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179 四鎗聖戦 その1


【槍術】

《龍王槍術》 非常に強力な単体攻撃

《龍馬槍術》 強力な遠距離攻撃 (衝撃破)

《飛車槍術》 突進攻撃 (溜め突き)

《角行槍術》 強力な範囲攻撃 (薙ぎ)

《金将槍術》 反撃 (カウンター)

《銀将槍術》 強力な単体攻撃 (溜め突き)

《桂馬槍術》 前方への跳躍攻撃 (跳び突き)

《香車槍術》 範囲攻撃 (薙ぎ)

《歩兵槍術》 通常攻撃 (突き)




 四鎗聖しそうせい戦、挑戦者決定トーナメントが始まる。


 出場者は、カレンという名前のダークエルフ・・・・・・の女と、うちのメイドのシャンパーニと、俺の三人。この中の勝者が、現四鎗聖のラデンというダークエルフの男に挑戦することができる。


 俺はシードだった。そのため、カレンとシャンパーニのどちらかと戦うことになるのだが……。



「どうして俺がシードなんだよ」

「まだ言っているのかセカンド殿」

「だって俺、初出場だろ? カレンは初出場じゃないと聞いた。じゃあ彼女がシードでいいじゃないか」

「公平にくじ引きで決まったことだ、仕方がないぞ」

「いやいやいや……」


 違う、そのくじ引きがおかしいことに気付け。そもそも、くじ引きをする必要などなかったんだから。


 なんでも裏で各方面から俺をシードにするようにという強い働きかけがあったらしい。最終的にタイトル戦運営側が折れて、俺とカレンのどちらかがシードとなるようなくじ引きが行われ、その結果俺に決まったようだ。本当にくじ引きが行われたかどうかも怪しいところである。直前になり発表されたトーナメント表を見て疑問に思ったユカリがイヴ隊を使って調査したというのだから、かなり信頼のある情報だ。



「ふざけんなと。ちょっとマインのところに行ってくる」

「ご主人様、既に二人は闘技場中央へと集まっております。もはや覆せません」

「いや、覆らないにせよ、文句の一つでも」


「それに――ご主人様が思っている以上に、この問題は根深いです」



 ……根深い?


 そう言って俺を引き留めるユカリは、何処か冷たい顔をしていた。



「比較的軽減されてきたとはいえ、この王国にも未だ差別・・は残っております」



 なあ……それって。



「…………ダークエルフか」

「はい」

「ダークエルフだから彼女はシードから外されたのか」

「恐らく」

「……やっぱりマインのところに」

「陛下もご尽力されたことでしょう。ご主人様が誰よりもタイトル戦に熱意を注いでいることは、陛下もよくご存知でしょうから」

「じゃあなんで俺がシードになってんだよッ」

「王国における有力者の殆どはダークエルフ差別に賛成ということでは」


「………………」


 俺は「有り得ない」という呆れ顔をしながら手を広げて上に向け、乱暴に着席することしかできなかった。


 人間、本当に呆れると、言葉が出ないんだな。



 ……いや、馬鹿が、冷静になれ。この場で一番憤って然るべきユカリが、これほど淡々としているのだ。主人が一人で勝手に熱くなっていてはいけない。


「セカンド殿……これは許していいことではない! ふざけているッ! 帝国の狗どもが消え、王国貴族も少しはマシになったかと思ったが、まだこれほどに腐っていたとはな……!」


 熱くなっているやつが隣にも一人いた。シルビアのこういうところ好き。


 だが、これは熱くなったところで解決するような話ではないと気付けた。そう、ユカリの言う通り、根深い問題だ。



「ご主人様、落ち着いていただけて嬉しく存じます。そこで一つ、私にご提案が」


 来た。

 素晴らしきかなユカリ、俺のことをよーくわかっている。


「お前もお前で苦心していたんだな」


「いえ、私は別に同族がどのような扱いを受けようと知ったことではありませんが、ご主人様が納得されないのではと思い、少々、私の精霊と相談をしたまでです」



 あっ……(察し)


「終わったな」


 事が始まる前からシルビアがスッキリした表情で言った。俺も同感だ。


「話は簡単です。ご主人様が四鎗聖を獲得し、各新聞社の取材に対してご主人様をシードにするよう裏で意見した貴族一人一人の名前を挙げ批判するのみ。後は任せておいて、とのことです」

「そんなことが……可能だよなぁ、あいつなら」

「既に調べはついております」

「あ、そうだ。オームーン伯爵家は?」

「特筆すべきかと」

「よし、三回くらい言ってやろう」


 流石だオームーン家。「貴族に非ずは人に非ず」と口に出しちゃうようなご令嬢を育て上げた家は、当然の如くダークエルフも差別してるんじゃないかと思ったが大当たりだった。

 オームーン家は今日一日で散々な目に遭うだろうな。なんてったって、ティーボ・オームーンが学生時代にいじめていたシャンパーニ・ファーナは、今や……な!



