154 勝手
高橋さんもそうだ。オカンさんもそうだ。そして、ミロクこそそうだ。
ミロクは、好きなことを好きなようにやりたかったやつらの結晶体。
千年間の無念がその魂に凝縮されている。
好きなことを好きなようにやれず、何が抜刀術だ。
そんなもの、壊せるなら壊したい。
よし、壊そう。
「独占は許さない。抜刀術の面白さを独り占めしようったってそうはいかないぞ。これからは世界中の誰しもが抜刀術を楽しむ時代だ。威張るんなら、その上で頂点を獲ってから威張れ。わかったか?」
懇切丁寧に説明してやる。
すると、何処の流派ともわからない侍どもがぎゃーぎゃーと騒ぎ出した。
「何を勝手なことをべらべらと!」
「我らの歴史を愚弄するか!」
「それこそ到底許されるべきことではない!」
彼らからしてみれば、俺の言っている話は“許されないこと”らしい。
まあ、彼らの利権が危ういものになるわけだから、気持ちはわからんでもないが。
重要なのは、何をもって許さないかだ。こいつは、意味をわかって言っているんだろうか?
「許されないのか?」
「左様! 皆、許すはずもない!」
「皆? お前じゃなくて、皆が許さないのか?」
「拙者とて許せぬ!」
「そうか。じゃあ俺もお前を許さない」
「……はっ!?」
戦争だ。
古来より、意見の違う相手は物理的に説得するよりないと相場が決まっている。
「かかってこい、先手は譲ってやる。なんならその皆とやら全員で同時にかかってきても構わない」
「……っ……」
俺が挑発するように言うと、侍くんは左右を見渡して、皆を確認する。彼の仲間たちは全員、及び腰のようだ。
ちらりとトウキチロウの様子を見ると、真っ青な顔をしていた。あいつは知っているのだろう。俺が【抜刀術】だけではないことを。
「来ないのか?」
最終確認。
侍くんは俯き、悔しそうに閉口した。
「……お前、なんのために許さないんだ? 本当にこの島のためを思って許さないのか? それとも、お前自身が俺を気に食わないから許さないのか?」
「それは……」
「そこすらハッキリせずに食ってかかってきたのか。わけのわからんやつだな。そもそも、お前がこの島の歴史云々を語れるほど何か貢献してきたのか? お前は刀八ノ国のなんなんだ? 都合良く歴史を理由にして、自分の利権が脅かされるのを阻止したいだけじゃないのか?」
「ち、違う! 拙者は、千年続く島の歴史を本当に思って!」
「本当に思って、変化を恐れていると」
「……っ、左様!」
「話にならんわ」
本当にこの島のためを思って「現状維持すべき」だと考えているのなら……もう救いようがない。
「主よ。余には思うところがある」
「なんだ」
呆れて溜め息をついていると、ミロクが急に喋りだした。
「何を勝手なことを、と。先刻、そこな侍は申した」
「ああ、言ってたな」
「余がこの島を見守り続け一千年。思えば、侍たちは皆、勝手をしていた。勝手に流派を起こし、勝手に外界と関わりを断ち、勝手に抜刀術の国とした」
ミロクは名も知らぬ侍を正面から見据え、静かに言葉を放つ。
「勝手に生まれ、勝手に育ち、勝手に暮らし、勝手に死ぬ。至極当然なり。人とは皆、勝手気ままなものよ。どのような宿命があろうと、そこに囚われ縛られる必要などない。侍よ……主が勝手をすると申しているのだ、其の方らも勝手にするがよい」
……重いな。重い言葉だ。
これまでこの島に対して一切の勝手をしてこなかったミロクが、勝手をし続けてなお無念の残る侍たちの意志を全て背負い、勝手にしろと言っている。
この島で最も過酷な宿命に縛られ続けてきたのはミロクだというのに、宿命に縛られる必要などないと言っている。
生半可な気持ちで、言えることではない。
「…………」
侍たちは、沈黙した。
この重さは、本当の意味では、伝わっていないだろう。だが、ミロクから滲み出る熱い気持ちが、深い悲しみが、彼らをそうさせたのかもしれない。
こうして、多々の反対意見は残ったものの、刀八ノ国は大陸との交流を持つこととなった。
トウキチロウは、すぐにでも船の本数を増やすと息巻いている。なんでもクーラの港に伝手があるのだとか。
金の心配はしないでいいと言うと、「後が恐ろしゅう御座いますな」と引き攣った顔で笑っていた。
「――じゃあ、刀八ノ国の開国が決まったところで、デモンストレーションと行こうか」
さて、ここからが本題である。
