189 金剛戦 幕間
「エコ!」
「ん!」
「よーしよしよしよしよし! よーしよしよし!」
「うきゃきゃきゃっ!」
ファーステスト邸では「金剛獲得おめでとうパーティー」がささやかに開催されている。
現在、夕方五時。早めの開催は、エコの就寝時間に合わせてだ。
俺は乾杯するや否や、エコを呼び寄せて膝の上に座らせ、これでもかと言わんばかりに撫でくりまわした。エコはされるがままの大喜びで猿のように笑っている。
「エコ、何食いたい?」
「あじ!」
「鯵か」
「そう!」
「そこにあるぞ。たんと食え」
「たべる!」
やはり猫だからか、エコの大好物は魚だ。
特に鯵が大好きで、一時期は鯵ばかり食べていた。プロリンを周回していた頃は、晩メシが二週間連続で鯵料理なんてこともあったくらいである。
「おいちい!」
おいちいらしい。よかったよかった。
エコは大皿に綺麗に並べられた鯵の刺身をバクバク食べている。一気に三枚取って食べている。普段なら注意するところだが、今夜ばかりは大目に見てやろう。
なんてったって、今日は「エコ・リーフレット金剛」誕生の日だ。今日の主役は、この小さな猫獣人の女の子なのだ。
「なあシルビア、エコパパは来てなかったのか?」
「ショウ殿は、カピート殿と共に一般観客席で観戦していたそうだ。どうも、エコが金剛を獲ったと同時に、感極まって一人でホテルに帰ってしまったらしい」
「なんかお前の親父に似てるな」
「……お、思い出させないでくれ。まさか酒の入った父上があのようになるとは、私も知らなかったのだ」
あー……自分の父親の情けない姿を見るのは、なんとなく嫌かもなあ。
「カピートは来ないって?」
「記念パーティーにお邪魔します、とご主人様宛てに言伝を預かっております」
「なんだ、遠慮せんでもいいのに」
それともショウさんに付き合って飲んでんのか? あいつの性格的に、多分そっちっぽいな。
「!」
「おっ、どうしたエコ」
鯵を全て食べ終わって大人しくしていたエコが、突然、何かを思い立ったように耳をピンと立てて体を伸ばした。
「せかんど、あじつりいこ?」
「……今からか?」
「うん。だめ?」
「よし行こう」
思い立ったが吉日。半年ぶりのリベンジだ。
そうか! エコのやつ、この半年ずっと釣りに行きたいのを我慢して盾の練習をしていたんだな。
ちくしょう、健気なやつめ。
あーあ、どうしよう、なんとしても釣らせてやりたいぞ……。
「ユカリ」
「はい」
「釣具屋サンベエの店主か、店員の女の居所を知らないか?」
「……十五分いただけますか」
「そんな短時間でどうにかなったら逆に怖いが、とりあえず頼む」
俺がユカリにお願いすると、ユカリは一言「ルナ」と名前を呼んだ。
「…………」
直後、スゥーっと無言で窓から上半身だけ姿を現したのは、いつも通訳としてイヴの傍にいるメイドのルナだった。
ユカリはルナに何やら指示を出すと、ルナはチーム限定通信で誰かに連絡しながら姿を消した。
「少々お待ちください」
たったの二言三言で指示し終わったらしいユカリが淡々と言う。
この広い王都の何処かにいるだろう二人を探し出すのにたったの十五分か。いよいよもって凄まじいな……。
その後、嬉々として釣りの準備をするエコを手伝いながら、待つこと十分。
ルナが再び窓辺に現れる。
「釣具屋サンベエの二名は、大黒流家元トウキチロウと王都内のレストランにて会合中……と、サラが申しております」
すげえ、マジで見つかっちゃったよ。
「自分を目印に転移してくださいっす、とサラが申しております」
ところで……サラって誰だっけ。
「メティオダンジョンへ糸操術の習得に向かった際に同行していたメイドです」
困り顔でユカリに視線を向けると、間髪を容れずに教えてくれた。
「イヴと、ルナと、あぁー、あの」
内偵のプロとかいうメイドか。
なるほど、あの娘も一度あんこの転移召喚を受けているから、確かに目印にできるな。