「ご主人様。差別を一気に取り払うことが不可能という点はお含み置きください。ですが、ご主人様のような人々の注目を集めるお方が先頭を切って道を進むことで、人々の差別意識はゆっくりとしかし着実に変化してゆくのです。地道な活動にはなりますが、その第一歩を踏み出さんと決意していただけたこと、とても頼もしく存じます」


「ユカリって、案外、ツンデレだよなぁ……」


「……はい?」


 同族がどのような扱いを受けようが知ったことではない、とか言いながら、これだもんなぁ。



「お前は可愛いということだ」


「……あ、ありがとう存じます」


 褒め言葉一つで、耳の先まで真っ赤になっちゃう体は、正直そのものなんだけども。




  * * *




「おーっほっほっほ! ついにこの時がやって参りましたわっ!」


 闘技場中央に歩み出てきたのは、ふわふわウェーブの長い金髪にメイクもバッチリな、メイド服を着たお嬢様。


 彼女は今朝も一時間以上かけて髪のセットと化粧を行い、メイド服にも細部に至るまでアレンジを施し、香水も新しく購入した高価なものに変えて、下着も一番気に入っている一軍のものにして、最高で最強に気合十分であった。



「嘘でしょう……本当に、パニー・・・なの……?」


 まず、彼女の姿を見て度肝を抜かれたのは、学生時代の彼女を知る者たちだ。


 没落貴族の娘として来る日も来る日もいじめられ、なんの抵抗もできず最後には奴隷まで落とされた女学生、シャンパーニ・ファーナ。それが今や四鎗聖戦出場者など――いじめていた者たちにとっては、悪夢にほど近い現実。


 タイトル戦出場者ともなれば、その地位は並の貴族にも劣らない。貴族令嬢など、明らかに下に見れる。


 肩書が全ての貴族社会において、過去にいじめていた相手が自分よりも上の地位に成り上がられたとなれば……もはや恐怖に震えるしかない。



 加えて、シャンパーニの後ろ盾が誰なのか、皆が理解していた。だからこそ、これほどまでに顔を青ざめさせる。


 このキャスタル王国において、貴族たちが最も敵に回したくない相手、傍若無人豪放磊落最強最悪全権大使だ。



 シャンパーニが誇らしげに着用するメイド服が、その全てを物語っていた。


 タイトル戦出場者ですら使用人・・・として何人も抱える、常軌を逸した集団。睨まれたら「終わり」だと、誰もが知っていた。



「――あら、ティーボさんご機嫌よう。顔を青くして、体調が優れないのかしら?」


「っ!? こ、これはこれは、シェリィ様、ご機嫌よう。先日の社交パーティ以来ですわね」


「――おや、私はここですか。全く変な場所で会うね、お二人さん」


「な!? す、スチーム卿……に、おかれましては、まさかこのような場所でお目にかかれるとは」


「そういう挨拶はいらない、ティーボ・オームーン。ああ、シェリィ君、どうも。君には後日、例の記念パーティで改めて挨拶しましょう」


「今回はご出席なさるのですね! 嬉しく存じます。失礼ながら、私もご挨拶はその時にいたします」


「うん、それがいい。もうそろそろ試合が始まってしまいますからね」



 いじめの首謀者ティーボ・オームーン伯爵令嬢には、密かに四鎗聖戦への招待状が送られていた。


 招待者の名前はセカンド・ファーステスト全権大使。伯爵令嬢ごときが、断れるはずもない。


 場所は最前列の特等席だった。しかしながら、隣の席には、伯爵令嬢かつ霊王れいおう戦出場者シェリィ・ランバージャックが。反対側の隣には、千手将せんじゅしょう戦出場者スチーム・ビターバレー辺境伯が。ティーボにとっては、異常に落ち着かない席だ。


