177 千手将戦 その2
【杖術】突・打・払
《龍王杖術》 非常に強力な広範囲攻撃
《龍馬杖術》 広範囲防御+ノックバック
《飛車杖術》 非常に強力な範囲攻撃
《角行杖術》 踏み込み貫通攻撃
《金将杖術》 非常に強力な防御
《銀将杖術》 強力な範囲攻撃
《桂馬杖術》 踏み込み攻撃
《香車杖術》 貫通攻撃
《歩兵杖術》 通常攻撃
「久しぶりの戦い」
「久方ぶりです、久方ぶりです」
「勝負は、一人ではできない」
「相手がいるのです、二人もいるのです」
「でも、戦えるのは一人だけ」
「千手将ですから、タイトル保持者ですから」
「もったいない」
「残念です、無念です」
ほら、またなんかヤベーヤツが出てきたぞ。
一人でぶつぶつ言ってらぁ……。
「初めまして、わたしはグロリア」
「初めまして、初めまして」
三回挨拶された。
腰まで伸びた銀髪が特徴的な美人の女エルフだ。普通にしていれば何処ぞの姫様のような美麗さがあるが、彼女の様子は終始「普通」とは程遠い。
「どうもセカンドです」
俺が簡単に返すと、グロリアは「うん」と一つ頷いて、口を開いた。
「知ってる」
「知ってた、知ってた」
なんだこいつ……駄目だ、気になって仕方がない。
「なん、何、その……微妙に声色を変えて繰り返すのは、何か意味があるのか?」
「あるよ」
「ある、ある」
「あるのか。教えてもらってもいいか」
「いいよ」
「いい、いい」
いいらしい。
「わたしの友だち」
「シウバです、シウバです」
「シウバは陽気で目立ちたがり。だから同じことを二回言う」
「グロリア様は控え目です、グロリア様は引っ込み思案です」
「ほらね」
…………なんと言ったらいいものか。
ネトゲという環境の性質上、過去何度も「私って不思議ちゃんなんですぅ~」みたいなエセ電波女と会話せざるを得なかった俺だからわかるが、グロリアは紛れもなくガチだ。
こいつ、多分、本気で自分の中にシウバという友だちがいると思っている。いや、事実、本当に存在しているのかもしれない。
あまりにも自然体すぎるんだ。こうして俺がなんの意識もせず呼吸しながら顎に手を当てて考えごとをしているように、彼女もまたなんの意識もせずに自身の口から湧き出てくるシウバの言葉と会話していることが見て取れてしまう。
「そうか、友だちなのか。シウバはグロリアの口を乗っ取ってんのか?」
「……珍しい」
「驚きました、びっくらこきました」
「わたしのこと、気持ち悪がらないのね」
「質問答えます、回答いたします」
「まず、頭の中で話し合う」
「相談しています、会議しています」
「それから、代わりばんこで喋るの」
「これ最良です、これ最善です」
脳内で話し合った結果を、交代で喋るらしい。確かに、グロリアとシウバで別々に喋っているように見えて、喋る内容には一貫性がある。へぇ、面白いな。
「わたしも、聞きたいことがある」
「質問したいです、聞いてみたいです」
「おう、構わないぞ」
「どうして、気持ち悪がらないの?」
「不気味でしょ? 気味悪いでしょ?」
なるほど。いや、どうしてって言われてもなぁ。
「お前が本物だからだよ」
「わたしが、本物……?」
「偽物じゃないってこと、見せかけじゃないってこと」
「ああ。経験上、お前のような本物は――知識も技術も本物だ」
あくまで経験上の話だが、これまでの俺のメヴィオン人生を思い出すに、的中率は100%だ。
彼女のような“独特の感覚”を持つ者は、人一倍、何かに秀でている。
それが【杖術】である、と……なあ、そういうことだろう?
