183 鬼穿将戦 その1
【弓術】
《龍王弓術》 着弾地点に強力な範囲攻撃
《龍馬弓術》 強力な範囲貫通攻撃
《飛車弓術》 非常に強力な単体攻撃
《角行弓術》 強力な貫通攻撃
《金将弓術》 範囲攻撃+ノックバック
《銀将弓術》 強力な単体攻撃
《桂馬弓術》 精密狙撃
《香車弓術》 貫通攻撃
《歩兵弓術》 通常攻撃
鬼穿将戦挑戦者決定トーナメント第一試合、アルフレッド対ジェイ・ミックス。
アルフレッドは相変わらず鈍色の長髪だが、心なしかボサボサ感が減っているようにも感じる。
対するジェイは、エメラルドグリーンに輝くショートカットの髪。姉のディーがロングで、妹のジェイがショート、だったか。
「――互いに礼! 構え!」
「ジェイ、なんとなくでお辞儀をしてはいけません。しっかりお辞儀をしなさい」
「お師匠様、こんな場所でまでお説教は……」
「こんな場所だからこそ。私はジェイが恥をかかぬようにと」
「既に十分恥を……いえ、すみません。以後気を付けます」
「それでいい」
何やら和気藹々と話している。
「二人ともリラックスしているな」
そんな二人の様子を見て、シルビアが呟く。
俺たちは出場者専用席という名の超特等席から観戦しているため、表情から何から全て丸わかりだ。
「まあ、今や身内みたいなもんだし」
「うむ……半年前では考えられん」
偶然にも、今回の夏季鬼穿将戦は、半年前の冬季鬼穿将戦と同じ相手と当たるトーナメントとなった。
半年前は鬼穿将エルンテの手先でしかなかったジェイと、それを解放せんと尽力していた盲目のアルフレッドが、まさかこんな風に向かい合うことになるとは。半年前では想像もつかなかっただろう。
彼の目は見えている。そして、彼女もまた、前が見えている。
なんだかハッピーなタイトル戦になりそうだ。たった一人の老爺を除いて、な。
「――始め!」
審判の号令がかかる。
瞬間、アルフレッドとジェイは点対称に斜め横方向へと動き出し、ほぼ同時に《歩兵弓術》を放った。
「おお」
思わず声が出てしまう。ジェイのエイム、以前見た時と比べて明らかに改善されている。
動きながら、動く的を狙う。いきなり高難度の初手を撃ち合った二人だが、二人とも寸分違わぬ狙いで互いの眉間へと《歩兵弓術》を射っていた。
「はっ」
「ふっ」
急ブレーキ。突然移動を止めて《歩兵弓術》を躱したのは、師弟の二人とも。
直後、《銀将弓術》と《桂馬弓術》の複合を、前進して間合いを詰めながら放った。
これまた、二人ともが、同じ動きで同じように攻撃している。
「まねっこ!」
「ああ、真似っこだな。アルフレッドがジェイの真似をしている」
「かつ? まける?」
「勝つだろうな。アルフレッドはああやってあえて真似することで、単純な技量勝負にしてんのさ。言わば指導対戦だな」
「ほーん!」
「…………」
エコと話している際、じっと黙って観戦しているシルビアの表情がちらと目に入った。
次に試合が控えている彼女は、またいつものように緊張しているのではないか。俺はそう思っていたのだが――
「……ふ、ふふっ、ははっ」
シルビアは、笑っていた。
どうしても堪え切れず、喉奥からあふれ出すように。
「おいおいどうした」
「う、うむ、いや、セカンド殿、すまない、なんだかおかしくてなっ」
笑ってはいけないのに、顔が勝手に笑ってしまう、という表情。
…………ああ、なるほど。
「気付いちゃったか」
「!」
やっぱり。
「セカンド殿も、かつてはこの感覚を?」
ようやく静まってきたシルビアが、気になるという風に聞いてくる。
「……まあな」
あれはいつだったか。ああ、そう、この世界に来て間もない日の夜だ。
シルビア、お前がまだ第三騎士団の下っ端だった頃に、ダイクエ戦法を終えて王都へ帰ってきた俺が職務質問を受けた際、この世界のダンジョンが十三しか攻略されていないと知り、俺はかなり似た感覚を味わったぞ。
そりゃあ、そうだろうよ。
今のシルビアが、あんな試合を見せられちゃあ……笑っちまうよなぁ?