 部下を思ったメイド長の、ささやかな復讐である。事情を話した二人は、二つ返事で快諾してくれた。ご令嬢の方は、立腹の表情で。辺境伯の方は、実に嫌らしい微笑みで。



「しかし流石はセカンド閣下、あのように優秀で美しい使用人を育成していたとはね」

「セカンドは自分だけじゃなく身内の育成にも意欲的ですから……私も兄も負けていられないわ」

「うん、ランバージャック家は安泰だね。私も負けていられない、と言いたいところだけれど、現状私はシャンパーニさんにも勝てそうにないよ」

「スチーム卿、そんな弱気では国境が心配になっちゃうわ……って、あの武器は何?」

「国境については心配いりませんが……と、あの武器は……虹之薙刀にじのなぎなたか」

「ウソ……虹之薙刀って、虹龍が落とすっていう、伝説の……?」

「彼女、既に虹龍さえ倒していたんですねぇ……」

「ティーボさん、凄いわねシャンパーニさんは? ねぇ? 凄いわよね?」

「え、ええ……凄いです……」

「メティオダンジョンの攻略、まさしく快挙と言えましょう。君もそう思うだろう? ティーボ・オームーン」

「は、はい……快挙です……」

「さぞかし素晴らしい学生時代を過ごしたのでしょうね。私もそんなに素晴らしい学校があるなら行ってみたかったわ」

「彼女の母校は何処だったんでしょうね。記念パーティでセカンド閣下に聞いてみましょうか。ねぇ、君も気になるんじゃないかな? ティーボ・オームーン」

「き、気に、なります……はは、はははは……」



 スチームとシェリィはティーボを挟み、シャンパーニを上げる言葉を連発する。


 そう、まさか隣に座っているオームーン伯爵家のご令嬢が過去にシャンパーニをいじめていたなどとは、つゆ知らず。


 ……否、知らないに。


 二人は全て知っているのだ。セカンドが虹龍を倒し、虹之薙刀ドロップの2%を引き、それをシャンパーニにプレゼントし、彼女が嬉しさのあまりに泣きながらぴょんぴょん飛び跳ねたことすら知っている。虹龍を倒した本人から聞いたのだから当然だ。


 ゆえにこの場は、シャンパーニが虹龍を倒したことにして、虹之薙刀もシャンパーニが手に入れたことにした。何故なら、その方がティーボに効く・・からである。



 以降、四鎗聖戦終了まで、この状況は続く。

 ティーボにとっては、まさに地獄であった……。





「初めましてカレンさん、わたくしシャンパーニと申しますわ。以後お見知りおきを」

「初めまして、シャンパーニ」


 シャンパーニと向かい合うのは、ダークエルフの女。名をカレンと言った。


 歳は二十八、しかし外見は人間の十代後半ほどに若々しい。褐色の肌に長い耳、灰色の髪は短めに切り揃えられ、前髪の隙間から金色の瞳が覗いている。


 彼女の容姿はラデン四鎗聖によく似ていた。そう、彼女はラデン四鎗聖のである。



「ところで貴女、ご令嬢? 貴族なの? メイドなの?」

「よくぞ尋ねてくださいました。“お嬢様メイド”で御座いますわっ!」

「……そ、そう」


 メイド服を着たお嬢様なのか、お嬢様っぽいメイドなのか、実に紛らわしい。どちらかというと後者だが、没落したとはいえ前者でもある。本当に紛らわしい。ゆえにカレンは困惑していたが、しかし……。



「でも、まあ、それなら――ってことね」



 お嬢様と聞いて、目つきを変える。



「……カレンさんにも譲れない矜持があるということですわね。いいですわ、わたくしがお相手して差し上げましょう」


「へぇ。貴女、貴族のくせになかなか見どころがあるじゃない」



 距離を置いて、睨み合う二人。


「――互いに礼! 構え!」


 カレンがインベントリから取り出したのは、ミスリルスピア。軽くて強靭な扱いやすい槍である。


 一方、シャンパーニが取り出したのは、虹之薙刀。虹龍産ドロップ品のレア武器だ。メヴィオンにおいては薙刀も【槍術】に含まれる。この半年間、シャンパーニはこの強力な薙刀を相棒に研鑽を積んできた。この薙刀のお陰で、並みいる使用人たちの中から頭一つ抜け出せたと言っても過言ではない。