気持ち悪い? 馬鹿を言え。むしろ気持ちがいい。
この期待が高まる感覚、気持ちがいいと言わずなんと言うのか。
感謝させてくれよ、これから。グロリア、お前がシウバと共にこの世に生を受け、【杖術】と出会い、輝かんばかりの才能を開花させたことを、俺に感謝させてくれ。
「――互いに礼! 構え!」
退屈していたんだ。
言っちゃあ悪いが、正直、スチームは期待外れだった。
あの頭脳明晰な若き辺境伯、かなりの成長性はあるといえど、まだ遠く及ばない。
その成長速度さえ、俺の成長速度には遥かに劣る。
当然だ。辺境伯の仕事をこなしながらの片手間で、俺に追いつけるわけがない。
それはわかっていた。誰だってそうだ、生活がある。たかが一スキルに人生の全てを注ぎ込もうなどと考える者は稀少だ。
だが【杖術】に関しては違うのではないか、変わり者ばかりの千手将戦は違うのではないかと、俺は密かに期待していた。【杖術】をやるやつは限りなく頭がぶっ飛んでいるはずだと、生活の全てを【杖術】に注ぎ込んでしまうような頭のおかしいやつが一人はいるはずだと、そう期待していたのだ。
……いた。そうかもしれない女が、ここにいた。
ああ、楽しみだ。グロリア、お前はどうだ……?
「――始め!」
開始の号令と同時に、グロリアはインベントリから武器を取り出した。
あれは「欅」か。硬く重く強靭、棒の中では最も火力の出る種類だ。
その欅を軽々と構えているグロリアを見るに、決して侮れないSTRを持っているとわかる。
そして、駆け出したグロリアのスピード。彼女はAGIもかなり高い。
一切遠慮のない加速。SPも相当に余裕がありそうだ。
グロリアめ、どうやら【杖術】以外のスキルもかなりしっかりと上げているな?
「…………!」
俺との間合いを詰め切ったグロリアは、ギリギリで《銀将杖術・突》を準備し、一瞬で《銀将杖術・払》へと切り替える。
無駄のないフェイントだ。わざわざルーレットのようにしなくとも、この一回のずらしで十分に効力はある。
まあ、攻めてくるのなら、受けようか。
ここは《桂馬杖術・打》であえて懐に飛び込んで――
「甘い、甘い」
多分、シウバの方が口にした。
甘い?
………………俺が?
「――ッ」
あれ?
こいつ、いつの間に……《歩兵杖術・突》を……!?
「ぐっ――!!」
腹部に突き込まれる棒の感触。
嘘だろ?
……ああ、久しぶりだ。
真正面から攻撃を喰らったのは、随分と、久しぶりだ。
「追撃する」
ご丁寧に口に出しながら《香車杖術・突》を準備するグロリア。同じ意味合いの言葉を二回繰り返してないから、グロリアの方で間違いないよな?
「いやあ、流石に」
これは喰らえない。
俺は合わせるように《香車杖術・払》を発動し、グロリアの突きを払った。
間髪を容れず、グロリアは反動を利用してくるりと一回転しながら《歩兵杖術・打》で俺の振り抜いた方とは逆側から打ち込みを入れてくる。なんだその動きヤベェ。【杖術】の申し子ってかい? 現在の俺の体勢において最も返しづらい角度からの打撃、非常に丁寧で嫌らしく鋭い攻めの手だ。この女、考え得る最善を最高技量で脊髄反射のように繰り出しやがった。
「ちょ、ちょっとたんま」
一息つきたい気分だ。この感動を噛み締めたい。
俺は《歩兵杖術・打》でグロリアと反対方向から軽めに打ち込み、向こう側に少し押させる鍔迫り合いのような形で力を拮抗させる。
「……やるなぁ、グロリア」
そう、一言褒めておきたかった。
誇っていい。お前は世界一位に正面切って一撃与えた女。
来た、来た、来た……俺の求めていたものだ。お前は期待に応えてくれた。
ありがとう、グロリア。お前に出会えて、俺は嬉しい。
「あなたも、凄くやる」
「とても強い、かなり強い」
「でも、わたしの方が強い、かも」
「もっと強い、めっちゃ強い」
言うねえ。
ただ、まあ、わかるよ。
お前は、専門家だ、ヲタクだ、マニアだ、フリークだ、職人だ。【杖術】には絶対の自信があるのだろう? 誰にも負けないつもりなんだろう? 一意専心、一つのことをただひたすらにやり続け、他の誰よりも極めてきたのだから、そう思うのも当たり前だ。俺のようにあちこち浮気しているやつなんかに負けるわけがないと考えるのは、当然。