「じゃ、鯵釣ってくる」
「あじってくるー」
準備万端、俺はエコと二人で皆に宣言して、あんこを召喚した。
いつもはエコ贔屓だなんだとうるさいシルビアとユカリも、今日ばかりは清らかに見送ってくれている。
「センパイ気ぃ付けてやー」
ラズも聖女スマイルでひらひらと手を振ってくれた。彼女の言わんとすることはわかる。夜釣りのうえに雨だから、エコがまたスベって海に落ちないよう気を付けろと、そういうことだろう。
「誰がスベり芸人だッッ」
「なんや急に!? ナーバスすぎるやろ!」
いかん、発作が。
しかし流石だラズ。そうか、ナーバス……なるほどそういうツッコミもあるのか。勉強になるな。
「あんこ頼んだ。とりあえず俺だけ、サラの所に」
エコはひとまず家に置いていく。話が付いて準備が整ったら、釣場に直接召喚する予定だ。
「御意に、主様」
さあ、いざ交渉へ。
「――おっ? よう、久しぶり」
「!?!?」
……驚いた。まさかサラのやつ、レストランのウェイトレスをやっているとは思わなかった。しかも、給仕している真っ最中とは。
転移した場所は、どうやらレストラン奥の個室らしい。おかげで転移早々いきなりお三方とご対面だ。まあ、手間が省けていいか。
「せ、せ……せせせ……っ!?」
釣具屋のねーちゃんは俺を指さしてぷるぷると震えながらセセセ星人と化した。久々に異星人を見たぞ。
サラは「突然のセカンド五冠出現に驚いた表情」をして、給仕を中断しわたわたと去っていった。まさにテンパったウェイトレスそのもの、演技ともわからない実に自然な振る舞いだ。あれが内偵だったら人間不信になりそうだなマジで。
「と、突然の御登場に、些か驚きましたぞ。如何なされました、セカンド五冠」
「トウキチロウか。すまんがお前に用はない。毘沙門戦でのカンベエの活躍、期待しているぞ」
「はっ、有難きお言葉。あやつも喜びましょう」
トウキチロウは何故だか滝の汗を流して畏まっている。
……あー、なるほどなぁ。理由は大体知っている。お前、元からサンベエと通じていたな? そうして俺を刀八ノ国に呼び込んだと、そんなところだろう? 俺は別に構わないが、お前がバレたらヤバイと思っているのなら、ありがたく手札として持たせてもらおう。ゆえに、今はあえて追求しないでおく。
そんなことより、一つ気になることがある。そう、彼女の名前だ。
「いつぞやの、ノリのいいねーちゃん。名前は?」
「はい! なっ、ナナコです!」
「いい名前だッ」
「うわあ! ありがとうございまっす!」
そうかそうか、七子さん(仮)……俺、七郎ってんだ。奇遇ですね。
なんだかテンション上がってきたぞ。
「よし、単刀直入に言おう。俺は鯵を釣りたい。釣らせてくれ、頼む」
「そんなもん、よかに決まっとろうが」
「おお! 話がわかるなサンベエさん」
「で、いつにすっと? タイトル戦が終わってからやったら、一週間後くらいか?」
「今からだ」
「……へっ?」
サンベエさんは目を点にして固まった。
「もしかして、今いらっしゃった時みたいな感じで……?」
「ナナコさん正解」
「いえーい! 10ポイントゲット!」
やっぱりノリがいい。しかし手元にあるのはオレンジジュース。ナナコさん、シラフでこれか……。
「行き方だが、釣り場まで転移する。大丈夫だ、帰りもここにちゃんと送る。これならどうだ?」
「あー……日も暮れて、雨もザンザン降って、荒れとるもんで、船は出せそうにないけん、すまんが……」
「……そうか」
駄目か。
「せ、セカンド様! 私が! 私が、堤防のポイントをご案内します!」
「ナナコ! 無責任なこと言うんやなか! こんな荒れとったら釣りにならんばい!」
「店長、大丈夫です、自信あります! 陸なら私にお任せを! 風裏の湾内なら多分ベイトも溜まってるでしょうし、鯵も逃げ込んできているかもしれませんし、行けますよ! むしろ雨ならベイトが沈み気味なので深めのレンジに絞って短時間勝負できるはず! 重めのキャロ使ってアジングならなんとか!」