「……チッ……」


 カレンは虹之薙刀を見て、舌打ちする。


 見どころがあるなどと言ってしまったことを後悔したのだ。とんだ思い違いであったと。


 ――あんな凄そうな武器、きっと金で手に入れたに違いない、これだから貴族は……と、そう考えてしまったのだ。



 彼女は、貴族を憎んでいた。


 理由は想像に難くないだろう。


 ダークエルフとして暮らしているだけで、貴族を憎むには十分な理由が日々積み重なるのだ。



「――始め!」



 審判の号令が響く。


 次の瞬間。


「……ッ!!」


 カレンは目を見開き、そして全力で疾駆した。


 シャンパーニが号令とほぼ同時に準備を始めたスキル――《龍馬槍術》は、前方への強力な遠距離攻撃・・・・・


 一切の情け容赦ない、開幕最強の初手。



「撃たせない!」

「おーっほっほ! ごめん遊ばせっ」

「ぐっ!?」


 カレンは一気に間合いを詰め、《桂馬槍術》による跳躍攻撃でシャンパーニの《龍馬槍術》を阻止せんと槍を伸ばした。


 シャンパーニはカレンのスキル発動の直後に《龍馬槍術》をキャンセルし、《香車槍術》を発動する。


 《香車槍術》は横薙ぎの範囲攻撃。対応には持ってこいのスキル。



「まだまだ行きますわよっ」


 横方向の攻撃で受け流されたカレンへ、シャンパーニは追撃の《銀将槍術》を準備する。


 溜めるほど強力な単体攻撃。しかし溜めずに攻撃することで――


「くそっ!」


 火力は落ちるが、【槍術】において最速の攻撃と化す。これは【抜刀術】と同様の現象だ。


 カレンは着地と同時に一瞬で体勢を整え、振り向きざまに《歩兵槍術》で《銀将槍術》そのものに突きを入れる。


 凄まじいテクニック。シャンパーニは今すぐにでも拍手とともにカレンを称賛したい点を三つ以上見つけたが、試合中なのでそれはできない。


「素ン晴らしい突きですわっ!」


 しかしそれでも口に出してしまうのが彼女の性格であった。


「口じゃあなくて手を動かしなさいなッ!」


 その一瞬の隙をカレンは見逃さない。


 少し開いた間合いを利用し、《飛車槍術》の準備を開始する。


 《飛車槍術》は溜めるほど強力な突進・・攻撃。そして――すぐさま、発動する。



「ほぅら、油断してるから、間に合わないわよッ」


 カレンの言う通り。《飛車槍術》を唯一ノーダメージで防げる飛車以下のスキル《金将槍術》が、間に合わない。


 この場合、《銀将槍術》を溜め、なんとか互角に近い形でぶつけ合う対応が考えられるが……。



「お言葉ですけれど……お嬢様に油断はありませんの」


 シャンパーニは冷静に一言、《桂馬槍術》を発動する。


 そして――斜め後ろ・・・・に跳躍した。



「!?」


 空中で《桂馬槍術》をキャンセル、慣性のまま移動しつつ《金将槍術》を準備、着地に成功する。



「移動が湾曲すると、突進の速度は落ちるんですのよ?」


 だから、ギリギリで間に合う――《金将槍術》が。



「あっ、ちょっ……!?」


 一方、カレンのスキルキャンセルは間に合わない。


 槍先が到達する寸前まで、カレンはシャンパーニの《金将槍術》が間に合わないと思い込んでいたのだから。



「――ッ」


 《金将槍術》のカウンターが炸裂する。


 カレンの《飛車槍術》は無効化され、見るも無残にブン投げられた。



 ……ダウン。それ、すなわち。



「これで詰み、ですわね」


 シャンパーニによる《龍王槍術》の準備が、完了する。


 非常に強力な単体攻撃。【槍術】最強の攻撃を防ぐ手立ては、最早ない。




「……貴女、ズルいわよ。貴族のくせに、腕は確かじゃない」

「貴族が嫌いなんですの?」

「そうよ。悪い?」


 シャンパーニはゆっくりと首を横に振ると、優しげな笑みを浮かべて口を開いた。



「それなら……わたくしと、わたくしのご主人様を、よく見ておくといいですわ」




「――それまで! 勝者、シャンパーニ!」



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
まぁちょこちょこ描写は以前からありましたが、ウィンフィルドはちゃんと挽回してますね。しかもちゃんと情報があれば面目躍如するっていう………。政争編は情報と経験が足りなかっただけ
やっぱシャンパーニ好き 強い信念を持ってる女の子カッコよすぎる
[一言] 個人的には「シャンパーニ」含めて「全員」が「メインヒロイン級」だと思います。 つまりは? 「タイトル戦のシャンパーニ、マジシャンパーニ(最高)」です(笑)
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