194 叡将戦 その1
【魔術】 (火水風土の四属性)
有利不利:火>土>風>水>火
・壱ノ型 通常攻撃 (準備時間:超早、クールタイム:超短)
・弐ノ型 範囲攻撃 (遅、長)
・参ノ型 強力な単体攻撃 (早、短)
・肆ノ型 強力な範囲攻撃 (超遅、超長)
・伍ノ型 非常に強力な範囲攻撃 (最遅、最長)
「これはこれは、ニル君ではないですか。元気にしていましたか?」
「……久しぶりだな、ケビン」
微笑みながら余裕を演出する男と、ばつが悪そうな顔で挨拶する男。
叡将戦挑戦者決定トーナメント第一試合、ケビン対ニル・ヴァイスロイ。
ケビンは王立魔術学校で教師を勤めている百三十歳のエルフである。対するニルは、百二十八歳。然程、年齢は変わらない。しかし、二人の経歴には大きな差があった。
若くしてエルフ族の魔術師となり従軍、若き軍人として青春時代を過ごし、巡り巡ってキャスタル王国の宮廷魔術師となった後、スカウトされ名門王立魔術学校の教師となったケビン。
片や、ヴァイスロイ家という魔術の大家に生まれ蝶よ花よと育てられ、叡将戦に出場するも婚約を迫っていた相手に惨敗、勘当され無職となったニル。
まさに光と闇が相対していた。
言うなれば、中卒で必死に働いて手に職を付け叩き上げで出世した男と、一流大卒で社会に出るもプライドばかりが大きくなり適応できなかった男。
「その後、アルファさんとは如何かな? あまりよい噂は耳にしないが」
「どうもこうもない。僕は負けたんだ。わかるだろう」
「んー、わかりませんねぇ」
「……相変わらず性格の曲がった男だ」
「違いますよ。これは勝つか負けるかの殺し合い。勝負は既に始まっています」
「うるさいな、僕だってそれくらい学んでる」
「でしょうねぇ……」
この半年、ニルに何があったのか。
本人は多くを語らないが、想像に難くない苦労があったに違いないと、ケビンはそう悟る。
「互いに礼! 構え!」
審判の号令に従い、二人は位置についた。
静寂が場を支配する。
ケビンは言った。タイトル戦とは「勝つか負けるかの殺し合い」と。
ニルは心底同意する。彼にも、身に覚えがあったのだ。そう、痛いほどに。
いざ殺し合おうという直前、ペラペラと喋りだす馬鹿はいない。
「――始め!」
試合が開始するとともに、ニルは三歩だけ接近し、すぐさま《火属性・壱ノ型》を詠唱する。
射程ギリギリでの速攻だ。
「なるほど」
ケビンはそう一言、《水属性・壱ノ型》を詠唱し、ニルの発動に後から合わせる形で発動した。
「!」
直後、ハッとする。
ニルの壱ノ型が、途中で落ちたのだ。
これはメヴィオンにおける落としと呼ばれる技術。あえて「ふわり」と撃つことで、魔術が途中で失速し落下する効果がある。
「先手は、僕だ」
唐突な宣言。
同時に、ニルはケビンの壱ノ型を上体を反らしてコンパクトに躱し、間髪を容れずに《風属性・壱ノ型》を詠唱した。
ケビンは、ニルのドロップによって地面に燃え広がった壱ノ型のせいで、次撃の詠唱陣が見えない。
「……へぇ」
そのニルらしからぬ戦法に、ケビンは感心の溜め息をつく。
それは、冬季叡将戦にてアルファが見せたヒット・アンド・アウェイ戦法――相手の攻撃を躱すことに重きを置き、射程ギリギリから壱ノ型のみを用いてちまちまと攻撃する作戦。他ならぬニルが「嫌らしい作戦だ」と試合中に馬鹿にした作戦である。
「君には、よい経験だったのかもしれないね」
ケビンは、確かな成長を感じ、思わず小声で本音を漏らした。
実を言えば、下に見ていたのだ。肩書きばかりに囚われている世間知らずの貴族のお坊ちゃん、それがニル・ヴァイスロイという男の印象だった。
泥臭い軍人から、元宮廷魔術師の名門学校教師というエリートにまで成り上がった彼だからこそわかる。ニルの惨敗は、彼の人生にとって必要な経験であったと。
一度、泥を舐めたからこそ、こうして泥臭い戦法ができるようになった。
なりふり構わず勝ちに行く強さを得ることができたのだ。
タイトル戦とは、勝つか負けるかの殺し合い。そこにプライドなどあっては邪魔でしかない。