「なんで千手将っていうか、知ってる?」
「本で読みました、本に書いてありました」
「わたしが教えてあげる」
「行動で示します、体現いたします」
沈黙を続ける俺に対しそう言って、挑戦的に微笑むグロリア。
「…………」
美しい。自信と実力を兼ね備えた銀色の微笑み。
普通の人間ではこうはならない。実力をつければつけるほど「上には上」と思い知る。自信など考える余裕すらなくなる。ただひたすらに「下」を蹴落とし「上」にしがみつかなければ「今」さえ危ういからだ。
「………………」
ああ、なんと尊い存在だろう。ほんのわずかな打ち合いで、わかってしまった。彼女は間違いなく天才。【杖術】においては神がかり的な、まさに天稟としか思えないほどの才がある。
感動だ、感激だ……彼女に出会えたことを、彼女に与えられた天賦の才を、思わず神に感謝するくらいには、今、俺は震えている。
「……………………」
だからこそ潰す。
溢れんばかりの才能によって長い年月をかけて身に付けられた強靭な実力に裏付けされた揺るぎのない自信、それをもう二度と再生不可能なほどドロッドロのグッチャグチャに叩き潰したくて堪らない。
ああ……この高揚、この興奮! 俺はこの瞬間のためにメヴィオンを続けているのだ……!
「……あなた、なんて顔、して……」
俺は世界一位。たかが天才如き、俺の足元にも及ばない。
誰もが認める本物の天才を、圧倒的大差で蹴散らす――これこそが最大の快楽、悦楽、狂喜、絶頂! 何ものにも代え難い快感、世界一位たる証明、俺を俺たらしめる胸の高鳴り……!!
「さあ――」
――篤と御覧じろ。
『セブンシステム』
「!!」
そんな顔するな、グロリア。ただの《香車杖術・突》だ。お前なら受けられる。
「っく!」
そうだ。受けは同じく《香車杖術・突》が正解。
次いで背中越しの《銀将杖術・打》には?
「まさか!?」
よし、見えているな。《歩兵杖術・突》で対応か、これまた正解。
だがその変化、後手の受けが難しいぞ。特に、次の《桂馬杖術・払》。
「ひぅっ!」
地面を砕きながらその破片を巻き込んだ下段からの払い。つまりは目潰しが加わる攻めの手。かつ踏み込んで間合いを詰め、攻撃範囲を広く取った払いだ。一石三鳥の攻め、刺さらないわけがない。
いや、しかし流石は天才か。目潰しを喰らいながらもしっかり《銀将杖術・払》を準備して対応している。だが……
「残念だ」
それだと、あと七手で終わってしまうな?
間合いが開ききってからの《飛車杖術・突》に《金将杖術・払》で受け、《角行杖術・突》の切り返しに《角行杖術・打》で対応、その直後に《桂馬杖術・打》から途中キャンセルで背中側に回り込み、お前が何を準備しようが《香車杖術・払》で受けが間に合わず決まる。
「……!」
才気溢れるお前のことだ、もう気付いたのだろう。
そうだ、「間合いを取って目を拭おう」などと考えなければよかった。五手目の《桂馬杖術・払》には、
「桂馬・払が最善だ」
「そう、ね……」
目を潰し合う。これが最善。
だが、今更気付いたところで、もう何もかもが遅い。
……グロリア、お前は敗れたんだ。たったの十三手で、この俺に。
「ハハ、ハハハハッ!」
最後の一手。俺が笑いながら放った《香車杖術・払》が、グロリアの足を抉る。
「うぅっ!」
グロリアは両の脚に貫通攻撃を受け、なすすべなくダウンした。
詰みだ。彼女はもう、俺の《龍王杖術・突》の準備完了を阻止できない。
「………………」
その目、幾度となく見てきた。
何か有り得ないものを、決して認めたくないものを……そう、バケモノを見る目だ。
お前のような天才に、その目をさせるということ。
それが……堪らなく、気持ちよくてしょうがない。
「…………認めよう。お前は天才だ。できればまた、冬に会いたい」
「…………はい。参りました」
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
お読みいただき、ありがとうございます。




