192 天網座戦 その3
【糸操術】
《龍王糸操術》 拘束した対象を限定に最も強力な単体攻撃
《龍馬糸操術》 何本もの糸を同時に放射し触れた対象を強制拘束
《飛車糸操術》 束ねた糸で非常に強力な単体攻撃
《角行糸操術》 糸を針のようにして強力な貫通攻撃
《金将糸操術》 半径4メートル以内の対象を糸で拘束する
《銀将糸操術》 束ねた糸で強力な単体攻撃
《桂馬糸操術》 一定時間、魔物や人間や人形を糸で操る
《香車糸操術》 糸を針のようにして貫通攻撃
《歩兵糸操術》 束ねた糸で単体攻撃
(金+香or角の複合が可能)
天網座戦、最終試合。
闘技場に現れた男は、スカしたバンドのギターみたいなやつだった。
黒髪に紫色のメッシュ。いかにも男子中学生が好きそうな髪型。
服装は真っ黒の革パン革ジャケだ。暑くないのかな?
しかし、顔はかなりいい。そして若い。ゆえに、こんな「マジか」という恰好も一応は映えている。
「よお、自演野郎」
向かい合って、軽く挨拶。
すると、プリンスは鋭い目を更に鋭くして俺を睨み、こう言った。
「よぉー、パクリ野郎」
パクリ?
「何が?」
「お前、僕の松明、パクったろ」
「僕の……松明……?」
下ネタか?
「とぼけるなよムカつくなぁ。松明だよ。お前使ってただろ一つ前の試合で。自分で発見したとか馬鹿みたいな嘘つくんじゃねぇーぞ? あんなの自分で発見できるわけねぇーから」
ああ、松明。
「いや、あれは俺が持参したものだ。ユカリに頼んで庭から松の木の枝を」
「そういう意味じゃねぇーよ!!」
なんなんだこいつ。カリカリして。カルシウム不足か?
「何が言いたいんだ?」
「冬季の僕の試合を見て、松明戦法をパクったんだろって言ってんだよ!」
……………………。
ほお。
「松明を使う戦法は、プリンス君が最初に発見したと、そう言っているのか?」
「僕以外に誰がいるんだよ。半年前、僕が初めて天網座戦で使ったんだ。僕が発明者だろーが常識的に考えて」
「…………」
「黙んなよ。なんか反論してみろよ。なぁおい」
「……やればわかるか。本当にお前が発明したのかどうかは」
「何言ってんの? まずは謝罪だろ? 馬鹿か? 死ねよ」
本当なら。
ああ、そんなに嬉しいことはないな。
世界一位をパクリ呼ばわりしたことは、水に流してやってもいい。
「――互いに礼! 構え!」
号令に従い、武器を取り出す。
俺は変わらず、フロロカーボン16lb。
プリンスは、イヴと同じ蜘蛛糸か。
「おい! まだ話は終わってねぇーぞ!」
……プリンス。まるで子供のような男。
口を尖らせて声高に自分の正当性を主張し、築きあげた体裁を守ろうと必死だ。
自作自演のようなちょっとしたズルも、バレさえしなければ、己が一番になるためには辞さない徹底ぶり。
人に見えないところでこつこつと努力し、姿形を整えてカッコイイキャラクターを作り、なんとかして人気者になろうともがいている。
そして、この怒りっぷり。きっと昨日あの後お家に帰って顔真っ赤にして独りで発狂していたに違いない。
わかるぞ。
こいつは強い。
今までになく強い。
実に「ネトゲ向き」だ。
ただ……。
「――始め!」
輝きが、足りない。
* * *
「意味がよくわかりませんでした。カッパさんはわかりますか?」
「セカンド様はプリンス天網座の戦法を真似したってこと?」
「いや、それはないでしょ。だってセカンド様、冬季では自分の出るタイトルの試合しか見てなかったし」
「そもそも性格的に絶対真似しないでしょうしねぇ」
「カッパさんはどう思います?」
「……ちょっと、いい加減その呼び方やめてくれる?」
観戦席にて、セカンドとプリンスの会話を聞いていたファンクラブの面々が首を傾げていた。
その中に一人、メンバーでない女の姿が。
プリンスの自作自演を手伝っていた合羽の女である。
「いつまで経っても貴女が名乗らないので」
「名乗ると思う?」
「じゃあカッパさんで」
「…………」
溜め息をつく合羽女。諦めたようだ。
「ところで、プリンス天網座ってそんなに強かったんですか? 真似してないとはいえ、セカンド様が使うような戦法を編み出したってことでしょ? それって凄くないですか?」
直後、誰かの疑問に、合羽女は唖然とした顔をする。