この半年で、ニルはようやく気付くことができたのであろう。
「だからこそ、か」
ケビンは思う。
教えてあげなければならない、と。
……本物の泥臭さとは、なんなのかを。
「さて」
ニルが射程ギリギリから連射する壱ノ型を、ケビンは左右に避けていたが、突如として後退、射程外へと出ることで回避した。
当然、ニルは再び射程内へと入るようにケビンを追いかける。
「!」
そこで、ニルははたと気付く。
たったそれだけで、先後が入れ替わっている事実に。
半年間、練習相手がいなかったことがここに影響した。
ケビンは既に、射程外で壱ノ型を準備して待っている。
このまま無警戒に近付いては、今度は向こうから壱ノ型の連射を受けてしまう。
「気付きましたか? 一撃離脱は魔術戦の基本。わざわざ宣言するような作戦などではありません」
ケビンは挑発するように、教師然とした口調で説明する。
実に性格の悪い盤外戦術であった。ケビンはこう言っているのだ。お前が負けたアルファは基本しか使っていなかったと。こんな基本、誰にだってできると。そして、そんなことすらわからずに、お前は今、基本のみで戦おうとしているのだと。
……実際のところ、常人は“徹底”ができない。基本を徹底することに意味があり、それが作戦ともなる。ここが学校であれば、ケビンは加えてそう教えたことだろう。
しかし、これは勝つか負けるかの戦い。如何様な手を使ってでも勝ちを拾いに行く泥臭さこそケビンの持ち味であるがゆえに、精神攻撃の効果が弱まるようなことはしない。
「長引かせても仕方がないですからね」
「くっ!」
ケビンが《水属性・参ノ型》の詠唱を見せた。
参ノ型は、壱ノ型よりも射程が長い。ゆえにニルは焦り、慌てて接近して、参ノ型の発動を潰そうと壱ノ型を詠唱し始める。
「やれやれ、君は何も成長していないようですね」
「な……!」
ケビンは、0.3秒後には既に参ノ型をキャンセル、《水属性・壱ノ型》の詠唱を開始していた。
「ぐあっ!」
近づいて詠唱を開始したニルに、容赦なく壱ノ型が突き刺さる。
参ノ型は、最後の最後の奥の手の、目くらまし――ある男がある女にアドバイスした言葉の通りの、絶妙なフェイク。
ニルは、冬季の試合でアルファにしてやられた手筋に、再び、まんまと、引っかかった。
「この半年間、何をやっていたんだい? ニル君」
追い打ちをかけるように言いながら、壱ノ型を連射するケビン。ニルは一発喰らったことで動きが鈍くなり、躱すことで精一杯といった様子。
「今日もまた負けたら、一体どうなってしまうんだろうね?」
不安を煽り、焦らせる。
壱ノ型を連打しながらニルを追い詰めるケビン。その心の中は、たった一言で埋め尽くされていた。
間違えろ。
間違えろ、間違えろ、間違えろ、間違えろ、間違えろ。
願うは、ただ一つ……相手のミスである。
「このまま行けば、判定で私の勝ちだよ。ほらほら、何か行動を起こさないと」
「…………っ」
ケビンは揺さぶり続けた。
しかし、ニルは間違えない。
基本に忠実に、ひたすら躱す。躱すことだけに集中する。
射程外へと逃げようとすれば、ケビンに距離を詰められる。壱ノ型で切り返そうにも、詠唱する時間がない。無理に詠唱しようとすれば、被弾は避けられない。
それらを全てわかっているからこそ、ニルはひたすらに躱し続けた。
願うは、ただ一つ。ケビンが、ほんの一瞬の隙を露呈すること。
こうして、互いにミス待ちの状態となった。
確実に勝ちたいからこその選択である。
あらゆる手段で揺さぶり続ける男と、ひたすら耐えチャンスを待つ男。
美しさなど欠片もない勝負。
だが……それをニル・ヴァイスロイがやっているという事実に、感動を覚える者もいた。
「――それまで! 判定により、ケビンの勝利!」
一時間が経過し、ニルの敗北が決まる。
試合終了の合図と同時に、肩で息をしていたニルが、四肢を放り出して地面に寝転んだ。
「……見違えたよ。驚いた。君はもう、私の知っているあのニル君ではないようです」
ケビンは歩み寄り、そう語りかける。
