186 鬼穿将戦 幕間
その日の夜。
俺は自宅に数名の関係者を招待し、ささやかなパーティーを開いた。
「この度はお招きいただき、誠にありがとうございます」
「光栄に存じます」
まず最初に現れたのは、ミックス姉妹である。
驚くべきことに、彼女たちは到着するや否や、非常に礼儀正しく挨拶をした。半年前では考えられない、敬意ある挨拶だ。
「食事中にいきなり矢を射る女は何処に行った?」
「……お、お恥ずかしい限りです」
「姉さん共々すみません……」
「冗談だ。いらっしゃい」
ディーの荒れっぷりはもはや見る影もない。
妹のジェイも、姉にべったりなのは相変わらずだが、きちんと人の目を見て話すようになった。
成長しているのは、どうやら【弓術】だけではないようだ。
それもこれも、この男の影響か。
「――すまなかった、セカンド五冠。私は愚かだった」
「何が」
「知らぬうち、私は目に頼ってしまっていた。期待に応えることができなかった。折角、目を治していただいたというのに……!」
ミックス姉妹の師匠、アルフレッド。彼は彼女たちの後ろから現れた直後、俺に頭を下げて謝罪をした。
なるほど、シルビアの挙動を直視しすぎたと言っているわけか。
「その反省はズレていると思うぞ。お前は聴力が優れているし、視力も元に戻ったのだから、どちらも活用しない手はない。耳にも目にも頼ればいいじゃないか」
少なくとも俺は「弓を聞く」なんていう芸当、できないからな。その聴力は正直言って羨ましい。
「耳にも、目にも……」
「まあ、次頑張れってこった。耳と目を同時に使いこなせるようになれたら、もっと楽しいさ」
「……そうか。ああ、そうだ。私は、大切なことを忘れていたようだ」
アルフレッドは「ありがとう」と一拍置いてから、言葉を続けた。
「次こそは、思わず観客席で立ち上がってしまうような、楽しい試合をご覧に入れよう」
うん。それでいい。だが――。
「楽しみだ。ただ、俺が観客席にいるとは限らない」
「!」
やられた! という顔をするアルフレッドを見て、俺はしてやったりという風に笑った。
「……よもや、王国内にこれほどの豪邸があるとは」
「パパったら遅れてる~。警ら隊ではめっちゃ有名だよ」
「この周辺だけ異常に治安がよいとな」
次いで現れたのは、ヴァージニア一家。
シルビアの父親ノワールさんを先頭に、姉のクラリスさんと、兄のアレックスさん。順に、真面目を擬人化したような渋い髭のオジサマと、スレンダーで背の高い陽気なショートヘア版シルビアと、中二病を拗らせたような雰囲気の男版シルビアの三人である。
「セカンド閣下、この度はご招待賜りましたこと、我らヴァージニア家一同、心より恐縮至極に存じ――」
俺と顔を合わせると、ノワールさんが長々しくお堅い挨拶を始めた。
クラリスさんもアレックスさんも、流石は騎士と言うべきか、背筋を正してノワールさんの横に並んでいる。そして挨拶が終わると同時に、三人で綺麗なお辞儀をした。
「急な夕餉の招待ですまなかったが、参じてくれたことを嬉しく思う。今宵の主役はシルビアゆえ、朕のことは気にせず、どうか無礼講で頼みたい」
「はっ!」
久々に「なんか偉い人」の演技をしたが、やっぱり恥ずかしい。
しかしノワールさんは未だに騙されているようで、ビシッと見惚れるような敬礼をしてくれた。
……クラリスさんは、事実を知っているようだな。口の端をひくひくさせて笑いを堪えている。
アレックスさんは、謎だ。なかなか目を合わせてくれない。でもその様子は、俺が嫌われているというよりは、上手く表現できないが、なんというか……ムラッティっぽさを感じる。
まあ、そんなこんなで、面子は揃った。
さあ、パーティーを始めよう。
今日は、記念すべき日だ。
「オレはッ! シルビアの、あの必殺技の名前をあえて口にする行為、とてもよいと思う!」
「だろう! 俺もそう思って、宣言するように教えたんだ」
