176 千手将戦 その1
【杖術】突・打・払
《龍王杖術》 非常に強力な広範囲攻撃
《龍馬杖術》 広範囲防御+ノックバック
《飛車杖術》 非常に強力な範囲攻撃
《角行杖術》 踏み込み貫通攻撃
《金将杖術》 非常に強力な防御
《銀将杖術》 強力な範囲攻撃
《桂馬杖術》 踏み込み攻撃
《香車杖術》 貫通攻撃
《歩兵杖術》 通常攻撃
朝っぱらから、いきなり決勝戦だ。
千手将戦の参加者は、俺以外にスチーム辺境伯の一人だけ。つまり、このどちらかがグロリア千手将への挑戦権を得ることになる。
しっかし……人気なさすぎだろう、【杖術】。
まあ、わからんでもない。剣とか槍とか“刃物”がある中で、なんでわざわざ“木の棒”で戦わなきゃならんのだと、そういうこったろうな。この世界の人たちは、戦うこと即ち命懸け。尚更の話だ。
「おや、セカンド卿。私を目の前にして考えごとですか? これは心外だ」
「スチームお前、杖術やってたのか」
「ええ、嗜む程度に。ですがこの半年で本腰を入れましてね」
「いいことだ。触発されたか?」
「まさか。偏に、貴方に気に入られるためですよ」
「相変わらず気持ちいいなお前」
俺に気に入られるためだけに、たった半年間で嗜む程度だった【杖術】を出場レベルまで上げた、と。
そんなもん、気に入るに決まってるじゃないか。
「それにしても、お前ほど杖術っぽいやつは見たことがない」
「変わり者だと仰りたいので?」
「ああ」
「正直な……貴方はまだご存じないようですから言っておきますがね、グロリア千手将の方が、私より何倍も“ぽい”ですよ」
「そうなのか。期待しておこう」
「しかしそもそも、杖術師を変わり者と言い表す風潮、私は如何なものかと思いましてね。これほど面白いスキル、他にはないと思うのですが」
そう、その通り。【杖術】は面白い。
歩兵~龍王までの九種に加えて、それぞれに「突・打・払」の三種が存在するため、計二十七種のスキルとなる。強力な範囲攻撃を繰り出す《銀将杖術》一つとってみても、《銀将杖術・突》では攻撃判定の範囲が狭まる代わりに攻撃速度と威力が上がり、《銀将杖術・打》では攻撃判定範囲をそのままにまるで剣術のように強く踏み込め、《銀将杖術・払》では攻撃判定範囲を更に広げて対応や牽制に特化させることができるのだ。
まさに千変万化するスキル。ただの棒切れ一本が、槍のように、剣のように、薙刀のように変化する。これほど柔軟性のあるスキルは、他にない。
その代わり、だ。選択肢が多い分、使いこなすのは非常に難しい。そのうえ、育成終盤で火力を伸ばすことに難儀する。チームプレイにも向いていない。どちらかというと、対魔物戦ではなく、対プレイヤー戦を想定したスキル。だから……
「スキル自体は面白いが、使用者自体はやっぱり変わり者だ」
杖術師は、変わり者。何百何千というプレイヤーを見てきた俺が言うのだ、なかなかに説得力があるだろう。
「互いに礼! 構え!」
審判の指示に従って、構える。
スチームの出した武器は「楓」か。俺は「桜」だ。まあ、大して差はない。細かい特徴の違いはあれど、言ってしまえばどちらも「木の棒」である。
「――始め!」
号令がかかった。
スチームは一気に前進してから、《桂馬杖術・打》を準備する。
いきなり踏み込んでくるようだ。じゃあ、丁寧に受けてみようか。
「ふっ!」
素早い間合い詰めから、素直な上段の打ち込み。
いいね、シンプルだ。シンプルだからこそ、受けの選択肢も狭まる。
「これなんてどう」
俺はちょっと捻って、《歩兵杖術・突》で受けた。
普通は払うか打つかで受けるところ。しかし九段の桂馬と歩兵ならば、火力は桂馬に軍配が上がる。ゆえに歩兵で払えば一先ずの対応はできるが、火力負けして弾かれる。つまり払って受けるならば、歩兵ではなく桂馬以上のスキルで対応しないと弾かれて隙をさらしてしまうことになる。
だが、ここで相手の棒そのものに歩兵を突き入れることで、歩兵であっても桂馬に火力が並ぶため、隙なく受け切ることができるのだ。
「まあ、そうでしょうね!」
スチームはこれを予想していたようである。
続く一手は、間髪を容れずに《銀将杖術・払》だった。強力な範囲攻撃スキルだ。
なるほど、少し距離を取りたいと。銀将で弾きあって間合いを取り直し、高火力スキルを、恐らくは《飛車杖術》でもぶち込んで勝負しようとしているわけだ。
「それは許せん」
相手の手を潰す。これ、大事。
俺は《香車杖術・突》でスチームの指先を狙う。「ああ銀将」と思った瞬間にはもう体が勝手に香車の準備を始めていたので、スチームの銀将・払の発動より先に香車・突を発動できてしまった。
「ぁ危っ!?」
間一髪、スチームは銀将をキャンセルして全力回避。ナイス判断だ。
さて、こっちの反撃か。
「これ知ってるか?」
多分、知らないだろう。是非覚えておいてもらいたいテクニック。いい機会だから披露しよう。
「……うーわ……」
スチームの引く声が聞こえた。
現在、俺は何をしているかというと……スチームとの間合いを詰めながら《歩兵杖術・突》《歩兵杖術・打》《歩兵杖術・払》を高速連打している。
