196 叡将戦 その3
【魔術】 (火水風土の四属性)
有利不利:火>土>風>水>火
・壱ノ型 通常攻撃 (準備時間:超早、クールタイム:超短)
・弐ノ型 範囲攻撃 (遅、長)
・参ノ型 強力な単体攻撃 (早、短)
・肆ノ型 強力な範囲攻撃 (超遅、超長)
・伍ノ型 非常に強力な範囲攻撃 (最遅、最長)
【魔魔術】
《複合》 魔術と魔術を一つずつ複合させて用いる。
《相乗》 魔術一つに対して二つの魔術を上乗せして用いる。
《溜撃》 溜めるほど倍率の上がる魔術攻撃。
風にはためく白衣。
ジーパンのポケットにその太い手をねじ込んで、男の登場を待つ男の表情は、大きなつば広の帽子で見えない。
彼の精一杯の「カッコつけ」であった。
服を買いに行く勇気も暇もない。家の中にあった最もカッコよさげな白衣と帽子を身に付け、“らしさ”を演出した。
魔魔術に相応しい恰好……それを彼なりに苦慮した結果である。
心機一転、何かきっかけがあったのではないかというケビンの指摘は、当たっていた。
ないはずがないのだ。
わずか半年にして魔魔術を全て習得し、「魔術師」と名の付く者のことごとくが相手にならなくなった。
否、相手にならなくなってしまった。
彼は魔術師の頂点を極めようとして魔魔術を覚えたわけではない。単純に面白くて楽しくて仕方がなかっただけなのである。
だからこそ、戸惑った。
夢中になって駆け抜けて、ふと足を止めてみれば、周りに誰もいなかったのだ。
彼は理解させられた。
これまでずっと孤独だったと、そう思っていたが。本当の孤独は、これからなのだと。
孤独に研究してきたつもりだった。ただひたすらに魔術を極めていれば、いつか誰かが追い付いてきて、正当な評価をしてくれると、報われる日が来るのだと、そんな風に漠然と思っていた。
「…………」
これは、決別の証。
魔術師ではなく、魔魔術師として、嘘偽りのない本物の孤独の中で生きてゆかんとする、覚悟。
そして、彼を待つただ一人の男への、敬意。
誰よりも孤独であろうその男を、独りにさせないための、決意。
それらの、至極こっそりとした、表明。
「さ、やろうか」
「デュフォッ」
伸びをしながら歩み出てきた余裕の表情の男を前に、彼は不意に笑ってしまった。
あまりにも、話したいことが多すぎる。
この半年、如何に楽しかったかを伝えたかった。
多くの発見について語り合いたかった。
意見を交換したかった。
魔術とはどうしてこんなにも面白いのかと、些細なことでもいいからこの感覚を共有したかった。
一瞬にして様々な思いが溢れ、堪えきれず、吹き出してしまった。
――そう。それも、これも、全部、全部、貴方のおかげだ。
願わくば、貴方にも、つい吹き出してしまうほどに、喜んでもらいたい――!
「む、ムラッティ・トリコローリ、け、見参」
ちゃんとしなければ。
ムラッティ・トリコローリは、世界で唯一、貴方を脅かせる魔魔術師なのだ……!
「叡将、返して、もらますっ」
噛んだ……!
