157 帰還→快感→夏季
第十章、始まります。
まあまあ長いです。
「これは……なんたる……っ」
朝。港でアカネコと合流し、そこから一気にファーステスト邸の正門前に転移した。
敷地に一歩入るやいなや、アカネコは目を丸くして眼前の景観に驚きの声をあげる。
実に良い気分! 買ってよかった大豪邸。このリアクションだけでそう思えるな。
「あ、あれはなんだ? まるで城のように見えるが」
「城だ」
「やはり城か!? セカンドは城主であったのか?」
「そうだ」
「そうなのかっ……」
未だ建設中の風雲セカンド城を指さして、アカネコはわなわなと震える。面白い。
そうしてしばらく敷地内を案内ついでに散歩していると、俺たちの前を馬に乗った男が通りがかった。
「――えェ!? セカンド様ァ!?」
確か、馬丁頭のジャストとか言ったか。茶髪をオールバックにしたヤンキーみたいな若い男だ。
ジャストは俺たちを見て驚きの声をあげ、すぐさま馬から降りると軽やかに一礼し、慌ただしく口を開いた。
「か、帰ってらっしゃったんですか! 言ってくださいよォ~……あ、すんません、今すぐ迎えをよこしますんで」
「いや、いい。昼頃まで散策してから皆のもとへ向かう。今、皆は南西の家だよな?」
「そうですかァ。ああ、はい。変わらず南西です」
「わかった、ありがとう。今は仕事中か?」
「えェ、朝の準備運動です」
「そうか、精が出るな。頑張れよ」
「はい! それじゃァ失礼します!」
いくつか言葉を交わして別れる。ジャストは満面の笑みを浮かべて去っていった。
ちらりとアカネコの様子を見ると、彼女は何故だかきょとんとしている。
「どうした?」
「いや何……あの男、然程歳は変わらぬだろうに、妙に丁寧な言葉遣いであった。ゆえに疑問を抱いていたところだ」
「ああ、ありゃ、うちの馬丁頭だ」
「なるほど、馬丁……ん? 馬丁ではなく、馬丁頭?」
「おう」
「他にも馬丁がいるのか?」
「いるぞ。十人くらいいた気がする」
「じゅっ……!? ぜ、全員、セカンドが雇っているのか?」
「当たり前だろう」
「待て、馬丁だけで十人だぞ? ならば、他の使用人はどうなっている?」
「よく知らんけど、なんか数百人はいるらしい」
「…………め、目眩がするな」
思ったよりもうちの規模がデカかったのか、アカネコは眉間を押さえて深い溜め息をついた。
「理解できぬことが多すぎる」
「じゃあ聞け」
「……では遠慮なく聞こう。南西の家、とはどういう意味だ」
「この敷地内には八つの家が建っている。南西の家は、ヴァニラ湖の湖畔にある、今寝泊まりしている家のことだな」
「ほう、説明痛み入る。しかし私の理解力が乏しいせいか、お前の言っていることがよくわからない」
「季節によって家を転々としているということだ」
「ふざ……けているわけではないのだな、うん。すまぬ、まだ理解に時間がかかりそうだ。しばし放っておいてくれ」
遠い目をして呆れるように笑うアカネコ。お前もこれからここで共に暮らすというのに、そんなんで大丈夫なのだろうか。
「まあ、いいか。テキトーに昼までぶらぶらしよう。そのうちお前も順応できるだろうさ」
なるようになる。と、思考を放棄する。
……結局、その後どれだけ経ってもアカネコは驚くばかりでちっとも順応できなかった。
「また女か」
「また女ですね」
昼。アカネコを連れて湖畔の家に帰ると、シルビアとユカリから非難の視線をこれでもかといわんばかりに浴びせられた。
「あれ、お前らダンジョン周回は?」
「ああ、セカンド殿が帰ってきていると聞いて、昼休憩に戻ってきたのだ」
「おひる! いっしょにたべる!」
堪らず話題転換で逃げると、シルビアとエコがそう答える。