「うむ! お前はわかっている! お前ならシルビアを任せられる!」
「光栄だ!」
「重畳だ! わははは!」
アレックスさん、めちゃくちゃ気のいい人だった。
最初は互いに探り探り話していたが、酒が回ってきてからはずっとこんな調子だ。
クラリスさんはそんなアレックスさんの様子を見ながら延々と大笑いしていた。笑い上戸だこの人。
「兄上、飲みすぎです!」
「構わん! こんなにめでたい日に酒を飲まずにいられるか!」
「そうだぞシルビア・ヴァージニア鬼穿将! お前、鬼穿将になった自覚はないのか!」
「よく言ったぞセカンド! オレも丁度そう思っていた! シルビア、お前は自覚が足りん!」
「鬼穿将になったんだから鬼穿将っぽく振る舞え! お前に憧れる者が憧れをそれ以上にできるよう努めろ!」
「クソッ! なんだそのイカした台詞は! 素晴らしいぞセカンド!」
「知っている!」
「わはは!」
「なんなのだこいつらは……」
シルビアは面倒くさそうに溜め息をついた。
しかし悪い気はしなかったのか、こっそり「シルビア・ヴァージニア鬼穿将……」とニヤニヤしながら呟く。バッチリ聞こえてるぞ。
「シルビアが、鬼穿将か……あの、小さかった、シルビアが……」
そんなやかましい俺たちから離れ、ソファの隅で黙々と酒を飲む男が一人。ノワールさんである。
ノワールさんは、ソファで丸まってすやすやと眠るエコの頭を優しく撫でながら、シルビアの様子を遠目に見ていた。
「大きくなったなあ……しばらく、見ないうちになあ……く、う、うっ……」
カランと、机に置いたグラスの氷が音をたてる。
ノワールさんは静かに泣きだした。またか。これで本日五回目である。完全に泣き上戸だ。
「彼らがいつも賑やかなのは知っていたが……いやはや、このような光景だったとは」
「賑やかにも程があるわね」
「五冠なのですから五冠らしく振る舞え、と言ったら怒られるでしょうか」
「ははっ! 言ってご覧、ジェイ。今夜はそういう場だ。主役はシルビア鬼穿将。彼もよく存じていよう」
「……お師匠様も、そんな風に笑うのね」
「……ええ、私も驚きました」
「いささか私も飲みすぎたようだ。さて、そろそろ今日の主役に酌をしてこよう。二人も好きに楽しむといい」
パーティというものは、皆が楽しむために開かれているのだから……と。
アルフレッドは噛みしめるように言うと、席を立った。
「楽しむ、ね。ジェイ、今日は楽しかった?」
「ええ、私は。姉さんは?」
「悔しかったけど、楽しかったわ、とてもね。でも……」
「……そうですね」
「うん。次回はもっと、楽しめる気がする」
「ふぅ……やっと行ったか」
午前零時。
尽くべろべろになったヴァージニア家の三人を馬車で送還し、ようやく一息つけた。
こんな時間になるまで、ユカリに何も言われなかったということは……明日はそういうことなんだろう。
当の彼女はいつも通りの激早就寝時間である。リラックスしきっていた。何も心配することはなさそうだ。
「――セカンド殿」
夜風が気持ちいいバルコニーから遠く去りゆく馬車を見送っていると、背後からシルビアに声をかけられた。
「あぁ」
俺が少し横に退くと、シルビアは俺の隣に並んだ。
「…………」
沈黙が流れる。
俺はなかなか言い出せなかった。
言うべきことはわかっていたが、なんだか無性にこっ恥ずかしかったのだ。
「ありがとう」
すると、シルビアが先に口を開く。
「何一つ満足にできていなかった騎士の私を、ここまで育ててくれて、ありがとう」
俺に対する感謝の言葉。
それはあまりにも真っ直ぐで、どうにもむず痒いものがある。
そして、何より、シルビアはいつだって誠実なのだ。彼女の心は澄み切っている。俺が、情けなくなるくらいに。
