195 叡将戦 その2
【魔術】 (火水風土の四属性)
有利不利:火>土>風>水>火
・壱ノ型 通常攻撃 (準備時間:超早、クールタイム:超短)
・弐ノ型 範囲攻撃 (遅、長)
・参ノ型 強力な単体攻撃 (早、短)
・肆ノ型 強力な範囲攻撃 (超遅、超長)
・伍ノ型 非常に強力な範囲攻撃 (最遅、最長)
【魔魔術】
《複合》 魔術と魔術を一つずつ複合させて用いる。
《相乗》 魔術一つに対して二つの魔術を上乗せして用いる。
《溜撃》 溜めるほど倍率の上がる魔術攻撃。
闘技場に前叡将ムラッティ・トリコローリが現れた瞬間、会場は異様な熱気に包まれる。
その反応の原因は、彼の恰好にあった。
Tシャツとジーパンにサンダルという、普段通りの服装……しかしその上には、地面を擦りそうなほどに長い裾の白衣を纏い、頭には黒いつば広の魔術師帽を被っていたのだ。
「白衣の魔術師」とでも言うべきか。セカンドやラズベリーベルからすれば「とち狂った科学者」のように見えなくもない。
なんとも奇抜な服装であった。
闘技場中央にて、そんなムラッティと向かい合うは、ニルに勝利し準決勝へと進出したケビン。彼は若干の動揺を隠しながら口を開く。
「お似合いですよ、元叡将」
「あっ……あ、でゅっす」
「…………」
「……え?」
ありがとうございます。そのように返そうとしたムラッティであったが、口が上手く動かない。
彼は長らく他人と話さない生活をしてきたが、この半年はそれに拍車をかけて会話する機会がなかった。元来のコミュ障に更に磨きをかけてきたのである。
だからというわけではないが、ケビンの盤外戦術は全くもって通用しなかった。
そんな彼の様子を見て、ケビンは早々に見切りをつける。
「その服装、心機一転でしょうか? 何かきっかけがあったように思いますねぇ」
「あれ? あー、あれ? なんか、あー、いやぁ……」
「どうしました?」
言葉で攻めるのではなく、言葉を引き出すことで攻める。ケビンの話術は巧みなように見えたが――ただ一つ、誤算があった。
彼は、ムラッティを見くびっていたのだ。
「あ、その、もっとガッツリ削ってくるんじゃね? とか思ってたというか、なんか、ヌフッ、ぬ、ぬるいなと。ええ、ええ」
「ぬるい?」
「あ、いやほら、拙者、先生の御勤め先でですね、ほら、昔いじめられてたといいますか、ええ、そこらへんを突いてこないようではー、ええ」
ええ、ええ……としきりに頷きながら、ムラッティは言い難そうに口にする。
「勝てないでしょ常考」
「……!」
可能な限りの精神攻撃を行わなければ、貴方に勝ち目はない――ムラッティの言わんとしていることを、ケビンは俄かには理解できなかった。
ムラッティが、それをあまりにも当然のことのように言っていたからだ。
外道にすらならず、一体どうやって勝つというのか? ムラッティが素直に感じたその疑問が、至って純粋にその言葉を口にさせていた。
同時に、それはムラッティ自身の戸惑いでもあった。「こんなにチョロくていいの?」という、生まれて初めて感じたポジティブな戸惑いである。
「……話し始める際、いちいち“あ”と口にする癖は正した方がいいですよ、ムラッティ君」
「あ、す……あ、さーせっ」
「――互いに礼! 構え!」
盤外戦術は、期せずしてムラッティの勝利に終わる。
ケビンは教師の真似事をするくらいでしか、最後に彼を攻撃する方法を思い付けなかった。
すなわち……この時点で、ムラッティの中では、自身の勝利が確実なものとなった。
「――始め!」
審判によって試合開始の号令がかかる。
直後、ケビンは疾駆し、壱ノ型の射程ギリギリまで接近した。
ヒット・アンド・アウェイ戦法。ケビンが狙うのは、初戦と変わらずこれだった。確実に、安全に、勝つための戦法である。
「わろりーん」
対するムラッティは、射程距離で足を止めたケビンに対して聞こえない程度の小声でニヤつきながら独り言を呟いて、詠唱を開始した。
――《火属性・壱ノ型》《風属性・壱ノ型》《土属性・壱ノ型》《相乗》を。
「なん、ですか、それ……ッ!?」
ケビンは思わず驚愕の声を出す。
紛れもない恐怖だった。
決して太刀打ちできない死神が突然目の前に現れその大鎌を今にも振り下ろさんとしているようなもの。
一瞬にして頭の中が真っ白になり、対応のタの字も浮かんでこない。
こんなもの、一体どうすればよいというのか。
正解は――どうしようもない。
「……っく!」
少し遅れて、ケビンは《水属性・壱ノ型》を詠唱する。
その場しのぎに火属性だけでも打ち消そうと考えたのだ。
「3引く1は2ですなぁ」
ムラッティが声に出した通り、3-1=2である。
火属性は防ぐことができても、残りの風属性と土属性は防げない。
「!?」
そして、ケビンは壱ノ型二つ分の直撃を受け……ダウンした。
壱ノ型で何故!? と、彼は今、混乱の最中にあるだろう。
しかし、ムラッティに言わせてみれば、これもまた当然の現象である。
INTが違いすぎるのだ。
精々が水属性の壱~伍までを九段に上げ、他の属性はそこそこ上げている程度のケビンと、四大属性の全てを壱~伍まで九段に上げているムラッティとでは……実に、三倍近くの差があった。
「強すぎ……ませんか……?」
