188 金剛戦 その2
【盾術】
《龍王盾術》 前方への非常に強力な範囲攻撃
《龍馬盾術》 強化防御+全範囲攻撃
《飛車盾術》 前方への強力な突進攻撃(VITをSTRに変換し純STRに加算)
《角行盾術》 大強化防御(16級:防御力250%~九段:600%)
《金将盾術》 範囲誘導防御+ノックバック(スキル発動中、一定範囲内での攻撃を盾に吸い寄せる)
《銀将盾術》 強化防御(パリィ猶予時間0.01秒短縮、パリィ成功で反撃効果発動)
《桂馬盾術》 防御+ノックバック
《香車盾術》 貫通反射防御
《歩兵盾術》 通常防御
パリィ成功条件:攻撃到達0.287~0.250秒前にスキル発動
「お久しぶりです、エコさん。鋭いパリィ、やはりお見事です」
「ひさしぶりーふれっと」
「……?」
「ろっくんはげんき?」
「ええ、元気です。エコさんも、相変わらず楽しそうに試合をされていますね。僕も見習わなければ」
「まねしていいよ!」
「はい、真似させていただきます」
金剛ロックンチェア対エコ・リーフレット。
ほんわかした雰囲気とは裏腹に、二人は静かに闘志を燃やしていた。
片や防衛のかかった一戦、片や初のタイトル獲得がかかった一戦。零か一か、まさに全てを決める勝負である。
「互いに礼! 構え!」
審判の号令に従って、二人はインベントリから盾を取り出す。
エコは、岩甲之盾に、岩甲之鎧、岩甲之靴、岩甲之籠手と、全身「岩甲シリーズ」装備。
対するロックンチェアは――
「ミスリルバックラーか」
観客席のセカンドがいち早く見抜き呟いた。ミスリルバックラーは、直径50センチほどの腕に取り付ける軽量かつ丈夫な小型盾である。
そして。
「……ああ、やっぱりな」
盾に埋め込まれた緑色のクリスタル。それは――AGI150%の効果を持つ“横歩取り”の付与の証。
素早さを重視した装備。ロックンチェアは「効果付与」を駆使し、自身のAGIを活かす戦闘スタイルに最も適した盾へ最も適した効果を付与したのだ。
冬季のビンゴ大会で一等を当てたがために、効果付与の重要性に気付いてしまったロックンチェアは、恐らく気の遠くなるような苦労をして、この「横歩取り ミスリルバックラー」を準備している。
そして、だからであろうか。セカンドは、思わず顔を綻ばせた。
緑色のクリスタルは、ロックンチェアの盾だけではなく、靴にも、籠手にも、キラリと輝いていたのだ。
たったの半年で、同一の付与効果を持つ装備を三部位も用意する。それは、想像を絶する手間と言えた。
「――始め!」
いよいよ、金剛を賭けた勝負が幕を開ける。
号令の直後、ロックンチェアはスキルを使わずに駆け出した。
「っ!」
速い――エコは丸い目を更に丸くして驚きながらも、冷静に疾駆するロックンチェアの動きを追う。
ロックンチェアは非常に高いAGIを活かしてエコを攪乱させるように動きながら後方へと回り込み、《飛車盾術》を準備した。
突進が来る。誰もがそう予想したが、しかし……ロックンチェアは準備が完了しても動かない。
静寂。突如として二人は、睨み合ったまま微動だにしなくなった。
「あいつ、慎重だなぁ」
「む、どういうことだ? セカンド殿」
膠着状態が続くこと数秒。感心したように呟いたセカンドに、シルビアが首を傾げる。
「盾術って、攻撃方法が四種類しかないんだ。わかるか?」
「ううむ、飛車の突進と、龍馬の広範囲攻撃と、龍王の範囲攻撃と……?」
「後は、銀将パリィの反撃」
「ああ! なるほどそれもか」
「で、基本的には、飛車の成り込みか、銀将パリィを狙うことになるのはわかるな?」
「成り込み?」
「飛車で相手のダウンとってその間に龍王の準備を完了させること」
「よく見る流れだな。ふむ、それを成り込みと言うのか」
「ああ。つまりだ、金剛戦ってのはすげぇシンプルで、どうやってその二つのパターンに持っていくかの勝負なんだ」
「わかったぞ。つまりロックンチェア殿は、エコのパリィを警戒しているのだな?」
シルビアが理解したという風に言うと、セカンドは溜め息まじりに笑って答えた。
「そんなに単純な話じゃない。いいか、確かに金剛戦はシンプルだ。だがな、シンプルだからこそ、一手一手に深い意味が求められる」
「む……深い意味、か」
「ロックンチェアは昨日に一度、一瞬ではあるが、横歩取り装備をした状態での飛車による突進の速度を見せてしまっている。たった一回とはいえ、あの速度への対応をエコが既に用意している可能性も否めない。ゆえに今、間合いを取った状態であえて時間を置き、高AGIの突進をより強烈なものにしようとしているんだろう。それすなわち、相手にパリィさせないための工夫と言える。ひょっとしたら、全てを最初の一発に篭めることでエコの狙いの定跡変化へ足を踏み入れないようにしているのかもしれない」
「……難しいな。試合の最中に一瞬でそこまで考えられるものか?」
「いちいち言語化するから難しく感じるんだ。なんとなくなら、わかるだろう」
「うむ、わからん」
「昨日見せたのは、バックラー一つ分、つまり横歩取り一つ分の効果での突進。これから見せるのは、籠手と靴を合わせた横歩取り三つ分の突進。だからこそ、最初の一発がめっちゃくちゃ重要だ。ゆえにあいつはこれほど慎重になっている。これはわかるか?」
「なるほど、わからん」
「……まあ、長いことやってりゃあ、いずれわかるようになる」
わかってなくても強いやつもいるしな、とセカンドはフォローするように言った。
