199 闘神位戦 その2
【体術】 攻撃:(STR+DEX+AGI)/2.56
《龍王体術》 前方への非常に強力な範囲攻撃 (衝撃破)
《龍馬体術》 前方への加速攻撃 (ダッシュパンチ)
《飛車体術》 非常に強力な単体攻撃+溜め (パンチ)
《角行体術》 全方位範囲攻撃 (回し蹴り)
《金将体術》 近距離範囲攻撃+防御 (タックル)
《銀将体術》 強力な単体攻撃 (パンチ)
《桂馬体術》 前方への跳躍攻撃 (飛び蹴り)
《香車体術》 近距離範囲攻撃 (キック)
《歩兵体術》 通常攻撃 (パンチ)
「――オランジ王国陸軍中佐、ダビドフであります!!」
軍服を着た三十半ばくらいの男が、ビシッという音が聞こえてきそうなほどキレの良い敬礼をしながら名乗り、観客たちとキャスタル国王のマインに礼をしてから闘技場中央へと力強く歩み出てきた。
細身長身だが筋肉質、骨ばった色黒の強面がなんとも軍人らしい。
「ジパング国大使、セカンド・ファーステスト」
とりあえず名乗り返しておいたが……オランジ王国? 俺は聞いたことがない。
俺がハテナとしていると、ダビドフ中佐は鈍角に頭を下げて口を開いた。
「ファーステスト閣下。恐れながら、これより行われるであろう試合にまつわる無礼、何卒お許し願いたく」
妙に堅苦しい口調で、わざわざ断わる必要もないようなことを言う。軍人らしいっちゃらしいが、そんな風にされては逆にやりづらい。
「何を当たり前のことを。むしろ試合前のこの時ですら畏まらなくていい」
「それは……ありがたいお言葉だ。実に」
おっと、急に様子が変わったぞ。
「予てより興味があった。バルテレモン大将閣下の認めるその実力、この目で確かめさせていただく」
「大将閣下? 誰だそれは」
「な!? 貴様、愚弄するか!」
「いや、単純に知らない」
「と……闘神位を知らんと言うのか」
「何分、初参加なもんでな」
「それにしても限度があるだろう……」
ダビドフ中佐は額に手を当てて呆れている。
だが、なんとなくわかったぞ。バルテレモン大将というのが今の闘神位なんだな。
へぇ、じゃあつまり、オランジ王国から二人、闘神位戦出場者が出ていると。
「オランジ王国は体術に自信あり、か」
「それも知らんのか……オランジ王国陸軍と言えば体術の権化。侮っては痛い目を見るぞ」
「おい、権化という割には二人しか出場してないぞ」
「陸軍の中で最も優れた一人のみが出場できる。そんなことも知らんとは、いよいよもって本物か……」
もしかして馬鹿にされてる?
「――互いに礼! 構え!」
審判の号令で、ダビドフはすぐさま直立、そしてこれまたキレの良いお辞儀をしてから、生の拳を構えた。
装備なしかよ。相当に自信があるのか、それとも変なこだわりか。軍人だから後者のような気もする。民間人に武器は向けられないとかナントカ。
それにしても、そんだけ【体術】が盛り上がっているオランジ王国陸軍の中から一人しか出られないというのは、どうにももったいないな。
「俺たちが出場する前は、おたくら陸軍から一人と、大将さんとで、出場者は二人だけだったんだろう? なんか寂しいじゃないか。もっと陸軍から出場してもいいんじゃないの?」
「…………は」
提案してみると、ダビドフはしばしの沈黙の後、口から息を漏らすように笑った。
「本当に、本当に、知らんのだな」
「なんだよ、気になるな」
「バルテレモン大将閣下だ」
「何?」
「あのお方がいらっしゃるから、誰も出場しようとしない」
ふむ。
つまり、誰一人として、その大将さんに勝てる気がしないと。出場する前から、戦意喪失していると。
……なるほど。まあ、期待はしないでおこうか。
「……一つ、頼みを聞いていただきたい」
俺が大将さんに思いを馳せていると、ダビドフがそんなことを言ってくる。
「よし、色々と教えてもらったお返しに一つだけ聞いてやろう」
快く頷く。するとダビドフは、軽く顎を引き、脇を引き締め、戦闘態勢に入りながら言った。
「どうか、全力で」
「わかった」
あーあー。
「――始め!」
