201 闘神位戦 幕間
どうしてこうなった――と、言いたい。
闘神位戦が終わり、夜。俺たちはいつものようにささやかなパーティーを開いていた。
シルビア、エコ、ユカリ、ラズに加え、キュベロにレンコと、メンバーは身内ばかり。だが、エコはいつも通りおねむ、キュベロは執事の業務が忙しく、レンコはR6の活動が忙しいらしい。それでは少し寂しいと思い、オランジ王国陸軍の二人にも声をかけた。
……それが、まずかったのかもしれない。
「セカンド~~」
そんな甘ったるい声を出す表情の緩みきった女、ノヴァ・バルテレモンの奇行たるや、数時間前に見事な相殺を魅せた女傑と同一人物とは思えないほどだった。
「あ~ん! どうだ、美味いか?」
「うん」
「そうか、嬉しいぞ! もっと食べろ!」
特に必要性は感じないのに、俺の口元へ食べ物を執拗に近付けては食べさせてくる。
時折、俺の首にぎゅっと抱きついてはその豊満な胸を押しつけてきて、「ん~っ」とか「あぁ~」とか声をあげて、だらしのない顔をして、それが終わればまた餌付けだ。
もう嬉しくて幸せで堪らないんだ! という心の声がひしひしと伝わってくる。いや、実際に声に出して言っていたかもしれない。
それくらい、ノヴァはご機嫌だった。
悪く言えば、デレッッッデレだった。
「セカンド、お前よく見るとまつ毛が長いな? ああ、愛おしいぞ~」
なんなんだよこれ。
あの凛々しい女大将は何処へ行った?
「――っ!」
ダン! と、机を叩く音が響く。
ユカリが冷淡を通り越して凍てつくような顔をしながら立ち上がった。あのユカリが机を叩くとか、鈍い俺でも流石にわかる、マジギレのやつじゃん。
「すまなかった」
俺は先手を打って謝っておく。
恋人の目の前で他の女に言い寄られて鼻の下を伸ばす最低な野郎とは、今の俺のこと。
このままではいけない。
名残惜しや、俺は鋼の意思でもって、すりすりと頬擦りしてくるノヴァをぐいっと押しのけた。
…………が。
「謝ることはないぞ、セカンド」
逆にぐいっと引き寄せられ、俺の頭がノヴァの胸に吸い込まれる。
うおーっ! 流石、ネヴァド・バルテレモンの孫娘。凄まじいSTRだ。抵抗が難しい。
「ご主人様を放しなさい。客人と言えどこれ以上は看過できません」
「クハハッ、ふざけたことを言う。メイドが指図か?」
「私はファーステスト家の家令であり、チーム・ファーステストの鍛冶師であり、ご主人様の、こ、恋人、でもあります」
「……ほぉ。そうであったか」
「ええ。ですから、離れなさい。私の前でそのような勝手は許しません。それに、何故そのような態度なのです? お二方の間で、賭けは成立しなかったはず」
「セカンドは賭けていなくとも、私は賭けていた。それに、これは、私が好きでやっていることだ」
「……そうですか。ならば、これが最終警告です。ご主人様から、離れなさい」
「断る。なあメイド、お前は一つ勘違いをしているぞ」
「…………何をです」
「家令であろうと、チームの仲間であろうと、たとえ恋人であろうとも、他人を己に縛り付けることなど叶わん。妻というわけでもあるまいに、そのような傲慢な振る舞い、笑止千万。戯言にしか聞こえんな」
「……っ! おのれ……っ」
おいおい、嘘だろ……ユカリが押し切られたぞ。
ノヴァの話は傍から聞いていれば無茶苦茶だったが、ユカリが閉口したということは、つまり、ユカリは話の内容に少しでも納得してしまったということ。
確かに、勢いで納得してしまいそうなほどの“凄み”はあった。
ノヴァのやつ、頭の中身も筋肉なのかと思っていたが、まさか弁舌も【体術】のように切れ味鋭いとは。
「――ふむ。ノヴァ、と言ったか」
「お次はシルビア鬼穿将か。そうだ、私がノヴァ・バルテレモンだ」
悔しそうなユカリを尻目に、シルビアが組んでいた腕をゆっくりと解き、満を持してという風に口を開いた。
あのわざとらしい余裕っぷり、シルビアには何か策がありそうだ。
「お前はセカンド殿のことを全く知らないようだな」
「無論。今日、初めて話したばかりだ」
「私はよく知っている。私もまた、こ、恋人だからな!」
「……そうか。だからどうしたと言うのだ?」
「ふっふっふ」
「何がおかしい?」
シルビアは不気味に笑った後、びしっと指をさして、口にした。
「実はな……セカンド殿は、そういったベタベタとしたスキンシップが、あまり好きではないのだ!」
「何ッ!? そ、そうなのかッ!?」
バァーン! と、効果音が聞こえそうなポーズをとるシルビア。
自信満々なところ申し訳ないんだが、そのような事実はない。
だが、その情報を耳にして、ノヴァは慌てた様子で胸元から俺を遠ざけた。
「やはり知らなかったようだな」
「セカンド、い、嫌だったか? すまない。この身がお前のものになったのだと思うと、歯止めがきかなかったのだ。今後は、なるべく控えるよう努力するぞ」
「うむ、うむ。そうやって、私の助言の通り、スキンシップを控えてさえいれば――」
「セカンド! セカンドは、私のような大女は嫌いか? 積極的なのは嫌か? 迷惑か? 頼む、正直に答えてくれ」
ノヴァがしょんぼりとした表情で問いかけてくる。
これは凄まじく答え辛い質問だ。
本当に正直に答えるなら、嫌いなどころか大好きである。ただ、シルビアとユカリの手前、そんなことは口が裂けても言えない。
ああ、ちくしょう、駄目だ、ここは「嫌い」と答えるしかないのか――
「…………おい、待て。鬼穿将貴様、今さっきなんと言った?」
――と、俺が悩んでいると、不意にノヴァが何かに気が付いた。
「む? いや、ただ、私の助言の通り、スキンシップを控えろと」
「ク……クハッ、クッハハハハ! 語るに落ちたな、ペテン師め! 危うく騙されるところであった!」
「なんだとっ」
「貴様とてセカンドの恋人であろう! ならば、あえて助言せず、私を嫌わせるが戦の常道! 敵に塩を送るような真似、不自然極まりない! すなわち、セカンドはスキンシップが好きと見たッ!」
「……くっ、ここまでかっ」
弱っ!
