181 四鎗聖戦 その3
後書きにお知らせがありますさかいに……。
「よろしく頼む、セカンド三冠。いや、四冠か」
「どーも。今日で五冠になるセカンドだ」
「……はは、面白くない冗談だな」
現四鎗聖のラデンという男は、灰色の髪をした長身のダークエルフだった。
ラデンは俺と対峙すると、右手を挙げて流れを遮るように口を開く。
「すまないが、少し時間をもらってもいいだろうか」
「どーぞ」
何かするつもりのようだ。
興味深げに見ていると、ラデンはくるりと観客を振り返り、声を張り上げた。
「――我々ダークエルフは迫害されている! 何十年も、何百年も、差別は続いている! 我々は同じ生き物だ! ダークエルフは、人間とエルフと並び立ち、共に歩いていくべき友なのだと、何故気付かない! ダークエルフの奴隷を解放し、正当な立場を保証し、移民を受け入れるべきである! これは当然に認められるべきことだ! 私が私である限り、如何様な反発があろうと、この主張は続ける!」
……驚いたな。いや、呆れたと言うべきか。
タイトル戦の場で、それも俺との試合の直前に、演説だと?
「……以上だ。失礼、セカンド四冠。待たせてしまった」
「この演説、いつもやってんのか?」
「かれこれ六年はやっている。他に出場者がカレンしかいない時期が続いたのでな」
「へぇ、そりゃまた何故?」
ずっと槍は人気だと思っていたが、この世界ではそうでもないようだ。そこに原因があるのか?
「私たち兄妹がダークエルフだからだ。人間もエルフも、ダークエルフに負けたくないのだろう。ゆえに出場者が少ない。私の演説を止めることもできない。それは彼らが、この私より、ダークエルフより弱いからだ」
「……なーるほど」
こいつかこいつの妹に一度でも負けたら「ダークエルフに負けたやつ」とレッテルを貼られ続けることになると。だから皆チキっちゃって出場しないと。
「クソだな」
「ははは、随分とハッキリ言う」
「チキンしかいねえのかよ槍術者は」
「はははは! 私も同感だ」
……………………はぁ。
「で、どっちがついでなんだ?」
「……何?」
「タイトル戦と反差別活動、どっちがついでなんだと聞いているんだ」
「いや、ついでも何もないが」
「お前はなんのためにタイトルを獲得した? 演説をするためなんだろう?」
「違う。私は元より槍が得意だったからこそ、タイトルを獲得したその機会に」
「タイトル保持者としての発言力を利用して演説しているんだろう?」
「……それは、そうだが」
「どっちがついでなんだよ。ハッキリしろよイラつくなぁ」
「…………」
ラデンは考え込むように沈黙した。そんな様子さえ苛立たしい。
こいつは何処か薄っぺらい。本気でタイトルに賭けている風にも見えず、本気で反差別活動をしている風にも見えない。
……半端野郎が。シャンパーニを見ていて、何も感じなかったのか?
「おっと、危ない危ない。術中にハマるところだった。これは君の盤外戦術か」
「あ?」
「では私もやり返させてもらおう。君の所に、ダークエルフの使用人がいなかったか?」
「いるが」
「彼女、奴隷だろう? すまないが調べさせてもらった」
「そうだが」
「……ダークエルフの奴隷を従えて、よくもこの場に立ち、よくもそんなことが言えたな。君は恥ずかしくないのか?」
「別に」
「…………」
何が言いたいんだこいつは。
「流石、奴隷に勝たせてもらってここに来た者は違うな。配下を人とも思っていないようだ」
ああ、そういう。
「シャンパーニはもう奴隷じゃないぞ」
試合前、廊下で頭突きしてもらった。“脱獄”済みだ。
「ははは、ボロが出た! 不正があったという点は否定しないのだな!」
「別に言ってもわからんさ」
「なんだと?」
「お前にはわかんねぇから言っても意味がない」
あいつの背中を見なかったのか? あいつの生き様を見なかったのか?