「――それまで! 勝者、アルフレッド!」
じわじわと有利を拡大していったアルフレッドが、ジェイに勝利する。
まさに師匠と弟子の対戦と言うに相応しい、明らかな差の見て取れる試合だった。
ジェイの成長は顕著であったが、どうやらアルフレッドはそれ以上に成長しているらしい。以前はしっかりと対策を立てて攻略していた相手を、今や余裕の表情で指導対戦できる位置にまで突き放しているのだから。
あいつ、弟子の面倒を見ながらも、きちんと自分の訓練も欠かさなかったんだな。目が見えるようになっただけでは、ああはならないだろう。まだまだ底が見えない男だ。年齢なんて関係ないな。あいつなら、きっとこれからも努力し続けるに違いない。一年もすれば、エルンテなど《歩兵弓術》のみで倒せるようになっているかもしれない。
……それでも、多分、シルビアは笑ってしまうだろうが。
* * *
ディー・ミックスは、確かな恐怖を覚えていた。
第二試合、シルビア・ヴァージニア対ディー・ミックス。この勝者と、第一試合の勝者アルフレッドが決勝を行い、晴れてエルンテ鬼穿将への挑戦権を手にすることができる。
ミックス姉妹がかかっていたエルンテによる洗脳は、もはや解けたと言っていい。この半年間、アルフレッドによる愛情たっぷりの鬼しごきによって、彼女たちはようやく前を見ることができるようになった。
ゆえに、もしも挑戦権を手にしたならば、ディーにとってそれは報復となる。「よくもいいように使ってくれたな」と、エルンテに牙を剥くことこそが、このタイトル戦における彼女の目的と言っても過言ではなかった。
そこに恐怖などない。かつての師は、今や孤独。妹ジェイと新たな師アルフレッドというかけがえのない味方を得た今、ディーにとってエルンテなど恐るるに足りない相手であった。
では、何故……彼女は今、恐怖しているのか。
その原因は、目の前の女。
「……久しぶりね。貴女、随分と顔つきが変わったわね? 恰好もなんだか様になっているわ」
「うむ、久しぶりだな。そちらこそ、髪を切ったのか? 似合っているぞ」
「あら、ありがとう。貴女の方は……似合い過ぎていて、怖いわ」
「そうか? ふむ、そうか、ありがとう」
ディーはエメラルドグリーンの長髪をセミロングほどに切り揃え、後ろで結んでいた。夏向けの涼しい髪型だ。
一方シルビアは、髪型こそ変わらないが、顔つきは以前と明らかに違った。
堂々としている――それが、誰がどう見ても明らかなのだ。何がどう変わったと具体的に指摘することはできないが、何故だか明らかなのである。
また、その恰好も堂々とした雰囲気づくりに一役買っていた。
全身“黒炎狼”装備。甲等級ダンジョン『アイソロイス』のボス、黒炎狼がドロップする素材アイテムを用いて作られた、片方の肩に漆黒のマントがついた弓術師用の軽鎧と、帽子・弓籠手・脛当て・靴である。現状、最も強力な素材で作られた防具。防御力と軽量性は申し分なし、難点と言えば少し暑いくらいだろう。
「では、やろうか」
「…………」
再び、ぞくりとディーの背中を冷たい何かが撫ぜた。
やはり。彼女は確信する。自分は、恐怖を感じているのだと。
どうして恐怖を感じるのか。その理由は、まだ、わからない。
「――互いに礼! 構え!」
審判の指示に従って、二人は弓を取り出し構える。
ディーが取り出したのは、ミスリルロングボウ。軽量で強力で扱いやすい大弓だ。
一方、シルビアが取り出したのは、炎狼之弓……では、なく。
「ただの、ロングボウ……?」
なんの変哲もない、木製のロングボウ。何処の武器屋でも売っているオーソドックスな大弓。
シルビアが炎狼之弓より攻撃力の劣るこの武器をあえて選んだ理由は、至極単純であった。それは、炎狼之弓よりも攻撃モーションが小さく目立たないという、ただ一点のため。
「――始め!」
開始の号令がかかる。
「よいしょっ」
刹那……シルビアは、その場でぐるぐると横方向に二回転した。
