20 魔術大会
追撃の指輪。
こいつはそのクソダサい名前とは裏腹に、非常に強力なアクセサリだ。
効果は「魔術発動後に10%の確率で追加攻撃」という単純なものだが、なかなかどうしてこれが多大な恩恵をもたらしてくれる。
例えば、非常にHPの高いボスに対して魔術をしこたま撃たなければならない状況があったとしよう。100発どころか1000発以上が必要な場合、その1000発のうちの10%が「魔術の二回攻撃」になるのだ。すなわち約100発分お得になるのである。
「大した効果じゃないな」「そんな状況なんて滅多にないだろ」と思ったそこの奥さん。違うんだなそれが。
実は、このアクセサリは三段階の強化ができる。いずれ高位の『鍛冶職』を仲間にして装備の《性能強化》が可能となれば、追撃の指輪は化け物じみた性能へと進化するのだ。
具体的に言うと、三段階強化後は追加攻撃確率が10%から25%に上がる。なんと4回に1回だ。1000発撃てば約250発分お得。とんでもない効果である。もうお肌つやつやの血液サラサラだ。
しかし。それだけ高い性能を秘めたアイテムが、レアでないわけがない。
お値段なんと15億CL。低反発まくらを3個つけてのご提供だ。
メヴィオン時代でそれだけ高価だったのである。この世界では一体いくらするか分かったもんじゃない。
…………欲しい。
これはここで絶対に手に入れておきたい。
たとえどんな手を使ったとしても、だ。
俺は決意を胸に、魔術大会への参加を願い出た。
幸運なことに、魔術大会の開催は留学の最終日である。魔道書が珍しいなんて言っていた俺が弐ノ型や参ノ型を使うことで一部の人たちに怪しまれるだろうが、トンズラこけばまぁ何とかなるだろう。
何とかなると思いたい。
というか多少怪しまれてもいいから追撃の指輪が欲しい。
「マイン、魔術大会出るか?」
魔術大会前日。昼食時に何の気なしにそう聞いたら、マインの表情が固まった。
「……セカンドさんは出るの?」
「ああ。出るぞ」
「ぶっふぅー!?」
俺の横でシルビアが驚きのあまり口から飲み物を噴出させる。
「聞いてないぞ!?」
「言ってないからな」
いつものことだ。今回はナイスリアクションだった。
「なあマイン、お前魔術大会に何か嫌なことでもあんの?」
俺は気になって質問する。すると、マインは表情を曇らせながら言った。
「明日は……兄上がいらっしゃるんだ……」
「第一王子か。嫌いなのか?」
「そういうわけじゃないけど、その、苦手で……」
こりゃ嫌いだな。
「兄上は才能至上主義なんだ。ボクには魔術の才能くらいしかないから、剣術が得意な兄上はボクを軟弱者だって言って凄く見下してくる。それにボクにそのつもりがなくても兄上とは王位継承を争う間柄で険悪なんだ。明日は第一騎士団長として視察に来るってことだけど、きっと本当の目的はボクを大勢の前でこき下ろすために来るつもりなんだと思う」
性格悪そうだなそいつ。
しかし、第一王子は第一騎士団の団長なのか。
「…………」
ちらりとシルビアを見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
なるほど分かった。シルビアの苦しめられていた騎士団「上層部」の一番上がその第一王子なんだな。
「魔術大会は欠席できないのか?」
「無理だよ! ボク第二王子だよ?」
「あー、仮病とか」
「兄上はこう言うだろうね。あの軟弱な愚弟は魔術学校に通っていながら魔術大会にすら出られん臆病者の腑抜けだ!」
……第二王子だからという理由だけで賄賂や成績の改ざんを疑われていた現状を見ると、第一王子にそんなことを言われてはいよいよ学校に居場所がなくなるな。
だからと言ってのこのこと出て行けば今度は目の前で散々罵られて、それにいちいち反論しなきゃならないんだろ? 王子はつらいなぁ……。
「なんか、すまん」
「……いいんだよセカンドさん。仕方ないんだ」
マインは諦めているのか、悟ったような表情でそう言った。
そんな悲しい現実をちっとも気にせず、俺の横ではぐはぐとごはんを夢中で頬張るエコが、なんだかとっても癒しだった。
「ところでセカンド殿」
「ん、どうした?」
「参ノ型、習得したぞ。3日前に」
「マジで? は、3日前!? 聞いてないぞ!?」
「言ってないからな」
「…………」
くっそ、やり返された……。
魔術大会当日。
グラウンドには大勢の観客が集まっている。
俺はシルビアとエコと別れ、一人で出場者控え室に待機していた。
他に出場する学生たちも数人いて、みなガヤガヤと雑談をしている。だいたい10人くらいだ。
「しかし優勝賞品のこの指輪……なんだこれ、聞いたこともない」
「去年も去年で50周年なのに大したことなかったみたいだし、年々規模が縮小してるよな」
「参加者も減っていってるし、ルール変更もあったし、もう落ち目だな」