* * *
白衣に、魔術帽。ムラッティ、気合充分だ。
嬉しいよ。教えた甲斐があった。
何より笑顔なのがいい。
魔術でこんなに楽しめるのは、世界広しといえどお前くらいかもしれないな。
「セカンド・ファーステスト、見参」
覚えておけよ。
世界一位の名は、いつだってここにある。
……寂しくなったら、会いに来な。
「叡将――獲れるもんなら獲ってみろ」
「……っ……!」
「――互いに礼! 構え!」
これからの叡将戦は、【魔術】ではなく【魔魔術】がスタンダードとなるだろう。
それは決して抗うことのできない時代の波だ。
皆、必死こいて追いつくしかない。
追いつけた者だけが、次の波に乗れる。追いつけなかった者は、波に呑まれて溺れ死ぬ。
PvPなんて、その繰り返しだよ。
でもな。
「楽しみ方は、人それぞれだ」
当たり前だが、皆、忘れがちなこと。
やめちまう必要なんてない。
思い出させてやるのさ。足元にごろごろ転がっている石ころにさえワクワクしていた子供の頃の気持ちを。
そこまで気を配ってこそ、世界一位に相応しい。
「――始め!」
さあ、もう一度、遊ばせてもらおう。
十余年を経て、再び、叡将戦へと【魔魔術】が登場するこの歴史的瞬間を存分に楽しませてくれ。
初手――――《風属性・壱ノ型》、これを自身の足元へと放つ。
「!?」
びっくりするのは少し早いぞ、ムラッティ。
これからの一連の戦法、「ぴょんぴょん風」という。
俺が十年以上あたためていた戦法だ。
しかし、魅せるのは、この一度きり。
「……っ」
驚くのも束の間、ムラッティはすぐさま気を取り直すと《火属性・壱ノ型》《土属性・壱ノ型》《風属性・壱ノ型》の《相乗》を詠唱し始める。
通常の壱ノ型+α分の詠唱時間で三属性分の壱ノ型を放てるようになるってんだから、この世界の魔術師たちにとってみりゃ反則級だよなあ。
「いいぞ、悪くない」
ムラッティは詠唱を完了させ、《風属性・壱ノ型》を足元に撃ち風圧で飛び上がった俺の着地を狙い撃とうとしている。いわゆる「着地狩り」だな。
流石、【魔術】の特性をわかっているやつの判断だ。移動中は詠唱も発動もできない。ゆえに着地狩りが成功しないわけがないと見たようだ。
だが、空中を移動しながら詠唱できるこの方法なら、移動しながらの発動も可能である。要は移動を入力しているかしていないかの差。ムラッティ、そこまでは気付かなかったか?
「魔剤んご!?」
意味のわからんリアクション。「マジで」と言いたかったのか? 壮絶な噛みっぷりだ。まあ気持ちはわからんでもないが。
俺が空中を移動しながら詠唱していたのは《風属性・参ノ型》。そして、着地の寸前、更にそれを足元に撃つ。
若干ダメージは喰らうが……壱ノ型の時とは比較にならないほど速く、高く、空中を移動できる。
着地狩りを狙って放たれたムラッティの《相乗》は、俺がまたぴょんと飛び上がることを予想できていなかったようで、見事に外れてしまった。
風属性魔術でぴょんぴょん飛ぶから、ぴょんぴょん風。単純なネーミングだが、やられてみてわかるだろう、なかなか侮れない戦法である。
空中を移動しながら詠唱できるうえ、詠唱陣は見えづらく、移動しながらの発動も可能で、常に移動中のため攻撃は当たり難い。一石五鳥くらいの戦法と言えよう。
……忘れもしない、初代叡将戦。
サーバー内にて最速で叡将戦出場条件を満たし、零代目叡将を保持していた俺は、その日、その男の挑戦を待っていた。
そして現れたのが、オカン流――即ち、【魔魔術】の原点その人である。
俺は、彼に敗れた。【魔魔術】という劇的な発想に。栄光の初代叡将を、この手から逃した。
今でも夢に見る。「悔しかったことランキング」トップテンには確実に入る経験。
そう。あの日、あの時、あの発想さえ凌駕できていれば。
「壱ノ型だけ」でなく、「参ノ型でも」飛ぼうとさえ考えていれば。
俺は、負けていなかった。
あの天才アメリカ人に勝てていた。
何処かの誰かが、見たかったはずなのだ。【魔術】が【魔魔術】に勝つところを。
何処かの誰かが、叫びたかったはずなのだ。sevenは最強だと。
期待に応えずどうする。
