17 あの臭い
深夜。
俺は宿屋のベッドで横になり、あれこれ模索する。
どうにかしてエコを救えないものかと。
「あいつは本当に無能なのか?」
仮に無能だとして、どうして無能なのに魔術学校へ通えているのか。そこが気になる。
王立魔術学校は各学年がA~Fの6組に分かれていて、Aに近付くほど優秀な生徒が集まるという。しかし、F組とはいえここは王国でも有数のエリート魔術学校だ。エコも入学できたからには魔術の知識はあるのだろうし、少なからず魔術を扱えるはずである。
では何故「落ちこぼれ」などと罵られているのだろう?
原因はいくつか考えられる。
一つ、彼女の成長タイプが戦闘術特化型で魔術関連のステータスがのきなみ低い。
これが一番可能性が高いだろうと読んでいる。魔術を扱えてもINTが低けりゃカスダメージにしかならないからな。無能と言われても仕方ないだろう。
一つ、魔術は習得しているがMP量が足りていない。
これも十分あり得る。いくら魔術を覚えようともMPが足りなけりゃ使うことはできない。
一つ、MPは足りているが魔術を習得できていない。
あんな感じのエコに、あの小難しい魔導書が読めるとは思えない。この可能性は高そうだ。
一つ、彼女が獣人だから。
これはあまり考えたくないが、シルビア曰く「キャスタル王国では獣人差別やダークエルフに対する迫害などは根深いものがある」らしい。ただ、あくまで一因だろう。獣人差別が本人の能力の無さと相まって、ことが大きくなっているのだと思う。
うーむ。さて、どうしたものか……。
あーだこーだどーだと悩みながら、俺はこの夜を悶々と過ごした。
そして翌朝。
一晩かけて色々と考えた結果、俺の中で結論が出た。
それは――
「シルビア。エコを勧誘しようと思う」
エコを仲間にする。
その上でステータスを見せてもらい、彼女の成長タイプを予想、向き不向きを確認し、シルビアと同様に彼女が得意であろうポジションを見出すことにした。
人の役に立ちたいと言って彼女は頑張っていたが、今のままではその努力は無駄にしかならない。彼女が役に立てる環境を整えるのが救いになるのではないかと俺は考えた。
「……セカンド殿。私の道は貴方と共にあり、貴方の道は私と共にある。これほど嬉しいことはない。私は果報者だっ」
シルビアもエコをどうにかしたいと思っていたようで、感激の表情を浮かべて俺に跪いた。朝っぱらから騎士ごっこはやめていただきたい。
「まだエコが話を受けてくれるか分からん。駄目だったらステータスだけでも見せてもらって、彼女に向いている道のアドバイスをするぞ」
俺たちの仲間になるということは、学校を辞めるということだ。簡単な決断じゃない。俺は断られる前提でエコに話を持ち掛けようと思っている。
「うむ、それがいい。セカンド殿の助言がなければ、私は自分の秘めたる才に気付くことはなかった。彼女にも気付かせてやってほしい」
頷くシルビア。
方針が定まった俺たちは、少し爽やかな気分で登校した。
「なっ……!」
校門を通り過ぎた辺りで、シルビアが声をあげる。
俺たちの前方には、泥だらけで道の真ん中に座り込むエコの姿があった。
……明らかにおかしい。俺は激しい違和感を覚える。
「ど、どうしたんだ!? 何があった!?」
シルビアが真っ先に駆け寄った。
俺は駆け寄りながらも周囲を観察する。違和感の原因はすぐさま判明した。
道行く学生の誰もが、エコに話しかけようとしないのだ。
素通り。見て見ぬふり。無視。
得も言えぬ悪意をひしひしと感じた。
「おい、エコ。どうした? 大丈夫か? 転んだか?」
俺は手を伸ばしてそう聞いた。
「だいじょぶだからっ!! はなしかけないで!!」
拒絶の絶叫だった。
エコは俺の手を振り払うと、必死の形相で立ち上がり、逃げるように走り去る。
ああ……これだ。これ。これだよ。最悪だ。
一度だけ嗅いだことがある、あの臭い。
絶望の臭いだ。
彼女に何があったのかは分からない。
だが、これだけは分かる。エコはやはり気付いていた――その努力の「無駄」に。
そして突き付けられたんだ。
「そうやって無駄な努力を続けて誤魔化していても現実は変わらないんだよ」と。
今までずっと目を逸らしてきた現実を、絶望という形で無理矢理に直視させられたんだ。
駄目だろう、それは。悲しすぎる。
誰だって夢を見ていいんだ。そうだろ?
「……救おう」
ぼそりと呟き、エコの後を追う。おこがましいかもしれない。不安はあった。でも、シルビアは言うまでもなく付いてくる。
俺たちの道は共にある。
シルビアの言っていたことが分かった。
心強い。
仲間って素敵だ。
こんなんでよかったら、お前もなっていいんだぜ?
「こないで!!」
エコを袋小路に追い詰めた。
この状況まで持ってくるのに1時間以上も掛かった。もうとっくに授業が始まっている時間だ。
それにしても、こいつめちゃくちゃ足が遅い。だが追い付いてその腕を掴んだら掴んだで、今度は結構な力で振り払われて、また逃げ出してしまうのだ。
あれから1時間はその繰り返しで、ついにシルビアはバテてしまった。エコはまだSPが残っていそうな様子だ。
足が遅い。力が強い。SPが多い。そして、INTが低い……?
――もしかして。
俺の中を、ある一つの予想が駆け巡る。
「大丈夫だ、安心しろっ。私たちは君に話があって来ただけだっ」
シルビアがぜぇぜぇと息を切らしながらそう言った。
「はなしなんてない! かえって!」
エコは頑なに拒絶する。
「もうほっといて!!」
彼女の目から涙が溢れ出た。今まで我慢していたのだろう。エコはボロボロと泣きながら、その場にしゃがみ込んだ。何があったのか聞きたいが、今はそれどころではなさそうだ。
駄目だ、話にならない。
だが、このまま放っておいたらそれこそ駄目だ。自殺しかねない。
どうする、どうする……俺は思考を巡らせ、一つだけ思いついた。
賭けだ。
大きな賭けだ。
……まあ、やるんだけどね。
もし予想が違ったらとんでもないが、もう今はこの賭けしかない――
「シルビア、驚くなよ」
俺は一言そう伝えると、エコに近付く。
「こ、こない、でっ!」
エコは弱々しく拒絶する。
そんな彼女の目の前で、俺は剣を抜いた。
「セカンド殿、何を――ッ!?」
焦るシルビア。だがもう止まらない。
直後、俺は自分の左手を斬り落とした。
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