そこでちょうど、エコが痺れを切らしたように動き出す。
準備を開始したスキルは《龍王盾術》、前方への非常に強力な範囲攻撃。
そう――誘いである。
準備は完了したと、さっさと飛車を発動してこいと、エコはそう言っていた。
「いいでしょう!」
ロックンチェアは強く頷き、《飛車盾術》を発動する。
「できれば――ズルいなどと、思わないでいただきたい」
そして、小さく呟き、地面を蹴った。
「!?」
まるでロケット噴射のような、異常な加速。
ロックンチェアは曲線を描きながら、エコの側面へと移動し、《飛車盾術》を叩き込む。
ロックンチェアの速度は、エコの予想の倍を、遥かに超えていた。
元より高いロックンチェアのAGIが、横歩取り×3の効果で250%となっているのだ、当然である。「ズルなどと思わないでほしい」とは、このことを言っていた。
「うっ!」
エコは《龍王盾術》を即座にキャンセルし、《歩兵盾術》に切り替えたが……パリィに失敗した。
失敗しないわけがない。この速度の飛車を初見でパリィできる者など、世界中を探しても一人か二人だろう。
そう、仕方がないのだ。
ロックンチェアの作戦勝ちである。この横歩取り装備を最も活かせるのは、最初の一発。ゆえに、全てをそこに集中させていた。
「……最善を尽くして楽しむ。僕は、ルールの範囲内で可能なこと全てを互いに尽くさない限りは、本当の意味で楽しめないと思います」
《飛車盾術》の直撃を受けダウンしたエコに対し、ロックンチェアは《龍王盾術》を準備しながら語った。
笑顔の消えたエコの頬に、ぽつりと一滴、雫が落ちる。
決着の時を前にして、しとしとと雨が降り出した。
「皆が勝つために本気になってあらゆる手段を尽くす。そういう場で、僕は楽しみたい。ですから……すみません」
そして、語り終える頃にはもう、《龍王盾術》の準備が完了する。
……飛車の成り込みが、決まってしまった。
「ありがとうございました、エコさん」
エコが起き上がるとほぼ同時に、ロックンチェアは《龍王盾術》を発動する。
途轍もない衝撃破が、地面を揺らす。
大粒の雨が、闘技場の全員に、これからの本降りを予想させた。
「――ずるいなんて、いわないでね」
「な――ッ!?」
だからこそ、土煙の中からエコが飛び出してきた時、誰もが驚いた。
否、二人だけ驚かなかった者がいる。セカンドとラズベリーベルだ。二人は、エコの全身の装備に付いている茶色のクリスタルの意味を知っていた。
付与効果「穴熊」――VIT150%の防御特化付与である。
エコが身に付けているそれは、リンプトファートダンジョンのボス岩石亀のドロップする素材から作製された岩甲シリーズの防具。その全てに「穴熊」が付与されている。頭・胴・手・脚・足、計五部位。すなわち、VIT350%の効果。
ロックンチェアが見抜けなかった理由は、ここにあった。同一の付与効果を、同一シリーズの装備で揃える。そのような所業、途方もない時間と労力と財力が必要になる。それも岩甲などという高級素材でとなると、一体全体いくらかかるのか見当すら付かないほどに。
ゆえに、ロックンチェアは「有り得ないことだ」と、エコの全身装備が岩甲シリーズで揃っている時点で、クリスタルを探して付与効果を見抜くことをやめてしまっていた。
これが鍛冶師の強さである。キャスタル王国がまだ政争で混乱していた頃からコツコツと地道に「付与→解体→作製→付与」のループを延々とこなしていたユカリの強さなのだ。
「何故ですか!?」
「ふひょうでがまんした」
「歩兵で!?」
普通ならば有り得ない。
だが、VITが350%ともなれば、それは《角行盾術》の大強化防御にも匹敵する。《龍王盾術》を耐えられても、不思議ではない。
「じゃ、いくよっ」
《龍王盾術》後の硬直で動けないロックンチェアへ、《歩兵盾術》直後から軽やかに動き出したエコが、《飛車盾術》を準備して襲いかかる。
「ぐ、うっ!?」
ロックンチェアはなすすべなく飛車の直撃を受け、後方へ転がりダウンした。
想像以上のダメージに、ロックンチェアは苦悶と驚愕の表情を浮かべる。何故なら、たったの一撃で「ガチ瀕」状態になってしまったのだ。
それは、エコの【斧術】によって底上げされたSTRと、VITがSTRとして加算される《飛車盾術》の特性の影響。ゆえに、そこまでの大ダメージとなった。
そして――飛車が、成り込む。
「ぜんぶやって、かったら、たのしいの、わかるよ」
「……ええ、ふふふ、仰る通り。エコさんは、もう、ご存知だったようですね」
「でも、ざんねん。あたし、ぜんぶできなかった」
「…………本気では、なかったということですか?」
「ちがう。ちから、だしきれなかった」
「紙一重……なら、よかった」
息も絶え絶えに言葉を返していたロックンチェアは、エコが《龍王盾術》の準備を完了させた様子を見て、悔しそうに、しかし微笑みを絶やさず、最後の言葉を口にした。
「参りました」
「――それまで! 勝者、エコ・リーフレット!」
史上初めての、人間の金剛を破り、誕生した、獣人の金剛。
新たなる歴史の創造、その決定的瞬間に居合わせた観客は、大いなる喝采を送った。
雨はザアザアと音をたてて降り出す。
ほっとしたような顔で笑うエコは、雨に濡れてしぼんだ尻尾をそれでも嬉しそうにピンと立てて、観客席のセカンドたちへ向けて元気に手を振った。
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