200 闘神位戦 その3
【体術】 攻撃:(STR+DEX+AGI)/2.56
《龍王体術》 前方への非常に強力な範囲攻撃 (衝撃破)
《龍馬体術》 前方への加速攻撃 (ダッシュパンチ)
《飛車体術》 非常に強力な単体攻撃+溜め (パンチ)
《角行体術》 全方位範囲攻撃 (回し蹴り)
《金将体術》 近距離範囲攻撃+防御 (タックル)
《銀将体術》 強力な単体攻撃 (パンチ)
《桂馬体術》 前方への跳躍攻撃 (飛び蹴り)
《香車体術》 近距離範囲攻撃 (キック)
《歩兵体術》 通常攻撃 (パンチ)
「ノヴァ・バルテレモン……っ」
静かに、しかし大きな怒りを孕んで、奥歯をギリリと噛み締める女がいた。
ユカリだ。
彼女は密かに期待していたのだ。「人類最強」と呼ばれるあの将軍ならば、セカンドを楽しませることができるのではないかと。
裏切られた気分であった。
まさかあれほどに卑しい女だったとは。期待していた自分が馬鹿らしい……と、あの突然の宣言を聞いてしまっては、そう思わずにはいられなかったのだ。
とんだ伏兵、である。
「なるほど、ですわ。ユカリ様のお怒りもわかりますが……わたくしは納得です」
「納得だって?」
そんなユカリの様子を後ろから見ていたシャンパーニが呟くと、隣に座っていたエルが反応を示した。
「ええ。ノヴァ闘神の異名、知ってますわよね?」
「……あぁー……」
異名と聞いて何かに気付いたエルが、初めて「納得」という顔を見せる。
ノヴァ・バルテレモンが、裏でどう呼ばれているか。
それは――
「――“終身栄誉処女”! 良い響きですねぇ~」
コスモスが躊躇いもせず口にした。
耳にした使用人たちは皆「やれやれ」という表情をしたが、しかし、ノヴァ闘神がその言葉通りの人物であったのだとも得心する。
曰く……彼女は「自分より強い男でなければ共にならない」というのだ。
そして、その噂を聞いた誰もがこう思わずにはいられなかった。「彼女は間違いなく一生処女である」と。
何故なら、彼女に勝てる者などこの世に存在するわけがないのだから。
ついそう思ってしまうほど、彼女は圧倒的だった。
事実、現在の二十六歳に至るまで、彼女は完全なる無敗。全ての試合を大差で勝ってきた。
ゆえに、終身処女であり、それは栄誉なことであると、人々は語る。
しかしながら、半年前のこと。
その条件に当てはまるかもしれない男が、たった一人だけ現れた。
そう、それは、人呼んで、世界一位の男――。
* * *
「セカンド・ファーステストッ! 会いたかったぞ!」
闘技場に仁王立ちし、両手を広げて俺を出迎えたのは、現闘神位の大将さん。
身長は俺より少し低いくらいで、爆乳の、赤黒い長髪をした、爆乳で腹筋バッキバキのコワモテ美人な爆乳の大女だ。
彼女は俺に熱い視線を送りながら、小動物程度ならバリバリと骨ごと食い千切りそうなほど鋭い歯を見せて「クッハッハ!」と豪快に笑っている。
なんだろう……妙に既視感がある。
待てよ。彼女の名前、なんといったか。確か、そう、あの中佐、バルテレモンと言ってなかったか?