こいつら自分たち学生が低レベルになっていっている可能性を棚に上げてよく言う。
それにしても、魔術師志望なのに追撃の指輪の価値を知らないのか? 確かに無強化なら10%の追撃は微々たる効果だと思うかもしれないが、強化を知らないわけではあるまいし……。
「でも、今年はクラウス様が視察にいらっしゃるらしいぞ」
「そりゃお前、A組に、ほら」
「あっ、そっか。第二王子」
「仲が悪いって噂だろ? どうして」
「エキシビションとか言ってボコボコにするんじゃねーか?」
「だっはっは! そいつはいいな」
その後はマインの陰口で盛り上がり始めた。本人がいないからと言いたい放題だ。
しっかし、この学校のどこへ行っても「第一王子>第二王子」の図式が完全に出来上がってるな。なかなかに不自然だ。マイン本人に大きな原因があるとは思えないし、こりゃ第一王子側が印象操作してる可能性がでかい。そこまでマインを嫌ってんのか? そのクラウスって奴は。
「失礼します……」
そう言って控え室のドアを開けて入ってきたのは無表情のマインだった。その瞬間、室内はシンと静まり返る。そりゃそうだ。直前まで散々言ってたもんなお前ら。
「おう、お前シードか?」
俺が声をかけると、マインは瞬く間に笑顔になって駆け寄ってきた。
「うん。ボクは準々決勝からだってさ」
「マジか。じゃあ決勝まで当たんねーな」
「ふふ、決勝で会おうね」
魔術大会はトーナメント方式で行われるらしい。参加者は15人。マインは左端、俺は右端だった。マインは2回勝てば決勝、俺は3回勝てば決勝だ。
なるほどなるほど。
面白くなってきやがったぜ。
……しかし、一つだけ分からない点がある。
それは――
「ところでマイン。魔術大会って何するんだ?」
ドンガラガッシャーンと控え室のそこらじゅうでズッコケる音がする。
「そ、そんなことも知らずに参加したの!?」
「すまん。なんだ、多分あれだろ? 魔術で殺し合うんだろ?」
「全然違うよ!」
「じゃあ、あれか、普通に殺し合うのか?」
「魔術は!? 魔術はどこいったの!?」
「そうか。そうなるとやっぱり魔術で殺し合って……」
「違うよ! 殺し合わないよ! まず殺し合いから離れて!」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「なんで何言ってるか分からないの!?」
ボケとツッコミのサンドウィッチで凍てついた控え室の空気も少しは温まった。マインも心なしか緊張がほぐれたように見える。
「まったく、セカンドさんは……」
マインは呆れながらも説明のため口を開く。
「魔術大会は“対局冠”を使って行うんだ。だから命に関わったりはしないよ」
対局冠――PvP(プレイヤーvsプレイヤー)用のアイテムだ。通常の「何でもあり」の『決闘』とは違い、アイテムの使用制限やスキル制限など事細かにルールを定めた上で互いに何のリスクもなく決闘を行える、言ってしまえば「チキン用」のアイテムである。
どうして何のリスクもないのかといえば、それは対局冠を用いた『対局』中はすべて仮想のものだからである。自身のHPもMPも仮想化し、与えるダメージも与えられるダメージも仮想なのだ。ゆえにHPがゼロになっても対局が終了するだけで何の問題もなく元通りである。ゆえにチキン用なのだが、一部のゲーマーはその対局におけるルール制定の自由度に惚れ込み、ありとあらゆるバリエーションを模索、通常の『決闘』とはまた違った面白い『対局』を開発し普及していたのだが……。
「攻撃は魔術じゃないとダメ。それが今回のルールだよ。分かった?」
マインの言葉に、俺は確信した。
……クソゲーだ、それ。
「第7回戦! 1年A組セカンド対、1年F組ディーン!」
名前を呼ばれてグラウンドに出ると、ちょうど俺の後ろくらいの位置にシルビアとエコを見つけた。
笑顔で手を振ると、エコがブンブンと勢い良く手を振り返してくれる。その手がシルビアの鼻にあたってシルビアは悶絶していた。
「対局冠、着用」
審判の指示が出る。素直に従うと、俺とディーンとやらを包むように大きな円形の陣が現れた。半径50メートルの円、この中が対局のフィールドである。外に出たら負けだ。
「両者、構え……始め!」
号令の直後、ディーンは詠唱を開始した。
彼の足元に出ている魔術陣はその色と形から《風属性・弐ノ型》だと分かる。
……こいつアホだ。
壱ノ型は通常攻撃。弐ノ型は範囲攻撃。参ノ型は強力な単体攻撃。肆ノ型は強力な範囲攻撃。伍ノ型は非常に強力な範囲攻撃。
それぞれ壱→参→弐→肆→伍の順に詠唱時間は長くなる。
詠唱時間中に攻撃されてしまえば詠唱は破棄される。ゆえに対局中は詠唱時間の長い弐ノ型以上の魔術は殆ど意味をなさない。これは常識だ。
…………。
ディーン君、それナメプというやつだろう? どうやらどこかで「セカンドは魔術をまともに使えない」というような噂を聞いたな?
