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167 一閃座戦 その2


「よろしいのですか、陛下。止めるならばまだ間に合います」


 ガラムとラズベリーベルの試合が行われる直前、玉座に腰かけるマインへ、従者クラウスが険しい表情で尋ねた。


「何度も言っていますが、止めようがありません。あのセカンドさんの推薦ですよ?」

「しかし彼女の出場は、外交的に……」

「そりゃ確かにマズイですけど、もうどうしようもありませんってば」


 マインは諦めた風に笑い、「あ」と言ってポンと手を叩く。


「そうだ。開き直りましょう、クラウス」

「は……?」

「ロックンチェア金剛こんごうの伝手でセカンドさんの所へ預けられた彼女がその後に何をしようと、ボクの知ったことではないんです。居場所が大々的にバレようが、その結果カメル神国の残党に身柄を狙われようが、それでも一閃座いっせんざ戦に出場すると言うのなら、どうぞご勝手に……と」

「自己責任、と仰るので?」

「だってそうするしかないでしょう。あんな無茶苦茶な革命をあんなバレバレの方法でボクに一言も伝えないまま勝手に手助けして、その上スチーム辺境伯まで無理矢理に協力させて、挙句の果てに革命を成功させて王国に聖女を連れてきちゃうなんていう、常軌を逸した馬鹿のすることですよ? いちいち振り回されていたら身が持ちませんから」

「……随分と溜まっていらっしゃるご様子で」

「裏でボクがどれだけ奔走していたかも知らず、未だに革命の英雄だとバレていないなんて思っているところが特に気に食いません。少しは感謝の言葉と一緒に顔でも見せに来てくれてもいいでしょうに……」


