197 叡将戦 幕間
端的に言うと忙しかった! 再開! 以上! みんな解散!
セカンド・ファーステストによる叡将防衛。
観客の誰もが思い描いていた通りの結果である。
しかし、その試合内容に衝撃を受けた者は数知れない。
「…………儂は」
一人の男は、ぽかんと口を開けて放心し、喝采を浴びる叡将の姿をただじっと見つめていた。
彼の身体中に、あらゆる“思い”が満ち溢れる。
五十余年分の思いだ。容易には言語化できない。
しかし、突き詰めて言えば、それは――
「儂は……ッ」
――勇気。
手の震えを噛み締めるように、ぎゅっと握り込む。
彼は「終わった」と思っていた。
魔術師としての自分に、これ以上の展望はないと感じていた。
怒涛の如く押し寄せる時代の波に呑まれ、溺れ死にゆくものだと。
……【魔術】では、【魔魔術】に勝てない?
「阿呆が」
常識を否定する。
たった今その目にした光景が、彼に否定する力を与えた。
勇気だ。
老いがなんだ。気力がなんだ。追いつけないからなんだ。取り残されたからなんなんだ。
それでも、それでも続ける力を、勇気を、彼は、絞り出さんとしている。
第一宮廷魔術師団長ゼファー。今年で五十六歳。
新たなことを始めるには、なかなか辛い年齢であると、そう思っていた。
「それがどうした。なあ? 小僧。そうだろう?」
言い訳だ。
【盾術】だって、上げられた。《風属性・伍ノ型》だって、覚えられた。
まだまだできる。まだまだやれる。工夫次第で、どうとでもなる。
【魔魔術】だって、覚えてやろうではないか。
決して不可能ではない。目指し続ける限り、それは確実に近づくのだ。
「まだまだ、か……」
ゼファーの魔術師魂は、ここに来て一段と烈火の如く燃え上がることとなった。
人生、まだまだこれからである――。
* * *
「でですね相乗の際に属性の組み合わせで火力はどのように変化するのかと拙者すごく気になりまして実験してみた結果これがまたなんとも興味深い数値が出たわけですよええええそれでこの極秘資料を見ていただきたいのですがセカンド氏これどうです面白いでしょうなんと有利属性に不利属性を二つ上乗せした場合のみ1.17倍ほど火力が上がっておりましてね拙者これ有利属性に不利属性が弾かれる反動が火力として更に上乗せされているのではないかと推理をせざるを得ないといいますかいやまさに相乗だけに相乗効果という話でしてって誰が上手いこと言えとムホホホホ!」
……かれこれ一時間、頼んでもいないのに目の前に資料を広げられて延々と【魔魔術】の話をされている。
場所は俺の家のリビング。例の如くささやかに叡将防衛記念パーティーを開催し、ムラッティとニルとチェリちゃんとゼファー団長とケビン先生を呼んで、食事と酒を楽しんでいた。
ニルはケビン先生と、チェリちゃんはゼファー団長と喋っており、そこにラズやシルビアやエコも加わって、実に賑やかだ。
しかし俺とムラッティだけはいつまで経っても二人きり。誰も会話に入ってこようとしないし、ムラッティは俺以外と喋ろうともしない。
「私、一閃座戦でのラズベリーベル様の戦い方に心打たれましてねぇ。あの計算し尽くされた戦術……いやぁ、今思い出しても素晴らしいです。あそこまでの徹底、なかなかできることではありません。心から尊敬しておりますよ」
「せやろー? 皆ズルいやらなんやら文句言うてくるけどな、ここまで徹底したら逆にカッコエエねん。わかっとるなーケビンはん」
「フン、僕は正々堂々と戦って負けた方がまだマシだと思うがな」
「流石、卑怯に戦って負けた人は言うことが違いますね」
「ギャグで言うとるんか本気で言うとるんかわからんなぁ……」
「……じょ、冗談に決まってるだろっ!」
いいなぁあっちは楽しそうでなぁ。
「……団長、私ってもしかして才能ないんでしょうか」
「チェリ、いい加減うじうじするのはやめろ。今日でもう三度目だぞ。言ったではないか、お前は才能があるし、何より若い! 可能性の塊だ! まだまだこれからだ!」
「そう……かもしれませんが、しかし、皆さんあまりにも才気に溢れすぎていて、少し、その、自信が」
「自信を失うことはないぞ、チェリさん。私なんか毎日セカンド殿と一緒にいるのだ。自信なんて日に日に打ち砕かれて今や粉末状だ」
「あたしは、じしんある。たべるのだけは、とくい」
「エコ、食べ過ぎです。そのお皿で最後にしておきなさい。でないとまたご主人様に叱られますよ」
「はい!」
「返事だけは良いのだけれど……シルビア、見張っておいてください」
「うむ。また食べかねんなこれは」
「ほら、団長、これです。自信がパウダーの人も、食事には自信ありの人も、鬼穿将と金剛ですよ? はぁ……私は一体何を誇ればよいのやら」
「彼女たちは……まあ、特別だ。仕方があるまい。なんせ、あの小僧の弟子だからな」
「随分と六冠を買っているんですね。意外です」
「なぁに、ちと勇気づけてもらったんでな。それに、お前ほど入れ込んではおらんわ」
「べ、別にそんな私はっ!」
「ワハハハ! わかりやすいなぁチェリ」
あっちもなんだか楽しそうだなぁ……。
「ところで溜撃は拙者三秒溜めが効率良しかと思うのですがセカンド氏は如何お考えですかなああいや正解を教えてほしいわけではないのですよあくまで参考意見を聞かせていただけたらなとそういうわけでして、ええ、ええ」
