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184 鬼穿将戦 その2


【弓術】

《龍王弓術》 着弾地点に強力な範囲攻撃

《龍馬弓術》 強力な範囲貫通攻撃

《飛車弓術》 非常に強力な単体攻撃

《角行弓術》 強力な貫通攻撃

《金将弓術》 範囲攻撃+ノックバック

《銀将弓術》 強力な単体攻撃

《桂馬弓術》 精密狙撃

《香車弓術》 貫通攻撃

《歩兵弓術》 通常攻撃




 鬼穿将きせんしょう戦挑戦者決定トーナメント決勝戦。

 アルフレッド対シルビア・ヴァージニア。


 試合直前、闘技場は異様な静けさに包まれていた。



「シルビア・ヴァージニア。しばらく見ないうち、君は随分と力を増したようだ」

「アルフレッド殿こそ、腕を上げたように見受けられる」

「はは、お陰様でね。感謝してもし切れない」


 一見してにこやかな挨拶だった。

 だが、二人の目は、一つも笑っていない。


「……だからこそ、君に負けるわけにはいかない」

「……私もだ。ここは譲れない」


 その燃え盛らんばかりの闘志がこれでもかとばかりに剥き出しなのである。


 ここで負けては、念願を果たせない。

 絶対に負けられない勝負だと、両者ともに確と自覚していた。



「――互いに礼! 構え!」


 審判による号令を受け、二人は武器を構えた。


 選択した武器は、二人とも、ただのロングボウ。最もオーソドックスで扱いやすい、手に馴染んだ愛用の武器である。



「君に一つ、よいことを教えよう」

「ふむ、それはありがたい」


 しばしの静寂の後、アルフレッドは試合前最後の言葉を伝えんと口を開いた。



「調子に乗り過ぎだ」


「……っ!」




「――始め!」



 号令の直後――シルビアの《歩兵弓術》が繰り出される。



「!?」


 ……驚いたのは、主に観客だった。


 今、シルビアが放った《歩兵弓術》は、ディーとの試合の時に見せた技術の数段


 闘技場をぐるりと取り囲み様々な方向から観察できる観客たちでさえ、いつ矢を射ったのかわからないほどに、スキル発動の瞬間が隠され短縮されていた。


 ゆえに、観客は驚く。あれほどアッサリと勝利したディーとの試合でさえ、シルビアは本気を出していなかったのだと。


 そして、空中を飛んでいく矢を見ながら「一体いつ射ったんだ!?」と驚く観客たちは、第二試合でのディーの不意の被弾を思い出し、その理由に合点がいった。彼女もまた、今のように、いつ射ったのかを認識できなかったのかもしれない、と。



「……そうか」


 しかしながら、シルビアは初手を放った瞬間、とても渋い表情を浮かべた。


 挑発に乗ってしまった――そう、気付いたのだ。



「すまない。私は、弓を聞ける・・・



 アルフレッドによる《香車弓術》が、飛来したシルビアの《歩兵弓術》を貫通し無力化しながら、シルビアへと襲い掛かる。


 当然、アルフレッドはシルビアが調子に乗り過ぎているなどと思ってはいない。むしろ、調子に乗っていないことを知っていた。ゆえにシルビアは反発せんと挑発に乗ってしまった。



「私の方こそすまない。薄々、気付いてはいたのだ」


 アルフレッドに、この技術は通じないと。


 エルンテとセカンドのエキシビションの時のように、通じる相手にはこれだけで完封できてしまうような、基本的でありながら強力な技術。シルビアは、この技術に、人並みならぬ憧れを持っていた。


 あの怖ろしき・・・・老爺エルンテを、この技術を用いて、歩兵のみでボコボコにしたセカンド。その雄姿を間近で目にしていたからこそ、自分もそのようになりたいと強く願い、この半年間で、死に物狂いになって身に着けたのだ。


 しかし、アルフレッドには意味をなさなかった。彼は盲目であっても何処から矢が飛んでくるかを具に察知できる超感覚の持ち主。視覚に頼り切らない弓術師なのである。



「だが、今の私の力で、勝てるかどうか試したかった」


 シルビアはアルフレッドの放った《香車弓術》を同じく《香車弓術》で弾きながら、小さく呟いた。



「……?」


 アルフレッドは、その言葉の意味がわからない。私の力……シルビアの言うそれが、何を示すのか。


 シルビアの行う全てが全て、シルビアの力に違いないはずだ。いくらセカンド・ファーステストから教えを受けたとはいえ、その技術を身に着けたのは彼女自身である。それは紛れもなく彼女の力だと言っていい。しかし彼女は、まるで何者かから力を借り受けているような口振りでそう呟いたのだ。



