門戦 その1
【抜刀術】 (STR+DEX+AGI+VIT)/5.12+残SP/10^4(帯刀時火力128%)
《龍王抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な範囲攻撃
《龍馬抜刀術》全方位への範囲攻撃
《飛車抜刀術》(溜めるほど)非常に強力な抜刀(単体攻撃)
《角行抜刀術》素早い強力な突き
《金将抜刀術》カウンター(単体攻撃+防御)
《銀将抜刀術》(溜めるほど)強力な抜刀(単体攻撃)
《桂馬抜刀術》移動大+抜刀(単体攻撃)
《香車抜刀術》移動+抜刀(単体攻撃)
《歩兵抜刀術》抜刀(単体攻撃)
A マサムネ(前回二位シード)
B セカンド
C カンベエ
D アカネコ
E アザミ
F マムシ(前回四位シード)(前回三位ウラシマ不在)
{A vs (B vs C)} vs {(D vs E) vs F}
(ケンシン毘沙門不在のためトーナメント優勝者が毘沙門獲得)
◇ ◇ ◇
朝、右腕にノヴァをぶら下げながら会場入りする。
ノヴァはタイトル戦の全日程が終わるまでは王都に滞在しているらしい。「まだしばらく一緒にいられるぞ!」とひまわりの咲いたような笑顔で言う彼女にこちらまで笑顔になってしまったが、それは昨夜のこと。今朝起きてからというもの、そのスキンシップは更に激しさを増していた。
具体的に言うと、俺は朝食を自分の手で食べていない。何処へ移動するにも腕に抱き着き付いてくる。トイレにまで付いてこようとした時は流石に拒否した。「そうだな~流石にな~」と納得の言葉を発していたノヴァだが、彼女の表情はまさに捨てられた子犬のそれだった。
ノヴァは今年で二十六歳。これまで一切の色恋を知らずに生きてきたようだ。というのも、彼女は「自分より強い男でなければ婿にしてはいけない」と、祖父と父親から幼少の頃より刷り込まれていたらしい。
「最初で最後のチャンス」……と、ダビドフ中佐は言っていた。
そうだろう。肉体派爺ことネヴァド・バルテレモンに相似したステータスの彼女に【体術】だけで勝てるような男など、この世界には存在しそうにないと思う。
だからこそ、彼女はこうもガツガツ系になってしまったのか、それとも二十六年間の反動か、はたまたその両方か。いずれにせよ、彼女のデレデレっぷりはとどまる所を知らず、人目を憚るような軟弱なレベルでもなかった。
「セカンド~。昨日の試合で疲れてないか? 腕は大丈夫か? もしよかったら、私が按摩をしてやるぞ!」
「問題ない」
「そうか! セカンドは凄いな! 愛おしいぞ~っ」
「…………」
慣れない。
あのむっつりメルヘン乙女なシルビアでさえ、二人きりでもこうはならないというのに。ノヴァは人通りのある闘技場の廊下でさえ俺の腕をすりすりもみもみしながらこの調子だ。
しかも互いに有名人なうえ、体が大きくて美人だから余計に目立つ。
「あ」
廊下の奥から、素っ頓狂な男の声が聞こえた。
そして、ずかずかとこちらへ近付いてくる。その袴姿の男に、俺は見覚えがあった。
「カンベエか」
「左様。貴様は、セカンド・ファーステストとお見受けいたす」
「当たり」
大黒流のカンベエだ。毘沙門戦には各流派から一人ずつ出ると聞いていた。つまり大黒流代表は予想通りカンベエだったということか。
「半年ぶりだな。元気にしていたか?」
「何を申すかと思えば……拙者は幾度となく地獄を見た。何故かは知っておろう」
「ああ、言葉にするのは無粋だな」
俺に勝つために決まっている。
確か、カンベエはアカネコのことが好きだったはずだ。アカネコの太ももばかりチラチラと見ていたうえ、俺とアカネコが手を繋いでいることに激昂していきなり斬りかかってきたくらいだからな。つまりは、好きな女の前で俺に惨敗したわけだ。その負けは、間違いなく痛い。
汚名返上。半年間、死ぬ気で崖を登り、この毘沙門戦に全てを賭けたと、そういうことだろう?