「無理よ! それに危なかろう! もし何かあったらどうすっと!?」
「じゃあジグサビキならどうです!?」
「そげな問題やなか!」
「もう! 店長のわからずや! ケチ!」
「なんば言いよっとかきさん!」
サンベエさんとナナコさんの間で口論が始まった。
専門用語が多くて何言ってるかサッパリわからないが、なんとなくカッコイイ気がする。
俺たちにどうにか鯵を釣らせようとしてくれている熱い思いは、なんとなくではなくカッコイイが。
「ナナコさんの安全は俺が保障する。それなら?」
「う、ぬぅ……ばってんなぁ」
「波にさらわれても一瞬で陸地に召喚できる。どうだ?」
「ぐぬ、ぬ……」
「……トウキチロウと組んで一芝居打っていたくせにちゃっかり俺のサインまで貰って」
「す、すまん! はぁ~、わかったわかった、好きにすればよか」
「悪いな」
エコの初タイトル祝いなんだ、簡単に譲るわけにはいかない。
「というわけで、案内、頼んでもいいか」
「はぁい、頼まれました! どーんと来い、ですよ!」
誠心誠意お願いすると、ナナコさんは満面の笑みで頷いてくれた。
オッケー、それじゃあ話はまとまったと通信を入れておくか。
「それにしてもセカンド様、駆け引きも上手いんですねぇ~」
俺がチーム限定通信を開いていると、横でナナコさんがそんなことを囁いてきた。
ちらりと谷間が見えて、思わず鼻の下が伸びる。
「……それほどでもない。恋の駆け引きなんかは特にな」
「えぇ~、意外です。何故かお聞きしても?」
「駆け引きする前に終わってんのさ」
「ヒューッ! これは一本取られましたなぁ~」
好意的に解釈してくれたようだが……惚れた女全員、駆け引きもクソもなかっただけの話である。
おっと、そうこうしているうちに返信が――
「あ゛!?」
「ひぇっ!? ど、どうかしましたか……?」
――エコのやつ、釣竿を抱きしめたまま爆睡しているらしい。
「……………………」
まあ…………しょうがないか。
緊張の糸が切れて、ドッと疲れが出たんだろう。
……おめでとう、エコ。一緒に鯵釣り行って祝ってやりたかったが、また今度だな。
「ナナコさんさぁ、悪いんだけど――」
ああまで苦労してサンベエさんのお許しを得たところで非常に申し訳ない話だが、中止の旨を伝えようと俺が口を開いた時だった。
個室の外から「ガシャン!」という食器の割れる大きな音と、「きゃあ!」という女性の悲鳴が聞こえてきた。
酔っ払いでも暴れだしたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
混乱と言うよりは、騒然。雰囲気がどうも異常だ。
「行ってくる」
俺は、興味本位に、個室から外へ出た。
* * *
話は数分前まで遡る。
王都ヴィンストンの大通りにあるこのレストランは、主に富裕層が好んで利用する場所であった。
そんな高級店へ、少々場違いな客が訪れる。
「あー、めでてぇわー、超めでてぇわー」
「まさかエコさんが金剛だなんて……たまげたなぁ」
「今頃セカンド様は撫でに撫でていることでしょうね。うらやまけしからん」
セカンドファンクラブの面々。副会長のアロマを筆頭に、二年生の数人が、レストランで「エコさんおめでとうパーティー」を開いていた。学生にとってはかなりお高めなレストランでこのような催しができているのは、ひとえに子爵令嬢アロマ・ヴァニラのおかげである。
エコと元同級生である彼女たちは、今更ながらに、色々と思うところがあったのだ。
「……私は自分を恥じています。どうしてあんなに健気で立派な子がいじめられていたのに、見て見ぬふりをしてしまったのでしょう」
「いやー、一人で抗うのって難しいでしょ。あの頃はいじめる側が多数派だったし」
