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162 変態だから



「白状します」


 何故あれほど赤面したのかわからないまま、数分後。

 ようやく平静を取り戻したコスモスが、おもむろに口を開いた。


「白状?」

「そうです。私は、ズルいやつなんです」

「はあ」


 いまいち話がわからない。

 でもなんだか面白そうな話なので、しばし聞いてみることにする。



「ああやって強烈なキャラ・・・を作れば、誰も私の奥底までは覗こうとしないでしょう?」


「……キャラ作り、か」

「ええ。ですがまあ本来の私も時折ああいったことを考えてはいるのです。しかし、それを表に出すか出さないかは、とても大きな違いだと思いますから」

「あえて口にするようにしている、と」

「仰る通りです。距離の近い方々には、特に」


 日常的にボケるようにしている、ということか?


「ズルいでしょう? ご主人様、どうぞ笑ってやってください」

「何がズルいのか、まだよくわからん」


「……だって、こうしてキャラを作れば、皆は私のことを“そういうやつ”としか見ません。私が何かズルいことをしても、何か変なことをしても、皆、あいつは変態・・だからな、と納得してくれます」


「え?」

「え?」


 変態?


「変態なのか?」

「それはもう、変態でしょう。口にすることの九割が下ネタなのですから」

「ボケが下ネタばかりということか?」


「え?」

「え?」


 話が噛み合わない。



「ご、ご主人様、もしや……」


 コスモスが口の端を引きつらせながら言う。


 ヤベェ、バレた。



「ごめん本当は聞いてなかった」



 正直に言うと――コスモスは、一瞬の沈黙の後「うわぁああん!」と頭を抱えて、「バカバカ私のバカっ!」と自分の頭をぽかぽか叩いた。


「じ、自分でバラしちゃったじゃないですか! もう! ご主人様にだけは知られたくなかったのにぃ!」


「変態を演じていることか」


「そうです! 私は変態仮面なんです!! 以後お見知りおきをっ!!」


 自棄になって開き直るコスモス。


 そうか、お前、変態仮面だったのか……。


「なるほど、だからシャンパーニにだけ聞こえるようにそういうことを言っていたんだな。なんだ、俺はてっきり」

「てっきり?」

「……いや、なんでもない」


 自分の勘違いが途端に恥ずかしくなった。なんだよ漫才って。アホか。



「でも、どうして演技なんかしてるんだ?」


 俺は話を逸らすように、疑問を口にした。


「それは、先ほど申し上げた通りです」

「変態だと思われることで、自分のズルさを隠せる、と?」

「ええ」

「どうしてズルさを隠そうとする? そんなにズルいことをやってるのか?」


 人間誰しもそういう面はあるとは思うが、そこまで徹底して仮面を被って隠そうとするというのは、些か理解できない。



「……どうしてでしょうね。私、いつからか、こんな生き方しかできなくなっていました」


 コスモスは何処か寂しそうに口にすると、少し俯きながら言葉を続けた。


「最初はメイドたちの中で目立つためだったような気もします。十傑と呼ばれて、仕事に大きな責任が伴って、そうして上の立場に立った時、ミスすることが怖くなって、変態という免罪符を用意していた節もあります。杖術を選んだのも、誰もやらなそうなスキルなら私でもそこそこの位置にいけるかもしれないという浅ましい打算あってのことです」



 何かミスをしても「ああ、あいつは変態だから」と、そう思われるように振る舞う。傷つくのは、変態を演じる偽の自分。本物の自分は、傷つかない。つまりは、逃げ道。


 そのような考えを持つこと自体が「ズル」だと、彼女は言っていた。



 コスモスの気持ち、わからなくはない。俺だって何度も何度も逃げ出したくなった。世界一位の重圧から。だが、結局、最後の最後まで、逃げなかった。ゆえに、今がある。


 そして彼女は、俺が決して逃げない人間であることをわかっていたからこそ、俺と自分を対比させ、こんなにも卑屈になるんだな。だから、俺だけにはバレたくなかったんだろう。