「???」
謎の行動。ディーは困惑するも、攻撃のため準備した《歩兵弓術》を射る。
エイムは正確。ビンゴの景品によってセカンドから受けたアドバイス、その訓練方法を毎日繰り返したことにより、彼女のエイム力は半年前など比較にならないほど向上していた。
「素直すぎるぞ」
一方、シルビアは一言呟き、ディーの攻撃を躱しながら全力で前進する。
途中、二回停止し、二回とも《歩兵弓術》を放った。
だらりと腕を垂らした状態から、一瞬のうちに腕を上げ、狙いを定める間もなく矢を射り、そして即座に腕を下げ、再び駆け出す。しかしエイムはこれ以上なく正確。セカンドがエルンテとのエキシビションで見せたテクニックにも見劣りしないような鋭い《歩兵弓術》であった。
鬼穿将戦のポイントは、如何にして「いつ射るかわからなくする」か――セカンドが口にしていたコツを、シルビアは忠実に自身の戦闘スタイルへと取り入れていた。
「くっ! このっ!」
ディーはシルビアの《歩兵弓術》を二発ともギリギリで躱すと、反撃のため《香車弓術》と《桂馬弓術》の複合を準備し始める。
これは、悪くない一手と言えた。香車は貫通効果を持つ。ゆえに、同じ貫通効果を持つ攻撃でしか防ぐことは難しい。また桂馬を複合することによってより精密な狙いを実現し、単純な回避を困難にしている。間合いを詰めんとするシルビアの前進を阻止する手段としてはもってこいの一手。
「ふむ?」
シルビアは何故か首を傾げると、その場で停止し……《飛車弓術》の準備を始める。
「はっ? 貴女、何して――」
……直後、ディーの脳天に《桂馬弓術》が飛来した。
「 」
何が起きたのかわからなかったのは、この闘技場においてディーのみであった。
「おいおい何やってるんだ!」「開幕と同時にシルビア・ヴァージニアは《桂馬弓術》を射っていたじゃないか!」と、観客は勝手なことを口にする。
だが、こればかりは、察知できなくても仕方のないことであった。
射っている素振りすらなかったのだ。まさか、開幕の二回転で、空へ向けて《桂馬弓術》を射っているなどとは到底思えないうえ、これほどに正確な位置を想定して矢を落とそうとすることなど想像もつかない。
そう、これは、正面から見た場合に限り、シルビアの二回転によって《桂馬弓術》発動の瞬間が極めてわかり難くなるという仕掛け。
別角度から見ている観客にはわかっても、正面から見ている対戦相手にはわからない、洗練し尽くされた動作。
言ってしまえば、基本中の基本。シルビアは、至って基本のことしかしていない。「いつ射ったかわからないようにする」という基本、ただそれだけを突き詰めた技術を開幕早々披露したに過ぎないのだ。
「笑ってしまって、すまない」
シルビアは自省の言葉を小さく口にしながら、《飛車弓術》を放った。
あっという間の出来事。
立て続けに二発の攻撃を喰らい、ディーは大ダメージを負ってダウンしてしまう。
「…………」
未だ、これが本当の現実とは納得できていないような顔で、無言のまま《龍王弓術》による最後の一手を準備するシルビア。
――レベルが、低すぎる。
彼女の笑いの原因は、決して逃れようのない、この感覚だった。
半年前は奇襲戦法を用いてあれほどスレスレの勝負を繰り広げていたあの面々が、こんなにも低レベルに感じてしまう……これを笑わずして、なんとすればよいというのか。
何度考え直しても、どれだけ思い直しても、どうしても負ける気がしないのだ。
ジェイにも、ディーにも、アルフレッドにすらも、そして……エルンテにさえも。
「――それまで! 勝者、シルビア・ヴァージニア!」
龍王弓術の爆風に肩のマントを靡かせて、闘技場を去るシルビア。
彼女は悠々とした歩みを止めることなく、ロングボウをインベントリに仕舞いながら、何処ぞに隠れているであろう老人へと聞こえるように独り言つ。
「他の誰でもない。この私が、引導を渡そう――」
お読みいただき、ありがとうございます。