「セカンド~。はぁ~っ、お前の髪、ふわふわだな~」
形勢逆転。ノヴァ、ニッコニコだ。
俺は再び強引にその胸に抱き込まれ、わさわさと頭を撫でられた。
「……~っ……!」
「ぐぬぬ……!」
ユカリとシルビアが鬼の形相で睨んでくる。
二人とも、そろそろ限界かもしれない。
頃合だな。俺はノヴァから離脱しようと、体に力を込めた。
その瞬間、である。
「――まあまあ、そう目くじら立てんでもええやん、お二人さん。オランジ王国にもぶっといコネできることやし、大目に見といたろーや」
「ほう? 話のわかる者もいたか」
「ラズベリーベル。よろしゅう」
「ノヴァ・バルテレモンだ」
なんと、ラズがノヴァをフォローした。
何故? と思ったそばから納得する。なるほどコネクションか、確かに無視できないかもしれない。なんてったって、ノヴァは陸軍大将、つまり陸軍のトップだ。手札は多いに越したことはないと、ウィンフィルドも言っていた。逆に、あまり無下に扱っては、国際問題に発展しかねない。
「貴様、何が狙いだ?」
「えー? 別になんもあらへんよ?」
「嘘だな。仲裁せんとする言葉の割には、挑発があった。加えてその落ち着き、オランジ王国との縁を必要としているようにも見えん。感情を殺し過ぎたな。その腹には一物も二物もあるのだろう?」
「……へぇ。よう見とんなぁ」
「ふむ……貴様も、私と志を同じくしていると見た。クッハハ、そうか! 好敵手が増えれば、己も動きやすいと考えるか」
「へぇ! ほんまに頭切れるやん。せやで。うちとあんたはん、一先ずの利害は一致しとるんや」
出た出た、頭良いやつ同士の会話だ。何言ってんのか全然わからん。
要は、なんだ、ラズはノヴァに味方するってことか。
「で? どないするんや。キャスタル王国に来るんか?」
「それはっ!」
「なっ、ラズベリーベル!」
ラズがノヴァにそう尋ねると、ユカリとシルビアが非難の声をあげる。
二人は「そればかりは許せない」というような表情で、ノヴァに注目した。
「無論! 私は約束を違えるような女ではないッ!」
「ぐえっ」
ノヴァの腕に力が入り、俺の首が絞まる。
「決して逃すものか!」と言わんばかりの、強い意地を感じる腕力だ。
「――大将閣下! それはなりません!」
と、ここで初めてダビドフ中佐が口を開く。
ずっと傍観していた彼だが、流石に陸軍大将を辞められては困るのだろう、慌てた様子で割って入ってきた。
「ダビドフ。私の邪魔をするのか?」
「はっ、恐れながら! ですが自分は、目付け役を言い付けられているのであります!」
「……陛下か。まあいい、ならば私を口説き落として見せよと、そう伝えろ」
「し、しかしながら……!」
「バルテレモンはオランジ王家に仕えているわけではない。対等な関係で、力を貸しているのだ。私の力が必要ならば、国王といえど、相応の行動でもって示さねばならんぞ。それで私の心が動くとは思えんがな」
苛烈だなあ、ノヴァ。こうと決めたら一直線な性格のようだ。
「……ッ……」
ノヴァに突っぱねられたダビドフは、しばし俯いて沈黙した後……何故か、俺の方を向く。
なんか凄いわかりやすい顔をしている。ダビドフの目は「なんとかしてくれ」と露骨に語っていた。
いや、ダビドフだけではない。ユカリも、シルビアも、ラズも、ノヴァも俺を見つめている。
結局は、俺の言葉次第ということか。
じゃあ、気になっていたことを聞いてみよう。
「なんで大将辞められると困るんだ?」
何故、オランジ王国はそんなにもノヴァが必要なのか。俺はその理由が聞きたい。
ダビドフは目を見開いて驚き、俄かに沈黙を破った。
「なっ、いや、普通に考えて、困るに決まって――」
「違うぞ、ダビドフ。セカンドはそういう意味で言っているのではない」
「た、大将閣下」
「もう一度、よく考えてものを申せ」
「……は……」
ダビドフの沈黙は、一分ほど続いた。
そして、静かに口を開く。
「大将閣下は、まさに一騎当千のお力があります。その武力を失うのは、ましてや他勢力に加わるのは、オランジ王国としては避けたいところ」
