180 四鎗聖戦 その2
【槍術】
《龍王槍術》 非常に強力な単体攻撃
《龍馬槍術》 強力な遠距離攻撃 (衝撃破)
《飛車槍術》 突進攻撃 (溜め突き)
《角行槍術》 強力な範囲攻撃 (薙ぎ)
《金将槍術》 反撃 (カウンター)
《銀将槍術》 強力な単体攻撃 (溜め突き)
《桂馬槍術》 前方への跳躍攻撃 (跳び突き)
《香車槍術》 範囲攻撃 (薙ぎ)
《歩兵槍術》 通常攻撃 (突き)
四鎗聖戦、挑戦者決定トーナメント決勝。
これからシャンパーニと俺の試合が始まる。
試合前、俺と彼女は位置について向かい合い、いくつかの言葉を交わした。
「ご主人様、ご機嫌よう。よい天気ですわねっ」
「ご機嫌ようシャンパーニ。晴れ舞台だな」
「ええ! 本当に」
……世の中には「凄いやつ」がいる。
シャンパーニ。彼女は、紛れもなく凄いやつ。
胸に夢を抱いたその日から、ただひたすら己の道を信じ、地獄のような日々に屈することなく、逆境を跳ね返し、突き進んできた。
そして今、ここに立っている。
彼女の目指す理想そのものの姿で、ここに立っている。
それが如何に凄まじいことか! 彼女のことを嘲笑いながら遊び半分で地獄に突き落としたやつらには、一生かかってもわかるまいよ。
「――互いに礼! 構え!」
号令がかかる。
シャンパーニが取り出すは、虹之薙刀。
俺はなんの変哲もないミスリルスピア。
一瞬の静寂。
下段に構えた彼女は、静かに口を開いた。
「……ありがとう御座います」
思わず目を奪われる美しい笑み。
一体なんのお礼なのか。俺にはその理由がよくわからなかったが、何故だかしっくりときた。彼女は、今、とにかく、俺に感謝を伝えたい気分になったのだろう。
「こちらこそありがとう」
だったらと、言葉を返してやる。
俺の方こそ感謝を伝えたい気分なのだ。
お前はよくやっている。凄惨な過去をおくびにも出さず、こつこつと努力し、自分には剣より槍が向いていると気付き、再びゼロからやり直し、半年でここまで上がってきたお前は、本当によくやっている。
尊敬するよ、心から。
お前が俺なら……それでも、自殺しなかったのだろう。ああ、そうかもしれない。
俺にはない強さが、意志の強さがある。
これから、そんな凄いやつと勝負するんだ。笑顔になるに決まってるさ。
「――始め!」
試合開始の合図。
俺たちは互いに、不思議と湧き出る笑みを浮かべたまま、一気に間合いを詰め合った。
「ひゅっ!」
彼女の初手は有効範囲ギリギリからの《角行槍術》。横薙ぎの強力な範囲攻撃。
その口から漏れ出る息で、力のこもり具合が窺える。
シャンパーニ、本気も本気だ。こいつめ、初戦は手を抜いていたな?
「ああ、考えたなぁ」
直後、彼女の作戦に気付き、思わず率直な感想がこぼれる。
俺は《金将槍術》で対応した。カウンタースキルだ。シャンパーニの槍が少しでも触れれば、彼女は手痛い反撃をくらいダウンを余儀なくされる。
すると……彼女は少しだけ薙刀の柄を引っ張り、自身に引き寄せた。
これが有効範囲ギリギリで《角行槍術》を放った理由だろう。少し引けばカウンターを回避可能、少し押し出せばなんの問題もなく攻撃可能。その微妙なラインを彼女は見極めていた。
動く物体を相手にこのラインをしっかりと見極められるようになるには、相当な訓練が必要だ。しかしシャンパーニはこの半年、ファーステストの敷地の中で見かけることがあっても、そんな訓練をしている様子など少しもなく、常にお嬢様然として優雅に働いていた。
「凄いな、いつの間にやらこんなことまで身に付けて」
「お嬢様は努力を人に見せませんのよっ」
そういうことらしい。
「骨の髄までお嬢様だなぁ」
「おぉーほっほっほ!」
シャンパーニは本当に嬉しそうに笑いながら、次なるスキルを準備する。
あれは《香車槍術》。角行よりも準備時間が短い反面、範囲と威力の低い横薙ぎの攻撃。
なるほど、追撃としては申し分ないが……鋭さに欠ける。
「!」
いや待て。
すっかり彼女のペースに乗せられていた。
シャンパーニは“突き”が得意だと自分で言っていたではないか。しかし、初撃から二連続で“薙ぎ”。こりゃ何か準備しているな?