が、しまった、転換する話題を間違えた。これではすぐに会話が終わってしまう。
……ああ~、エコ癒されるなあ(現実逃避)
「さて、ご主人様。彼女とは一体どのようなご関係で? よもや、港でいきなり斬りかかってきた女ではないのでしょう?」
来た来た。
至って冷淡な顔で、ユカリが口を開く。
ここで厄介な点は、その嫉妬心から来る攻撃的な感情の矛先が、俺ではなくお相手に向けられること。ユカリとはそういう女なのだ。
俺はどう言い訳するか考える。だが、これといって良い案が浮かばない。こんな時にウィンえもんがいたらなぁ……。
すると、ユカリの言葉を受けたアカネコが、居住まいを正し、ゆっくりと沈黙を破った。
「先日は大変失礼仕り候。手前、名をアカネコと申します。歳は十七、刀八ノ国にて生まれ育ち、兜跋流は家元ケンシンの実子にて、行く行くは流派を継がんと修行する身でありました。しかしながら、それら兜跋の名、ひと思いにかなぐり捨て、着の身着のまま此方に参った次第。此度は願ってもない機会に恵まれ、彼に師事することと相成り候。皆々様、どうかこの若輩にご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたしまする」
淀みない、見事な挨拶。
そして、ビシリと綺麗なお辞儀をした。
「……なるほど、まだ敵ではなさそうですね」
小さく一言、ユカリが声を漏らす。それから、
「ご主人様に免じて、無礼は許しましょう。私はユカリです。ファーステスト家においては家令兼メイド長を、チームとしては鍛冶師を、個人的にはご主人様の専属メイドと秘書と……こ、恋人を、しております。どうぞよろしく」
簡潔に自己紹介をした。顔を真っ赤にして。どうやら、ユカリのお眼鏡にかなったようだ。
しかし、恋人? まあ、そうか、恋人か……エヘヘッ。
「私だな。名前はシルビア・ヴァージニア。チーム・ファーステストの魔弓術師だ。前回の鬼穿将戦挑決トーナメントでは優勝し、鬼穿将に挑戦したが敗れた。夏季では鬼穿将を獲る予定だ。よろしく頼む。ちなみに私も、なんだ、その、こ、恋人だっ」
立て続けに恋人宣言をするシルビア。俺としては嬉しいが、そんなに恥ずかしいならわざわざ言わなくてもいいだろうに。
「あたし、えこ・りーふれっと! よろしーくれっと!」
その点、エコは自然体で実に良い。そしてよろしーくれっとってなんだ。
……と、そこで違和感に気付く。
「あれ? ラズは何処だ?」
ラズの姿が見えない。
レンコは新生R6として義賊活動に奔走しているだろうからいいとして、ラズはここに暮らしていたはずだ。
「うむ、それがな」
「一分一秒も無駄にできへん! などと言って、数日前から自室に閉じこもっております」
「ずっとか?」
「はい」
あいつらしいっちゃらしいが……。
「恐らく気付いていないのだろう。愛しのセンパイ殿が帰ってきていると知れば、何もかもを放って飛んでくるに違いない」
「ええ、彼女はそういう性格ですね。油断なりません。私が竜で貴女が虎なら、ラズベリーベルは差し詰め鳥でしょうか」
二人共ラズのことをよく理解している。ここ一週間ちょっとで随分仲良くなれたんだな。でもそこまでわかっているのなら、俺が帰ってきたぞと一声かけてあげてもいいんじゃありませんかねぇ? やはり、相打つ間柄なんだろうか。
「ご挨拶に伺った方がよいだろうか?」
アカネコが聞いてくる。こいつ、律儀だなあ。
「いや、今俺が呼びに行く。ちょっと用事もあるしな。お前らはメシ食いながら待ってろ」
俺は一人席を立つと、ラズベリーベルの部屋へ向かった。
さあ、お楽しみだ。あいつ、どんなリアクションするかな?