所謂「何が出るかな?」状態。【杖術】においては、一つ前のスキルをキャンセルせずに新たなスキルの準備を開始すると、同一のスキルに限り、自動的に一つ前のスキルがキャンセルされるのだ。ちなみに【杖術】以外のスキルでは、一度キャンセルしなければ新たなスキルの準備を開始することはできない。
つまり、この「突・打・払ルーレット」は、【杖術】におけるメヴィオン運営推奨のテクニックであるとわかる。
「スタッピッ! “突”でした~」
だが、上級者になればなるほど、このルーレットはあまり意味をなさない。
何故なら「予め準備してから接近する」馬鹿などおらず、「ギリギリまで発動せず接近する」のが常識だからだ。ルーレットはここぞという瞬間の攪乱程度にしか使えない。
「くっ!」
……ただ、相手が初級者の場合、もの凄い効く。
翻弄されたスチームは、一拍遅れて《歩兵杖術・払》で対応した。
「お次は~、どぅるるるるるる……」
このルーレット、俺は「格下に勝ち切る技術」として愛用している。
だって、半端なく効くんだもの。
「出た! 打……と見せかけて突!」
「なぁっ!?」
こんな風に出目がぬるっとスベることもあるぞ。
時折、俺の意図とは違うスキルが発動していることだってある。今みたいに《香車杖術・打》を発動したつもりが《香車杖術・突》になっていたりな。そういうサプライズもまた面白い。
スチームは《香車杖術・払》を準備して対応しようとしていたが、予想に反して俺が繰り出したのは《香車杖術・突》だったため、少しだけ発動のタイミングがズレて、先に俺の突きがスチームへと届いてしまう。
「ぐ、あっ……!」
右腕に貫通効果のある突きを受け、楓の棒から右手を離してしまったスチーム。実に大きな隙だ。
しかし結果は悪かったとはいえ、よく《香車杖術・払》の準備を我慢したな。俺のルーレット始動と同時に準備を始めようものなら、即座に《角行杖術・突》へと切り替えてほぼ決着だった。それを見抜いていたのか。流石は三十三歳の若き辺境伯、まだまだとはいえ頭が切れる。
「降参するか?」
「……いえ。セカンド卿、貴方、もう少し楽しみたいという顔してますから、私でよければ付き合いましょう」
「そうか!」
いいやつだな、スチーム。
終わったら一緒に酒を飲みたいところだが、どうも下戸らしい。残念だ。
じゃあ、飲めない分、もう少し楽しもうか。
「――それまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」
あれから数十分、スチームには俺のルーレットに付き合ってもらった。
こいつ、見た目に反して意外とガッツのあるやつだ。不健康なほど白い肌をした細身の見るからにインドア派な眼鏡野郎が、ここまで喰らいついてくるとは。
後半には俺のルーレットを半分くらい見切っていた。この一試合で、スチームはどれほど成長したのだろうか。
その成長性と、半年で【杖術】を上げ切る経験値を稼いだ集中力もさることながら、あの【杖術】スキルの習得を可能とした胆力といい、チーム結成方法についても見抜いていた観察眼といい、色々と先が楽しみな男だ。
ああ、ただ、今の楽しみといえば……グロリア千手将。
スチーム・ビターバレー辺境伯をもってして「杖術師っぽい」と言わしめる変わり者。気にならないはずがない。
もちろん、その腕前も。
いざ、勝負――。
* * *
「グロリア様、グロリア様」
「……もう、こんな時間?」
「そうなのです、そろそろ試合のお時間です」
「駄目ね、本を読んでいるとつい時間を忘れてしまう」
「今季は出場者が二人もいるのです、これは凄いことです」
「本当、凄いこと。まるで物語のよう」
「早く参りましょう、さっさか参りましょう」
「ええ、そうする」
薄暗い書庫の中に、ぼんやりと浮かぶ灯り。
その下で本を読むエルフの女が一人。
彼女は名をグロリアといった。
エルフにおいて、その名を知らぬ者はいない。
銀色の姫君と、そう謳われていたのは過去の話。今や、孤高の姫君であり……そう、愛書狂という言葉が相応しいだろう。
いつからか、彼女は本の魔力に取り憑かれてしまった。
誰もが羨む美貌と、腰まで伸びた美しい銀髪は、未だ健在。しかし、彼女の生活は本・本・本。一日中、書庫に籠っては本に読み耽る。
外に出る用事といえば、新たな本の買い出しや、本に書かれていたことを試すため。彼女の行動には、必ず本が関係していた。
実に変わり者と言える。だが、それだけならば、彼女が数十年間も孤立する理由としては……弱い。
「樿か、欅か、どちらかの気分」
「欅がいいです、欅がいいです」
「そう。では、欅にする」
「わーい、わーい」
欅の棒をインベントリに仕舞い、書庫を後にするグロリア。
書庫を出ていったのは、彼女一人だけ。
彼女の出ていった書庫には、誰も残っていない。
一体全体、グロリアは誰と会話していたのだろうか……。
お読みいただき、ありがとうございます。