 ぶつぶつと文句を口にするマインを見て、クラウスは「やれやれ」と小さく微笑む。


 つまるところ、この若き国王は、半年間も音沙汰のない友人に対して拗ねているだけなのだ。



「……ところで、クラウスはまだ弟子入りしないのですか?」

「一閃座戦出場という条件がありまして。神国の事後処理にあれほど駆り出されれば、経験値を稼ぐ暇もないのは想像に難くないでしょう」

「皮肉ですか。なかなか言うようになりましたね」

「いえ。事実を述べたまでです」


 そしてクラウスもまた拗ねていた。


 あれだけ楽しみにしていたセカンドへの弟子入り、その条件を満たすための時間が思うように取れず、結果として夏季タイトル戦への出場を見送らざるを得なかったのだ。



 そうして二人が遠回しに互いを批判しながら言葉を交わしていると、不意に観客たちの喧騒がぴたりと止み――直後、どよめきとともに大きな盛り上がりを見せた。


「……聖女の入場ですか」

「ええ。あの美貌です、注目されない方がおかしいかと」

「加えて一閃座戦唯一の女性、ですもんね」

「ガラムが、気の毒に思えます」


 流れは完全にラズベリーベルにある。ガラムは戦いづらいだろうというのは、クラウスだけでなくマインも思うところ。


 しかし、マインはクラウスの言葉に更なる深い意味を感じ取っていた。


 ガラムは、元はクラウスの師。人質をとられたガラムと、宰相の裏切りに気付いたクラウスとの悲しい戦いが、この師弟の別れであった。


 願わくば、別の形で、師弟の最後を飾りたい。クラウスは、そう思っていたに違いないのだ。



「……ごめんなさい、兄上。冬季こそは、あそこに立っているのが兄上となるように、あの喝采を浴びるのが兄上となるように、ボクも頑張るから」


 時折、キャスタル王国国王は、第二王子だった頃へと戻ってしまう。


 軟弱で、臆病で、引っ込み思案で、それでいてとても心優しい、クラウスの弟へと。



「……構わん。オレはオレのやり方で冬季へと出場し、セカンド三冠の弟子となってやる。お前は気にせず王として邁進すればいい」


 それが国王として、そして従者として良くないこととは思いながらも……クラウスもまた兄であることを思い出し、弟へと語りかける。


 国王と従者として接近したことが、かつて敵対し合った二人の心の距離までをも近付けたのだ。


「それに、オレが弟子となった暁には、お前も彼に会いやすくなるだろうよ」

「あ、兄上っ!」


 顔を赤くしてあたふたする弟の様子を見ながら、クラウスは面白そうに笑った。






「ガラムはん、よろしゅうな」

「聖女様、こちらこそよろしくお願いいたします」


 一閃座挑戦者決定トーナメント第二回戦、ガラム対ラズベリーベルの試合。


 闘技場中央に歩み出た二人は、審判から決闘冠を受け取りながら互いに挨拶を交わす。


 すると、ガラムの「聖女様」という言葉を聞いたラズベリーベルは、突如むっとした表情を見せた。


「あかんで」

「何か粗相をしてしまいましたか」

「タイトル戦に、政治はご法度や」

「……これは、大変な失礼を」

「そもそもな、身分も素性も、剣にはなんも関係あらへん。せやろ?」

「はは! 仰る通りです」

「その調子や。わかってくれて嬉しいわ」


 にっこり笑うラズベリーベルと、打って変わってリラックスした様子のガラム。


 一見して、平和な光景。


 しかし、勝負は既に始まっていた。


 ラズベリーベルは知っている。タイトル戦とは、そんなに平和で、甘いものではないと。


「聞いたで。ガラムはん、大剣使うとったらしいな」

「ええ。しかし、とあるお方から助言をいただき、やめました」

「へぇ、やめてもうたんかぁ」


 笑顔を崩さず、位置に着くラズベリーベル。


 ガラムもまた、気分良く位置に着いた。


「互いに礼!」


 審判の号令で、二人は礼をする。


「構え!」


 二回目の号令で、ガラムは長剣を抜き、構えた。



 しかし……ラズベリーベルは、構えない。その上、インベントリから剣すら取り出さない。



「……? 何を……」


「――始め!」



 ガラムが疑問を覚えた直後、試合開始の合図が告げられる。


 次の瞬間。



「……ッ!?」



 ガラムは全身の肌を粟立たせた。



 そこに、にこやかだった優しげな女性の姿は、もうない。


 身体の芯まで凍るような、冷たい無表情。まるでゴミでも見るような目で、ラズベリーベルはガラムを見つめていた。



「チッ!」


 ガラムは直感し、すぐさま後悔する。あの優しげな会話は全て、盤外戦術だったのだと。自分は、まんまと引っかかってしまったのだと。


「行くで」


 先手を取ったのは、ラズベリーベル。


 ガラムは更に動揺を大きくする。


 剣術においては、基本的に後手が有利。セカンドによってその常識も覆されてはきているが、未だに後手有利は健在だとガラムは考えていた。特に、セカンド以外の剣術師を相手には。



 しかし、おかしいのだ。目の前のラズベリーベルは、一切の迷いなく、剣すら構えずに間合いを詰めてくる。



 ……異常。ただ、その異常は、ガラムにとって、何処か身に覚えのあるものだった。



 些細な動揺、ほんのわずかな綻び。意図的に作り出されたそこへ、ラズベリーベルは容赦なく刃を突き立てんと動く。



「!?」


 間合いを詰め切り、右へステップ一回、左へステップ二回、後ろ向きに一回転……その、直後。


 ただ一人を除き、会場の誰もが驚愕した。



 ラズベリーベルは――インベントリから身の丈ほどの大剣・・を取り出したのだ。



 それまでの素早い動きからは想像もつかないような、巨大な得物。


 ガラムは、見事に不意を突かれた。否、不意を突かれるべくして突かれた。



「大剣ってのは、こう使うんや」

「な、あ……!」


 横方向にもう一回転しながら移動するラズベリーベル。


 ガラムの《銀将剣術》は、見るも無残に空を切った。


 全てはラズベリーベルの手のひらの上。


 瞬時の判断における情報の量が、あまりにも多かった。

 聖女のギャップによる動揺、先手後手の動揺、そして、大剣という最大の動揺。


 ガラムは、本来の実力など出せるわけもない。



「ぐがっ!」


 大腿部に横薙ぎの大剣による《歩兵剣術》が食い込み、三歩後ずさる。


 ラズベリーベルの無慈悲な追撃。《銀将剣術》と《桂馬剣術》の複合が、ガラムの腹部に突き刺さった。


 間髪を容れず、ダウンしたガラムに対して大振りの《飛車剣術》を叩きつける。


 大剣は重く動きが緩慢となるためにとても扱いづらいが、そのリーチと威力と衝撃は数多ある剣の中でも最大。つまりは、そこを活かせる使い方さえ発明してしまえば、理論上、最も優れた剣・・・・・・と言える……と、ラズベリーベルはそう考えていた。