ニルは深呼吸をして息を整えると、鼻で笑って言った。
「負けてちゃ意味ない」
「それは」
「魔術戦、向いてないだろう? 僕」
「…………」
「わかってるよ。でも、この半年だけ……やってみたかった。どうしても」
半年間の挑戦。それが、失敗に終わったということは。
「じゃあな」
ニルは立ち上がり、ケビンに背を向ける。
「待って」
ケビンは一言、ニルを引き止めると、最後の言葉を伝えんと口を開いた。
その後のニルの人生を決定づける言葉である。
「大昔……君が、私に魔術を教えてくれたことがあったでしょう?」
「……ガキの頃の話か。あれは下手くそだったお前に自慢したかっただけだ」
「ええ、そうかもしれません。しかし」
にこりと微笑んで、ハッキリと。
「私は嬉しかった! それだけです」
* * *
「なんとなく、うちと通じるとこあるなぁ。勝った方のエルフ」
「ラズはもっと頭脳派な感じがするけどな」
「え、ほんまに!? 嬉しいわぁ~」
ニルとケビン先生の勝負を観戦していた俺たちは、試合終了後、思い思いの感想を口にした。
ラズは、ケビン先生の盤外戦術に親近感を覚えたらしい。いやいや、口には出さなかったが、お前の方が数倍えげつないよ。
「……セカンド殿。ニル殿は、魔術師をやめてしまうと思うか?」
ニコニコと上機嫌なラズを横に、シルビアが硬い顔をして言った。
試合後の二人の会話を聞いて、なんとなく察したのだろう。
「やめるだろうな」
「やはりか」
「向いてないと自分で言ってりゃ世話ないさ。向いてなきゃできんのなら、他に向いてることを探すしかない」
「見つけてほしいものだ……私は、そう思う」
「もう、ヒントを出しているやつはいるようだ」
「……うむ!」
なかなか、自分が得意なことに自分で気付くことは難しい。
運良く“得意”に巡り会えるか。はたまた、運良く“人”に巡り会えるか。
俺は前者で、彼女は後者。ニルは、どうだろうな……?
* * *
叡将戦挑戦者決定トーナメント第二試合、ゼファー対チェリ。
第一宮廷魔術師団の団長と、団員の勝負である。
そして、二人の師もまた同じ。
大魔術師チェスタ。チェリの大叔母であり、焔の魔女と恐れられた元宮廷魔術師団長その人だ。
「早くもこうして向かい合う日が来るとは……光陰矢の如しか」
闘技場中央、チェリと向かい合う赤毛のてっぺんハゲの中年の男ゼファーが言った。
チェスタの引退を期に、叡将戦出場を決めた男。相対するは、同じく初出場の女。赤ん坊の頃から知っている、娘のような孫のような相手であり、大切な部下である。だが、いつかはこんな日が来る気がしていた。勝つか負けるかの殺し合いをする日が。ゼファーは、その数奇な運命に感慨を覚える。
「恩返しさせていただきます。団長」
そんな年寄りくさいことを言うゼファーに対し、チェリは挑発ともとれる鋭い言葉を口にした。
恩返し――即ち、子が親に勝つことである。
「チェリ。妹弟子であるお前に、一つ教えてやろう」
「なんです?」
「儂があの婆より弱いと思うてか」
「!」
チェスタを「婆」呼ばわりなど……チェリは怖ろしくてできない。
その一言だけで、チェリはゼファーが本気で言っているのだと悟った。
「互いに礼! 構え!」
チェリは動揺のまま位置につく。
実力も、経験も、精神も、全てにおいて、ゼファーが優っている。それを、よりによって試合直前に、まざまざと感じさせられた。
「…………」
このままでは、勝てない。
チェリは覚悟を決める。開幕と同時に、勝負に出る覚悟を。
「――始め!」
審判による号令。
直後、チェリは《水属性・参ノ型》の詠唱を始め――
「…………え」
そこで、気付いた。
ゼファーが、《風属性・伍ノ型》を詠唱していることに。
「なん……っ!」
なんで、という言葉も、全て出きらない。
そのような暇などないとわかったのだ。
ありとあらゆる思考が一瞬のうちに脳内を駆け巡る。
もしもゼファーがセカンドのようにHPを上げていたら? 答えは「参ノ型の直撃でもダウンしない」だ。HPが1割以上削れるダメージでなければ、参ノ型でのダウンはとれない。対局冠による事前研究で、チェリはその事実を明らかにしていた。