 ――何かを隠している。



 アルフレッドが警戒を大きくした瞬間……身の毛もよだつ何かが場を支配・・した。




「見よ、二式飛車戦法」



 それは、歴史の重みか。はたまた、一度己の全てを捨てて半年の地獄を過ごした女の迫力か。


 かつて発掘師と称えられたプレイヤーが編み出した定跡「モサ流弓術」が進化を遂げた「新モサ流弓術」、それを更に進化させた「セカンド式モサ流」を、最終的にシルビア向けに改良した「二式セカモサ流」――名付けて、二式飛車戦法。



 定跡とは、個人の財産ではなく、タイトル戦の財産。


 セカンドの語った言葉に感銘を受けたからこそ、シルビアは人一倍、この定跡の披露に対して極限の敬意を払っていた。


 ついに、足を踏み入れるのだ。定跡をより価値あるものへと育成していく研ぎ澄まされた真剣勝負の場へと、彼女もまた参戦する。


 そしてそれは、アルフレッドもまた同じこと。



「受けて立とう」


 彼は、静かに呟き……すかさず《銀将弓術》で先手を取った。


 盲目であった頃の彼は、好んで後手を選んでいた。優れた聴力を活かした鋭い切り返しで決めに行くカウンタースタイルが彼の得意戦法。しかし、それよりも前、まだ目が見えていた頃の彼は、言わば対極・・。先手でガンガンに攻め込む速攻スタイルであった。



「!!」



 ……シルビアの、二手目。


 アルフレッドはそれを目にした瞬間、思わず声にならない声をあげた。



 《飛車弓術》――彼女は、飛来する《銀将弓術》を無視して、《飛車弓術》を準備し始めたのだ。



 無謀・・。単純に言い表すなら、これである。


 銀将到達までに飛車を撃てても、スキル使用後の硬直時間中に銀将の被弾は確実。一方、アルフレッド側には放たれた飛車への対応方法などいくらでもある。


 となると、アルフレッドは当然このように懸念しなければならない。「実は銀将が逸れているのではないか」と。


 否。アルフレッドの狙いは正確だ。今のシルビアの位置ならば「99%」命中すると誰もがわかる。



「…………ッ」


 咄嗟に気が付いた。ゆえに、アルフレッドは次の一手を焦る・・


 もしも1%を引いてしまった場合、無傷のシルビアから《飛車弓術》が飛んでくることになるのだ。


 どれほど狙いが正確でも、スキルの特性上、極低確率で外れてしまうことはある。1%を引かない保証など、何処にもない。



「攻め潰す!」


 アルフレッドが即座に用意を始めたのは、《飛車弓術》。


 盤石の一手。アルフレッドの感覚では、そうだった。


 後手のシルビアが《飛車弓術》を発動する前から、追撃ないし対応の手段として先手も《飛車弓術》を準備しておく。


 銀将が当たれば決め手となり、当たらなければシルビアの飛車への対応となる。まさに一石二鳥の一手。


 この判断の早さもまたアルフレッドの強さの一つと言えた。



 だが。



「……!?」


 シルビアの方向から聞こえたで、アルフレッドは即座に自身の窮地を悟る。



 一体いつの間に《角行弓術》を準備していた――!?



「はッ!」


 銀将着弾の寸前、シルビアは角行の準備を終えて、発動した。


 シルビアは準備が間に合うギリギリのタイミングを見計らって、飛車から角行へと切り替えていたのだ。シルビアの《飛車弓術》を見て焦り、先を読むことばかりを考えていたアルフレッドは、この密かな切り替えを見抜くことができなかった。



「ぐううッ!」


 直後、シルビアの左腹部に《銀将弓術》が直撃する。


 しかし、放った《角行弓術》は確りとアルフレッドへ向かっていく。


 アルフレッドには、もはや《飛車弓術》をキャンセルし、新たなスキルを準備して受ける余地などない。


 強力な貫通効果を持つ《角行弓術》への対応は、同じく貫通を持つスキルでなければ効果が薄いのだ。しかし《香車弓術》では弱い。かと言って《角行弓術》はもう間に合わない。