勧誘だ。
優秀でやる気のあるやつらを、ずっとここに閉じ込めておくのは非常にもったいない。
ゆえに勧誘し、希望者をキャスタル王国へと連れていく。それが俺のかねてからの狙いだった。
「ミロク、手ぇ抜くなよ」
「ご冗談を」
「ならいい」
絶好の機会だ。
ここで、試合を見せる。
頂点同士の試合を。
「ま、待たれよ、セカンド。今度は一体何をするつもりだっ?」
向かい合う俺とミロクを、アカネコが制止した。
今、最も試合を見せたい相手。俺の目に狂いがなければ、彼女の抜刀術のセンスは昔の俺に匹敵する。反射神経も動体視力も文句なしだ。
俺はざっと道場内の観客を見渡し、それからアカネコに視線をとめて、言った。
「言葉は要らない。これを見て、お前がどう思うか。それだけで、俺に付いてくるかこないか、決めてくれ」
アカネコはきょとんとしている。
これから何が起こるのか、想像すらつかないといった表情。
……どれだけ“上”があるのか、彼女はまだ知らないのだ。
見せてあげたい。
彼女の視野を、侍たちの視野を、広げてあげたい。
抜刀術の最高峰とは、毘沙門とは、お前の親父のようなチンケなもんじゃないと知ってほしい。
本物ってのはな、もっと、もっと……面白いんだ。
* * *
「よろしく」
「お願い致す」
セカンドとミロク様が互いに礼をし、対峙する。
直後、試合が始まった。
――何が起きたのか。いいや、何が起きているのか。全く理解が追い付かない。
私の見たことのない抜刀術が、二人の間で火花を散らす。
感動という言葉では生ぬるい。
恐らく私は、明日も明後日も、この試合を細部まで思い出し、その一挙手一投足を研究するだろう。
それだけ濃密で、鮮烈な駆け引きだった。
来た、凄まじい抜刀だ。
次……ここで仕掛けるか。
なっ、嘘だろう! ここか!?
そ、そうか……確かに。いや、しかし……。
なるほど、これが狙いで……となると三手目の銀将からこれを読んでいたのか!?
……だが、こうも容易く受け切るとは。恐るべき対応力。
どうなっているんだ? 二人とも、同じ人間とは思えない技術だ。
精度も然ることながら、鋭さも抜群。一体どのような修行を積めばこうなる?
凄い、凄い、凄いッ。
納刀、仕切り直し……さあ、次はどうなるっ?
「…………!」
ハッとする。
私は知らぬ間に、口をぽかんと開けて見入っていた。
よく見ると、周りの者も皆そうだ。
全員、熱中している。二人の試合に。
……悔しい。
悔しいが、面白い。
こんなに面白いものは、初めて見た。
抜刀術がこんなにも面白いものだと、初めて知った。
兜跋流の跡取りとして、それなりに抜刀術を極めたつもりになっていたが。
馬鹿だ。私は浅かった。
ここまで面白いと感じる試合を、私は一度たりともしたことはない。
負けた。完敗だ。認めざるを得ない。
セカンドのあの満面の笑み。ミロク様の微笑み。熱中する侍たち。
やっていて楽しい。見ていて楽しい。そんなに素晴らしいことは、他にないではないか。
セカンドの言っていたことが、やっとわかった。
抜刀術を続ける意味。
笑えなきゃ、意味なんてない。
……その通り。
私は抜刀術を続けたい。
セカンドのように、ミロク様のように、抜刀術を、楽しみ、楽しませたい……!
「――参りました」
セカンドの刀が喉元で寸止めされ、ミロク様は投了する。
「ありがとう」
セカンドはニッと笑って納刀し、礼をした。
直後――何処からともなく、拍手が沸き起こる。
私とて例外ではない。
この素晴らしい試合に拍手を贈れない者なんて、もはや侍とは呼べないだろう。
「…………」
拍手を続けながら、思う。
決めた。私は、セカンドに付いていく。
* * *
道場じゅうから拍手を受けながら、考える。
ひとまず大陸への勧誘は成功したと見ていいだろう。
が、後一押しが足りないような気もした。
幸いにも時間はある。もう一つくらい何かやってもいいだろう。となれば、次のデモンストレーションは何がいいだろうか。
「……如何なされた」
ちらりと横の様子を窺うと、ミロクが瞑目したまま口を開いた。
なんとなく、機嫌が悪そうな顔をしている。
ははーん、そうか。さてはこいつ、皆の前で負かされて臍を曲げてるんだな?
よし、そうとなったら話が早い。
「じゃあ次は、誰か、ミロクに稽古をつけてもらえ」
「!?」
お読みいただき、ありがとうございます。