そう、ダウンがとれなければ……伍ノ型の発動を許してしまう。しかし、参ノ型でダウンをとれないとなれば、残された阻止の方法は――
「っ……!」
――接近。
まさに冬季叡将戦にてチェスタがセカンドに対して行ったように、接近するしか対策はないように思えたのだ。
よもやセカンドほどHPを上げているわけではあるまいと、自爆できるほどHPがあるわけではあるまいと、チェリはゼファーの表情をちらと覗いた。
……ゼファーは、笑っていた。
「!!」
惑わされるな、と。チェリは己を叱責する。
今、確かな恐怖を覚えた自分を、必死に奮い立たせる。
「倒れなさいっ!」
接近から、《水属性・参ノ型》の詠唱、そして発動。
そつなく動き、ゼファーの胸部へと鋭い一撃を喰らわせる。
「――舐められたものだなぁ」
「!?」
ダウンは、しなかった。
ゼファーの《風属性・伍ノ型》の準備が完了する。
「何故……」
「言ってなかったか? 儂は最近、盾術に凝っていてな」
「そう、でしたか」
「おまけに、安くはない月給を叩いてMGR上昇防具を買った。加えて、風属性の伍ノ型を新たに覚えた。何故だかわかるか?」
「……威力の調整。自爆してもご自身のHPを残すためでしょう。恐らく、段位にまで上げていないのでは」
「流石だな。儂はこれで、決勝まで上がろう」
「それほど甘くはありませんよ」
「……知っている。だが、儂にはこれくらいしかできん」
潔い言葉。ゼファーは笑いながら言った。
同時に、チェリは自嘲するように笑う。
直後、二人の間で伍ノ型が炸裂し……勝敗は、決した。
「――それまで! 勝者、ゼファー!」
* * *
俺の予想していた通り、ゼファー団長が勝った。
チェリちゃん、かわいそうに。イイトコナシだ。
でもまあ仕方がない。半年間、ゼファー団長はこの自爆戦法を成功させるためだけに必死こいてHP・VIT・MGRをガン上げしていたのだろう。叡将戦出場を目指して満遍なく努力していたチェリちゃんとは、努力の精度が違う。
「思えば、セカンド殿の戦法ばかりだな」
「ん?」
唐突にシルビアが口にした。どういう意味だろうか。
「ニル殿とケビン先生の採用していた戦法も、元はセカンド殿がアルファさんに教えたものだろう? そしてゼファー殿の自爆戦法。これもセカンド殿がチェスタ様を相手に使っていたではないか」
「あー……そりゃ、なぁ」
「む? 何か変なことを言ってしまっただろうか」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
ただ、その「戦法」という表現。俺は違和感を覚えずにはいられない。
何故かって、【魔術】だけで戦っていて、戦法もクソもないじゃないか。
そりゃヒット・アンド・アウェイや自爆くらいしかできねえよ。戦い方なんて被って当然。
そもそも、叡将戦は、そんな勝負ではないのだ。
第一回叡将戦で、0k4NNさんが、そう明らかにしている。
「なるほど。戦法ではなく手筋、と、そういうことか?」
「まあ、そんなところだ」
「ふふん」
ぴたりと言い当てたと思い、得意げなシルビア。なんだか可愛いので、それでよしとする。
「えーと、次がケビン先生とムラッティで、その勝った方がゼファー団長とか……」
「なあなあ。センパイの予想、聞いてもええ?」
次の試合まで暇なので、対戦表を眺めて予想をしていると、横に座っていたラズが興味深そうに話しかけてきた。
俺は、大して考えることもなく、こう答える。
この中で唯一、叡将戦ができるだろう男の名を。
「ムラッティ・トリコローリ」
お読みいただき、ありがとうございます。
面白かったり続きが気になったり毎秒更新してほしかったりしたら画面下から評価をよろしくお願いします。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。ちなみにブックマークや感想やレビューも嬉しいです。書籍版買ってもらえたりコミカライズ読んでもらえたりしたら更に幸せです。