「お、おふっ、オカン流が反則級だと思われ」
ダウンから起き上がったばかりのケビンの目の前に、《火属性・参ノ型》《溜撃》をチャージしたムラッティが待ち構えていた。
詰み、である。
「――それまで! 勝者、ムラッティ・トリコローリ!」
……たったの二撃。
試合開始から三十秒と経っていない。
あまりにも呆気なさすぎる勝利。
終わってみて、初めて理解させられる。
当然の流れであったと。
ケビンにとっては、何一つとして抗いようのない試合であった。
「……はは、はははっ」
意識が戻るや否や、ケビンは思わず笑った。
ムラッティの言った通りだったのだ。
盤外で差をつけなければ、盤上では勝負にすらならない。
試合前から、ケビンは完全に負けていた。
今更気付いても、もう遅い――。
「叡将戦は新時代へと移り変わるのやもしれんな」
「……ぇ……あ、はぁ」
「今後はムラッティ君とセカンド六冠が先頭に立ち、切り拓いてゆくのだろう」
「いやいやセカンド氏が先頭なのは確定的に明らかなわけでして拙者なんかそんな劣化版というのも烏滸がましいレベルの豚ですので先頭とかちょっといや結構恐れ多いといいますかなんといいますかいやはや汗が止まらないんですがこれ」
「……君は彼の話となると、なんだ、やけに饒舌だな」
叡将戦挑戦者決定トーナメント決勝、ゼファー対ムラッティ・トリコローリの試合。
試合開始前から、場内の雰囲気はなんとも白けたものであった。
仕方がない、とも言える。
何故なら、どちらが勝つかが明白すぎるのである。
ケビンとの試合のアレを見せられては、もはや誰もがムラッティの勝利以外を想像できなくなってしまったのだ。
そして中には「早くセカンドとムラッティの試合を見せろ」と……心ない野次を飛ばす者もいた。
「……ふ……」
当然、その声はゼファーにも聞こえている。
しかし当の男は、静かに瞑目し、年相応に増えてきた顔の皺を更に深くして微笑むのみであった。
ムラッティはどう声をかけていいかわからず、沈黙する。
そんなムラッティを気遣ってか、ゼファーが一言、こう口にした。
「一思いに頼むぞ」
彼は既に、逃れられない敗北と向かい合い、覚悟を決めていたのだ。
「……っ」
ムラッティは、不意に気付かされる。
ゼファーの言葉は、即ち、手加減してくれるなよという忠告。
――手加減。
そのような発想、一度たりともしたことがなかった。
今、思えば……セカンドは、一体どれほどの手加減をしていたのだろう?
「…………」
そう考えた瞬間、ゾクリと、ムラッティの背中を得も言えぬ冷気が這い上がった。
「――互いに礼! 構え!」
まだまだ、と。
ムラッティは自身に言い聞かせる。
何度も何度も繰り返してきた言葉。
「でゅふっ」
つい、笑みがこぼれてしまう言葉。
魔術とは、解き明かせども解き明かせども底の見えない、無限の宝箱。
魔魔術もまた、そうであり。
セカンド・ファーステストという男もまた、そうであった。
「――始め!」
開始の号令。
同時に、ムラッティは《風属性・参ノ型》《溜撃》を、ゼファーは《風属性・伍ノ型》を詠唱する。
いくらゼファーのHP・MGRが高くとも、ムラッティの高INTによる《溜撃》ばかりはダウンせずに耐え切ることなどかなわない。
しかし、ゼファーはこの自爆以外に戦法を用意してきてはいなかった。
否、仮にそれ以外の戦法をとったとしても、負けると悟っていた。
【魔術】と【魔魔術】では、勝負にならない。
そんな当然のことに、当日になってようやく気が付いたのだ。
「……是非もなしか」
ゼファーの伍ノ型は詠唱が間に合わず、ムラッティの溜撃は十分なチャージを済ませて放たれる。
眼前に迫りくる風属性魔術の塊を見つめながら、ゼファーはぽつりとそう呟いた。
敗北。老いさらばえ、力及ばず、適応できず、新たな時代の波に取り残されていく感覚。時代は彼を置いて何処までも何処までも進んでいく。距離はどんどんと離れていく。どんどん、どんどん、離れていく。
第一宮廷魔術師団長ゼファー。今年で五十六歳。追いかける気力は、食らいついていく気力は、もはや……。
「――それまで! 勝者、ムラッティ・トリコローリ!」
一撃。
今の今まで手加減など全く知らなかった男は、やはり、手加減できなかった。
そして、手加減しようとも思わなかった。
彼には勝敗など正直言ってどうでもよいのだ。
セカンドにお礼ができる程度に頑張ればそれでよい。
それよりも何よりも、彼は今が楽しくて楽しくて仕方がなかった。
魔魔術習得条件を絞り込む日々。習得のため試行錯誤する日々。習得後からの研究漬けの日々。
まるで大好きだったゲームに新たな要素がアップデートされた時のように、毎日毎日飽きもせず熱中して心血を注ぎ続けていた。
今もなお、そうである。
まだまだなのだ。彼は、まだまだ満足していない。
そして、まだ、知らない。
魔魔術の深淵も然ることながら……更なる魔術の深淵も。
「さ、やろうか」
それを、この男が教えてくれることだろう。
第四百六十六代叡将セカンド・ファーステスト――。
お読みいただき、ありがとうございます。
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