「くっ……!!」


 アルフレッドはそのまま《飛車弓術》を《角行弓術》へとぶつけることで威力を少しでも減衰させようと破れかぶれの対応を考えた。


 だが、角行の貫通効果は伊達ではない。


 アルフレッドの飛車をものの見事に貫通し、そのままアルフレッドの右肩を豪速で射貫く。


「――ッッッ!」



 両者、ダウンする。



 まさに怒涛の攻め合い。


 互いに一歩も退かず、微塵も恐れをなさず、痛みなどものともせずに、その身体へと刃を突き立て合った。



 分はシルビアにある。


 銀将と角行では、後者の方が火力が出るのだ。



 二式飛車戦法――無謀に見える二手目の飛車で相手の対応を強制し、本命の角行を捨て身で命中させる定跡。


 変化は多岐に渡るが……主には、乱戦。互いに斬り合い、最後に立っていた方の勝ち、とでも言うべき、荒々しい力戦調の変化が多い。


 これがまさにシルビア向きと言えた。何があろうと自身の正義を貫き通し立ち上がり立ち向かい続ける彼女にこそ、この定跡が相応しいのだ。誰がそう考え、誰が教えたのかは、言わずもがなであろう。



 そして、この定跡には、まだ、続きがある。



「これは、なかなか、辛いものがあるなッ」


 シルビアはわき腹の痛みに顔を歪めながらも、《歩兵弓術》を連打した。


 歩兵の連打。決め手とはなり得ないが、これもまた立派な作戦。


 受けたダメージ差がハッキリとしている現状、これだけでもアルフレッドにとっては厳しい攻め手となった。


「ぐっ! ぐあっ! くそっ!」


 段々と被弾が増えてくる。


 アルフレッドの肩の傷は、シルビアのわき腹の傷の比ではない深さ。右腕はもはや自由に動かない。ゆえに、歩兵への対応でさえ満足にできていない。



「…………!」


 不意に、アルフレッドは気付いた。


 シルビアの《歩兵弓術》を見て・・躱そうとしている自分に。



「……愚かな」


 忌々し気に、独り言つ。


 今になって思えば、三手目の対応もそうだった。


 シルビアの慮外な《飛車弓術》を見て、アルフレッドは心乱されたのだ。


 見えなければよかったものが見え、焦ってしまった。


「愚かなッ!」


 半年経ち。


 あの頃と比べ、腕は確かに上がっただろう。


 しかし、心は……!




「……アルフレッド殿、後は任せてほしい」


 矢が両の腿に刺さり、十分な身動きが取れなくなったアルフレッドへ、シルビアが一言そう伝えた。



「…………」


 無言で応えた男は、悔しさに脱力し、膝を突く。



 直後、シルビアの弓から《銀将弓術》《桂馬弓術》複合が放たれた。正確無比な高威力の狙撃は、彼女の勝利をより確かなものにせんと、容赦なく空を穿ちながら彼の胸部へと襲いゆく。



「見事」


 アルフレッドは、自身の敗北を受け入れると、瞑目し、薄らと微笑みながら、誰にでもなく呟いた。




「――それまで! 勝者、シルビア・ヴァージニア!」



 挑戦者が決定する。


 飛・角・銀・桂・歩。【弓術】における攻めの基本スキルはこの五つ。その全てを躍動させる二式飛車戦法は、まさに理想の攻めと言えた。



 烈火の如き最新定跡をその身に刻み込み、生まれ変わったシルビアが挑むは、老練かつ老獪、悪名高き鬼穿将。


 いざ、決戦――。



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 指導を受けているとはいえ、技術を磨き特訓に耐え、研鑽を重ねてきたのは間違いなくシルビア自身の努力であり実力。 決して神様のような存在に「与えられた」力などではない。 主人公に出会い師事するこ…
[気になる点] ゲームシステムをそのまま現実に持ってきたせいでどんなに狙いが良くても確率で外れるってのがなんかなぁ。例えゼロ距離で撃っても1パーセントで外れるのか?物理法則もめちゃくちゃなこの世界で言…
[一言] 転生者の指導で力を与えて貰った身で、自力で研鑽してる人を笑ってる時点で調子に乗っているのは事実だと思う。
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