「うちらも顔見知り程度で、ここまで仲良くなかったしね」
「志を同じくしてからは、私たちの方が多数派になったから……駆逐できたけれどね」
彼女たちのクラブは今や、王立魔術学校を裏で牛耳っていると言っても過言ではないほどの巨大組織と化していた。
ゆえに、エコをいじめていた生徒たちは、然るべき罰を受けることとなった。その後、彼らがどうなったのか知る者は少ないが、少なくとも学校にいられなくなったことは確かである。
「まぁ、なんにせよ今日はめでたい日だ。それでいいんじゃねーの?」
「似てない」
「いいんじゃねーの、じゃない。いいんじゃねえの、だボケ」
「セカンド様の方がもっと色気がある。お前のは単に乱暴な口調というだけ」
「ちょっと真似しただけでなんでここまで叩かれるんですか!?」
なんにせよ、彼女たちはセカンドのことが、そしてエコのことが、大好きだった。
だからこそ、こういった催しを企画し、心の底から祝福し、気の合う仲間同士でくだらない話をして楽しんでいるのだ。
そう、彼女たちは、今が楽しかった。今が幸せだった。
そして、それを気に食わない者たちも……いる。
「――――」
「いらっしゃいま……せ?」
雨合羽を着たまま、深く被ったフードで顔を隠し、無言で、虚ろな目をした女性が、一人で入店した。
「立ちなさい」
「え?」
その女性は、迷いなくアロマに声をかけると、手を掴む。
「貴女、いきなり何を言って……」
「来いって言ってるのよ!!」
「!?」
グイ、と……異常な力で無理矢理に引っ張られ、テーブルと椅子を倒しながらアロマは強引に連れていかれた。
「きゃあ!」
ガシャン! とテーブルから落ちた皿が割れ、レストラン内は騒然とする。
外は雨。アロマと合羽の女は、大通りに出ると、顔を向かい合わせた。
「手を放しなさい!」
「逃がさないわ。アロマ・ヴァニラ、お前には人質になってもらう。拒否権はない」
「人質……ですって?」
アロマ・ヴァニラは頭が良い。少々、いや、かなりの方向音痴ではあるが、貴族令嬢としての教育は確りと受けている。ゆえに、人質という単語を聞いてピンと思い当たった。
「……セカンド様が標的ね? 差し詰め貴女、プリンス天網座の過激な追っ掛けってところ?」
「わかっているなら話が早い。お前は、今から人質よ」
「そう……そういうこと。だからあえて人前で私を連れ去ったわけね」
「聡明ね。でも、もう、何もかも遅いわ」
「くっ……!」
合羽の女は、アロマの手首の骨が軋むほどの力で握りながら、雨の降る大通りから細い路地裏へと進路を変える。
「お友達を振り切るか振り切らないかの速度で進みましょうか」
「勝手にすればいいけれど、私だけでいいでしょう? 彼女たちは巻き込まないで」
「人の目の届かない場所で、こっ酷く叩きのめしてあげようかしら」
「彼女たちは学生といえど魔術師よ。そう簡単には――」
「問題ないわ。私には、プリンス様の御加護があるのだから」
「……狂信者ね」
「同じ穴の狢よ。何があろうと、どれだけ穢れようと、プリンス様が一番であってほしい。お前もそうなのでしょう?」
「関係ないわ。セカンド様は、セカンド様よ。それに、私たちの大好きな人は、人質ごときで動じるような器ではありません。なんの心配もしていないわ」
アロマがそう言い切ると、合羽の女はしばしの沈黙の後、憎々しげに口を開いた。
「何をそんなに信じているのか知らないけれど、お前、今の状況がわかっているの?」
「拉致されているわね」
「ただで済むと思ってる? お仲間はちっとも頼りにならない。こんな雨だもの、騎士だって来やしない。お前の大好きなあの男も今頃は自宅でパーティ中だわ」
「…………」
「怖くなってきた? お前、人質なのよ。お前のせいで、セカンドは負けるのよ。ざまぁ見なさい。調子に乗ってファンクラブなんか作って、我が物顔で副会長なんかやっているから、こんな目に遭うの。この愚かさ、わかる?」