そして、「まさか」という風に口にした。
「冬季のあの衝撃を知らないの……?」
「衝撃?」
当然、セカンドファンクラブの全員が知らない。何故なら、当時既に彼女たちの興味はセカンドのみにフォーカスされていた。セカンドの出ていない天網座戦など、誰も見ていない。
そんな彼女たちの反応に、合羽女は「あり得ない」と額に手を当てて口を開く。
「いい? 愚かなお前らに説明してあげるわ。プリンス様はね、冬季天網座戦でトーナメント合わせ全ての試合で一撃も喰らわずに天網座を奪取したのよ。どうしてかわかる?」
皆、首を横に振る。
「松明と、龍ノ髭よ」
「龍ノ髭……?」
「相手の武器が蜘蛛糸なら、松明で勝負にならない。相手の武器がワイヤーなら、龍ノ髭でボコボコ。この戦術で、プリンス様は天網座になったの」
「なるほど……半年前は、イヴさんみたいに髪の毛を使うような人はいなかった。となると、松明への対策がワイヤーくらいしかない。でもそのワイヤーには龍ノ髭が相性抜群と。で、その龍ノ髭は、入手困難?」
「それもそうだけど、一番の要因はプリンス様の努力の成果ね。対ワイヤーを想定した龍ノ髭での戦い方があまりにも完成してた。だから無傷で天網座になれたのよ」
「で、貴女はファンになっちゃったと」
「そんなニワカと一緒にしないでッ! 私は最古参よッ!」
「わーお、逆鱗」
いきなり激怒した合羽女。
しかし、何処か通じるところがあったのか、ファンクラブの面々は更に話を聞こうと食いついた。
「なんか、ファンが減ったって聞いたけど、それと関係してる?」
「……関係大ありよ。古参はほとんどお前らの推しに吸い取られて、今や新参のニワカばっかり。プリンス様最強~だの頭脳明晰~だの戦略家~だの、なぁーんもわかってない馬鹿女ばっかッ!」
「あー……」
「プリンス様はね、そんなんじゃあないのよ! なんか、こう、守ってあげたくなる可愛さというか、天網座になって調子に乗っちゃうあの子供っぽさがイイの! 意地っ張りで、すぐムキになるし、一番じゃないと嫌だからって地味なズルするところとか、陰でこつこつ頑張ってるのに全然努力してませんけど~みたいなクール顔で恰好つけるところとか、そういうバレバレな感じが愛おしくて放っておけなくてイイんじゃないッ!」
「……あ、はい……」
「私だって嫌だったわよ! あんなモロバレな自作自演! でも手伝っちゃうのが惚れた弱みってやつでしょぉ!?」
「そ、そう思います、はい……」
パンドラの箱を開けてしまったようである。
溜め込んでいたものが爆発した合羽女は、嘆くように身の上を暴露した。
ファンクラブの面々は何故だかいたたまれなくなり、憐憫とも同情ともつかない言葉で口々に慰める。
そして、ついには話題を変えようと、メンバーの誰かが口にした。
「……カッパさん。あの、素朴な疑問なんですけど、元天網座は? というか、セカンド様とイヴさん以外の出場者って、半年前はいたはずだと思うんですけど、何処行っちゃったの?」
始め――と、闘技場に審判の号令がこだまする。
直後、合羽女は、こう回答した。
「――戦意喪失でしょ。冬季が、あまりにも圧倒的すぎたから」
誰かが言った。
【糸操術】は格闘技だと。
違いない……この二人の試合を目の当たりにした者はそう思うことだろう。
《歩兵糸操術》は、拳の分身。四メートルの間合いに足を踏み入れるまで、拳で殴り合うのがセオリー。
熾烈だった。
互いに一歩も引かない、前のめりの殴り合い。
両腕を力いっぱい振り回し、全身全霊でぶつけ合う。
「今の当たっただろうがよぉ!」
「当たってねえよバーカ!」
「ほら今のもぉ! なんかズルしてんじゃねぇーのかぁ!?」
「だから当たってねえから! ウスノロ!」
「クソッ! クソッ! クソッ!」
「あ、パンチラ」
「え」
「隙ありッ!」
「なっ! ずりぃぞ!」
誰かが思った。
まるで子供のようだと。
二人は遊んでいた。
無我夢中で遊んでいた。
もう随分と遊び相手のいなかった鬱憤を晴らすかのように。
疲れを知らない子供が他の何もかもを忘れて没頭するように。
彼らは無限に遊べた。
無邪気な笑顔を浮かべて、しかし真剣に、ずっとずっと遊べた。
「俺が先手!!」
四メートルの間合いに突入する。
先手を取ったのはセカンド。