 彼女は俺に許されないと思っている。

 それは、癪だ。理解を示してやらなければならない。



「軽蔑はしない」

「!」

「お前を認めないような、そんな狭量な主人ではないつもりだ」

「ご主人様……」

「お前がそうなったのには、絶対にワケがある。確信を持って言える。よければ話してくれないか? 気の利いたアドバイスなんかはできないが、軽蔑せずに聞くことならできる」


 シャンパーニがお嬢様に執着するようになったのも、俺が世界一位に執着するのも、ワケがある。きっかけがある。それは決して逃れようのない、運命のようなもの。


 逃げられなくなった人間がいるように、逃げざるを得なかった人間もいるのだ。そう、魔術学校時代のエコのように。




「……私って、暮らしていた家の全員と血が繋がってなかったんですよねぇ」


 しばらくして、コスモスはゆっくりと沈黙を破った。



 ユカリが集めてきた人材。全員、ワケアリと聞いていた。あえて、そういう人物ばかりを選んだのだという。


 当時はわからなかったが、今ならその理由がよくわかる……コスモスの目を見ていれば。


 彼女たちは、ここで救われる運命にある。煩わしい社会の何もかもを無視できるここで。


 他ならぬユカリが、そう仕組んだのだ。あの、冷淡で、毒舌で、他人に同情などするはずもない、暗殺を生業として名前すら与えられずに生きてきたはずの彼女が、そう仕向けたのだ。



「そこそこ裕福な家でして。血筋って、やっぱりあるんですよ。不思議なことに、私一人だけ出来損ないでした。他の兄弟姉妹が経営やら戦闘やらで頭角を現す中、私だけ何一つ満足にできませんでした」


「お前、芸術に秀でているんじゃなかったか?」


「ご存知だったんですね、嬉しいです。ええ、ここで開花させました。もっとも、元から開花はしていたみたいなんですが、活かせるわけもない環境で……そもそも、誰も私を見てくれないですし、芸術なんて、そんな、クソの役にも立ちませんしね」


 ファーステスト邸における数々のデザインは彼女の仕事が多いと、ユカリに聞いている。十分、役に立つ才能だと思うが……活かせる環境がなかった、か。

 確かに、なあ。芸術という曖昧なものは、見せられる環境と見てもらえる環境がなければ、その意味を成せないのかもしれない。


「優しい人たちでしたよ、自称家族の皆は。まあ、それも表面上のものですが。私が嫌悪感と劣等感を溜めに溜めて、家を出るまでそう時間はかかりませんでした」

「奴隷にされたのか?」

「いいえ、自分から奴隷になりました」

「……マジ?」

「マジです。劣等感を抱えて出来損ないのまま生きていくよりは、誰かに必要とされ奴隷として使われる方が千倍はマシ……と、その時は本気でそう考えていました」


 そりゃ、また……病んでるな。


「自分が嫌になりますよ……だって、ご主人様に買っていただいてからというもの、本当に都合が良すぎるというか、理想の生活というか、とても恵まれているんです。なのに、なのに、私は……未だ、劣等感を捨てきれずにいます。変態を演じて、卑怯で卑屈で出来損ないの自分を許そうとしています。私で私を騙し、無理矢理に納得させています。変態だから仕方ない、と」


 劣等感による自信のなさから来るズルい考えを「変態だから」と納得する。たとえそれでミスしても、批判されても、「変態だから」と躱し、自分が傷つくことを回避する。それが今のコスモスの生き方。