俺がニヤリと無言で問いかけると、カンベエは眉を顰めた後、俺の隣に視線をやりハッとした表情で口を開いた。
「き、昨日の女性か」
「オランジ王国陸軍大将ノヴァ・バルテレモン。もっとも今はセカンドの女だ」
「……悪いことは言わぬ。その男はやめておけ」
「おかしな話だ。何故お前にそのようなことを言われなければならん?」
「その男はちやほやされるのを良いことに、女をとっかえひっかえしている屑だ」
「カンベエと言ったか。それは違うな。セカンドは全ての女と無責任に遊んでいるわけではない。全ての女に責任を持ち己が元に置いているのだと、私にはそう見える」
「痘痕も靨か。もはや拙者には救えぬ」
「その必要はない。カンベエとやらには一生縁のない話だ」
「……ッ……!」
やはりノヴァは舌戦が強いな。流石は大将、国内外の軍人だけでなく政治家や貴族たちを相手に渡り合ってきただけはある。
「セカンド・ファーステスト……どうしてお前はそうもちやほやされる。どうしてお前ばかりがッ」
「顔が良いからだろう」
「クッハハ! 流石は私の男。面白い冗談だ」
……冗談のつもりではなかったが、まあいいや。
「ふ、ふざけるなッ! アカネコさんというものがありながら、鬼穿将とも噂され、ダークエルフの使用人とも噂され、マサムネ殿も惚れている! 挙句は元闘神位ときた! 一体どれだけの女を誑し込めば気が済むッ!」
そうか、カンベエの怒りはアカネコの件が原因か。それは勘違いだと伝えなければ。
「アカネコとは師弟関係というだけで恋仲ではないぞ。シルビアとユカリとは付き合っている。マサムネとは良い感じになった。ノヴァとはこれからだ。別に誑しているわけじゃない。彼女たちの好意を拒みたくないと思ったから拒まなかった結果がこれだ」
俺が素直に事実を言うと、カンベエは顔を真っ赤にして激怒しながら口にした。
「兜跋流からアカネコさんを奪っておいてよくもそんなことが申せたな! そうして女ばかりを集めて満足か! 貴様もしや女集めのためにタイトル戦へと出ているのではあるまいな! 侍を舐めるのも大概にしておけ、不埒者がッ!」
カンベエ、ブチギレである。
まあ、好きな女の子の前で恥をかかされ、地元から奪われたんじゃあこうなるのも仕方ないか。
ただ……履き違えているところだけは、正してやらんとな。
「カンベエ。世界一位が、モテると思うか?」
「何をとぼけたことを! 現に貴様はその人気を利用しているではないか!」
「人気にはなる。だが女にモテはしない。その違いがわかるか、と聞いてるんだ」
「だから、何を申してッ――」
「わからないか」
世界一位のなんたるかを知って、それでも愛してくれる人の、なんと奇跡的なことか。
思えば、カンベエと正式な場でPvPをするのは今日が初めて。
「後で教えよう。嫌になるほど」
良い試合ができるといいなあ。
* * *
毘沙門決定トーナメント初戦、セカンド・ファーステスト対カンベエ。
闘技場は一風変わった盛り上がり方をしていた。
理由は複雑である。今までの毘沙門戦は、言わば「ただ行われているだけ」であった。何故なら、出場者全員が観客を無視して、毘沙門を決めるためだけに淡々と試合をこなし、その後は表彰式にも参加せず帰ってしまうのだ。【抜刀術】という刀八ノ国特有のスキルがあまりにも未知であることも、いまいち盛り上がらない原因の一つ。知らない人たちが知らないスキルで知らないことをしているタイトル戦に、大衆の多くは興味を持てなかった。
それが今回、驚くべきことに盛り上がっている。セカンドに言われてか、大黒流家元のトウキチロウによる奮闘があったのだ。この夏季タイトル戦から毘沙門戦は変わると、大々的に宣伝をしたのである。また、刀の作製方法もキャスタル王国へと売りつけられ、刀八ノ国へと渡る船の数も十倍に増やされた。そうした活動によって、少しずつではあるが、【抜刀術】ひいては毘沙門戦に興味を持つ者が出てきた。