《香車糸操術》から《桂馬糸操術》へと繋ぎ、インベントリから松明を取り出す。
瞬間、プリンスは蜘蛛糸を装備から外し――“龍ノ髭”を装備した。
金将圏内へと入るまでは、リーチと柔軟性のある蜘蛛糸が有効。金将圏内へと入ってからは、リーチと火力を両立した龍ノ髭が有効。
ワイヤーでは短く、蜘蛛糸では低火力。まさに痒い所に手が届く武器、それが龍ノ髭。
「僕の戦法が僕に通用するかってのっ!」
プリンスは《歩兵糸操術》を準備し、セカンドの松明を迎え撃つ。
セカンドはぐいっと糸を手前に引き寄せ、間一髪、プリンスの《歩兵糸操術》によって桂馬の糸を切断されることを防いだ。
「Fooo! 危ねー!」
《桂馬糸操術》をキャンセル、松明を手放し、再び距離をとるセカンド。
プリンスはその様子を見て、武器を再び蜘蛛糸へと変えた。
「おらおらどうしたよぉ五冠サマよぉ? ビビってんのかぁー?」
ビュンビュンとリーチのある糸を振り回し、挑発するプリンス。
空で回したかと思えば、地面スレスレまで落とし、それから足の間を潜らせ、体の左右をビュンビュンと回して……暇潰しのついでにテクニックを自慢する。
「へッ、甘いな」
それに対抗して、セカンドもテクニック自慢を始めた。
産毛を撫でるような体ギリギリを高速で通らせる糸の乱舞。俄かに観客席から歓声があがる。
「な、このっ……!」
「まだまだ」
プリンス、負けじと追走。しかしセカンドは手を緩めるどころか、更に難易度を上げていく。
「クッソ、僕だって!」
「こうしてこうしてこうと」
「う、ぉ、おおおおっ!」
「こんなんどーよ」
「だぁああっ! クソッ!」
唐突に始まった自慢合戦はセカンドの勝利に終わった。
流石に格が違う。この男は、世界ランカーを相手に魅せていたプレイヤー。世界一位なのだ。
「さ、もっかい!」
ニカッと笑って、セカンドが言う。
「っしゃ、来いよオラァ!」
間合いの詰め直し。《歩兵糸操術》の殴り合い。
プリンスはギラついた目で、セカンドは無邪気な笑みで、互いに拳をぶつけ合う。
勝ちたくて勝ちたくて堪らない子供と、楽しくて楽しくて堪らない子供。
子供が二人揃えば、遊ぶに決まっていた。
「あの二人、放っといたらいつまで経ってもやっとるで」
観客席にて、ラズベリーベルが微笑みながらそう呟いた。
「本当にな」と、シルビアが返す。
しかし、彼女たちは何処か、二人を羨ましそうに眺めていた。
大人になるにつれ、見えるものが増え、逆に見えなくなってくるものがある。
あんなに自分を剥き出しにして、勝負に夢中になれるだなんて、なんだか、一周回って清々しいのだ。
世界一位の本質は童心。周囲など気にせず、見栄えなど求めず、他に何も考えず、遊びに熱中する子供そのもの。
だからこそ、あれほどハチャメチャに強い――。
* * *
「僕が先手!」
さあさあ、二度目の金将圏内だ。何で来る? プリンス君。
「本物を喰らえぇッ――!」
やっぱり《桂馬糸操術》か。加えて龍ノ髭への武器転換と、その先端に松明も。これで完全体ってか。
しかし決して闇雲ではない。一発目の香車を少し遅めにずらして、その後に銀将を加えることで武器転換の時間を捻出していた。その代わり桂馬が少し遅れるが、結局のところワイヤーではリーチが足りないし龍ノ髭以外の糸では防ぎようがないだろうという主張だな。
なるほど、だ。まさに定跡手。よーく考えられている。
「……残念」
だからこそ、お前は違う。
なあ、そうじゃないだろう。プリンス。お前はそうじゃない。
「教えてやる」
松明を発見した? 僕の戦法が僕に通用するわけない? 馬鹿言えよ。
「本物の松明対策ってのは、こうするんだ」
「!!」
龍ノ髭に持ち替えて防ぐなんて、ナンセンスだ。防ぐことを目的にしている対策なんて、対策とは言えない。そりゃ、その場しのぎだ。
対策ってのはな、「そんな手があるんじゃ松明は使えないな」くらいの状況まで持ってって初めてそう呼べるんだよ。
「なん、でぇっ!?」
プリンスの驚愕する声が響き渡る。
なんでだろうねぇ? 俺も不思議だ。でも、そうなるんだから仕方がない。
――フロロカーボンは、すぐには切れないのだ。火であぶられるくらいでは。