「むしろ変態という仮面で、本来の出来損ないの自分を隠して、虚勢を張っているのかもしれませんね」


 コスモスは寂しげに笑い、そう言った。


 ああ、彼女はわかっているのだろう。その生き方が、既に容易には修正しようもないところまで来ていると。



「話してくれてありがとう。お礼と言ってはなんだが、代わりに俺の好きな言葉を贈ろう」


 だったらもう、俺からは何も言えない。

 いつか彼女の劣等感が消えることを願って、どしっと構えていよう。


「考えるな、感じろ」


 ニッと笑う。


 考えても解決しないことは、考えるだけ無駄だ。

 それでも解決してしまう場所がここだと、いずれ気付ければそれでいい。


 俺の無責任な言葉を受け、コスモスはその笑みから少しだけ寂しさを消して、こう返した。


「私、とっても感じやすいんですよね」






「さあ、何はともあれ杖術習得だ」

「ブレませんね、ご主人様」


 ついつい話し込んでしまったが、今日の目的を見失ってはいけない。


 【杖術】の習得は厄介なのだ。同じ魔物に何十回も攻撃を当てるという習得条件、これはHPの高い強めの魔物でなければ満たせないと思いがちだが、実は違う。このスライムの森に出現するあるスライムが、その問題を簡単に解決してしまう。厄介な点は、そのスライムと出会えるかどうか・・・・・・・・


 出会ってさえしまえば、後は簡単だ。そう、出会えさえすれば。


 残すところ、角行・飛車・龍馬・龍王の四スキル。それを二人分なので、出会うべきスライムは、計八匹。


 ……夜までに終わればいいが。



「いたっ!」


 幸先良し! 一匹目を発見だ。


 俺たちの視線の先、木の陰に潜んでいたのは、まるで金属のように光沢のある角ばったスライム。その名もハガネスライム。


 このハガネスライム、実はVITが恐ろしく高い。STRをカンストしていても満足なダメージが通らないほどに。


 その代わり、MGRが物凄く低い。低INTの壱ノ型で一撃死するほどに。


 よって、【杖術】の各スキルの習得条件を満たすまで棒でタコ殴りにして、最後に壱ノ型でフィニッシュしてやれば、簡単に習得できてしまうという寸法だ。


 もちろん抵抗してくるが、攻撃モーションは他のスライムと似たり寄ったりで、AGIはむしろ低い。見てから回避で余裕だ。まさに御誂え向きと言っていい魔物である。


「よし、行けコスモス」

「はい、もうちょっとでイキます」

「いや、早く行け」

「ですからもうちょっとで」

「下ネタじゃねーか!」

「あひぃ!」


 考えずに感じた結果がこれか!


 俺がシャンパーニのようにツッコミを入れると、コスモスは恥ずかしそうに頬を染めて「で、では真面目に行ってきます」とハガネスライムに向かっていった。照れるくらいなら無理にボケなくても……。


 ……でも、これでよかったのかもしれない。こいつとも、なんだかんだ良好な関係が築けそうだった。


 そう、今はこれでいいんだ。ただ、夏季か、冬季か、彼女があの栄光の舞台に立つようになったら、少しは変わってもらわないとな。






「た、ただいまー」


 深夜一時。ハガネスライム探しを終えて帰宅する。


 八匹目がなかなか見つからず、こんな時間になってしまった。しかし苦労の甲斐あって、俺もコスモスも【杖術】を全て習得できた。


 は、いいのだが。何もやましいことはないとはいえ、こんな時間まであの変態仮面メイドとナニをしていたんだと追求されると、面倒くさい相手が……



「――お帰りなさいませ」


 げぇっ、ユカリ!


 こんな時間まで起きていたのか。ということは……


「明日はエコの斧術習得と、私含むイヴ隊希望者の糸操術習得の予定です」

「そ、そうだな」

「予習が必要なのではと思いまして」

「予習?」

「夜の、糸操術の」


 下ネタじゃねーか!!



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ユカリはコスモスの下ネタ知ってそう。そんで2人きりになってどうせ諸々ゲロるだろうなって思ってて、その辺の確認の意味も含めて最後の下ネタ言ってそう。
[良い点] 使用人達の過去が明かされて距離が近くなるのいいね
[一言] 大丈夫だよシャンパーニュ… イッてるだけなら… ねぇユカリ?
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