 また、成長タイプが「サポーター」の彼女は、【剣術】スキルを全て九段にしていてもSTRが非常に低い。そこを補うための大剣でもあった。



「――そこまで!」


 審判が判決を下す。


 試合終了まで、たったの二十秒。



「……つっ…………よ」


 誰かが声を漏らす。


 それを皮切りに、ドッ――と、観客が沸きあがる。



 その圧倒的なまでの強さに、セカンド以来の喝采がラズベリーベルを称えた。


 目立つ要素は揃っている。身分も、美貌も、性別も、そして実力も。



 だが、その裏で、多くのタイトル戦出場者は戦慄を覚えていた。


 ……計算し尽されている、と。



 ラズベリーベルの勝利までの道筋。試合前の会話から、間合いの詰め方、大剣を出すタイミングまで、その全てが彼女の計算だとハッキリしていた。


 ステータスだけ見れば、決して強くない。むしろ一閃座戦の参加者内においては、明らかに最低値と言えた。


 だからこそ、彼女は計算するのだ。徹底した情報収集のもと、えげつない勝利方法を模索し、躊躇せず実行する。


 それは、勝ち方・・・を熟知しているということ。


 この場にいるセカンド以外の誰よりも、ラズベリーベルはタイトル戦というものを知っているのである。




  * * *




「あいつ温存してるな」

「何?」


 俺の呟きに、シルビアが「そうなのか?」と返す。


「あれほど圧倒的だったのだから、初っ端から全力かと思ったぞ」


 過去、シルビアとエコが二人がかりで負けた相手を、ああも簡単に屠ってしまったら、そう思っても仕方ないかもしれないが……あれが全力だなんてとんでもない・・・・・・


「ありゃ、前回で言うところの奇襲だ」

「む、私たちの使ったアレか」

「加えて盤外戦術も織り交ぜて奇襲をより確実なものとしている。あいつの常套手段さ」

「盤外戦術か。私は気付かなかったが」

「あいつは試合前も試合中も試合後も、基本的に真顔だ。あんなにニコニコ笑うことは滅多にないぞ」

「ううむ、なんだろうか。随分と、その……いやらしいな」

「勝つために手段を尽くすタイプだな」

「そう言うと聞こえはいいが……」


 エルンテに似ている、と言いたいのだろうか。

 それは大間違いだ。


「あのジジイとは違う。ジジイのように盤外で実際に手を出すのは論外だ。手段を尽くすとはそういった妨害行為をすることではない。ルールの範囲内で、最大限自分の有利を作ることだ。対戦相手を下調べして、持てる手札を順序良く切って、勝ち筋を計算し尽してな。できるもんならやってみろって話だよ。俺にはとてもできない」

「なるほど。盤外戦術という選択肢も、元から手札にあるのだから、切って当然の札。つまり、彼女の中ではカード遊びのようなものなのか」

「……ああ、そうかもしれないな」



 そもそもがネットゲームという“遊び”のはずだった。

 ラズも、ひょっとしたら最初はゲーム感覚でやっていたのかもしれないな。


 でも、不思議なもんでな、いくらゲームだとわかっていても、いや、ゲームだからこそなのか、勝ちたくなるんだ。死ぬほど。

 勝ちたくて勝ちたくてどうしようもなくなるんだ。

 勝つためにはなんだってするようになる。できることなら、なんだって。


 盤外戦術。頭の悪い俺にはできないが、頭の良い彼女にはそれができる。だったら、やるしかないだろう。俺が彼女だったら、まず間違いなくやっている。


 あれがラズの強さだ。持って生まれた頭の良さ、計算の速さと正確さ、優れた思考力。そして考え過ぎず、時には大胆で、決断力があり、勝負強さがあり、知識があり、技術がある。


 弱点といえば、その成長タイプか。

 しかし彼女なら、そこさえ強みに変えられるだろう。



「恐るべし、だ」


 完全に俺の首を取りに来ている。


 ガラムを、手の内を殆ど明かさずに吹き飛ばしやがった。

 そのための盤外戦術か。毎度ながら、上手くやるもんだ。


 結果、ラズは定跡も戦法も温存し、大剣以外の剣すら出さないまま初戦を通過してしまった。



 ……大本命、だな。


 次はレイヴ対ヘレス。その次がロスマン対ラズ。


 さて、どうなるか――。



お読みいただき、ありがとうございます。


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