……いや、まさかな。まあ、とりあえず挨拶か。
「初めまして闘神。そいつは光栄だが、生憎と身に覚えがない」
「それもそうであろう。なんせ私が一方的にお前を想っていたのだからな」
「ああ、そう」
「お前こそ私の婿に相応しい! 私にはそう思えて仕方がないのだ」
「……あ、ああ、そう」
間違いない。やべーやつだ。
「ただし、それもこれも、お前が私を相手に善戦できたらの話だ」
「ほう?」
「よいか、セカンド。私は私より強い男でなければこの身を任せようとは思えん。常勝無敗、人類最強、闘神とはこのノヴァ・バルテレモンのことを言う。覚えておくがいい」
「…………ほーう」
これは、喧嘩を売ってんのか。それとも、本気で言ってんのか。
いずれにせよアウトだ。
「負けたことがないのか」
「無論。ゆえに私はここにいる」
「じゃあお祝いしないとなあ」
「――ッ」
一瞬、ノヴァの体が竦む。
何故竦んだ? わからない。しかし彼女は確かに何かを感じ取ったようだ。
「……驚いたぞ。これが本物か。私も見習わねばならんか」
「本物?」
「気迫だ。お前は何を背負っている? 何を背負えばそのようになれる? 私にはお前が大きく見えて仕方がない」
「気迫か……なるほど」
考えたこともなかった。
ただ、相手が大きく見えることは、メヴィオンでもままあった。
背負うもので負けてしまえば、大きく見えるという考え方、一理ある。
誰しも「絶対に負けられない一戦」というのは、あるのだ。
人生を賭けた一戦。その気迫は、途轍もなく大きく、そして、重くなる。
どれだけ勝ちたいか、なのだろう。
「お前、俺に勝てば、俺を婿にと言ったな」
「言った……嫌か?」
「いいや。じゃあ、お前が負けたらどうする?」
「無論、嫁に行く。奴隷でも構わん。煮るなり焼くなり、好きにするがいい」
ざわり……と、観客が俄かに騒然とする。
出場者席を見ると、ダビドフ中佐がかの有名な絵画のような叫び顔をしていた。
そうか、築き上げた立場も何もかも、一切合切全てを、ここに賭けようとしているのか。
「多分、その違いだろうなあ」
「何?」
ノヴァはわからないという顔をする。
婿に、嫁に、挙句は奴隷ときた。確かに、彼女にとっては一世一代の大勝負だろう。
でも、そうじゃないんだ。もっともっと、単純な話さ。
「すまんが、俺は何も賭けられない。負け以上に痛いものなんて何もない」
「……!!」
一戦一戦が、俺の人生を賭けた勝負なんだよ。世界一位を賭けた勝負なんだよ。
気迫とか重みとか関係ない。勝つしかないだろうが。負けたら終わりだ。死すら生ぬるいとさえ思える全身を焼かれるような地獄の痛みがその日の晩にかけてじわりじわりと襲い掛かってくる。負けた瞬間からその痛みに怯えて過ごし、激痛に独りのたうち回り、次に勝つ時まで絶対に癒えることのない痛みをひたすら黙って耐え抜く。この痛みからは決して逃れられない。逃げたら痛みは永遠にそのまま。再び戦って勝つ他に、痛みから救われる方法はない。
……おい。俺が何回負けたと思うんだよ、ええ? 死ぬより痛い思い何回したと思ってるんだよ。なあ。
「賭けには乗ってやろう。俺が負けたら奴隷にでもなんでもするがいい。だが、お前が負けた時、お前が差し出すものは……お前の“負け”だ。一生消えることのない負けを、俺にくれ」
「……クハッ! クッハハハハ! つくづく面白い男だ! いいだろう、くれてやるッ!」
決まりだな。
「――互いに礼! 構え!」
審判の号令で、位置につく。
瞬間、雑音が消え失せた。
没入していくのがわかる。
……万が一、億が一、俺のぶっ飛んだ予想が的中していれば、彼女はとんでもなく強い。
ああどうか、的中していてくれ。
今は、そう願うばかり。
「――始め!」
開始の合図。
俺はすかさず《龍馬体術》。
ノヴァも、同じく《龍馬体術》。
互いにダッシュパンチで距離を詰め合い、パンチの直前でスキルキャンセル、すぐさま《銀将体術》を発動。
全く同じモーションで、全く同じ方向から拳をぶつけ合う。
「クハハッ!」
相殺が発生し、双方間合いを詰めた状態で仕切り直し。
ノヴァは我慢できないといった風に笑い声をあげた。
まだだ、まだわからない。だが、彼女の技術だけとってみれば、まさしく――ランカーレベル。
「そう来るか!」
俺が《歩兵体術》を準備し、即座に発動すると、ノヴァは楽しそうに言って笑った。