なあ……ムラッティ。
「グェー!」
問いかけるように、空中から一発、ムラッティに《雷属性・壱ノ型》をお見舞いした。
《風属性・参ノ型》で飛び上がった後は、概ね壱ノ型二回分の間を移動できる。つまり、この後は再び《風属性・壱ノ型》で飛び上がり、《風属性・参ノ型》で更に飛び上がり、なんらかの壱ノ型で攻撃を入れて、また《風属性・壱ノ型》で飛び上がる。このループだ。
ムラッティにとってみれば、ぴょんぴょんぴょんぴょんと鬱陶しいことこの上ないだろう。
「む、お、おほっ、これが、なかなか、なんともっ」
さて、奴さんはぶつぶつと言いつつも、段々と目で追えるようになってきたようだ。
攻撃方法も《相乗》から《複合》に変えて時短をしてきているし、ムラッティ自身も少しずつ移動して俺が戦いづらいように仕向けているな。
つまりは、徐々にこちらのパターンが掴めてきたということだ。
頃合だろう。ここで変化を入れる。
今回は攻撃フェイズを《雷属性・参ノ型》にしてみようか。
「うひっ!?」
バゴォン! と強めの雷撃が轟いて、ムラッティはダウンする。
……そうか、これでダウンしてしまうのか。
そうか…………。
「なあ……面白いと思わないか?」
ダウンした状態のムラッティに、《雷属性・参ノ型》を詠唱しながら語りかける。
ムラッティは首肯した後、ゆっくりと口を開いた。
「は、激しく、同意ですなぁ」
そう、面白い。
たった一つだけだ。
PSの差だけで、ここまで違いが出るんだ。
お前が何に面白さを見出しているのかはわからない。
ただ、俺は、これだ。これなんだ。この一点こそが、好きで好きで堪らない。
「不思議だよなあ。全く別の道を歩んでいるはずなのに、俺たちは同じ空を見上げて、同じ星を眺めて、楽しんでいるんだ」
「や、ややこすぃ話はよくわかりませぬが……セカンド氏と一緒に楽しめて、せ、拙者も嬉しいですぞ」
「……だよなあ」
いかんな、気障が伝染ったか。
「悔しがらないのか? ムラッティ」
「むほ、むほほほほ! 不思議と悔しいんですなぁこれが……ええ、不思議と」
「戸惑ってんのか」
「ええ、ええ……ふへへ、どうしてこんなに悔しいやら。拙者、魔術だけ研究できればそれで幸せだったんですがねぇ~……」
なんででしょうねぇ、と。
自分自身に尋ねるように、ムラッティは繰り返した。
お前は、本当に……魔術が好きなんだなあ。
「魔術が魔魔術に劣っていると無意識に感じていた自分を不誠実に思ったんじゃないか?」
「!!」
だと思ったよ。
そして、よりによって、俺に負ける形で目が覚めた。
魔術だって、まだまだだと、思い出したんだ。
「大丈夫だ、勘違いするな」
俺は安心させるように言いながら、《雷属性・参ノ型》を発動した。
ダウンから起き上がったばかりのムラッティには、もはや回避するすべがない。
あっちのMGRと、こっちのINTを考えれば……これが最後の一撃になるだろう。
ゆえに、あえて口にする。
「お前が下手くそだっただけだ」
【魔術】も、【魔魔術】も、いつだって、ただそこにある。
スキルに優劣なんてない。決して裏切ることなくそれぞれの役割をこなしている。
【魔術】を裏切り、【魔魔術】に頼って、負けた――どちらにも夢中だったお前が、そう考え、悔しがってくれた。
……本気の証拠だ。
魔魔術師として、俺の首を獲らんと、本気で、立ち向かってくれた。
それだけで俺は、教えてよかったと、心から思えるなあ。
そして、願わくば……更なる深みへハマってほしい。
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト叡将!」
【魔術】と【魔魔術】、二つを合わせてこそ叡将戦なのだから。
お読みいただき、ありがとうございます。
面白かったり続きが気になったり毎秒更新してほしかったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ちなみにブックマークや感想やレビューも嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたら更に幸せです。