「――嘘やろ!?」
笑顔で帰還を知らせ、しばし雑談。その後、おもむろにミロクを《魔召喚》して「こいつ阿修羅」と言ったら、きっかり一秒の間を置き、ラズは大声を出して椅子からケツを浮かせた。
ナイスリアクション! いやあ、快感だ。これが見たかったんだよ。
「日ノ出島の固有魔物やんな?」
「そうだ。何があったかというとだな――」
俺はミロクを脇に立たせたまま、ラズに島であったことを詳細に語った。
高橋さんとの話や、0k4NNさんとの話も、全て。
「…………こ、こらまた難儀やなぁ」
話し終えると、ラズは険しい表情でそう呟いた。
「こっちの世界に来る条件か?」
「せや。死亡は確定と見てええんちゃう? でも、それ以外がちぃとも見えてこーへん。けったいな時間差もそうやけど、特に高橋教授や。もうイレギュラーすぎて笑けてくるわ」
「まあ、確かに気になるけど、究極、俺はどうでもいいが……なあラズ、お前はどう思う?」
どう、とは。
言葉足らずな問いかけだったが、ラズは瞬時に理解してくれた。
「……“ランカー”か」
「ああ」
俺たちと時を同じくしてクラックされた、世界ランカーたち。
彼らの中で、誰かが死んでいたとすれば……この世界に来る可能性はあるのか、どうか。
正直言って、今後俺が世界一位を達成せんとするにあたっての障害たり得る相手は、そいつらくらいのものだろう。違うと願いたいが、な。
「うちは――来る、と思う」
ラズは、確りと俺の目を見据え、自分の意見を言った。
「そうか……俺も、そう思う」
同意だ。
特に、世界ランキング上位であればあるほど、その可能性は高い気がする。
「……やっぱ、センパイ、変わらへんね」
「え?」
にこっと、ラズが微笑み、言った。
そこで初めて、俺は自覚する。
「普通、笑われへんやろ、ここで」
俺の顔は、知らないうちに、もうどうしようもないほど、笑顔になっていた。
「――主よ。先の会話の中で、ちらと出ていた名前について尋ねたい」
「なっ! な、なんや急にビックリするわぁ……喋るんか自分」
ラズとミロクと共にリビングへと戻る際、ミロクが唐突に質問を口にした。
ラズはミロクが喋らないものだとばかり思っていたようで、とてもビックリしたのか胸を押さえながら薄らと涙目になっている。超絶美形アバターだからか、その様子だけ見ていると何処ぞの深窓の令嬢のようだ。いや、事実、深窓の聖女だったわけだが。
「あんこの次が余だと、そこな女子はそう申していた。もしや、余は主にとって二番手であるのか? 余は、そのあんことやらに劣っているのだろうか?」
一方ミロクは、これまた胸に手をあてて、まるで演劇のように芝居がかった動きで台詞を口にした。
こいつは初対面の時からそうだったが、何を喋るにも動きや口調が大げさだ。何百年も生きているとそうなるのだろうか?
しかし、これだけ美形の男がそれをやるのだから、映えないわけがない。不思議と不自然じゃないのは、偏にその人間離れしたビジュアルのせいと言えよう。
「あぁ~、嫉妬か。なんや可愛いところあるやん?」
「何を申すか。余は、ただ気になるのだ。同時に余の名を出しながら比較にもならないと寓される、そのあんことやらの腕前が」
……流石、根っからの侍だ。単なる嫉妬ではなかった。
それは、俺たちが会話をする中で無意識に隠されていた畏怖とも呼べるあんこへの感情を、つぶさに読み取っていたがゆえの言葉。
そうだな。そこまで気になってしまったのなら、はっきりと言っておいた方がいいだろう。
「ミロク……たとえお前が百人、いや千人束になろうが、あんこには敵わない」
「ご冗談を」
「だと思うだろう? だが実際にそうだ」
「まさか。道理に合わぬ。では主は如何様にしてそのあんこを使役なされたと仰るのか」
なるほど、そう来たか。
確かに俺の場合、千のミロクを相手にしては流石に勝ち目がない。ミロクもそれがわかっているはずだ。だからこそ疑問に思う。自分が千人束になっても敵わないあんこに、俺が勝てるわけがないと。
まあ、話は単純だ。狼形態のあんこには物理攻撃一切無効。つまり、あんこが狼形態でいる限り、物理攻撃しか攻撃方法のないミロクはいくら頑張っても勝てっこないのだ。
「強さって、一方向だけやあらへんよ。空を飛ぶ強さがあれば、土に潜る強さもあるっちゅうこった」
ラズが諭すように言う。その通りだな。
ミロクは顎に手をあてて、「ほう」と感心の息をはいた。一応、納得したようだ。
「で、陸海空と隙のないセンパイは、次は何処に繰り出す予定なん?」
もうすぐリビングというところで、ラズが聞いてくる。
そりゃあ、決まっているだろう。
「世界だ」
さあ、揃ったところで始めよう。
夏季タイトル戦へと向けた、白熱の作戦会議を。
お読みいただき、ありがとうございます。
書籍版&コミカライズも、どうぞよろしくお願いいたしまっす。