彼女が一拍遅れて繰り出したのは《香車体術》。鋭い足技である。
ここでは三択。ぶつけ合い次の一手に繋げるか、歩兵キャンセルから香車を躱しつつ切り返すか、香車を躱しながら歩兵をぶち当てに行くか。
最善は歩兵キャンセルだが、彼女との勝負にはぶつけ合うのが相応しい。彼女もそう思っているはずだ。
「来いッ!」
ほらね。誘ってる。
さて、どうなる。
《歩兵体術》と《香車体術》、威力の差はそれほどない。ゆえにぶつけ合えば互いに少し弾かれてまた仕切り直しとなるだろう。
だが、もし、俺の予想が正しければ――
「っっっっっ!!」
――俺が、吹っ飛ぶ。
「っぶねぇ!」
後方五メートルほど弾き飛ばされ、俺はギリギリで転ばず持ちこたえた。
足を振り抜いたノヴァは、そんな俺の様子を見て、あえて追撃をしてこない。
……抜け目ないな。俺はひっそりと飛ばされながらも準備を開始していた《飛車体術》をキャンセルし、口を開く。
「やっぱりなぁ」
思わず、顔がにやける。
「何がおかしい?」
いやあ、悪いな。こっちの都合だ。
ただ、こんなもん笑っちまうだろう。
「――お前、ネヴァド・バルテレモンの血を引いているのか」
「! お爺様を知っているのか」
「ああ、知っている。よーく、な」
ネヴァド・バルテレモン――別名、肉体派爺。【体術】に限ってはゲーム中最強キャラという説もある“NPC”である。
見た目は仙人のようなよぼよぼの老人だが、そのステータスはとんでもない。この爺の恐るべき強さに苦しんだプレイヤーは数多くいた。
メヴィオンにおいては、バウェルが国王となったキャスタル王国に信を置けず離反し、仕えるべき主を探すため諸国を放浪しているはぐれ者の体術師、という設定。そんな彼の元をプレイヤーが訪れ、来たるマルベル帝国との戦争へ向けて仲間に引き入れるため一戦交える、みたいな感じのストーリーだったはずだ。
そのネヴァドとの一戦が「負けイベント」とまで言われるほどの難易度だった。ネヴァドのステータスは当時の世界ランカーにほど近い数値であり、おまけに行動パターンは嫌がらせかと思えるほどに多彩、そこらの甲等級ボスの何倍も厄介と評されていたのだ。
よもや、そんなNPCに子孫がいたとは。
ましてや、そのステータスが遺伝するとは!
否、単純なステータスが遺伝しているわけではないだろう。そう、つまりは、ネヴァドの「NPC特有のおかしな成長タイプ」が遺伝しているのではなかろうか。その成長タイプとは、超体術特化型なのではなかろうか。ゆえに、孫娘のノヴァはこれほどまでに【体術】に特化しているのではなかろうか。
これが、俺のぶっ飛んだ予想だった。
「お前の親も強かっただろう?」
「無論。バルテレモンは闘神の血筋よ」
「だろうなあ」
ほら、当たってんじゃねえの? そんな気がする。
「お喋りはほどほどに、だ」
「ああ、すまん、つい気になってな」
さて、スッキリしたところで再開か。
ノヴァ。お前もまた天才というやつなのだろう。確かな才能とそれに準ずる技術を感じる。加えてステータスもゴリッゴリ。おまけに頭も相当に良いのだろう。会話の節々から聡明さをひしひしと感じる。その豪快さ、思い切りの良さ、漲る自信と気概、見え隠れするユーモアも気に入った。
文句なし。これ以上贅沢を言ったら罰が当たりそうなほどだ。
「どうした? お前から来ないなら、私から――」
…………ごめんな。
何ヵ月だろうか。一年以上、経つだろうか。
血沸き肉躍る勝負。
もう、我慢できそうにない。
「 」
瞬間、彼女は絶句した。
ノヴァのその息を呑む様子が、一気に噴き出る汗が、瞬時に握りこまれた拳が、不規則な呼吸が、弾む心臓の音までもが、俺の耳の中でゆっくりゆっくりと荘厳な音楽を奏でる。
すう、と胸いっぱいに息を吸い込み、懐かしい香りを楽しんだ。
まるで、一秒が十秒にも百秒にも感じるような、至福の一時。
準備は整った。
さあ、篤と御覧じな――
――『セブンシステム』
「!!」
まずは間合い詰め。
身を竦ませている場合ではないと気付いたのか、ノヴァは即座に反応を見せた。
駄目駄目、0.3秒も遅れてる。
だがそれを弱みのままにするような相手ではない。
初動の遅れを利用し、後退しながら《角行体術》の回し蹴りを狙うようだ。
なら、あえてそこを崩させてもらおう。
「う……!」