そして――あのセカンド・ファーステスト七冠が参加するとなっては、話ががらりと変わってくる。
今やセカンドの集客力はとんでもないものがあった。「セカンドが出るから」というただそれだけの理由で、今まで空席の目立っていた毘沙門戦の観客席は満杯、立ち見まで出る始末だ。
「……なんという、客入りか」
半年間、島で修行に明け暮れていたカンベエは、この状況が予想できていなかった。
闘技場に歩み出て、満員の観客を見回し、思わず目を回す。
見渡す限りの人、人、人。未だかつて、カンベエはこのような大勢の前で試合を行ったことなどない。
これまで味わったことのない種の緊張が、カンベエの手を静かに震わせる。
だが、これしきのことで、負けるわけにはいかなかった。
カンベエは手をきつく握り締め、無理矢理に震えを食い止める。
「人気だなあ」
相対する男、セカンド・ファーステストがこともなげに呟いた。
その不自然なまでに余裕の表情で、カンベエは気付く。紛れもないこの男が、これだけの数の客を呼んだのだと。これが「世界一位」を自称する男の、絶大な人気なのだと。
「嫌味か。思い上がるなッ」
カンベエはまだわかっていない。
これだけの人気があるからこそ女にモテるのだと、そう思い込んでいる。
刀のみに生きてきた男が、女にうつつを抜かしている男に負けてはならないのだ。
でなければ、自分はなんなのか――それが途端にわからなくなる。
「侍ならば、刀で語り合うのみ……!」
ちやほやされていい気になっている男を打ち負かせば、アカネコもきっと目を覚ましてくれる。カンベエは、ずっとそう信じていた。
「青春だねえ」
そんなカンベエを眼前に、セカンドはまるで他人事のように口にする。
何処か、見ている場所が違う。カンベエは何故だかそんな感想を抱いた。
「――互いに礼! 構え!」
審判による号令。
カンベエの愛刀は既に腰に差してあるため、そのまま歩いて所定の位置に移動し、ゆっくりとセカンドの方を振り返った。
「……ッ!?」
瞬間――肌が粟立つ、という言葉では済まないほどの怖気が、カンベエを襲う。
その視線は、セカンドが今まさに腰に差している刀へと注がれていた。否、まるで魅入られたように目が釘付けとなり、一寸たりとも視線を逸らせない。
陽光に照らされ眩いほどに輝く白銀の鞘に入れられた刀。なんの変哲もないその刀の何がそんなに不気味なのか、カンベエには全く理解できない。だが、彼の体は得体の知れない寒気に震え始める始末。
「何を……それは、何を、持っておる……!」
「これぇ? あ、やっぱ気になっちゃう?」
カンベエに問い詰められ、セカンドはニヤニヤとしながら返答した。
「七世零環。日子流創始者レイカンが俺に遺した刀だ」
「た、戯けたことを! 左様に大昔の物、とうに朽ち果てているはずッ」
「ユカリに修理してもらった、半年かけてな。つまりは、まあ、安心しろ、本気ということだ」
「な……ッ」
またしても女。
その自慢げな顔といい、誇らしげな佇まいといい、舐めた態度といい、全てがカンベエの癪に障った。
カァッと頭に血がのぼる。
刹那、その不気味な刀の存在を忘れてしまうほどに。
「――始め!」
試合開始の合図。
……その直後の光景を、カンベエは、生涯、忘れることはないだろう。
「 」
絶句する。
腰を落とし、鯉口を切った男が準備するは《龍王抜刀術》、溜めるほど強力な範囲攻撃。
問題は、そのスキルではない。
その目である。
たとえるならそれは般若の目。絵の具で塗りつぶしたような真っ黒い瞳がじっとカンベエを見つめていた。
鋭く睨んでいるようにも見えたが、しかし怒りや憎しみでそのような視線を向けているわけではないともわかる。
これは、極限に研ぎ澄まされた集中のその先――底なしの深淵へと潜り込み帰ってこれなくなった人間のみができる、何も思考していない目だ。