やれやれ、直前になってそんなこと言っちゃって。
…………仕方ない、プラン変更だ。
「!?」
初手、《龍馬体術》によるダッシュパンチ。
準備完了後すぐさま発動、間合いギリギリまで接近し、パンチ発動時に地面を殴りつける。
すると、体は宙へ浮く。そして慣性のまま空中を移動。
「なっ、あっ……!」
ダビドフは慌てて《角行体術》の準備を始めた。角行の回し蹴りで弾こうという狙いか。
甘い。予想より速い間合い詰めに戸惑っているのがバレバレだ。それに角行では受けの手として弱すぎる。ここは強気に龍王でよかった。
「そんなことが!!」
ナイスリアクション。
三手目、俺は空中で再び《龍馬体術》を準備しながら、ダビドフの頭上をそのまま飛び越えた。
彼の後方に着地、同時に《龍馬体術》を発動する。
ダッシュパンチの加速がえげつない。ダビドフはなんとか振り返り《角行体術》の回し蹴りを繰り出したが……まさか俺がまた龍馬だとは思いもしなかったのだろう。「ゲッ」という顔をしながらも、もはや止められない右足をそのまま振り抜いた。
「 」
俺の拳とダビドフの足がぶつかり合った瞬間、あまりの衝撃に空気が振動する。
龍馬と角行、どちらも非常に強力な攻撃だが、威力の差は明らか。
ダビドフは攻撃をモロに崩されて、声にならない声をあげつつ後方へとすっ飛び、勢い余って地面を三回転した。
「大将さんによろしく」
普段は歩いて近付き、いくつかの言葉を交わしてからトドメと行くところだが、今回は「全力で」というリクエストなので、そんな甘えたことはしない。
俺は龍馬後の硬直が解け次第、全力疾走で距離を詰め、有効範囲に入った段階で《角行体術》を準備、すぐさま発動した。
体を捻って縦方向に回し蹴りを放つことで、宙返り、つまりサマーソルトキックのような華麗な技をキメられる。
これは“魅せ技”であるとともに、相手からの相殺を対策した技でもあり、地味に大事な技術だ。
つまりは、手を抜いてないってことですよ。おわかり?
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
案の定すぐに終わってしまったが、約束を破るわけにはいかない。
ただ「サマソ」のおかげか、観客はかなり沸いているようだ。
よかったよかった。
さて、決勝戦。
お相手は、うちの執事キュベロだ。
「脱いでもいいぞ」
「いえ、私はこの恰好で。ファーステストの執事として、セカンド様と対峙したく思います」
「そうか」
相変わらずピシッとした執事服姿。見ていてまあまあ暑苦しいが、ここは本人の意思を尊重しよう。
「ふぅっ……」
キュベロは一つ息を吐くと、集中するように目を瞑り、だらりと垂らした手を体の横でぷらぷらと振った。
いいぞ、リラックスしていけ――と、そう思った瞬間、俺は不意に思い出す。
「セカンド様」
「……ああ」
まるで、あの時のようだ。
しかし、明確に違うのは……。
「私とお手合わせ願いたく存じます」
あの時と一言一句違わぬ言葉。ただ、その男の顔からは、緊張など欠片も見て取れない。
あれほど俺を怖れていたのに、だ。今や、微塵も臆さず、一歩たりとも退こうとはしない。
……成長したな、キュベロ。
お前がファーステストの執事であることを誇りに思う。
「キュベロ。俺はな、お前みたいな気合の入ったやつは、大好きだ」
「……光栄です。この上なくっ」
涙もろいやつめ。
思わず、右の拳を突き出す。ああ、顔が綻んで仕方ない。
最初は遠慮がちに差し出したその手。しかし、それは、徐々に、力を帯びていった。
こつん……と、キュベロの拳が、俺の拳にぶつかる。
目と目が合い、どちらからともなく、笑った。
「――互いに礼! 構え!」
静かな時が流れる。
ゆっくりと離れ、位置についた俺たちは、拳を構え合った。
装備など付けない。
あの時を再現するように。あの時との違いを確認し合うように。
さあ、魅せなければいけないぞ。
お前の拳など、まだまだ俺に届かないということを。
「――始め!」
初手、《龍馬体術》からの、跳躍。
キュベロの二手目は……《龍王体術》か!