「……これからは防衛が待っている。何人もの猛者たちがしのぎを削り合ってお前を蹴落とそうと仕掛けてくる。お前はそれら全てを上回らなければならない。練習量は今までの比ではなくなる。背負うものも日に日に膨れ上がる。想像以上に辛いぞ」
「それでもだ」
「……俺は、お前らを利用しようとしているんだぞ。チームメンバーを育てて、ダンジョン攻略の効率性と安全性を上げているんだ。当然、今後はこれまで以上に危険にさらされることも増える。要求する技術も上がっていくことになる。きっと辛い思いもする。それでも――」
「それでもだ!」
この上なくハッキリとした宣言だった。
それでも「ありがとう」と伝えたい。彼女らしい、頑固な言葉。
……そうか、そうかよ。それでも、俺に付いてきてくれるのなら……俺は胸を張ってこう言いたいよ。
「シルビア、鬼穿将獲得おめでとう。俺はお前を誇りに思う」
「――~っ!!」
意を決して正面から向かい合い、正直な気持ちを伝えると、シルビアは感極まったような顔をしてから、勢いよく抱き着いてきた。
ああ、震えただろう、磨り減っただろう。そして、ほっとしただろう。
何度も言うが、最高だよ、お前は。本当によく頑張った。
こいつの努力が報われて、俺は心の底から嬉しい。決して手を抜かず、決して楽をせず、己と向き合い、己と闘い、己に負けず、毎日を一生懸命に過ごしている様子を、俺はずっと見ていた。そんな凄いやつが、勝ったんだ。嬉しくないわけがない。
だからこそ、許せないことがあるが――
「…………」
まあ、しばらくはこうして抱き合っていようか。
さて、あのクソジジイ、そろそろゲロった頃かな……?
「――シズン小国?」
「せや。カメル神国の西にあった小っちゃな国やな」
鬼穿将戦終了後から粛々と執行されていたうちのメイドたちによる拷問がついにフィニッシュを迎え、ラズがエルンテの吐いた情報を整理して俺に伝えてくれた。
なんでも、エルンテは「シズン小国に御誂え向きな薬がある」という話を聞き、わざわざ出向いて手に入れたのだとか。
その話をエルンテに伝えた人物は「セラム」と呼ばれている召喚術師の男らしい。
「なんか、聞いたことあるなぁ。なんだったか……」
「センパイ、セラムっちゅうやつのこと知っとるん?」
「ああ。シズン小国の話も、セラムも、どっかで聞いたっぽいんだけどなぁ……」
駄目だ思い出せん。
俺がうんうん唸っていると、ススス~と特に音もなくウィンフィルドが現れた。
「シズン小国は、カメル神国の、革命の後、マルベル帝国に、侵攻された国。セラムは、バッドゴルドの町で、出くわした、精霊術師で、帝国の諜報員って、聞いてたけど」
「うおおそれだ!」
流石は我らが軍師。記憶力も軍師だ。
「あっ、そういえばスチームから聞いた気がするわ。革命直後に帝国から侵攻された小国があるとかなんとか」
「弱体化した、カメル神国を、見張っておくのに、いい場所だから、とりあえずまあ、ここ取っとこー、って感じかな?」
「いやいやお花見やないんやから……」
「ラズさん、ナイス、ブッコミー」
「ツッコミや。なんやブッコミて。釣りかっ」
見ているか、シャンパーニよ。これが本場のナチュラルツッコミというものだ。
「流石だラズ」
「え、何が?」
「……流石だ」
「だから何がやねん!」
まさに全自動ツッコミマシーン。
「よし、ひとまず理解した。つまりマルベル帝国がクソってわけだな」
「うん、そう。間違いなく、クソ」
「じゃあタイトル戦が終わったらいよいよ潰しに行こうか」
「うん、そう、しよー」
そういうことになった。
どうやって潰すのかは、ウィンフィルドが全て考えてくれるだろう。丸投げでいいのだ。だって俺は、駒だからな。
「あ、ところでジジイはどうなったんだ?」
「……聞きたい?」
「…………いや、やめとく」
お読みいただき、ありがとうございます。
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