これは、非常にゲーム的な理由……そう、ワイヤーと龍ノ髭以外の糸は火ですぐに切れるように設定されており、釣り糸はそう設定されていないという、ただそれだけの理由なのかもしれない。
だが、事実、すぐには切れないというこの特性が、松明への対策としてぴたりと当てはまった。
糸そのものが対策。松明の有用性を最初に発見した傲嬌公主さんも、度肝を抜かれたに違いあるまいよ。
加えて、16lbという強度、伸びにくさ、糸の重さ、耐磨耗性の高さ、これらの要素が、絶妙なバランスで操作性を向上させている。他の糸にはないとても繊細な操作感だ。だからこそ俺は、火力が低くても、他の柔らかい糸と比べてリーチが短くても、このフロロカーボンの16lbを好んで使う。
さて、つまるところ、龍ノ髭よりも若干リーチのあるフロロカーボン16lbの糸が、松明の火によって簡単には切れないとなれば、どうなるか。
「クソッ……!」
《銀将糸操術》によって、一方的に、相手の《桂馬糸操術》の糸を切断できる。
ぼとりと地面にプリンスの松明が落下し、プリンスは桂馬切断後の硬直に見舞われた。
「楽しい時間も終わりだな」
寂しいよ。プリンス。
「パクったんじゃないのか……? まさか、本当に発見した……?」
茫然自失といった風なプリンスは、ぶつぶつと独り言を呟いている。
俺は《金将糸操術》を発動し、プリンスを拘束した。
そして、《龍王糸操術》の準備を開始する。
「プリンス君さ、誰かに教えてもらったろ」
「!」
大当りか。
……そうか。
やっぱりさ、違うんだよお前は。
お前はもっとガンガン行く感覚的なスタイルのはずだ。定跡や戦法なんか使っちゃあ駄目だ。頭を使っちゃあ駄目だ。お前はそんなんじゃなかったはずだ。もっと本能から勝負を楽しんでいたはずだ。無我夢中で遊んでいたはずだ。その目は、もっと輝いていたはずだ。
体裁を気にするな。見栄えを意識するな。余計なことは何も考えず、楽しむことだけに没頭しろ。もっともっと集中できる。子供の頃を思い出せ。お前は違う。そんなんじゃない。
「凄えよお前は。センスも抜群、技術も一流、大したもんだ。敗因は、俺の松明対策を見抜けなかったことと、自分よりリーチの長い糸を相手に戦い慣れていなかったこと。お前なら既に気付いているだろう。強いな。全く強い。だが……強いだけだ。お前にそのスタイルは合ってない。お前には、もっとお前らしいやり方がある」
「……うるせぇーな」
「お前のその龍ノ髭を持ち替える戦法、ツンデレ戦法という」
「!?」
俺がその言葉を出した瞬間、プリンスは目を見開いて驚く。
「り、リンリン先生を知ってんのか!?」
「誰だよ。知らんわそんなやつ」
「……はぁ?」
「俺が知ってんのは――ああ、いや、そうか」
この世界に来ているやつらは、高橋さん以外皆“サブキャラ”だったな。名前は変わっていて当然か。それに、もし元の世界での名前を名乗って活動していたとしたら、今頃嫌でも目立っているはず。つまり、偽名を使ってあえて目立たないように活動している可能性もある。
プリンスに松明とツンデレ戦法を教えたリンリンという人物。間違いなくプレイヤーだ。それも、予想が正しければ、俺のよく知っている世界ランカーの。
「いいか、そのリンリンとやらに惑わされるな。お前にはお前の楽しみ方がある。だから……あまり勝利に執着しすぎるな。俺が言いたいのは、それだけだ。長々とすまない」
「…………」
《龍王糸操術》の準備が終わる。
プリンスは、黙って最後の話を聞いてくれた。
少しの間でも、俺たちは、心の底から笑い合って遊べたんだ。
それを、プリンスもきっと、心地よく感じていてくれたのだと、俺はそう思っている。
だからこそ、少しばかり、この新たな友にお節介を焼いてしまった。
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
六冠達成。
まあ、それは置いておいて……。
「ズルは、ズルだからなあ」
気絶したプリンスをパンツ一丁にひん剥いて、体に油性ペンで「女の子にイイトコ見せようとして自作自演しましたごめんなさい」と書く。
パクリ呼ばわりは、これで許してやろう。
お読みいただき、ありがとうございます。
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