初手、《桂馬体術》から、発動直後キャンセル、《香車体術》に繋げ、桂馬の初速を利用した蹴り上げ。
二手目、ノヴァは角行キャンセルからの《金将体術》で腕をクロスし、防御勝ちを狙う。
三手目、俺は蹴りをあえて横方向に外しながらくるりと背中を向け、《龍馬体術》の準備を開始。
四手目、警戒したノヴァが金将キャンセルの後、《歩兵体術》で潰しにかかる。
五手目、《龍馬体術》を0.02秒後にキャンセルし《歩兵体術》に切り替えていた俺の方が先に準備が完了する。
「ぐ、ぅ……!?」
五手一組、ノヴァの腹部に俺の《歩兵体術》が突き刺さった。
次いでノヴァから打たれた《歩兵体術》を直視して躱しつつ《桂馬体術》を準備し、ゼロ距離で発動。
「――ッ!」
飛び蹴りがノヴァの喉元にヒット。そのまま押し出すように思い切り蹴り飛ばす。
これでダウン状態だ。
「繋げるぞ」
一言断って、コンボを繋げる。
突き進み、膝をついた体勢のノヴァへ《金将体術》でタックル、追い込みながら《歩兵体術》を一発入れてダメージを稼ぎ、《香車体術》で足払い、《角行体術》のサマソで浮かせて、《銀将体術》で落下してきたノヴァの顔面に拳をめり込ませて吹き飛ばす。
完全にダウン。ノヴァは床に伸びていた。
まだだ。これしきで諦めるような相手ではない。
俺は抜かりなく《飛車体術》を限界ギリギリまで溜め、最大威力の状態でダウンから復帰したばかりのノヴァへと放った。
「クハァッ!」
ノヴァは血反吐を飛び散らせながら満面の笑みを見せ、同時にスキルを発動する。
《歩兵体術》……すなわち、飛車と同系統のスキルを、同じ速度と方向で、同じタイミングで。
「――なッ!?」
わかってるよ。お前が最後に相殺を狙いに来ることは。
相手が「これしかない」という状況に追い込むことこそがセブンシステムの狙い。そして、後は、そこに決め手を用意しておけばいい。
俺は飛車キャンセルから、ノヴァの振り抜いた腕の外側へと身を躱すようにくるくると三回転した。
彼女は直感するはずだ。《角行体術》の回し蹴りが来る、と。
歩兵を誘発させ、躱し、蹴りで決める。なんとも華麗ではないか。
次の一手、ノヴァは一か八かの賭けに出る。否、出ざるを得ない。
俺の回し蹴りに対して、《香車体術》の蹴りを当て、相殺するしかないのだ。
しかし、この土壇場で今まさに回転している最中の相手から来る攻撃を、自分もまた同様に回転し蹴りを繰り出して相殺するなど、世界ランカーも真っ青の超高等技術。
だが、歩兵から歩兵は上手くコンボが繋がらないため間に合わない。桂馬もまた間に合わない。銀将も同様。金将以上など論外。
そう、もはや、残された手段は香車しかないのである。
「くッ!!」
そして、彼女は賭けに出た。
俺が攻撃を繰り出すだろう瞬間を予測し、絶妙のタイミングで《香車体術》を発動した。
……最高だ。考え得る最高のタイミングで、最高の速度で、最高の方向で、蹴りを放っている。
見事。凄まじいセンスだ。ぶっつけ本番で、まさかこの高難易度の相殺を成功させるとは。
負け、だろう。
…………俺の攻撃が、《角行体術》だったら。
「が……ふ……ッ!?」
ノヴァの蹴りは、俺の頭上を素通りしていった。
代わりに、俺の拳が、彼女の腹部にクリティカルヒットする。
「……う、裏、拳……かッ……!」
そう、俺が用意していたのは《銀将体術》。パンチとして使うのではなく、裏拳として使った。こういう活用法もある。
予想を裏切る時は、ほんの少しでいい。誤差程度でいいんだ、多分。何より重要なのは、その使いどころだと思うから。
まだまだ、たくさん面白いことがある。
俺なら、お前に、お前らに、教えてやれる。
だから、俺にもいずれ教えてほしい。
せっかく、世界が繋がったんだからさあ。
「ノヴァ」
彼女が気絶する寸前、俺はどうしても伝えたかった言葉を口にする。
記念の言葉だ。彼女の門出に、他ならぬ俺が、今ここで、贈らなければならない。
「おめでとう」
ようこそ、世界へ。
「……ク、ハッ……」
真意が伝わったかどうかはわからない。
だが、彼女なりに、理解したのだろう。最後に、彼女は清々しい顔で笑った。
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
七冠。
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