俺はぶちギレた。
舐められたのだ……世界一位がッ! こんなガキに!!
あいつの詠唱が終わるあと3秒の間に前進し《壱ノ型》を叩き込めば一瞬で決着はつく。だがそれだと詰まらない。この神聖な対局の場で侮辱された鬱憤を晴らせない。
「覚悟しろよお前」
俺は2歩だけ前進し、前方に《風属性・壱ノ型》を撃つ。それとほぼ同時にディーンから《風属性・弐ノ型》が放たれた。
同属性の魔術は“ぶつかり合う”特性がある。それを活かした簡易防御の方法だ。少々のダメージは受けるが、壱ノ型使用後の硬直時間と弐ノ型使用後の硬直時間には倍以上の差があるので、補って余りある「有利」を作り出せる。
「なっ!?」
ディーンは驚いている。「話が違う!」「魔術めっちゃ使えるやんコイツ!」といったところか。
最悪なのは、コンマ1秒を争う対局中に放心し、次の手を打っていないことだ。こんな奴に舐められたのか。怒りを通り越して呆れる。
「このまま嬲り殺されるか命乞いをしながら無様に死ぬか選べ」
俺はそんなことを言いながら《火属性・参ノ型》を詠唱し、言い終わる頃には発動準備を終えた。
ランクは五段。詠唱時間短縮が2段階上がっており、INTから換算された魔術攻撃力の300%で攻撃できる。飛車弓術の九段が600%ということを考えると威力はそれほどでもないように思えるが、弓術のスキル種が9つ程に比べて魔術のスキル種は20以上にも及ぶため、それだけINTが効率良く上がりやすい分、火力はかなりのものになる。
「ま、参っ――!」
「うっ! 目にゴミがッ!」
ディーンが降参の言葉を言おうとした瞬間、俺は食い気味に参ノ型を放った。
見上げるほど大きな、まるで太陽のような火の玉がディーンめがけて轟音をたてながら迫っていく。現時点で、ディーンには防ぐ方法も躱す方法もない。
「うわああああっ!」
ディーンは悲鳴を上げながら被弾、一発でHPが吹き飛んだ。くそっ、威力が強すぎた。1割くらい残して弄ぶつもりだったのに……。
「……しょ、勝者、セカンド!」
対局が終了すると、グラウンドは何事もなかったかのように元通りになる。この世界でも対局の仕様は同じみたいだな。
ちらりとディーンを見ると、股間部分が濡れていた。いくら仮想とはいえ、本体の生理現象は仮想ではないのか。それとも今出ちゃったのか?
「おー。勝ったぞ」
控え室への道すがら、シルビアとエコの前を通り言葉を交わす。
「せかんど、つよい!」
「当たり前田の傾奇者」
「やり過ぎだぞ! いいのか?」
「構わん。いずれ世界一位になるしな。それにどうせ今日でおさらばだ。優勝賞品を掻っ攫ったらとっととズラかるぞ」
「わ、分かったが、くれぐれもやり過ぎないようにな。くれぐれも!」
「分かった分かった! お前は俺のカーチャンか」
「せかんど、がんばって!」
「おう」
「か、カーチャン……」とへこむシルビアの声と、エコの真っ直ぐな応援を背に受けて、俺はその場を後にした。
その後、2戦目を難なく突破。
いざ準決勝となったのだが――俺はそこで、変わった敵と対面することになる。
お読みいただき、ありがとうございます。