いいや、見ていたはずだ。見ていてわからないのなら、こいつには一生かかってもわからない。
お嬢様とメイドと槍を、全てモノにしようとしてるんだ。本気も本気で。人生賭けて。わかんねぇよな、お前には。全部が半端なお前には。
「どれがついでなんだ?」と聞かれたら、彼女はこう答えるだろうさ。「は?」と。
全てが本気のやつは、怒るんだよ。舐められたらな。
「不正の内容ならわかっている。最後の彼女の銀将槍術、明らかに不自然だった。君に勝ちを差し出したと見て取れる。ほら、私は全て知っているぞ?」
俺を追い詰めているつもりなのか、ラデンは余裕を演出してそう言った。
「……俺は別にいいんだ。この後お前をボコボコにしてスッキリできるからな。だがシャンパーニの名誉のために言っておこう。彼女は三日前の一閃座戦で俺が最後の最後に見せた相殺を誰からの助言もなしに見抜き、ここぞという場面でそれに賭けたんだ。これが如何に凄いことか、お前にはわかるまい」
そして、わからなくていい。彼女の《銀将槍術》は、俺への信頼。相殺というあの一瞬の現象を俺が意図的に起こしたことなのだと心の底から信じていなければ、決して辿り着けない技術だった。何度も何度も失敗しただろう。本当に相殺という現象が起こるのか疑問に思ったこともあっただろう。なのにこの三日間、恐らく彼女は相殺ばかりを試していたはずだ。ひょっとすると、ついぞ本番まで一度も相殺を成功させていなかったのかもしれない。にもかかわらず、彼女はあの重大な局面で相殺を試した。何故そんなことができるのかって、俺を信頼していたからだ。絶対にあるはずだと信じていたからだ。そんな彼女の“信愛”は、俺だけ知っていればいい。
「相殺? ああ、やはりよくわからない。そして観客もわからない。君以外、誰一人としてわからない。なら……不正と同じことだろう?」
言っとけ。
「いいさ。これから嫌でも明らかになる」
「――互いに礼! 構え!」
チャンスは一回。
開幕の直後に決まる。
「ダークエルフに幸多からんことを」
ラデンがなんか言っている。ルーティーンか? なら俺も。
「晩メシに肉多からんことを」
観客席でユカリが頷いたような気がした。
「――始め!」
審判の号令がかかる。
瞬間、ラデンは《飛車槍術》の準備を開始、十分に溜めてから発動し、突進で間合いを詰めてきた。
溜めるほど強力な突進攻撃。当然、俺は《金将槍術》でカウンターを見せて受け、突進を阻止するところだが――
「!!」
今回は違う。
俺が選択したのは《銀将槍術》。
これ見よがしに、限界まで引きつけ、全く溜めずに準備する。
「はは、気でも狂ったか! そんなスキルで何をしようというのだ!」
ラデンは嘲笑し、間合いギリギリで《飛車槍術》のフィニッシュ攻撃を発動した。
俺はそれに重ねるように《銀将槍術》を発動する。
後は、突きの速度と方向を揃え、ぶつけるだけ。ここがシンプルでありながら最も難しい部分。たった三日の練習でできる芸当ではないが……廃プレイヤーばかりの中で十年以上も過ごせば、それなりにモノにはなる。
「――ッ!?」
ラデンは何が起きたのかわからない様子だ。
なんせ、溜めずの銀将なんかに全溜めの飛車が無効化されたんだから。
「これが相殺」
そしてこれが最後の一手。
銀将後の硬直時間より、飛車後の硬直時間の方が長い。
ゆえに追撃の《飛車槍術》が間に合う。
あえてラデンの《金将槍術》での対応が間に合わないギリギリまで溜め、それから発動した。
「ば、馬鹿な……!」
馬鹿はお前だったな。
金将発動の直前、俺の飛車がラデンの心臓に突き刺さった。
溜め、急所攻撃、クリティカルヒット、そしてステータス差。この四つの条件だけで、ラデンのHPは一撃で削れ切ってしまう。
ああ無情。普段ならこのステータス差を「つまらない」と嘆くところだが、今回ばかりは気持ちがいい。
「――そ、それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
審判が困惑しながら勝敗を告げる。
観客たちも困惑している。
四鎗聖が、負けた。
たったの三手だ。時間にして約十秒。
困惑の理由はそれだけではないだろう。
何が起きたのかわからないのだ。皆、相殺という現象を知らないのである。
……しかし、じわじわと効いてくるはずだ。段々とわかってくるはずだ。
俺が最高だと思う女が、どうして最高なのかが。
というわけで、五冠。
お読みいただき、ありがとうございます。
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