「如何です!」
「最善ッ」
いいねぇ本当に。直前の試合で一度見せているから、待ち時間中にその対策を思い付くだろうと、そう読んでいた。これはキュベロへの信頼だ。
だからこそ俺は、キュベロの手前への着地を見せながら、空中で《角行体術》を準備する。
「!」
目敏く察知したキュベロは、龍王を即座にキャンセル、《角行体術》の準備を始めた。
「オラァ!」
「くっ!」
三手目、着地直後、角行によるサマソ。キュベロは、これに角行の回し蹴りをぶつけて防いだ。
五手目、俺が選んだ追撃は《飛車体術》。溜めるほど強力なパンチ。
キュベロの対応、六手目は《銀将体術》だった。俺が飛車を発動する前に潰してしまおうという狙いか。
悪くない。悪くないが……鋭さに欠ける。
「な、何を……!?」
キュベロの《銀将体術》が発動する間際で、俺は《飛車体術》をキャンセルし、《歩兵体術》を発動した。
普通に考えて、歩兵では銀将に火力負けする。キュベロの困惑も仕方がないだろう。
……何度かお前らにヒントは与えていたが、やはりこの短期間で身に付くような技術ではないということも理解している。
そう、まだまだこれからだ。
ゆっくり、ゆっくり、成長していけばいいさ。
じゃ、よく見ておけ。闘神位戦の醍醐味ってやつを。
「――っ!!」
銀将によるパンチを繰り出した瞬間、キュベロは気付いたのだろう。息を呑み、目を見開いた。
そうだ。同系統スキルの発動タイミングを0.02秒差以内に収め、拳の速度と方向を揃え、ぶつけると……。
「相殺される」
銀将が歩兵によって相殺、すなわち無効化される。
闘神位戦とは、リーチの短い攻撃同士の勝負。常に近距離でぶつけ合うためスキル発動のタイミングは被りやすいうえ、パンチやキックはなかなかに軌道を読まれやすい。ゆえに、如何に相殺を狙い、相殺させないかを考える勝負へと発展していく。
金剛戦でのドワーフたちに対して俺が指摘した通りのことが、今のキュベロの《銀将体術》にも言えるのだ。「相殺させない工夫が足りない」と。
そして、銀将後の硬直と、歩兵後の硬直とでは、後者の方が短い。
「ぶふっ!」
キュベロの顔面に俺の《歩兵体術》がめり込んだ。
すかさず《桂馬体術》による飛び蹴りで追撃。キュベロは《歩兵体術》で受けようとしたが、残念だ、それだと桂馬に火力負けしてしまう。
ミシッ……と、完全に入った感触があった。
思った通り、クリティカルヒット発動と同時にキュベロは大きく弾き飛ばされ、地面にダウンする。
最後の一手、俺の《龍王体術》を回避するすべは、もう、ない。
「次が楽しみだ」
「……ええ、全く、です……!」
まだまだ先があるんだ。まだまだ育成できる。
相殺対策を覚えて、相殺を覚えて、それから、それから……。
なあ、楽しみだろう? キュベロ。
メヴィオンって、すげえ面白いんだよ。
ああ、こんなに楽しいことはないさ。
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
* * *
「クッハハハハハハ!」
見事! 実に見事だ!
ダビドフをたった三手で吹き飛ばし、あの手練の執事を相手に指導試合とは!
何よりその相殺の腕前、一切の隙のない立ち回り、細部に至るまでの技術、まさに天下一品と言えよう!
「セカンド・ファーステストォォオオオ!!」
私はもはや我慢ならなくなり、観戦席で声を張り上げた。
いや、そんなものでは足りぬ。この興奮は伝わらぬ!
「セカンドオオオオオオッッ!!!!」
私は椅子の上に立ち、手すりに足を乗せ、再び叫んだ。
「クハッ!」
あの男、目を丸くして私を見ているぞ。
ああ、その瞳に私が映るということの、なんたる高揚か!
そうだ、よい機会だ、この場で伝えてやれッ……!
「セカンド! この私が勝利した暁には――婿となれ!!」
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