「――そこですわっ!」
やはり。《香車槍術》に対する俺の《香車槍術》での対応を見てから、彼女は即座にスキルをキャンセル、《桂馬槍術》を発動した。
《桂馬槍術》は大きく跳躍して突きを入れるスキル。【槍術】において最もスピード感のある攻撃だ。
いいね。いい緩急だ。そつがない。
ただ、俺が軽く誘ったそばから、待ってましたとばかりに出してしまったのは、いただけない。
「こうしてみようか」
俺はシャンパーニの《桂馬槍術》発動とほぼ同時に、一歩後退しながら再び《金将槍術》を発動する。
「!!」
シャンパーニは驚きに目を見開いた。
そりゃそうだ。だって、明確に金将の準備が間に合わないタイミング。
いや、語弊があった。俺にとっては「明確」だが、彼女にとっては「微妙」だろう。
つまりはブラフであり、全てを相手に委ねた手と言える。
シャンパーニはこれから桂馬で跳躍するまでのほんのわずかな一瞬に、俺の金将が間に合うか間に合わないか微妙に思える部分を踏まえて判断し、どうするか決断しなければならない。
このまま桂馬で攻撃するも一興、跳躍の方向を変えて仕切り直すも一興だ。
「流石、おやりになりますわね!」
……槍だけにってか。面白い。こいつ美人でお嬢様でメイドで四鎗聖戦出場者でその上ギャグセンスまであるのか。完璧だなオイ。
さて置き、シャンパーニはそんな面白ギャグを口にしながら、俺とは反対方向へ跳躍した。
俺の金将が「間に合う」と判断してしまったわけだ。
だろうな。お前の初手の角行、まだまだ遊びの部分が多かった。本当の本当にギリギリは、後7~8センチほど手前だ。
「おっと」
ここで看過できないスキルが来た。
シャンパーニは初戦でも見せた空中スキルキャンセルを使って、跳躍中から《龍馬槍術》を準備し始めている。衝撃波による強力な遠距離攻撃スキル。桂馬によって開いた間合いを利用して遠距離攻撃をぶち当てようという作戦か。
「さあ、覚悟あそばせ、ご主人さ――っ!?」
着地と同時に振り返り、驚愕の顔を浮かべるシャンパーニ。
理由はなんとなくわかる。思ったより近かったんだろう? 俺が。
単純だ。お前が桂馬で跳んだ瞬間から、俺は金将をキャンセルし《飛車槍術》で突進していた。
お前が何を準備しようが、何で来ようが、この状況、俺は飛車だ。そう決まっているのだから、即座に発動し即座に突進して当然。こんなんで驚いてちゃあ駄目だぞ。
「来い」
金将は間に合わない。
恐れるな、撃ってこい。
もう、それしかない。
「くっ!!」
撃った。素晴らしい!