「くっ……!」
臆している場合ではない。
瞬時に正気を取り戻したカンベエは、急いで間合いを詰めながら、セカンドの龍王を前に《銀将抜刀術》の準備を始める。
セカンドは龍王を即座にキャンセル、0.2秒待ち、反撃効果のある《金将抜刀術》の準備を開始して銀将への対応を見せた。
カウンターである金将にそのまま銀将で斬りかかっては、酷い返り討ちに遭う。ゆえにカンベエはスキルの転換を求められている。だが、何に転換すればいいのか、正解がわからないという状況。
必死だ。カンベエは呼吸すら忘れて一瞬のうちに思考を巡らせた。
ここで、彼が銀将をキャンセルし《香車抜刀術》を準備できたのは、まさに奇跡と言っていい。
未だかつてない客入りゆえか、絶対に負けたくない試合ゆえか、半年間の努力の賜物か、この時、彼は実力以上の対応を捻り出した。彼の脳はコンマ数秒にも満たない時間で何十何百という思考を加速させ、全身へと絶え間なく指示を送り、彼に刀を抜かせる。
――やはり。抜こうとした瞬間、カンベエは気付いた。
セカンドの《金将抜刀術》は、わずかに間に合っていないと。
《香車抜刀術》は移動と抜刀を同時に行うスキル。ゆえに、ある程度の距離が開いている場合ならば、歩兵や銀将よりも早く一撃を到達させることができる。
もし0.1秒でも遅れていたら、この香車は成立しなかった。
まさに、一瞬の煌き。
これがあるから、【抜刀術】は面白い……そう思うのは、一体どちらか。
「取った……ッ!?」
香車による移動が開始し、カンベエが勝利を確信した刹那――セカンドのスキルが、金将から銀将へと切り替わった。
有り得ない!! カンベエは声に出さず絶叫する。
判断が早すぎるのだ。
いくらセカンドの反射神経が優れていたとて、人間には限界というものがある。カンベエの香車を見てから銀将を準備し始めるなど、とてもではないが不可能。明らかに人間を超えていた。
そう、まるで、ずっと前からこの瞬間に香車が来るとわかっていたかのように。
「……ッ……」
動き出した《香車抜刀術》は、もう止められない。後は、セカンドの溜めずの銀将と刺し違えるのみ。
カンベエは、セカンドの無情な瞳を見て、白銀の鞘から顕れる赤黒い刀身を見て、初めて――
――怖い、と、心の底から感じた。
バケモノ……そう言い表すよりないのだ。
人は皆、人知を超えたものを怖れる。
「あぁ」と、カンベエは間抜けに納得した。
世界一位は、人気はあるが、モテはしない。
セカンドがそう言っていた理由が、ようやく理解できたのだ。
「わかったか?」
最後の言葉は、たったそれだけ。
カンベエは心の中で肯定する。そう、嫌になるほど思い知った。
……怖いのだ。目の前の男が、怖い。怖い、怖い、怖い、どうしようもなく、怖い。
モテる? 戯言である。いくら表面上はモテようと、この恐怖をほんのわずかでも垣間見たら、誰もが顔を青くしてすぐさま離れていくだろう。
セカンド・ファーステストは、バケモノだ。そう断じるしかないほどに、怖くて仕方がない。そうでも言って人間から除外しなければ、己を守る手段がない。
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
銀将が直撃し、カンベエの腕は吹き飛び、《角行抜刀術》による二の太刀が決まる。
たったの二手、鮮やかな決着。
どっと盛り上がる観客たち。笑顔で手を叩き歓声を送る彼らは、たった今カンベエの感じた恐怖など、知る由もなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
<お知らせ>
コミックス第1巻が9月26日発売予定!
書籍版第3巻が10月10日発売予定!
みんな、ぜってぇー買ってくれよな!!
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