「二秒以上溜めないと基本的に旨みはない。コスパは時と場合によるだろう。まあ強いて言えば溜めれば溜めるほど良いんじゃないか」
「あーっ! やはり? やはり? 拙者もそうなんじゃないかと薄々感じておりましてですねこれ! 具体的にはゼロ秒溜めで50%、以降は一秒溜める毎に75%ずつ加算されていくことを考えますといやぁ確かに溜めるほど効率良しなのですがしかし実戦で十秒も溜められるかというと疑問が残るところでしてね、ただ拙者はこんなに火力を出せるスキルは他にないとも思っておりましてやはりその魅力を最大限活かすにはちと無理してでも溜めないと魔術研究者の名が廃る気もしないでもなくてですなぁコッフォホホ」
「お前、笑い方は気持ち悪いがなかなか良いことを言うな。そうだ、溜撃が魔術で最も火力を出す方法だ。溜撃を使って決めに行くのなら、このゴリッゴリの火力を活かして観客を楽しませなければ、叡将戦出場者とは言えない」
「いやはやセカンド氏は意識が高いですなぁ拙者は悲しいかな自分のことで精いっぱいでござるよ」
「いいんだよそれで。むしろそれがいい。今回は勝ちを狙いに来てくれて、俺は嬉しかったが、観客はあまり嬉しくなかっただろう。もっと魔術に夢中なお前を観たかったはずだ。次回は、そこも考えて挑んでこい」
「ちょ、セカンド氏がいつにも増してデレデレな件。拙者フラグ立ってる可能性が微レ存……?」
「立ってねえし立たせねえよ」
「ツンデレですねわかります。これなんて小説?」
「どつかれたいのかお前? というか小説とか読むのか、意外だな」
「ええまあとはいえ拙者はいわゆる大衆娯楽としての小説ではなく魔術研究の参考文献として読んでいる変人ですので勘違いなさらずええええとにかく魔術が出てくる文献は幼少期には大概読み漁りましたなこれが」
「ブレないなあお前は……」
こっちはこっちで意外に話が弾むのがなんだか悔しい。
「――なあ、セカンド」
しばらくムラッティと【魔魔術】について熱く語り合っていると、不意にニルが話しかけてきた。
瞬間、ムラッティはスンッと魂が抜けたように静かになる。人見知りレベル99かよこいつ……。
「お疲れ。いいとこなしだったなお前」
「うるさい! いや、まあ、それはいい。例の件について聞きたい」
「例の件?」
「……例の件だ」
例の件……?
ああ!
「帝国はタイトル戦が終わったら潰しに行こうと思ってる」
「なんの話……なんの話だ!?」
あれ、どうやら違ったようだ。
「すまん間違えた、忘れてくれ」
「貴様、とんでもないことを口走るな! 忘れられるかっ!」
「悪い悪い。で、なんの話だっけ」
「アルファのことについてだ!」
「ああ!」
エルフの魔術師アルファ・プロムナード。冬季タイトル戦からずっと音信不通という話、だったな。
「まだ消息は掴めていない」
「……随分と悠長に構えているように見えるが、本当に探しているのか?」
おっと、疑われている。そいつは心外だ。
「心配するな。王都の何処かにいるたった二人の人間を十五分で探し出せる精鋭たちに捜索を頼んでいる。これでなんの情報も得られないようなら……タイトル戦が終わったら、帝国を潰す前に、俺が乗り出そう」
「そ、そうか。それならすぐに見つかりそうなものだが、だとすると……」
……確かにな。数日経って見つかっていない現状、逆に心配になるか。
「何か手がかりが見つかったらすぐに知らせよう。しばらく王都に待機していてくれ」
「フン、わかった。僕を待たせるんだ、それなりの情報を掴んでくれないと困るぞ」
「何様だお前」
「……ニル様だ」
ヴァイスロイ家の嫡子、ではないんだな。
「ニル、飲め!」
「ああ、飲もう。だが、ほどほどにだ」
「学んでるな! ははは!」
「では拙者そろそろドロンするでござる! また! セカンド氏! また!」
「はいはい。またな」
深夜二時半。
ようやくムラッティがお帰りだ。
その太い手をブンブンと振って別れを惜しむように何度も振り返りながら馬車に乗って帰っていった。
帰り際もまだまだ話し足りないといった風で、俺が「ムラッティ、そろそろ」と口にすると、捨てられた子犬のような顔で一瞬黙るのだ。そのせいでなかなか終了を切りだせなかった。
「やはりこうなりましたか……」
俺のグラスを下げながら、ユカリが呆れたように言う。
なるほど、昨夜のユカリはこのことを心配していたんだな。
ユカリの忠告通り、早く寝ておいて正解だった。
……さて。
「ユカリ、明日は?」
「逆に、ご主人様はどちらだとお思いで?」
おお、新パターン。
毘沙門戦か、闘神位戦か。
うーん、どっちだろうか。
「闘神位戦」
「その心は?」
「なんだか体術したい気分」
「……なんですかそれ」
珍しく、ユカリがくすりと笑った。
と、いうことは?
「正解です」
と、いうことか。
お読みいただき、ありがとうございます。
面白かったり続きが気になったり毎秒更新してほしかったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ちなみにブックマークや感想やレビューも嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたら更に幸せです。