俺との距離が後1メートルもない瞬間に、シャンパーニは《龍馬槍術》を発動した。
俺の《飛車槍術》とぶつかり合い、互いに衝撃を受ける。
《飛車槍術》は溜めるほど強力な突進攻撃スキル。スキル発動のタイミングは突進開始時とフィニッシュの突き攻撃時の二つに分かれており、溜め判定は突進の発動までとなる。つまり今回はあまり溜めることができなかった。だが、それでも龍馬と比べて半分くらいの威力はある。そこへ俺と彼女の大きなステータス差を加味すれば……悲しいかな飛車の方が火力が出てしまう。
「……す、凄まじい、威力ですのね」
「お前こそよく怖気づかなかったな」
「わたくし、お嬢様ですから」
「……最高だよ全く」
最高に気合の入った女だ。だが、
「悪いな」
俺は世界一位なんだ。お前がいくらお嬢様だからって、譲ってやるわけにはいかない。
互いにダメージを受け、間合いは再び開いた。
シャンパーニの方が、明らかにくらっている。
しかし、彼女はフラつきもせず、しっかりと両の足で立ち、ピンと背筋を伸ばし、槍をこちらに向け構えていた。もはや意地だな。
硬直時間は大幅にダメージが少なかった俺の方が短い。ゆえに、俺は再び《飛車槍術》を準備し、先に突進を始めることができる。
一秒経過、間合いは詰まり、彼女が《金将槍術》を準備し始めたとしてギリギリ間に合うラインを越えた。その瞬間、彼女の硬直が解ける。
さあ、次で全てが決まるぞ。何で対応する? お前のことだ、まさか金将などではあるまい。
「!」
意を決した表情で、シャンパーニが準備したのは――《銀将槍術》。
溜めるほど強力な突きを繰り出す、単体攻撃スキル。
しかし、同系統上位スキルの《飛車槍術》には完全に劣る。これからいくら溜めたとしても、俺と彼女のステータス差は覆らない。
シャンパーニ、一体どういうつもりで――
「――ッ!!」
まさか……!
「ご主人様、ファーステストの皆様、会場の皆様、カレンさん。そして、お父様、お母様……篤と、ご覧くださいまし」
シャンパーニは溜め終える。そして、俺の《飛車槍術》による突きの発動と、彼女の《銀将槍術》による突きの発動、そのタイミングが重なり、方向も一直線に揃い、速度も合わさり――。
「これが、わたくしの生き様ですわっ――!」
――相殺。
彼女の狙いはこれだった。
三日前の一閃座戦、俺がラズベリーベルとの試合で見せたばかりの相殺を、彼女は、今、ここで、ぶちかましてやろうとしている。
一か八かどころの話ではない。三日三晩で身に付くような生半可な技術ではない。
なのに、彼女は、この大一番で、この晴れ舞台で、未だ不完全であろうそれに全てを賭けた。
誰にどう見られようと気にすることなく、自分が信じる自分を貫き通した者の強さだ。
己を超えようとしているのだ。
何かを残そうとしているのだ。
必死に。
「……………………」
相殺は失敗した。
シャンパーニは《飛車槍術》の直撃によって吹き飛び、派手にダウンする。
……観客たちから、「あぁ」と、落胆にも似た溜め息が聞こえた。「おいおい」と、「何やってんだよ」と、呆れるような声も聞こえた。
見ようによってはそうだろう。飛車に対して銀将を準備して、結果的に直撃をくらってダウンするなど、一見して意味不明、何をやっているのか理解できない行動。
勿論、シャンパーニもそれをわかっていたはずだ。
観客には理解してもらえないと、わかっていたはずだ。
父にも、母にも、昔いじめられていたやつらにも、理解してもらえないと、わかっていたはず。
意味不明なミスで負けた雑魚だと思われると、わかっていたはずなのだ……!
「わかってねぇな」
わかってねぇよ。
皆、彼女の凄さがわからない。
今の幸せで幸せで最高な自分を、一度落としてでも、更に超えようとした彼女の凄さが、皆、わからない。
当然だ。彼女はわかってもらおうとしていない。彼女の夢は、誰かにお嬢様だと思われることではなく、自分の思うお嬢様で在り続けることなのだ。
凄い。凄いよお前。強すぎる。
こんな言葉しか出てこない俺が情けないけどさ……お前、本当に最高だよ。
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
お読みいただき、ありがとうございます。