「ええ、貴女の愚かさなら、よく」
……内心、アロマは恐怖していた。どのような酷いことをされるのか、想像すらつかないからだ。拉致などという立派な犯罪を実行してしまうようなタガが外れた者は、もはや何をしでかすかわからない。ゆえに、強い言葉で必死に恐怖を振り払おうとする。
しかし、同時に、僅かな期待もしていた。
セカンドオタクのアロマは、こう予想していたのだ。この王都ヴィンストンのそこらじゅうに、ファーステストの精鋭メイドたちの目が張り巡らされているのではないか、と。
「――っ!」
「いけない口ね」
合羽の女がアロマの頬を殴る。
アロマは口内を切り、咳と同時に少量の血を吐き出した。
単なる「プリンス天網座ファンの女性」にしては、STRが高すぎる。アロマは薄々感じていた予想を確信へと変えた。魔術以外の方法で抵抗しても、この女には敵わないと。
「……さて、そろそろお仲間が追いついてくる頃かしら。ここ、迎え撃つにはいい路地だと思わない?」
「…………」
全く人気のない、雨の降りしきる薄暗い路地裏。
移動の足を止めた二人は、後を追ってくる“お仲間”が追いつくのを待った。
「貴女の目的はなんなの?」
「痛い目見せたら、プリンス様を差し置いて、あの男を応援しようなんて馬鹿なこと考えなくなるでしょう? 節操のない動物はそうやって躾けないとね」
「正気……?」
「……あの男が出てきてから何もかも滅茶苦茶よ。ふざけやがって。プリンス様が一番じゃないと駄目なのよ。プリンス様が一番なの。今までも、これからも、ずっと。この想い、この苦しみ、お前にはわからないわ」
「わかりたくもないけれど……このままではプリンス天網座が勝てないと、貴女もそう思っているから、人質なんか」
「うるさいなあ!!」
「ぐ……っ!」
合羽の女は、アロマの腹部に膝蹴りを入れて黙らせる。
――男が現れたのは、その直後であった。
「敵は二人。路地進行中の女と、屋根の上の男です。どうぞ」
「人質、手首の腫れあり、体の震えあり。どうぞ」
「男に気配を察知されました。一時引きます。どうぞ」
「了解。路地に降り合流、援護に付け」
「了解」
アロマを連れて移動する合羽の女、その後を追う影が二人。
真っ黒な服に身を包んだ、二人組のメイドである。
メイドたちはチーム限定通信で連絡を取り合いながら、路地を行くアロマたちを追跡していた。
敵は、合羽の女と、合羽の男の二人。人質は、アロマ一人。
わけもない仕事――最初はそう思っていたメイドの二人だが、突如として事情が変わった。
屋根の上にいる、合羽の男。これが、かなりの強者だったのだ。
「……何か違和感があります。合羽男の狙いがわかりません」
「合羽女にぴたりと合わせて移動しているあたり、見張り役か、それとも……駄目ですね、視界が悪すぎます」
メイドの二人は合流し、追跡を続行する。
そこで、後ろからの気配を感じ取った。
「後方にファンクラブ発見、接近中」
「了解。速やかに接触し事情の説め――」
「? どうかしまし……あぁ」
メイドたちの後方から、アロマを追いかけてきたファンクラブの生徒たちが接近してくる。
敵は想像以上に危険なため、以後はファーステストで対応する旨を伝えて、退避させようと、メイドはそう考えていた。
しかし、ファンクラブの更に後方から追跡していたある男の存在を確認し、メイドは一瞬にしてがらりとプランを変える。
「作戦変更。屋根に上がり合羽男の警戒」
「了解。これは面白くなりそうですね」
「同意します……!」
屋根に上がりながら、彼女たちは思う。
明日は、天網座戦。この雨で、どうかお体を冷やしてしまうことのないように――と。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回「天網座戦 その1」をお楽しみに。
書籍版1巻2巻、コミカライズも、よろしくお願いしまっす!