「それだけか?」
「いいえ。最たる理由は、他にあります」
「教えてくれ」
「……その類稀なる戦略指揮の才能。ここ数年、オランジ王国が他国と大きな衝突なく平和を維持できているのは、他ならぬ大将閣下の手腕によるものと、陛下もそうお考えであります」
納得した。
これまでのノヴァの様子を見ていてもわかる。彼女は非常に聡明だ。あのユカリを強引に言いくるめ、シルビアの小細工を確りと見抜き、ラズと渡り合うような女など、よくよく考えれば見たこともない。俺に対しては何故かフニャフニャのヘニャヘニャだが、俺以外に対してはまさに傑物と言うに相応しい振る舞いをしている。
ノヴァ・バルテレモン。人類最強と呼ばれるほどの実力を有しながら、その頭脳もまた国家レベルで必要とされるほどの才があるのか……。
それじゃあ、決まりだなぁ。
「ノヴァ」
「セカンド~。どうしたっ? 私に何かしてほしいのか?」
「…………」
身をよじって視線を合わせると、ノヴァはにへら~と笑ってそう言った。
……いかん、負けるな俺。
「ノヴァ」
「そうだ、私が手料理を作ってやろう。きっと気に入るぞ。セカンドは何が好きなんだ? 私は麺類が好きだ」
「ノヴァ」
「一緒に買い物にも出かけたいぞ。洒落たカフェで食事をして、ぶらりと街を歩いて、服屋なんかを覗いて、食料品店で買い物をして、同じ家に帰るんだ。私の、ささやかな夢だ。半年前から、ずっと、夢見ていたんだ」
「ノヴァ」
「……ずっと、いいなと、思っていたんだ。お前と一緒になれたらと、ずっと。私の夢見た通りだった。いいや、夢以上にお前は強かった。ようやく、好きになれた男が、私より強かっただなんて、そんな奇跡、もう、二度と、二度と……っ」
琥珀色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
帰れ――その一言が、どうしようもなく嫌なのだろう。
彼女は俺の言葉の続きを遮るようにして一生懸命に喋っていたが、ついには嗚咽で喋れなくなった。
さあ、言わなければならないぞ。
…………さあ。
「帰れ」
「ッッッ!!」
「……一旦」
「!?」
ビクッと体を震わせて、嗚咽を漏らした直後――ノヴァは顔を上げて硬直した。
一旦。その言葉の意味がわからない頭脳ではないだろう。
だからか、涙に濡れた顔は、見る見るうちに花咲いていった。
「浮気な男で申し訳ない……」
あーあ、情けないったらないね……。
「セカンド~~~ッ!!」
「ぐえぇっ」
感極まったノヴァに抱きつかれ、瞬間、全身の骨が軋み、内臓が飛び出んばかりの圧迫感が襲い来る。
この程度の罰、甘んじて受けよう。
その上、この後、ユカリとシルビアとあんことウィンフィルドに土下座して頼んで頼んで頼み込まなければならない。
そして、その上更に、俺は彼女たち全員より世界一位を優先しようというのだから……もう本当に最悪である。
「大将閣下、お化粧を直された方が」
「っ……そうだな。すまない、恥ずかしいところを見せた。しばし離席する」
ダビドフがお返しのつもりか、助け舟を出してくれた。ノヴァは目尻をこすりながら、洗面所へと向かう。
ノヴァの拘束から解放された俺は、脱力のままソファの背もたれに体重を預けた。
あちゃあ……ユカリとシルビアの視線が怖い。
「……大将閣下は、豪放磊落なようで、とても孤独なお方であります。どうか、ご容赦のほど」
「は?」
「あ?」
「ひぃっ」
更にフォローを重ねようとしたダビドフが、二人のひと睨みで黙らされる。
二人とも、どうしたら許してくれるだろうか。これは死ぬ気で考えないといけないな。
……次は、毘沙門戦だったか。
記念すべき八冠目。今季最後のタイトル、だが。
それ以前に、無事に明日を迎えられればいいが――
「セカンド~、戻ったぞ~! あぁ~、お前はなんて愛おしいやつなんだぁ~っ」
――俺はもう駄目かもしれん。
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